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2章、第二王子は魔王ではありません
51、ざまぁみろと言ってやる(前半)
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――時が流れて。
今、マギライトの目の前には、『マリンだったもの』がある。
「マリンが死んだら、……意味がないじゃないか……」
痛かっただろう。苦しかっただろう。
つらかっただろう。怖かっただろう。
全員が助け合っても人間という種族の存続が困難な状況だ。
そんな中、自分の持っている能力を活かし、頑張ってきたマリンを、「アークライトに振られたから」などという戯けた理由で殺しただと?
救命しようとした医者だって、こんな世界では希少な人材で、軽々しく殺していい存在ではないのに。
思えば、世の中には……こんな醜悪さや理不尽さが当たり前に存在する。
愛らしいマリンやおかしな友人たちの輪の中にいて忘れかけていたが、人間とは利己的で、他者を虐げ、苦しめる。
全体のため、他者のために貢献するのではなく、自分のために他者を踏みにじり、他者が積み重ねてきたものを台無しにする。
それが、俺がずっと嫌ってきた人間って種族だ。
ほだされた俺はまんまと人間のために尽くしてしまって、それでマリンが幸せになるならまだしも、――――俺は、マリンを守ることができなかった。
『お兄様は、頼りになるんです。守ってくれたりするんですよ』
強化劇薬に気付いてやれなかった。
元から魔力量が多くて持て余していたことも知らなかった。
助けてやれなかった。
どうして。どうして。どうして。
……俺が、もっとどうにかできたんじゃないのかよ。
絶対絶命の危機に余裕で助けられてこその『お兄様』だろうがよ!
マリンが憧れていたのは、そんな完璧で奇跡みたいな存在だったのに。
……俺はぜんぜん、理想のお兄様になれなかったじゃねえか!
「もうやめだ、やめ。全部やめる……」
人形遊びは、もう終わりだ。
アークライトが死んだぐらいで絶望して士気が下がって滅びてしまう程度の人類など、知るか。
マリンもいなくなったのだから、無理に生かす必要もない。
滅びてしまえ。滅びてしまえ。滅びてしまえ。
皆、死んでしまえばいい。
「世の中に愛着もない。王侯貴族なんて大っ嫌いだ。もう、無理に生かすために尽くしたりするのはやめだ。滅べ。絶望の中で虫ケラのように滅びてしまえ。……ざまぁみろと言ってやるぜ」
人形を殺そうと杖を振ると、アークライトの前に守護する結界が現れた。
続いて現れたのは、緑髪の魔法使い――アルワースだ。
「マギライトよ。アークライトを殺してはいけない。アークライトは、これから造る陸地で王国の王にするんだ。沈んだ王国、マギア・ウィンブルムの王族をそのまま王にした新生マギア・ウィンブルム王国だよ」
倫理観のおかしい男が、正義面で何を言う。
お前の計画など知るものか。
「マリン嬢は残念だったが……民のためだよ。わしは人類が滅ぶのを防ぎたいんだ。滅びに瀕した現在、わしたちは崇高な使命を背負い……」
「民なんて、どうでもいい」
マギライトは、思った。
アルワースとは気が合わない。
考えが理解できないわけではないが、気に入らない。
「自然に滅びるなら、仕方ない。お前みたいに倫理観のないことをして無理に存続させるのは気持ちが悪い! 俺は嫌だ! 死んだ王子を生きてると偽り、ない陸地を造って、そんな王国……吐き気がする!」
なにより、その未来にはマリンがいない。
それが心底、気に入らなかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「そこでアルワースに勝てていれば、あるいは人類は滅びていて、この陸地も存在しなかったのだろうか」
『第二王子パーニス』は、全てを思い出して自嘲した。
マギライトは、アルワースと戦って敗北したのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アルワースは呪いの宣言に眉をひそめつつ、マギライトの魂を再び割いた。
「記憶を操作する魔法を使って、この魂をアークライトの器に足そう。世継ぎをつくるまで人間らしく活動してくれればいい。そのあとは、慕われたまま名誉の戦死でもしてもらって、英雄の息子を後見しよう……ああ、魔力も無駄にはしないよ。もったいない」
アルワースは肉体が瀕死の状態まで追い詰められ、魂が裂かれたマギライトの残存魔力を吸い上げてとどめを刺した。
「マギライトよ。お前に『ざまぁみろ』と言ってやる」
アルワースは美しく微笑んだ。
「わしは人間をやめよう。人間に必要なのは、神聖で特別な存在だ。そんな存在が絶対の正義を掲げて、導いてやると言って加護をくれるとなれば、英雄王の何倍も人々は希望を抱いて生きていけるだろう」
魔法使いの体が膨張し、木肌と緑の蔓と葉を生やし、巨大な木へと変わっていく。
根が海底に張り、枝は作りかけで破壊されたカラクリの陸地基盤と連環船団を抱いて補強し、錬金術で土を盛って大地のように見せかけて――陸を造った。
「生きるか死ぬか、生命種が滅びるか存続するかという瀬戸際に必要なのは、倫理でも道徳でもない。解決策と、望ましい未来をみせて前を向かせてくれるホラ話だ。この世界は、人々は……わしが守り、わしが生かす」
崩壊しそうな造りものの世界に根を張り、支えるアルワースは「世界と人類を救った」と勝ち誇り生き続けたが、彼は知らない。
アルワースが魂を割ったように、世界もマリンの暴走で壊れて、二つに分かれたことを。
二つの世界の中間に、死後の魂だけがたどり着く空間があることを。
マギライトの魂の一部が、現在の世界を離れて死後の空間にたどり着き、転生を拒絶して、とある実験を行ったことを……。
今、マギライトの目の前には、『マリンだったもの』がある。
「マリンが死んだら、……意味がないじゃないか……」
痛かっただろう。苦しかっただろう。
つらかっただろう。怖かっただろう。
全員が助け合っても人間という種族の存続が困難な状況だ。
そんな中、自分の持っている能力を活かし、頑張ってきたマリンを、「アークライトに振られたから」などという戯けた理由で殺しただと?
