51 / 77
2章、第二王子は魔王ではありません
48、魔女と魔女
しおりを挟む私は死の直前の出来事を覚えている。
それに、死んだ後、魂が体から離れるまでの間の記憶も。
死んでからわかったのだけど、人間って死んだ後しばらく周囲が見れるんだ。
自分の上あたりに魂がふわふわ漂ってて――時間が経つとその場にとどまっているのが辛くなってきて、ふわふわと離れていくんだけど。
まず、死の直前の出来事だ。
薬は禁止された強化劇薬で間違いなかった。
しかも、適正用量の三倍濃度。暴走させる気満々だ。これは、サラの仕業だった。サラはアークライト様への愛憎を拗らせていて、あまり正気と言えない精神状態だった。
水没期って、基本的に人間たちは追い詰められていて、自分達がいつ死ぬかわからない、これからどうやって生きていけばいいのかわからないって状態なので、精神がどうにかなっちゃう人は多かった。
珍しいことではなかったのだけど、それだけに一連の事件を客観的に振り返るとドン引きするような泥沼事件だった。
医者が呼ばれたけど、サラが剣を持って乗り込んできて、殺した。
何も考えられない。この苦しみから解放されたい。助けて。
医者に縋るような想いだった私の目の前で医者の胸から剣が生え、大量の血を流して絶命したのだ。絶望感がすごかった。しかも、サラは私にも剣を振り下ろしてきたから、「これで死ぬんだ」と思った。
しかし、そこに乱入したのがアークライト様だった。
アークライト様は激しい怒りをあらわにしてサラをその場で殺すと言い放ったのだが、サラもそんなアークライト様に腹を立て、「彼を殺し、自分が女王になる」と言い出した。
双方ともに感情が大暴走で、その場で殺し合いにまで発展した。
医者も死に、殺し合いが起きて、とりあえず私は「事態を収拾せねば」と思ったものだ。
サラが勝てば絶対に自分が死ぬ。
アークライト様を守ろうと力を振り絞り――魔力はもともと暴走しようとしていたので、当然の結果だけど、派手に暴走した。
大惨事というしかない結末だった。
まず、サラは真っ二つになった。
私の魔力で生まれた隙を突き、アークライト様がバッサリと斬り捨てたのである。鮮やかなお手並みだった。
私の魔力暴走がそこで止まればよかったのだけど、止まらなかった。
生き残りの人々の大切な船は破壊され、作りかけの陸地もずたずたになった。
――それで終わらずに、私の魔力は空を引き裂き、海を割り、世界を根本から【壊した】――世界はその日、二つになった。
……それほどの魔力があったことが驚きだが、暴走が本格的に止まらなくなり、肉体も人間と呼べる形状ではなくなるくらいボロボロになって、私は死んだ。
怖かった。苦しかった。
「取り返しがつかない、これもうダメだ」って意識がすさまじかった。
死にたくなかった。でも、あんまり苦しくて辛いから「死んだ方が楽になれる」みたいに思ったりもした。
とりあえず、何をどう思っても死ぬことだけは確定で、死ぬまでの残り時間で何しても何を考えてても死ぬだけなんだってことだけは痛感した。
世界を破壊しているのに無力感がすごかった。
そんな私は、死んだ後しばらく遺体のそばに浮いていた。
そこから、奇妙な光景を見てしまったのだ。
なんと、アークライト様が操り人形の糸が切れたように倒れこんだ。
目を見開いて、呼吸したまま、指一本動かさないのだ。気味が悪すぎる光景だった。
そして、マギライトお兄様がやってきた。マギライトお兄様は私の遺体の前に膝をつき、目を潤ませてくれた。そして、アークライト様を足蹴にして、言ったのだ。
「魔力暴走して世界を破壊したのはマリンではなく、アークライトということにしよう。人形遊びにもうんざりしてたんだ。暴走して死んだことにしてしまえばいい」
マギライトお兄様の目には、殺意があった。
人形遊び……人形魔法だ。
アークライト様は、マギライトお兄様がずっと人形みたいに操っていたんだ。
私はその時、真実を知った。
ただ、死んだ後だったので、衝撃の真実を知っても何もできない――やはり、無力感がすごい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
魔女令嬢が眠る【フクロウ】のアジトの1室に、ベッドの軋む音が響く。そこには、二人の魔女がいた。
静寂に支配された空間では、かすかな物音が異様に大きく聞こえるものだ。
眠る魔女と、彼女を見守る魔女。
見守る魔女には、眠る魔女の眠りを妨げてはいけないという想いと。
目を覚まして自分を見つけてほしいという希みとが、同居していた。
見守る魔女は紅色の唇から吐息を零し、柔らかに空気を震わせた。
「朝です、朝です、朝ですよ。目を覚ましたら、また笑ってくださいね」
見守る魔女は、とても退屈だったのだ。
時間の感覚が痺れてわからなくなるくらい長い間、生きてきたのだ。
魔王も英雄も伝説になる前の、昔。
魔女は、罪を犯した。誰にも言えない罪だった。
身近にいた存在ですら気づくことなく、罪は隠し通せてしまい、彼女は安泰に一生を過ごし――自分の時間が止まっていることに気付いて、家を離れた。
彼女の伴侶が亡くなり、子も孫も成長して死んでいった。
次の世代へ、次の世代へと血脈は続いて、現在まで続いた。
生まれた人間は死ぬ。
それは当たり前のことだったけれど、魔女だけは例外で、彼女はずっと生きてきた。魔女は、「死なない」ということが、むなしくて、寂しいことだと思った。
長く生きていると、面白いこともあるけれど。
例えば……時折生まれる、異世界の記憶を持った存在。
それは人間だったり、火竜だったりした。
そんな存在は、水没期の後から見られるようになった。
どうしてそんな存在が生まれるようになったのだろう?
――探求心、好奇心は、退屈な永い魔女の人生にほんのちょっぴりの刺激を足してくれた。
長く生きていれば、世の中の全てを識り、新鮮なことは何もないように思えたが、そんなことはないのだと思うと嬉しかった。
未知の感覚は、救いだった。
わからないこと。それについて調べて、探って、考えること。
そんな時間に、魔女は喜びを感じた。永遠に謎が解けなければいいと思った。
でも、知りたいとも思う。
そして、知った後に死にたい。
誰もが謎を抱くことすらなく、調べたり追いかけたりもしない、そんな深い謎があって。
たったひとり、自分だけが世界の真実を突き留めて。知って。
そして、その秘密を自分だけの宝物として、死ぬ。自分しか知らないから、誰もその後は「秘密」を知り得ない。教えてあげない。
それって、なんて贅沢なことだろう?
なんて楽しい遊びだろう?
――そんな風に、私は死にたい。
「ああ、王子様が魔王と戦っていますよ」
起きて。起きないで。
希みを抱いて、甘やかに囁く。
自分の心を他人がわからないように、他人の心も私にはわからない。眠る彼女の気持ちがわからない。
……だから、いい。
「愛しています。マリンベリーお嬢様」
魔女はあえかな花のように笑み、その部屋から出て行った。
1
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!
春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前!
さて、どうやって切り抜けようか?
(全6話で完結)
※一般的なざまぁではありません
※他サイト様にも掲載中

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話
みっしー
恋愛
病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。
*番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる