甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

文字の大きさ
上 下
57 / 77
2章、第二王子は魔王ではありません

54、『アンナだと言う』or『気づかないふりをする』

しおりを挟む
 三日も寝ていたので、体が弱っている感じがする。

 寝台から起き上がって歩こうとすると、くたりと膝が崩れそうになった。
 
「危なっかしくて目が離せないな」
  
 パーニス殿下は倒れかけた私を支えて座らせてくれた。
 そして、私の頭に手を添えて反対側のこめかみにキスをした。

 その瞬間に、なんとなく魂にキスをしていたマギライトお兄様が思い出される。
 懐かしいような切ないような気分だ。

「食事の後で家まで送ろう。魔女家当主のキルケも心配しているし……ずっと2人でいると俺がお前を襲ってしまいそうだからな」
「襲っ……」

 タイミング悪くドアを開けて食事を運んできた仮面の女騎士が「きゃー! お邪魔しちゃいましたねー!」と興奮している。赤い髪の女騎士……どう見てもアンナだ……。

 私の脳内に一瞬だけ迷いが生まれる。
 『アンナだと言う』or『気づかないふりをする』みたいな。
 少し迷ってから、私はアンナに声をかけてみた。

「アンナも【フクロウ】のメンバーだったのね」
「お嬢様! 私の正体に気付いてくださったんですね……! 愛を感じました!」

 声をかけてみると、間違いなくアンナ本人だった。
 
 気付いてほしかったんだ……?

 前から思ってたけど、アンナってちょっと掴みどころがなくて変なメイドだよね。
 
 家に戻った私は、アンナやキルケ様から自分が寝ている間に起きた出来事を聞いた。
 
「驚いたことに、パーニス殿下は建国の英雄王アークライト様の生まれ変わりなのだとか」
「ええっ?」

 ――初耳の情報にびっくりしつつ、日常が戻ってくる。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
 六果の六枝……6月6日。
 
「魔王討伐を祝って乾杯! 皆で守護大樹アルワースに感謝しよう。そして、二人の王子の生誕の日も祝おう……」
 
 千の勇者がアルワースからたまわった枝を燃やし、空に煙がたなびいた。
 魔女家と賢者家の魔法使いたちが守護大樹を解体していく。

 根は錬金術で自然の土に変え、地上に出ている樹木の部位は建築材や畑の肥やしに。
 守護大樹アルワース直々に「こうしてほしい」と願ったので、どこからも文句は出なかった。
 
 魔王討伐祝いと二人の王子の誕生日祝いという二大慶事のおかげで、「守護大樹様が失われて悲しい」というムードよりも「守護大樹様はいなくなるが、めでたい」というムードが強い。

 黒薔薇邸ががれきの山と化した外務大臣ヴァラン伯爵は、外交大使として隣国に令息と一緒に向かう意向を表明した。
 大使は他国への外交使節団の中では最高位だが、大臣より下なのは明らかだ。彼は降格するのである。
 「屋敷も破壊され、踏んだり蹴ったりではないか」という視線にさらされながらも、ヴァラン伯爵は朗々と唱えた。
 
「これを機に息子と過ごす時間を増やし、自分自身も人間として成長できればと考えております」

 彼の息子は、魔王を匿ったという噂がある。
 さらに言うなら、英雄王子の称号を手に入れた第二王子パーニスの婚約者に堂々とアプローチして、街中でデートまでしたのだ。父であるヴァラン伯爵は令息を止めるどころか、その罪をもみ消してやると言った。
 
 デートの様子や親バカ発言の数々については、証言がたくさん寄せられている……。
  
「我が家が更地になるくらい、本望でございます。人命に被害が及ばなかったのが喜ばしい。魔王による国土破壊や、それ以前からの災害で困窮している難民もいますしね。貴族とは国家のため、民のために我が身を犠牲にすることを厭わないからこそ、『とうとい者、敬われる者』と呼ばれるのです」
 
 ヴァラン伯爵は立派なことを言い、頭を下げた。

 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 

「ということがあって、僕はしばらく隣国のアクア・セレスティアに行くんだ。我が家が新しく建て直し完了となるころには、帰国できるんじゃないかと思うんだけど」
 
 ――翌日の夜。
 
 魔法学校の『ランチ会』メンバーで貸し切りにしたカフェ・コンチェルトで、イアンディールは隣国への留学の予定を告げた。
 
 以前、約束した誕生日会だ。

 店員が誕生日を祝う合唱を披露してくれるので、皆も歌声をあわせてお祝いをした。

「ハッピーバースデー!」

 公式のパーティと違い、身内な雰囲気だ。みんながプレゼントを渡していく。 私は兄弟お揃いのカフスを贈り、喜んでもらった。
 
「我が家の新商品ですの!」
  
 アルティナが実家の商品であるクラッカーを鳴らし、エリナはカフェ・コンチェルトのご馳走に負けじと全員の好物のパンをテーブルに並べる。
 どちらも商魂たくましいが、カフェ・コンチェルト側も「2人の王子殿下の誕生日祝いをした店」として店を宣伝する気満々だ。
 
 カフェ・コンチェルトの名物バースデーケーキは、魔法のクリームで彩られたペタルケーキ。見た目がお花みたいで、可愛い。
 クッキーサンドはキャラメルクリームが甘々。
 白い貝と赤いトマトを緑葉野菜と一緒にリース形に飾ったおしゃれなサラダも、美味しい!
 