救命しようとした医者だって、こんな世界では希少な人材で、軽々しく殺していい存在ではないのに。
思えば、世の中には……こんな醜悪さや理不尽さが当たり前に存在する。
愛らしいマリンやおかしな友人たちの輪の中にいて忘れかけていたが、人間とは利己的で、他者を虐げ、苦しめる。
全体のため、他者のために貢献するのではなく、自分のために他者を踏みにじり、他者が積み重ねてきたものを台無しにする。
それが、俺がずっと嫌ってきた人間って種族だ。
ほだされた俺はまんまと人間のために尽くしてしまって、それでマリンが幸せになるならまだしも、――――俺は、マリンを守ることができなかった。
『お兄様は、頼りになるんです。守ってくれたりするんですよ』
強化劇薬に気付いてやれなかった。
元から魔力量が多くて持て余していたことも知らなかった。
助けてやれなかった。
どうして。どうして。どうして。
……俺が、もっとどうにかできたんじゃないのかよ。
絶対絶命の危機に余裕で助けられてこその『お兄様』だろうがよ!
マリンが憧れていたのは、そんな完璧で奇跡みたいな存在だったのに。
……俺はぜんぜん、理想のお兄様になれなかったじゃねえか!
「もうやめだ、やめ。全部やめる……」
人形遊びは、もう終わりだ。
アークライトが死んだぐらいで絶望して士気が下がって滅びてしまう程度の人類など、知るか。
マリンもいなくなったのだから、無理に生かす必要もない。
滅びてしまえ。滅びてしまえ。滅びてしまえ。
皆、死んでしまえばいい。
「世の中に愛着もない。王侯貴族なんて大っ嫌いだ。もう、無理に生かすために尽くしたりするのはやめだ。滅べ。絶望の中で虫ケラのように滅びてしまえ。……ざまぁみろと言ってやるぜ」
人形を殺そうと杖を振ると、アークライトの前に守護する結界が現れた。
続いて現れたのは、緑髪の魔法使い――アルワースだ。
「マギライトよ。アークライトを殺してはいけない。アークライトは、これから造る陸地で王国の王にするんだ。沈んだ王国、マギア・ウィンブルムの王族をそのまま王にした新生マギア・ウィンブルム王国だよ」
倫理観のおかしい男が、正義面で何を言う。
お前の計画など知るものか。
「マリン嬢は残念だったが……民のためだよ。わしは人類が滅ぶのを防ぎたいんだ。滅びに瀕した現在、わしたちは崇高な使命を背負い……」
「民なんて、どうでもいい」
マギライトは、思った。
アルワースとは気が合わない。
考えが理解できないわけではないが、気に入らない。
「自然に滅びるなら、仕方ない。お前みたいに倫理観のないことをして無理に存続させるのは気持ちが悪い! 俺は嫌だ! 死んだ王子を生きてると偽り、ない陸地を造って、そんな王国……吐き気がする!」
なにより、その未来にはマリンがいない。
それが心底、気に入らなかった。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「そこでアルワースに勝てていれば、あるいは人類は滅びていて、この陸地も存在しなかったのだろうか」
『第二王子パーニス』は、全てを思い出して自嘲した。
マギライトは、アルワースと戦って敗北したのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
アルワースは呪いの宣言に眉をひそめつつ、マギライトの魂を再び割いた。
「記憶を操作する魔法を使って、この魂をアークライトの器に足そう。世継ぎをつくるまで人間らしく活動してくれればいい。そのあとは、慕われたまま名誉の戦死でもしてもらって、英雄の息子を後見しよう……ああ、魔力も無駄にはしないよ。もったいない」
アルワースは肉体が瀕死の状態まで追い詰められ、魂が裂かれたマギライトの残存魔力を吸い上げてとどめを刺した。
「マギライトよ。お前に『ざまぁみろ』と言ってやる」
アルワースは美しく微笑んだ。
「わしは人間をやめよう。人間に必要なのは、神聖で特別な存在だ。そんな存在が絶対の正義を掲げて、導いてやると言って加護をくれるとなれば、英雄王の何倍も人々は希望を抱いて生きていけるだろう」
魔法使いの体が膨張し、木肌と緑の蔓と葉を生やし、巨大な木へと変わっていく。
根が海底に張り、枝は作りかけで破壊されたカラクリの陸地基盤と連環船団を抱いて補強し、錬金術で土を盛って大地のように見せかけて――陸を造った。
「生きるか死ぬか、生命種が滅びるか存続するかという瀬戸際に必要なのは、倫理でも道徳でもない。解決策と、望ましい未来をみせて前を向かせてくれるホラ話だ。この世界は、人々は……わしが守り、わしが生かす」
崩壊しそうな造りものの世界に根を張り、支えるアルワースは「世界と人類を救った」と勝ち誇り生き続けたが、彼は知らない。
アルワースが魂を割ったように、世界もマリンの暴走で壊れて、二つに分かれたことを。
二つの世界の中間に、死後の魂だけがたどり着く空間があることを。
マギライトの魂の一部が、現在の世界を離れて死後の空間にたどり着き、転生を拒絶して、とある実験を行ったことを……。
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