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2章、第二王子は魔王ではありません
55、『嘘をついていますか?』or『なんでもない』
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美しい星が流れる景色を見つめながら、第一王子イージスは密かに戸惑っていた。
『お兄様ができたんです。紹介しますね、アークライト様』
妹のように想っていたマリン。
彼女が連れてきたのは、不遜で才能豊かな青年マギライト。
彼はどう見てもマリンに気があったが、兄という家族に憧れていたマリンからは、異性として意識されない。その一方通行さが微笑ましい。
『お前本当に人間か? あっちは頭のネジが飛んでやがるし……くそっ……』
妹を喜ばせたいらしい。
自分やアルワースが世間的に評価されていて、婦女子にも人気があったので、観察して何か真似できないかとしている。
嫉妬心がわかりやすく、努力している姿は滑稽に思える時もあって、可愛げのある男だ。
『マギライトに教えてあげましょうか……』
自分は聖人君子などと言われているが、別にそうではないということを。
『……私がマリンに婚約を申し込もうと思っていることを……?』
きっと彼は傷つく。そう思うと、複雑な気持ちだ。
彼女は子どもの頃から近くにいて、『お兄様』は私のポジションだった。
血のつながりはないが私をお兄様だと思っていい、と伝えたのに、「殿下は殿下です」と言っていた。王族の身分が一線を作っていたように思う。
『はっはっは。マギライトが私に嫉妬するように、私も彼に嫉妬したのだと教えたら、どんな顔をするでしょうね……?』
もう一人の友人は、眉を寄せた。マギライトに「頭のネジがぶっ飛んでいる」と言われた彼だ。
『趣味が悪いよ、アークライト。がっかりだな』
彼は――
『マギライトは君と違って魔法の才能が傑出している。君の価値は王族であること。お飾りくらいいにしかなれないのだから、有益な男の心を傷付けて才能の足を引っ張るな』
きっぱりと言ってから、「言い過ぎた、すまない」と謝ってくれる。アルワースには、そんなところがあった。
人間を「役に立つかどうか」で順位付けしていた。
水没期を迎えてから、その傾向は顕著になった。もう少し精密に精神分析をするとしたら、冷静に追い詰められていったのだと思う。
彼は問題を解くのが好きな男だった。
解けない問題を嫌っていた。水没期という問題は大きく、解決が困難で、手持ちの材料を使ってそれが解決できないと気付いた彼は苦悩していた。
自分たちは助からない。皆がそう絶望するとき、彼は「方法はある」と唱え続けたが、誰より聡い彼はきっと掲げた方法論で皆に希望を抱かせつつ、「その方法でも助からない」というより深い絶望の汚泥の中でもがいていたのではないだろうか。
(おやおや……? この記憶は……?)
「私が、アーク……? ん? でも、パーニスが自分で言って……?」
自分がアークライトという王子だった記憶が急に蘇ってきて、イージスは驚いた。
つい先日までは「自分の中に魔王の人格がある」と悩んでいたのに、魔王の人格が消えたと思ったら前世を思い出すなんて。
自分という存在はなんて複雑怪奇で意味不明なのだろう。
ところで、すぐ隣で星空を見上げるパーニスは「俺がアークライトの生まれ変わりだ」と公言しているのだが……?
弟は嘘をついているのだろうか? 聞いてみようか?
自分の記憶について打ち明けて、「どう思いますか?」と尋ねてみようか?
「パーニス? ……思い出したのですが……」
吐息交じりに呟くと、弟が「ん?」と視線を注いでくる。
「何を?」
イージスの脳内に、選択肢が生まれる。
『嘘をついていますか?』or『なんでもない』
弟は、長い間「魔王の生まれ変わりではないか」と疑われ、不憫な境遇にあった。
兄であるイージスが魔王の人格に体を乗っ取られがちで、積極的に弟の立場を悪くしてきたのだ。
それなのに兄を助けてくれて、王子としての評判を回復し、国を背負う覚悟もあるのだという。
魔王も倒してくれた。
『足を引っ張るな』
アルワースの言葉が思い出される。
……弟が「建国の英雄王の生まれ変わり」を名乗りたいなら、名乗らせてあげたらいいじゃないか。
真実よりも、時として嘘の方が国のためになるのではないか。
今さら、「弟が嘘を言っています」と言い出して、世の中を引っ搔き回して、誰が得をするというのか。
「いえ、……なんでも。なんでもありません」
イージスは真実を自分の中にしまい込んだ。
魔王の人格を抱えていた頃、こんな風に友人たちに囲まれて誕生日を祝ってもらえるとは思っていなかった。
この特別な日常は、何事にも代えがたい。
月日はあの流星のごとく過ぎていくもので、永遠に続くような気がしていた過去は、あっという間に思い出になった。
現在に感謝しよう。
現在を、大切にしよう。
イージスは友人たちをひとりひとり見て、微笑んだ。
「私が今、こうして普通に過ごせているのは、皆さんのおかげです。ありがとう」
弟を見て、ふと思う。
……懐かしい。
この敵意と友情の入り混じった眼差し。
表面上なんでもないように装いつつ、隣にいる大切な婚約者への独占欲と執着心が隠しきれていない、この気配。
――あっ、そうなのか?