 黒狼姿のセバスチャンと、セバスチャンの尻尾にくるまって丸くなっている耳長猫のルビィもご馳走をお皿に分けてもらった。
 
「わん、わんっ」
「きゅう~♪」

 はちきれそうなほど全力で尻尾を振って喜んでいる姿に、店員さんが「可愛い」とニコニコしている。

 クロヴィスは目隠しを外してちょっとしんみりした顔付きになっている。
 口にはしないけど、親しかったイアンディールがいなくなるので寂しいのだろう。
 
「兄上、最近の俺のお気に入りを教えましょう」
「ほう?」
「手をこうやって……」  
 
 イージス殿下とパーニス殿下がハイタッチを交わしている。
 仲の良い兄弟って感じだ。
 
 私たちが和やかに過ごしていると、店員が声をかけてきた。
 
「夜空に流星群が見られるようです」 

 珍しい。揃って外に出ると、夜空にいくつもの流れ星が綺麗な光の筋を描いていた。
 
「わあ~~っ、綺麗……! あっ、お願い事をしたら叶うかな? 来年もみんなでこんな感じで集まれますように、とか……」

 私がいそいそとお願いごとをすると、他の皆もそれぞれ何かを祈り出した。
  
「そのお願い、とてもいいね。同じことを願うよ」
 と、イアンディールが。
「では、私も」
 と、クロヴィスが。
「お金お金。とにかくお金がほしいですわ~!」
 と、アルティナが。
「パン屋が潰れませんように」
 トブレット・ベーカリーの経営が心配になることを、エリナが。
 
「わふ、わふ」
「きゅいっ」
 セバスチャンとルビィも仲良く夜空を見上げて、祈っている様子。
   
「あれ?」
 
 そんな中、イージス殿下が不思議そうに呟くのが聞こえた。

「私が、アーク……? ん? でも、パーニスが自分で言って……?」

 イアンディールが「いかがなさいましたか」と問いかけると、イージス殿下は「なんでもありません」と首を横に振った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 星が流れていくのを見ているうちに、パーニスは過去の記憶を思い出した。

「食べ物や服を支援してあげようとは、さすが王族はお優しいよな。だが、忠告してやるぜ。『てめえらで仲良く分け合え』と言って支援しても、もらった奴らは自分が利益を独占しようと争い始める。他人と分け合うより他人の持ってるのを奪おうとする。絶対だ」

 星が流れる。
 過去、友人と一緒にこんな夜空を見たことがあった。
 
 マギライトはその生い立ちゆえに「王侯貴族の施しに虫唾が走る」と感じる感性の持ち主で、才能があり、かつ「お優しい」友人アークライトに、よくムカムカしていたのだった。

「余裕がなく、奪われ続け、困窮した人々。彼らは、奪うことに抵抗がない。助けてくれた相手に恩を感じない。下手をすると『憐れまれた』と腹を立てたり、『愚かなカモだ』と全てを奪おうとしたり、贅沢になっていって『不満だ、物足りない』と攻撃してくるぞ」

 友人は、優しい綺麗ごとを言うのだと思った。可哀想とか。貴族の義務とか――あのヴァラン伯爵のように。
 だが。

「限度を超えた惨めさは犯罪を誘発し、社会全体を不安定にする。だからこそ、社会を構成する個人の抱える惨めさが一定値を超えないようにコントロールする。それが福祉という考え方です。それは、かわいそうな人を救ってあげるためのお情けではありません。社会を不安定にする要因を取り除くために、最低限の安定した環境を整備する……そんな安全策なのです」

 アークライトは星を背負うようにしてそんなことを言ったので、マギライトは彼ともっと話してみたくなったのだった。

 世界を飲みこむ海水は、最初は自然現象としてゆっくり増加していた。
 途中から急速に増えたのは、人間の魔法使いのせいだ。

「緊急事態だから、瀬戸際だから。そんな理由でアルワースを許すと、あいつはどこまでもやべえことをするぞ。強化劇薬ドーピング薬だってあいつが作ったんだ。人間を人間と呼べなくなる生き物にする実験もしてる。人間を使って実験してる。俺たちは本当に、生存するためなら何をやってもいいのか?」

 答えの出ない問題があった。
 繊細で、正解が誰にも言えないような、種族の生存と倫理観を天秤にかけた問いだった。

「母親が死にかけている子がいるとして、アルワースは母子を助ける。母子から見ると、彼は善人だ。でも、アルワースは母子を助けるために誰かの息子を殺す。彼の親から見ると、アルワースは悪人だ。さらに、私が死にかけた時、必要であればアルワースは自身が助けた母子も殺すだろう……」

 ところで俺のドリンクグラスにアルティナが媚薬を盛っているのだが、何を考えているのだろう……。帰りの馬車で送り狼になれとでも言うのだろうか?
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】婚約破棄されたけど、なぜか冷酷公爵が猛アプローチしてきます

21時完結
恋愛
婚約者である王太子からの突然の婚約破棄。 「お前とは政略結婚だったが、本当に愛する人と結婚する」 そう言われた公爵令嬢のエリスは、社交界の前で屈辱を味わう。だが、そこで思いがけない人物が口を開いた。 「ならば、俺と結婚しよう」 冷酷と名高い公爵、アレクシスが突如彼女に求婚したのだ。戸惑うエリスだったが、彼の真剣な眼差しに流されるように婚約を承諾することに。 しかし、結婚後の彼はなぜか溺愛モード全開! 「お前は俺のものだ。他の男に微笑むな」 「昔からお前が欲しくてたまらなかった」 冷徹な仮面を外し、愛を隠そうとしない公爵に、エリスは困惑するばかり。 さらには、婚約破棄したはずの王太子が、彼女を取り戻そうと動き出して…? これは、婚約破棄から始まる、冷酷公爵の一途な溺愛物語。 「もう絶対に離さない」 ――愛を隠していた男の、猛攻が今始まる!

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

処理中です...