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2章、第二王子は魔王ではありません

57、皆、聞いてくれ。俺の婚約者が俺のことを好きだと言ったんだ(2章エンディング)

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『結構好きです』
『好きです』
『好きです』
 
 ……

「俺のことが好きだと……」

 婚約者が俺のことを好きだと言った!

 婚約者が俺のことを好きだと言った……!

 第二王子パーニスは馬車の中で片手で口元を覆い、陶然とした。
 頬が火照り、どうしようもなく口元が緩んで、止められない。
 

「殿下、おかえりなさいませ」
  
 王城に馬車が着き、馬車の外に兵士たちが待機する。
 貴き身分の人物を護衛するためだ。
 兵士たちの目には憧憬と誇りがあった。
 
 なにせ、馬車の中にいる人物は建国の英雄王の生まれ変わりにして、魔王討伐の英雄王子なのだ。
 兵士たちには当然、熱烈な愛国心がある。
 
 我らが愛しき王国ばんざい!
 我らが貴き王室、気高い!

 推しという感情に似ている。
 お仕えする国家や王室が立派で評判がいいと、兵士たちは嬉しく誇らしくて幸せなのだ。
 
 貴き王子を出迎え、お守りするのだと張り切る兵士たち。
 だが、王子はなかなか出てこなかった。
 
「殿下……ご体調でも優れないのでしょうか?」

 恐る恐る声をかけること、数秒。
 馬車の中からぶつぶつと小声が聞こえてきて、兵士たちは顔を見合わせた。

 我らが貴き王子殿下のお声は、兵士に向けたものであろうか? 
 そうであれば全身全霊で聞き取るが、もし単なる独り言であれば聞いてはいけないので、迷うところだ。

 しかし、迷ってる間に兵士のひとりが馬車の戸に耳をつけてしまった。

「ばっ……」

 なんという無礼な。王族の乗る馬車の戸に耳をつけるなど。馬車を汚すなど、とんでもない。
 こいつは解雇だ。それか地方に左遷される――そんな空気が満ちる中、その兵士は目を見開いた。

「殿下はまるで泥酔されているようにふわふわした風情で『オレ、オレ』と繰り返しておられる……おそらくご体調が優れぬのだろう」
「な、なんだと!」
「ご体調が優れぬようだ。お助けせねば!」

 緊急事態であったか。ならば、一刻を争う。礼儀などと言ってお命に万が一のことがあれば、許されぬ。
 兵士たちは馬車の戸に押し寄せた。タイミングよく馬車の戸がスパーンと開いて、全員が後ろに倒れるまでで瞬きするほどの寸劇だった。

「俺は無事だ。騒ぐな……いや、心配をかけたようだ。すまん」

 王子パーニスは、平然とした様子で外に出てきた。
 背に板でも入っているかのように背筋が綺麗に伸びていて、姿勢がいい。
 整った顔立ちは晴れやかで、やましさの欠片もない。なにひとつおかしなところのない、立派な王子――光輝くような存在感だ。
  
「で、殿下っ。ご無事でよろしゅうございました……兵士たちが失礼をいたしまして」
「かまわないぞ。俺を心配してくれたのだろう? ありがとう。心配をかけて俺も悪いのだ」
 
 侍従が頭を下げるのに手を振り、寛容な笑顔を見せる王子に、兵士たちは胸を熱くした。
 
 切れ目のない一人前のマントを背になびかせ、凛然とした英雄王子が自室へと歩いていく。
 足取りは軽く。

「ふ……ふふっ」
 
 数歩あるいてから、笑い声が零れる。
 我慢できない、言いたくて仕方ないという様子で、浮かれた声があげられる。

「皆、聞いてくれ。俺の婚約者が俺のことを好きだと言ったんだ。カフスもくれたんだぞ。兄上とお揃いなのが気になるところではあるが……彼女はそういうところがある……試されているんだ。俺を試して、困ったお姫様だな……! なんて可愛いのだろう!」

 王子は幸せそうだった。

 なるほど、馬車の中では喜びに浸っていたのだな。
 聞き耳を立てた者は納得して、微笑ましい気持ちになった。
 立派な王子は、青年らしく初々しい一面もあるのだな――と。
 
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 
『おとうさん、おしごと?』
 可愛い愛娘が「おやすみ」の挨拶にきて心配そうに言うので、父親は微笑んだ。
『すぐ終わるよ。先に寝ていなさい。おやすみ』
『おやすみなさーい』  
 
 その世界は、狭かった。
 正確に表現するなら、海洋部分が大部分を占めていて、陸地が狭いのだ。
 それも、人工の陸地である。
 
 守護大樹アルワースは、自身を巨大な植物形態に変え、その根を巡らせて人工の陸地を支えていた。自然の大地とカラクリ部分を接合し、魔力を流して生態系を育み、生かし、守ってきた。
 ――何百年も。
 
