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2章、第二王子は魔王ではありません

53、俺が悪かった。許してくれ。メロンパンは残り19個だ。

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 マリンベリーは、【フクロウ】のアジトで眠っていた。
 婚約者である第二王子が魔王討伐をする間、深く深く眠り、この世に生まれる直前の魂の記憶を思い出していた。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 時は、マリンベリーが生まれる前のこと。
 場所は、転生前の魂が訪れる空間で。
 
「私、死んじゃったんだ……っ? なんか、日本人になる前のマリンの記憶を思い出したんだけど……死んだ後に前世を思い出すって、おかしくない?」
   
 『私』は、マリンの死の直後までの記憶を思い出して、困惑した。

 マリンだった私は、『マギライトお兄様が敗北してアルワースが守護大樹になるまで』を魂の状態で観て、魂は世界を離れ、転生した。
 
「えっと、それで? この後、私はまた転生するの?」
  
 具体的に現在の状況を説明すると、川をどんぶらこっこと流れている桃くらいの大きさの光の塊が、私だ。

 死後の魂は、転生するために川を流れていく。
 その川のことを、便宜的に『転生川てんせいがわ』と呼ぶことにしよう。

 転生川は、二つあった。
 
 真ん中に陸地があって、左右に二つの転生川が流れている。上には星空が広がっていて、左右の風景は都市風景だったり森林だったり、刻一刻と変化する不思議な風景だ。 
 
 魂は転生川を流れながら、走馬灯のように記憶を振り返っていく。
 そして、流れ着く先には転生先の世界がある。
 守護大樹が人類を強引に存続させたファンタジーな世界と、魔法のない地球世界だ。
 
「これって……ひとつしかなかった世界が二つになっちゃったんだよね……」

 洗われてまっさらな新品みたいな魂になるのかと思いきや、死んだ後に前世を思い出している。
 でも、新しい人生が始まると、その人生の間は前世の記憶がない?
 
 ちょっと不思議。どういう理屈なんだろう?
 
 私がぼんやりと神秘を感じながら転生川に流されていると、声が聞こえた。
 
「以前は、魂は同じ世界で新しい生命として生まれ直していた。しかし、世界が二つになってしまったので、魂は二つの世界を行ったり来たりするようになり……」
 
「へっ……」

 ――マギライトお兄様だ。陸地にいる。

「記憶が思い出せたり思い出せなかったりするのは個人差があるが、死後の俺の研究と実験による現象だ」

 お兄様は、色が抜け落ちたみたいに髪も瞳も真っ白だ。
 それに加えて純白のローブ姿で、とにかく驚きの白さでぽつんと陸地に座っている。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
「マギライトお兄様!」
「……懐かしいな。その呼び方」

 お兄様は、私を眩しそうに見つめた。

「記憶がありそうだな、その様子だと。そして、お前は日本人の人生を過ごした後でも俺を兄と呼ぶのか。ふむ……魂の自我とは……」
 
 彼は私にとって頼もしい存在だ。
 血の繋がりはないが、家族だし。
 私よりも魔法の扱いがたくみで、強いのだ。

 転生川から私(魂)を救い上げたお兄様は「口がないのにどうやって喋ったんだ? 他の魂が喋ったところは見たことがないが」と言いながら魂の表面にキスをした。
 魂状態の私は桃サイズの球体なので、果実に口付けするようなものだ。

「会話できるのが嬉しい。愛しているぞ、マリン。以前の人生では伝えられなかったが」

 愛しそうに情熱的に言ってくれるが、客観的に見ると果実に向かって愛を囁いているようなものだ。
 でも、好意を伝えてくれるのは純粋に嬉しい。
 このお兄様は血のつながりがないから家族だと思ってくれてないかもと感じた時もあったけど、ちゃんと私のことを妹として認めてくれていたんだ。
 日本人の人生を経験してからだと、欧米チックというか、愛情の伝え方が恋人みたいだなって思っちゃうけど。

「ありがとうございますお兄様。私もお話できてうれしい! 愛しています」

 「愛しています」なんて言うのは恥ずかしい感じもするけれど、なにせ2回も死んだ経験があるので、「恥ずかしがったりせず、思ったことはその場で伝えなきゃ」という感情が恥じらいに勝った。
 
「……! そ、そうか。お前、俺を愛しているか。うれしいと言ってくれるのか」

 お兄様は喜んでくれて、魂の私を大切そうに抱きしめて何度もキスをした。
 愛情表現が激しい。こんな人だったっけ。
 いや、でも死んだ後だし、私が「その場で伝えなきゃ」と思うようになったみたいに、お兄様も「愛情を伝えなきゃ」と思うようになったのかもしれない。
 死ぬという経験はやっぱり、価値観、変わるよね。
 「あの時これやっとけばよかった」ってなるもん。
 未練がないように今を大事にしようってなるもんね。

「結婚しよう」
「わー、言われてみたかったセリフです。お兄様も言ってみたいセリフでした? でもお兄様……私たち、死んでますからねえ……」
「生まれ変わってから結婚しよう。俺は必ずお前を見つけ出す」
「素敵ですね、そういうの。それにしても、先ほどお話なさっていた実験とかって、なんですか? それと、私が死んだ後って……」 
 