閃きは星の瞬きのように一瞬だった。
(弟は、マギライトなんだ)
そんな閃きの後で、「では私の肉体に宿っていたマギライトの人格は? 弟が倒した魔王は?」という問いも生まれる。
直感では弟がマギライトなのだが、これまでの事実を列挙するとそれはおかしい。
イージスは興味深い現実を受け止め、飲み下した。
事実がどうあれ、弟もマギライトも彼にとって好ましく、仲間で、友人で、好敵手で――家族だと思える。
結果的に彼と婚約者が幸福で、脅威が排除されて国が安泰と言えるなら、それでいいのではないか。
イージスは、そう思った。
『お兄様ができたんです。紹介しますね、アークライト様』
妹のように想っていたマリン。
彼女が連れてきたのは、不遜で才能豊かな青年マギライト。
彼はどう見てもマリンに気があったが、兄という家族に憧れていたマリンからは、異性として意識されない。その一方通行さが微笑ましい。
『お前本当に人間か? あっちは頭のネジが飛んでやがるし……くそっ……』
妹を喜ばせたいらしい。
自分やアルワースが世間的に評価されていて、婦女子にも人気があったので、観察して何か真似できないかとしている。
嫉妬心がわかりやすく、努力している姿は滑稽に思える時もあって、可愛げのある男だ。
『マギライトに教えてあげましょうか……』
自分は聖人君子などと言われているが、別にそうではないということを。
『……私がマリンに婚約を申し込もうと思っていることを……?』
きっと彼は傷つく。そう思うと、複雑な気持ちだ。
彼女は子どもの頃から近くにいて、『お兄様』は私のポジションだった。
血のつながりはないが私をお兄様だと思っていい、と伝えたのに、「殿下は殿下です」と言っていた。王族の身分が一線を作っていたように思う。
『はっはっは。マギライトが私に嫉妬するように、私も彼に嫉妬したのだと教えたら、どんな顔をするでしょうね……?』
もう一人の友人は、眉を寄せた。マギライトに「頭のネジがぶっ飛んでいる」と言われた彼だ。
『趣味が悪いよ、アークライト。がっかりだな』
彼は――
『マギライトは君と違って魔法の才能が傑出している。君の価値は王族であること。お飾りくらいいにしかなれないのだから、有益な男の心を傷付けて才能の足を引っ張るな』
きっぱりと言ってから、「言い過ぎた、すまない」と謝ってくれる。アルワースには、そんなところがあった。
人間を「役に立つかどうか」で順位付けしていた。
水没期を迎えてから、その傾向は顕著になった。もう少し精密に精神分析をするとしたら、冷静に追い詰められていったのだと思う。
彼は問題を解くのが好きな男だった。
解けない問題を嫌っていた。水没期という問題は大きく、解決が困難で、手持ちの材料を使ってそれが解決できないと気付いた彼は苦悩していた。
自分たちは助からない。皆がそう絶望するとき、彼は「方法はある」と唱え続けたが、誰より聡い彼はきっと掲げた方法論で皆に希望を抱かせつつ、「その方法でも助からない」というより深い絶望の汚泥の中でもがいていたのではないだろうか。
(おやおや……? この記憶は……?)
「私が、アーク……? ん? でも、パーニスが自分で言って……?」
自分がアークライトという王子だった記憶が急に蘇ってきて、イージスは驚いた。
つい先日までは「自分の中に魔王の人格がある」と悩んでいたのに、魔王の人格が消えたと思ったら前世を思い出すなんて。
自分という存在はなんて複雑怪奇で意味不明なのだろう。
ところで、すぐ隣で星空を見上げるパーニスは「俺がアークライトの生まれ変わりだ」と公言しているのだが……?
弟は嘘をついているのだろうか? 聞いてみようか?
自分の記憶について打ち明けて、「どう思いますか?」と尋ねてみようか?
「パーニス? ……思い出したのですが……」
吐息交じりに呟くと、弟が「ん?」と視線を注いでくる。
「何を?」
イージスの脳内に、選択肢が生まれる。
『嘘をついていますか?』or『なんでもない』
弟は、長い間「魔王の生まれ変わりではないか」と疑われ、不憫な境遇にあった。
兄であるイージスが魔王の人格に体を乗っ取られがちで、積極的に弟の立場を悪くしてきたのだ。
それなのに兄を助けてくれて、王子としての評判を回復し、国を背負う覚悟もあるのだという。
魔王も倒してくれた。
『足を引っ張るな』
アルワースの言葉が思い出される。
……弟が「建国の英雄王の生まれ変わり」を名乗りたいなら、名乗らせてあげたらいいじゃないか。
真実よりも、時として嘘の方が国のためになるのではないか。
今さら、「弟が嘘を言っています」と言い出して、世の中を引っ搔き回して、誰が得をするというのか。
「いえ、……なんでも。なんでもありません」
イージスは真実を自分の中にしまい込んだ。
魔王の人格を抱えていた頃、こんな風に友人たちに囲まれて誕生日を祝ってもらえるとは思っていなかった。
この特別な日常は、何事にも代えがたい。
月日はあの流星のごとく過ぎていくもので、永遠に続くような気がしていた過去は、あっという間に思い出になった。
現在に感謝しよう。
現在を、大切にしよう。
イージスは友人たちをひとりひとり見て、微笑んだ。
「私が今、こうして普通に過ごせているのは、皆さんのおかげです。ありがとう」
弟を見て、ふと思う。
……懐かしい。
この敵意と友情の入り混じった眼差し。
表面上なんでもないように装いつつ、隣にいる大切な婚約者への独占欲と執着心が隠しきれていない、この気配。
――あっ、そうなのか?
閃きは星の瞬きのように一瞬だった。
(弟は、マギライトなんだ)
そんな閃きの後で、「では私の肉体に宿っていたマギライトの人格は? 弟が倒した魔王は?」という問いも生まれる。
直感では弟がマギライトなのだが、これまでの事実を列挙するとそれはおかしい。
イージスは興味深い現実を受け止め、飲み下した。
事実がどうあれ、弟もマギライトも彼にとって好ましく、仲間で、友人で、好敵手で――家族だと思える。
結果的に彼と婚約者が幸福で、脅威が排除されて国が安泰と言えるなら、それでいいのではないか。
イージスは、そう思った。
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