甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

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2章、第二王子は魔王ではありません

45、俺はこのゲームで勝ちに行く

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 潮の香りがする。
 瞼の裏に光を感じて、意識が覚醒する。

 私は確か、【フクロウ】のアジトでパーニス殿下と寝ていたはず……。
 
「あれ」

 目を開けると、船の上だった。
 底抜けに明るく青い空の高い位置に、眩しすぎる太陽が君臨している。

「夢を見ていたみたい」
 
 マギア・ウィンブルム。そんな王国の魔女令嬢になった夢だった。
 マリンベリーという名前で、しかも、前世の記憶持ち。
 
「……変な夢」
  
 風に遊ばれる白髪を手でおさえて、マリンベリーの髪とは色が違うのを確認する。私は、白髪だ。
 現実逃避の症状だろうか。
   
 私は今、波打つ海の上で今にもひっくり返りそうな小さな船の上にいる。
 船の上にいるのは、ウィッチドール家の直系である私と――血の繋がりのないお兄様だ。私が15歳。お兄様は17歳。
 
 盗賊団の奴隷だったお兄様は、魔法の才能を認められてウィッチドール家の養子になった優秀な人だ。
 私がいつも綺麗だなと思うミントブルーの髪をかき上げて、お兄様は私に声をかけてきた。オレンジ色の瞳は、優しい。

「マリン、気が付いたのか。すまないが、魔力が回復していたら船の移動を頼めるか? 私はウィスダムツリー家の当主と交信する」
「承知いたしましたが、お兄様……」
 
 同じ船に乗っていた漆黒のローブ姿のマギライトお兄様は、疲労の色が濃い。最近はずっとだ。
 整った顔立ちの目元には隈があるし、体付きも痩せた。
 話しかけたときに上の空なことも多くて、心ここに在らず、という気配のときも多い。

「浮遊魔法も使えますし、ウィスダムツリー家の当主との交信も私がします。眠ったおかげで、ずいぶんと体調もいいので……マギライトお兄様は、休んでください。顔色が悪いです」
「ああ。なら、遠慮なく任せる。アルワースが無茶ぶりをするので、疲れていたんだ。文句を言っといてくれ」
「かしこまりました、お兄様」
 
 お兄様が毛布にくるまって横になる姿を見守り、私は杖を振った。
 そして、別の船にいるウィスダムツリー家の当主と、魔法使い同士が多用する精神感応による交信を試みる。

「アルワース様。こちらはウィッチドール家のマリンです。北方の大陸は全て水没し、生存者もいませんでした――ええ、これから帰還します……お兄様が無茶ぶりされたせいで大変お疲れです。何を依頼なさったのかわかりませんが、私が代わりにできるお仕事なら……人形魔法、ですか……」
 
 この世界は、陸地のほとんどが水没している。
 
「私も妹も、人形魔法が使えないので……はい。すみません……」
 
 世界の海面が少しずつ上昇していることがわかったのが、二百年ほど前のこと。
 研究者は「放置していると大変なことになるかもしれない」と警鐘を鳴らしたが、人々は具体的な対応策が取れなかった。
 「なんとかしなければならない」と他人事のように言いながらみんなが日常を過ごしてきた。
 
 海面は、ある時点まではゆっくり、じわじわと上昇した。
 けれど、ある時、急にその上昇速度を加速させた。
 理由ははっきりとはしていないが、海面上昇を抑制しようとした魔法の研究が真逆に働いたのだという説が有力であった。
 
 陸が飲みこまれていく――世界の危機。
 陸がないと生存できない生命種の、滅亡の危機。

 人は、この時代を『水没期』と名付けた。

 「私にもっと力があれば、よかったのに」

 耳につけた耳飾りに触れながら、私は少しだけそれを外そうかと迷った。
 
 私には、実は生まれつき膨大な魔力がある。けれど制御する能力がない。
 幼少期から魔力の大半を幾つもの封魔の装身具で封じて、魔法を扱う技術の向上にあわせて少しずつ封魔の装身具を減らしてきた。
 でも、技術向上の伸びしろはそろそろ打ち止めらしい。

 これは武術や芸術にも通じる感覚だけど、修練を積んでいると、ふと壁が見えるときがある。
 ここまでは来れたけど、この先に行くのはかなり難しいのではないか。そんな感覚だ。
 
 凡人の努力でたどり着ける限界点。
 ここから先は、天才だけが到達できる。そんな地点。
 
 そのひとつが、ウィスダムツリー家の扱う精神変移魔法や、ウィッチドール家の扱う人形魔法だ。

 私や妹が長い年月修練して会得できないその魔法を、マギライトお兄様は養子になって二週間で会得してしまった。
 
 彼と私とでは、素質が違う。才能が違う。
 私は、魔力は多く持って生まれたけれど、魔法を扱う才能ではマギライトお兄様に遠く及ばない。
 
 ……そう思ったのだった。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 

 パン屋の娘が彼の腕の中に逃げ込んできて、息絶える。
 そんな過去の夢が、心臓を騒がせる。
 もっと、何かしてやれたのではないか。助けられたのではないか。

 夢の中でパン屋の娘が婚約者の姿に変わり、パーニスは激しく動揺した。
 
「……っ」
 
 跳ね起きてから、悪夢から覚めたのだと自覚する。
 
 白銀の髪が汗ばむ額に張り付いていて、気持ち悪い。
 腕の中には、マリンベリーがいる。白く華奢な首筋に躊躇いがちに指先で触れると、あたたかな脈動が感じられた。
 長い睫毛を伏せて寝入っていて、静かに繰り返される吐息は穏やかだ。
 柔らかな曲線を描く胸元が呼吸にあわせて上下しているのを見て、パーニスは目を逸らした。

 安堵と同時に、不埒な欲が湧いてきそうだったので。

 周囲がいかに挑発しようと、自分は理性を失ったりはすまい。
 この婚約者は、至高の宝石のように、大切に大切に扱うのだ。
 
 可哀想で可愛らしく、神聖で繊細で、謎めいたところがある聖女様は、俺を導いてくれて――俺にはわからない何かがあって、目を離すと消えてしまいそうな気がする。

【いいや、すでに、俺は一度失っている】

 ……いつ?
 