 人間の精神では想像しがたい行いだが、彼は成し遂げた。
 そして、その果てに、旧友マギライトの生まれ変わりである英雄王子パーニスに討たれたのである。
 
 アルワースの守護を失った国土は、魔王の呪いによる傷跡もあり、ぼろぼろだ。王子はアルワースの残骸を錬金術で活用し、これまでのように国土を維持しようと考えたようだが、簡単には復建できないのは間違いあるまい……。

『ふう……』 
 
 アルワースが守護する世界で、前世の記憶を思い出した娘がいた。
 パン屋の娘、ルミナだ。
 彼女は守護大樹アルワースに自分が日本人で、『カラクリ大樹の追憶と闇王子』というゲームをプレイした記憶があることを伝えた。この世界がゲームの世界だと訴えた。
 
 アルワースはパーニス王子に滅ぼされた後、二度転生した。

 それが、利上りがみ 拓海たくみ――ゲーム会社に勤める真凛の父。拓海だ。
 そして、拓海の人生が終わった後に過去のファンタジー世界に転生した。守護大樹がまだいない、世界が水没する前の時代の火竜になった。
 魔法使いたちが世界に干渉しまくった結果、壊れてしまった。拓海の脳内には、そんな空想図がある。

『娘に癒されたからかな。さっきまで思いつかなかったアイディアがどんどん出てくるじゃないか。ちょっとメモしてから寝よう』

 アルワースはとても長い時間、水没世界の増水の理由と、その解決方法を考えていた。

 水没世界の増水の理由は。

『かつて、この世界の守護者であった古代の魔法使い達が、環境を制御するために強力な魔法を用いました。例えば、夏の暑気や冬の寒気を穏やかにしたい、というように。
 また、カラクリ技術士たちはエネルギー源を求めて地中深くから資源を引き出し続けました。
 これにより、地殻構造と生態系のバランスが崩れ、気候変動を引き起こしたのです』 

 その解決方法は――

『ああ! ゲーム内に隠されたメッセージを残すのも楽しそうだな。本筋には関係のない、おまけ。隠しやり込み要素だ……ふふっ』 
 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 夏の足音を感じさせる暑気の中。
 キルケ様とお揃いの魔女帽子をしっかり被って、私、マリンベリーは聖女という肩書きを背負って、王城の大会議室に招かれていた。
 国土復建についての話し合いをするのだ。
 
 会議室にはパーニス殿下やイージス殿下も座っていて、目が合うと笑顔で小さく手を振ってくれた。

「うちの子の外泊は先日だけで十分だよ。聖女の仕事だからと言われても、遠出は許可しない」
「しかし、キルケ殿」
 
 キルケ様は私に「キミは寝てていいよ」などと言い、保護者オーラ全開で会議を回してくれている。

「3日間だ。貴族令嬢の名誉にかかわるというのに、王子はマリンベリーがどこにいるのかを秘匿していたんだ。王城で預かっているのかと思ったが、帰ってきたマリンベリーに聞いたところ、魔法学校の地下にある【フクロウ】のアジトにいたのだと言う。よってボクは王子に不信を表明する。婚約だって白紙に戻す」

 キルケ様は、パーニス殿下にお怒りらしい。
 
「キルケ殿が親バカを拗らせていらっしゃるぞ」
「こうなるとどうしようもないな……」 
「王子にも非があるだろう」
 
 ちょっと恥ずかしい。
 本当に寝たふりをしたくなる……。
 
 魔女帽子を両手で深めにかぶり直して顔が見えないように俯き、私は縮こまった。
 
「ボクは保護者なんだ。うちの子を犠牲にするくらいなら世界が滅べと言ってやるよ!」

 キルケ様が声を荒げている。
 過保護~って感じだ。恥ずかしいけど、嬉しくもある。
 マリンだった頃のマギライトお兄様や、地球世界で生きてた頃の両親を思い出す。
  
 思えば、水没期のマリンは『お兄様』という存在に憧れていた。
 だから、ウィッチドール家の養子となり、血のつながらない兄となったマギライトお兄様に『お兄様に憧れてたんです』って告げたんだけど、あれは照れ隠しでもあったと思う。
 格好良い異性といきなり近い距離感で毎日接するようになったから。それも、自分がピンチなときに助けてくれた美男子だ。異性として意識して当然だよね。
 マリンの妹のウォテアなんかはわかりやすく意識して、距離を取って避けていたものだ。
 マリンは「私たちは兄妹」と一線を引いて、それを口に出して意識してたんだ……と、マリンベリーになった私は思うのだった。
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