 私が尋ねると、お兄様は彼の記憶を語ってくれた。
  
 彼の語るところによると、世界に生きる人々の魂は、転生のたびに2つの世界を行き来するようになった。それも、時間軸が歪んでいて、過去に生まれ変わったり、未来に生まれ変わったりするらしい。
 例えば、同じ日本に連続で転生するとして、最初に2500年生まれの日本人になり、死んで転生した時は、2024年生まれの日本人になる……といった感じだ。
 
「俺は、ここで転生せずに実験してみた。この川の水が魂を洗い、記憶をなくしているのではないかと考え、川を流れていく魂の表面に防水の魔法を仕掛けて、記憶を完全に洗い落とされない状態で転生させてみたんだ」

 なんか、すごいことを言っている。
 そんなことができるの? 
 ……できるから言ってるんだろうけど。
 
「幸い、ここから世界の様子が覗き見できる。俺は実験結果をのんびりと見守った。もうひとつの世界を魂の奥深いところで知っているからだろうか、人々はもうひとつの世界に似た空想を絵に描き、物語った」
 
 彼は、実験結果について教えてくれた。
 
 ファンタジー世界を生きた人が、地球世界に転生して、ファンタジー世界で起きたことを小説やゲームとする。
 そして、地球世界で小説やゲーム知識を得た人が、ファンタジー世界に転生して、前世を思い出すことで――「この世界、前世で読んだ小説の世界だ!」とか「この世界、前世でプレイしたゲームの世界だ!」となる現象が起きるのだ。

「頭が痛くなってきますね、それ……」 
  
 魂状態の私には頭も胴もないけれど、お兄様は「よしよし」と魂を撫でてくれた。
 猫を可愛がるみたいに甘々だけど、ずっと孤独で実験していて久しぶりに家族に会ったのだもの。おかしくはないよね。
 なんか頬ずりされてるけど、誰でもこうなると思う。たぶん。
 
 でも、客観的に見たらお兄様、果実にキスしてなでなでして頬ずりしている変な人――ま、まあ、ここには他人の目もないしね!? 気にしない方がいいかな!?
 
 しかも。
 
「実験もひと段落したので、そろそろ自分で元いた世界に乗り込むかと思っていたところだった。呪いはあるが、そんなもんで世界は滅びないだろう。俺が直接乗り込んで行ってアルワースが大切に守護してる世界をぶっ壊してやる。ただ、転生する時代が選べないのがネックといえばネックか。いい時代に転生できるまで転生ガチャを繰り返すことになるかもしれん」

 ……なんだかとっても物騒なことを言ってる!
 
 しかも、「転生ガチャ」とか言ってる。地球世界用語だ。

「滅ぼした後、転生先はあっちの世界だけになるだろう。俺が転生できたら、あっちの世界でまた会おう。俺は必ずお前を見つけるから……結婚しような」

 チュッとキスをして、お兄様は私を地球世界に向かう転生川に放流し、自身はファンタジー世界に向かおうとした。
 
「待ってお兄様。私もそっちの世界に転生します! 一緒に行きます……!」

 この人を止めなきゃ。 
 私は手足のない魂の体で、必死に彼を追いかけた。
 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
 
「――――はっ」

 死ぬ前の魂の記憶を思い出したマリンベリーは、【フクロウ】のアジトで目を開けた。

「せ……世界、滅びてない……?」

 呟いた私の手が、誰かに握られる。
 びくりとして視線を向けた先には、白銀の髪の王子がいた。パーニス殿下だ。
 食べかけのメロンパンが袋に入れられ、未開封の袋が並ぶサイドテーブルに置かれる。
 思わず数を数えてしまった。残り19個?

「マリンベリー。三日も眠ったままで心配していたんだ。医者は精神的な疲労が原因だろうと言っていたが……お前は閉じ込められるのが嫌だと言っていたもんな。俺が悪かった。許してくれ……」
 
 蕩けるような眼差しで婚約者の目覚めを喜ぶパーニス殿下は、憔悴した顔だった。やつれた印象もある。目の下には隈もある。心配してくれていたらしい。でもメロンパンは食べてたんだろうな。
 
「私、三日も寝ていたんですか。殿下、ご心配をおかけしてすみません……」

 パーニス殿下の頬に手をあてると、彼はゆっくりと目を伏せて吐息をついた。
 
「お前が目覚めなかったらどうしようかと思ってメロンパンしか喉を通らなかったんだ」
「そういうのって『何も喉を通らなかった』って言うのがお約束だと思ってましたけど、メロンパンを召し上がられていてよかったです。でも、栄養が偏っちゃいますから、ちゃんとした食事も摂ってくださいね……」
「これから一緒に食事しよう。話したいことはたくさんあるんだ――そうそう、魔王は無事、討伐した。民を脅かす存在は俺が倒したので、安心してほしい」
 
 パーニス殿下が嬉しそうに微笑むので、私は複雑な気持ちになった。

 マギライトお兄様は、討伐されたのか……。
 
 そう思うと、胸の奥がズキリと痛む。
 私は、お兄様を大切な家族で、味方だと思っていたから。
 でも、お兄様が世界を滅ぼすのは止めたかったわけで……世界が滅びなかったのは、いいことだと思う。
 
 家族も、友人も、目の前にいる王子殿下も、彼が慈しむ民も、死なずに済んだのだ。
 
「世界を救ってくださって、ありがとうございました。パーニス殿下」

 私が言うと、パーニス殿下は両手を肩の高さで掲げた。
 ハイタッチだ。

 部屋の中にパシンと心地いい音が響く。
 王国に平和が訪れた音――パーニス殿下の勝利と、ハッピーエンドを彩る音だ。
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