 妙な考えが湧いて、パーニスは頭をかしげた。

【しかし、こうして見つけて、取り戻した】
 
 妙な考えが続いて、パーニスは不安になった。
 自分の中に、得体の知れない何かがある気がする。

 それは、最近では忘れていた感覚――「パーニス殿下は魔王の生まれ変わりなのでは」と囁かれていたときの感覚に近い。
 
「俺は……、?」
 
 不安に駆られて手で頭をおさえたとき、部屋のドアが叩かれる音がして、現実に意識が戻された。

「殿下。王都に異変が起きています。魔物が……」

 現実問題に冷水が浴びせられたように頭が冷えて、パーニスは安堵した。
 自分の精神を相手にし始めると、底のない沼にはまっていくような心地になる。
 それよりは、魔物の相手の方がよほどいい。

「今行く」

 寝台から起き出して、未だにすやすやと寝息を立てる婚約者の額にキスを落とすと、彼女が間違いなく自分のものだと言える気がして、嬉しかった。

「アンナ。世話を任せる。部屋からは出さないように……」

 赤毛の配下に命じかけて、すぐに撤回したのは「それは嫌だと言っていた」と思い出したからだ。
 嫌がることは、すまい。

「やっぱり、出たいと言われたら出していい。俺は嫌がられることは何もしない方針でいく」

「それがよろしいかと思います。アンナも『お嬢様と殿下との板挟みになったら殿下を裏切る』までは決めたのですが、やっぱりそれなりに長い付き合いなので裏切るときは心苦しいかもしれないと思っていたところでしたから」
「板挟みになった際に俺を裏切るのが確定してしまったか」

 自分には人望がいまいちない。不得意分野だと思う。

 人に愛されるのは、兄の仕事だと思っていた。
 むしろ、目立たずにいる方が安心した。楽だった。

 パーニスはそう思いながら一人前のマントを翻し、地上に出た。

 愛する王都は、真昼の太陽に照らされて、至るところに濃い影をつくっている。
 魔物はいつも、影から出る。
 
「千の勇者さまだ」
「フクロウ様だ!」
 
 魔物と対峙する彼の仲間たちは、ある者は顔を隠し、ある者は顔をさらけ出していた。
 以前は隠している者が大半だったが、意識の変化があるようだ。

「あそこで戦っているのは、うちのせがれなんだ。うだつの上がらない奴だと思っていたが、おれの目が曇っていたんだなあ」
「見て。うちの旦那が戦っているのよ」

 魔法の防護結界が張られた家々の窓や戸から、家族が顔を覗かせている。外に出て隣人と手を握り合い、興奮気味に声援を送っている者もいる。
 
 身内を振り返って「ちゃんと避難しとけって」と注意する仲間たちの顔には、家族を心配する気持ちが濃く浮かんでいる。
 だが、それ以上に嬉しそうで、誇らしげだった。

 それにしても、王都はボロボロだ。
 地面は突然崩落するし、魔物は次々と出てくるし。
 
「ほらね、そーちょーさまは、パーニスでんかなんだ」
「野菜をたおしてくれたんだよ」
「以前の『広中街の魔物出没事件』、功績を横取りしたという噂もあったが、あれは間違いなくパーニス殿下の功績だったんだよなぁ」

 それなのに、民の表情は明るくて、まるでショーのように魔物討伐に声援を送り、緊張感もないのだ。これは平和ボケというのか、それとも危機が日常化して緊張感がなくなってしまったのか。
 良いことなのか、悪いことなのか――ニンジンに似た形の魔物を斬り捨てて、パーニスは頭を振った。

「ゲーム感覚だな」

 ふとそんな感想が口を突いて出る。
 そこから、別の感想がさらに湧いた。


【いいや、現実だ。ゲームではない】

 
「……光よ」

 手のうちに魔力を集めて、剣の形に変える。

 それが好まれるだろうと自覚した上で光の剣を天に向けると、自分の中の影が空に吸い込まれる気がした。

 風が頬を撫でて、後ろへと流れていく。
 
「マギア・ウィンブルムの民よ。この俺、第二王子パーニスは、守護大樹アルワースの加護を持ち、聖女に導かれし勇者である。同じく選ばれた千の勇者たちと共に、俺はこの光の剣で王都の闇をすべて祓おう」
 

 人気取りだ。
 
【以前も、こうしていた。やろうと思えば、俺にはできる】 
 

「厄災の魔王マギライトの居場所は、すでに割れている――これより魔王討伐を開始する」

 英雄然とした声で言い切れば、歓声と熱狂が誘われて民が湧く。

 ――ああ、ゲームだ。

【現実だ】

「俺には、聖女がついている」

【俺には、魔女がついている】
  
 呟いた声は、愛しい魔女を想っていた。
 
 彼女はいつも彼に道を示してくれて、勝利を祝ってくれるのだ。
 魔王を討伐して、彼女が眠る部屋に戻り、「俺が勝ったぞ」と言ってやろう。


「……俺は、このゲームで勝ちに行く」

 そして、またハイタッチでも交わそう。

 ――――ハッピーエンドだ。

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