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3章、メイドは死にました
64、俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが
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「外に聖女様がいらしたらしいぞ」
「傷病者を癒してくださる……!」
入り口付近に人が流れていく。その先には聖女マリンベリーがいるということだ。
「裏口から出よう。俺はマリンベリーに……会いたくないと言われている」
避難所を巡る英雄王子一行は、人の流れに逆行するように奥に進んだ。
パーニスには、「こんな態度が望ましい」「このような俺が求められている」という自分像がある。
それだけに、婚約者マリンベリーへの失態が痛い。痛すぎる。
理想の俺であれば、現実を見誤らなかった。
どのようなコンディションでも冷静で、いかに妄想の彼女が愛らしくても……。
『ぎゅっと抱きしめてください』『やめないでください』――あれは本当に幻聴だったのだろうか。とても本物感があったのだが。思い込み薬と俺の妄想力のなせる技なのだろうか。
……待てよ。あの薬を解毒薬とセットで購入し、自室限定で服用すれば、妄想が楽しめる……?
いや、何を考えているんだ俺は。妄想で彼女を汚すな。
……しかし、現実で襲うより妄想で発散した方が罪は軽いのでは……?
「クロヴィス、意見を聞きたいのだが」
「いかがなさいましたか、パーニス殿下」
クロヴィスは生真面目な顔で「なんでもお聞きします」と言ってくる。
話をしかけたものの、この男は相談相手として不適切な気がする。
「なんでもない。すまない」
視線を逸らすと、クロヴィスは悲痛な声になった。
「仰らずともわかります、殿下」
なに? 俺の不埒でくだらない下の悩みが理解されているだと?
この男を見くびっていたか。
「そ、そうか。言わずともわかってくれるとは……頼もしいな。以心伝心か。クロヴィスは俺の理解者なのだな」
このような悩みを理解されるというのは恥ずかしいが、頼もしくもある。
「俺とクロヴィスは毎朝一緒に走り込みをする鍛錬仲間で、友人だからな。……嬉しいものだ」
「こ……光栄でございます! 私はてっきり殿下がお怒りで、私に絶縁を突きつけられるかと思っておりましたのに」
「絶縁? 俺は確かに絶縁の危機にあるが、なぜお前に俺が怒るんだ?」
「殿下に謝らねばならないと思っていたのです」
「……なにを?」
どうも話がかみ合っていない気がする。
俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが?
クロヴィスを見ると、前髪に手をあてている。正確に言えば、髪留めに。
「殿下の婚約者令嬢からいただきました」
「ふむ」
なんだ、その程度。マリンベリーはよく気の利く娘なので、クロヴィスの前髪が気になったのだろう。親切だ。
「以前から早朝の走り込みを見守ってくださっている彼女に憧れており……彼女に懸想してしまい」
「……! なん……だと……」
クロヴィスは思いつめた顔で俯いた。
冗談を言う男ではない。胸の前でグッと拳を握る姿は、本気だ。この男は本気で言っている。
「実家の父兄たちがそれを面白がり、殿下が婚約破棄されそうなのをいいことに魔女家に婚約申し込み書を送ってしまったのです……誠に申し訳ございません……」
衝撃の展開だ。この男が下手をすると自分の婚約者を奪うかもしれない、だと。
しかも、この後ろめたそうな顔。歯切れの悪さ。
おい……まだあるのでは? どうなんだ、クロヴィス?
「まだあるのだろう、クロヴィス? 言え」
ごくりと生唾を呑み覚悟を決めると、クロヴィスは告白した。
「私の部屋に……マリンベリー嬢の姿絵を飾っております」
「なっ――――」
パーニスは絶句した。
それはもしや、あれか? 一周回って元々しようとしていた話題『自室で妄想自慰』に到達してしまうのか?
「お、お前……姿絵で妄想して慰めているのか、自分を……」
恐る恐る確認すると、クロヴィスは顔を赤らめ、苦しそうな顔になった。
そうか、そうなのか。生真面目で清廉潔白なタイプだと思っていたが、お前もやはり雄だよな。
同じ欲があり、同じ葛藤を抱き、同じ女を――――待て。この男、俺の婚約者を妄想で汚しているのか?
「クッ……、なんということだ。俺たちは気が合うと思ったが、女の好みまで……」
クロヴィスは正解を教えてくれた。
妄想で汚すのも、アウトだ。罪深い。嫌悪感がこれほど大きいとは。
「クロヴィス……俺はお前が同じ悩みと欲を持て余す同志だとわかって嬉しいのだ。だが、お前が俺にとって唯一無二の聖女を日々妄想で汚していると思うと……殺してやりたくなる……!」
「で、殿下……っ」
「俺はお前のことをいい奴だと思っていたのに……!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません……!」
ただならぬ雰囲気の二人に、避難所の人々は聖女の来訪も忘れ、何事かと見守った。
「クロヴィス・フィア・ロクフォール準男爵令息……お前との仲も今日までだ。俺はお前をランチ会から追放する!」
人々が見守る中、英雄王子パーニスは学友クロヴィスに断罪を言い渡し、クロヴィスはがっくりと膝をついて項垂れ――そんな現場に、2人が争う原因となった聖女マリンベリーはやってきたのだった。
「傷病者を癒してくださる……!」
入り口付近に人が流れていく。その先には聖女マリンベリーがいるということだ。
「裏口から出よう。俺はマリンベリーに……会いたくないと言われている」
避難所を巡る英雄王子一行は、人の流れに逆行するように奥に進んだ。
パーニスには、「こんな態度が望ましい」「このような俺が求められている」という自分像がある。
それだけに、婚約者マリンベリーへの失態が痛い。痛すぎる。
理想の俺であれば、現実を見誤らなかった。
どのようなコンディションでも冷静で、いかに妄想の彼女が愛らしくても……。
『ぎゅっと抱きしめてください』『やめないでください』――あれは本当に幻聴だったのだろうか。とても本物感があったのだが。思い込み薬と俺の妄想力のなせる技なのだろうか。
……待てよ。あの薬を解毒薬とセットで購入し、自室限定で服用すれば、妄想が楽しめる……?
いや、何を考えているんだ俺は。妄想で彼女を汚すな。
……しかし、現実で襲うより妄想で発散した方が罪は軽いのでは……?
「クロヴィス、意見を聞きたいのだが」
「いかがなさいましたか、パーニス殿下」
クロヴィスは生真面目な顔で「なんでもお聞きします」と言ってくる。
話をしかけたものの、この男は相談相手として不適切な気がする。
「なんでもない。すまない」
視線を逸らすと、クロヴィスは悲痛な声になった。
「仰らずともわかります、殿下」
なに? 俺の不埒でくだらない下の悩みが理解されているだと?
この男を見くびっていたか。
「そ、そうか。言わずともわかってくれるとは……頼もしいな。以心伝心か。クロヴィスは俺の理解者なのだな」
このような悩みを理解されるというのは恥ずかしいが、頼もしくもある。
「俺とクロヴィスは毎朝一緒に走り込みをする鍛錬仲間で、友人だからな。……嬉しいものだ」
「こ……光栄でございます! 私はてっきり殿下がお怒りで、私に絶縁を突きつけられるかと思っておりましたのに」
「絶縁? 俺は確かに絶縁の危機にあるが、なぜお前に俺が怒るんだ?」
「殿下に謝らねばならないと思っていたのです」
「……なにを?」
どうも話がかみ合っていない気がする。
俺は自室で妄想自慰をする話をしていたのだが?
クロヴィスを見ると、前髪に手をあてている。正確に言えば、髪留めに。
「殿下の婚約者令嬢からいただきました」
「ふむ」
なんだ、その程度。マリンベリーはよく気の利く娘なので、クロヴィスの前髪が気になったのだろう。親切だ。
「以前から早朝の走り込みを見守ってくださっている彼女に憧れており……彼女に懸想してしまい」
「……! なん……だと……」
クロヴィスは思いつめた顔で俯いた。
冗談を言う男ではない。胸の前でグッと拳を握る姿は、本気だ。この男は本気で言っている。
「実家の父兄たちがそれを面白がり、殿下が婚約破棄されそうなのをいいことに魔女家に婚約申し込み書を送ってしまったのです……誠に申し訳ございません……」
衝撃の展開だ。この男が下手をすると自分の婚約者を奪うかもしれない、だと。
しかも、この後ろめたそうな顔。歯切れの悪さ。
おい……まだあるのでは? どうなんだ、クロヴィス?
「まだあるのだろう、クロヴィス? 言え」
ごくりと生唾を呑み覚悟を決めると、クロヴィスは告白した。
「私の部屋に……マリンベリー嬢の姿絵を飾っております」
「なっ――――」
パーニスは絶句した。
それはもしや、あれか? 一周回って元々しようとしていた話題『自室で妄想自慰』に到達してしまうのか?
「お、お前……姿絵で妄想して慰めているのか、自分を……」
恐る恐る確認すると、クロヴィスは顔を赤らめ、苦しそうな顔になった。
そうか、そうなのか。生真面目で清廉潔白なタイプだと思っていたが、お前もやはり雄だよな。
同じ欲があり、同じ葛藤を抱き、同じ女を――――待て。この男、俺の婚約者を妄想で汚しているのか?
「クッ……、なんということだ。俺たちは気が合うと思ったが、女の好みまで……」
クロヴィスは正解を教えてくれた。
妄想で汚すのも、アウトだ。罪深い。嫌悪感がこれほど大きいとは。
「クロヴィス……俺はお前が同じ悩みと欲を持て余す同志だとわかって嬉しいのだ。だが、お前が俺にとって唯一無二の聖女を日々妄想で汚していると思うと……殺してやりたくなる……!」
「で、殿下……っ」
「俺はお前のことをいい奴だと思っていたのに……!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません……!」
ただならぬ雰囲気の二人に、避難所の人々は聖女の来訪も忘れ、何事かと見守った。
「クロヴィス・フィア・ロクフォール準男爵令息……お前との仲も今日までだ。俺はお前をランチ会から追放する!」
人々が見守る中、英雄王子パーニスは学友クロヴィスに断罪を言い渡し、クロヴィスはがっくりと膝をついて項垂れ――そんな現場に、2人が争う原因となった聖女マリンベリーはやってきたのだった。
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