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2章、第二王子は魔王ではありません

42、尾行組とメロンパン(残り48袋)

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 六果の二枝、6月2日。

 王都マギア・マキナの民は、異様な光景を目にしていた。

 婚約者がいる令嬢と外務大臣令息がデートをしていて、その後ろをゾロゾロと王族や大臣、貴族の子女がバレバレの尾行をしているという光景だ。
 尾行組の中には、『健康に問題があり、本人の希望もあって王太子の座を退いた』という噂の王子イージスもいる。
 
「ポテト串を追加で30本ください」
  
 イージスは、串焼き屋台の影で串に刺さったポテトを手に、デート中の想い人を見守っていた。

「で、殿下……こちらの鳥肉の串焼きもいかがですか? さっきからポテトばかり……」
「今、私はポテトの気分なのです」
   
 ラベンダー色の髪をかきあげ、憂い含みの眼差しを友人たちに向けるイージスの美貌に、周囲からため息が漏れる。
 屋台のおっちゃんも鶏肉の串を引っ込め、頬を赤らめていた。
  
「イアンディールの思い出作りですよ、間違いないです。ですからね、見守ってあげるのがいいと私は思うのですよね。気持ちがわかるんですよね……うん、ポテトが美味しい」

 もぐもぐとポテトを頬張る『病気の元王太子』へと、周囲の民が遠慮がちに声をかける。
 
「殿下、お身体が不調と聞きましたが……お元気そうでよかったです」

「ええ、ええ。イアンディールが元気そうで安心しました……しかし私にはわかります。あれは表面上の笑顔。心の中では切なさでいっぱい……いや、でも意外と本気で楽しそうに見えますね。うーん」

「殿下、お元気そうですね……」

 そんなイージスの護衛役のように付き添うのが、騎士団長令息のクロヴィスだ。手には、イージスから「はい、お裾分け」と渡されたポテト串5本がある。
 
 セージグリーンの前髪を髪留めで留めていて、目隠しなしのラベンダー色の目が食い入るように2人を見ている。
 
「あの……イージス殿下? イアン先輩は手が早いんですよ。越えてはいけない一線も簡単に越えてしまうと思いますよ」

 取り返しがつかない前に止めるべきでは? と尋ねるクロヴィスは串を持つ手が震えていた。
 貴族の寝取り寝取られ話は醜聞だ。名誉に関わる一大事だ。
 なのに、イアンディールは堂々としているし、尾行するイージスも「切ない思い出作り、いとをかし」などと酔いしれているのだ。どうしようコレ。
 
「越えちゃいけない一線を越えるところが見たいですわ!」
「いけません、そんな……っ、でも見てみたい気も……っ」
 
 馬車の影に隠れて興奮気味に手を握り合っているのは、エリナとアルティナだ。
 小麦色の三つ編みを揺らすエリナはパン屋の店名入りエプロン姿。
 
 「まさか店番を放り出してきたのですか?」と尋ねたところ、「店名付きで歩き回ることで歩く宣伝媒体になるのですよ?」と反論してきたが、果たして宣伝効果はあるのだろうか。
 
 薔薇の巻き髪のアルティナは手に『商人令嬢は浮気現場を見た!』というタイトルのノートを持っている。
 ゴシップをばら撒く気満々だ……。
 
「えっ、ねえちょっと。キスしてません? きゃー!」
「そんなまさか……きゃー!」

 そんな賑やかすぎる尾行組のモフモフ担当、黒狼姿のセバスチャンは近くに停まっている馬車の上で日向ぼっこ中だ。

「馬車の上に狼がいるぞ」
「獣人じゃないか?」 

 ……とても目立っている。

「きゅい~~♪」
 
 モフモフ尻尾を振りながら、耳長猫のルビィが走っていく。平和な光景である。

「魔王が王都を破壊しているときに、うちの息子はデートしてるんだ。それも王子殿下の婚約者と……これは……大物だな……」

 親バカオーラ全開の外務大臣、ヴァラン伯爵は看板の後ろにへばりついている。
 高い鼻梁と整った顔立ちは人々に広く知られていて、気味悪そうにヒソヒソと噂されていた。
 
「大臣がおひとりで何をなさっているのだろう」
「見ろ、ご子息がデートしてる」
「本当だ。しかも王子殿下の婚約者令嬢と……」

 ざわざわと噂する人々に鋭い眼光を向け、ヴァラン伯爵は看板に抱き着いて「私は看板だ。気にするな」と主張した。

「どういう意味だろう」 
「国家の看板という意味じゃないか。外務大臣だし」
「あの大臣は代えるべきでは」

 ザワザワする人々の中で、ヴァラン伯爵はひとりのちびっこに目を留めた。

「そこのちびっこ! 飴を買ってやるから、うちの息子がどんなことを言ってるか聞いてきてくれないか。もしかしたら『ぼくのパパすごいんだぞ』とか可愛いことを話しているかもしれん……」

 どう見ても親バカだ。周囲は納得した。

「大臣閣下はご子息に関することだけ知能が低下する悪癖があり……」

 補佐官らしき青年が周囲に頭を下げてフォローしている。なお、ヴァラン伯爵から『息子の言葉を聞いてくる係』を頼まれたちびっこは棒キャンディを手に任務を決行。

「飴もらった~~、わーい」
 
 戻って来て「しようしようっていってた」と報告すると、ヴァラン伯爵は「そうか」と頷いた。
 
「イアン、いざとなればパパが全部もみ消してやる。ヤリたいようにヤれ。サカリの息子にヤリたい放題させてスキャンダルを揉み消すためにパパがいるんだ」

 補佐官が「わ~~!」と大声をあげて失言を誤魔化している。

「閣下、街中ですっっごい問題発言なさらないでください。そういうのはチラシの裏に書いてください。品格もモラルも疑われまくりです、絶対ダメ」
「世の中は権力と金だ。そして家族愛だ。ラッッブ」
「クビになっちゃいますよ⁉︎ そんなにラブならなんでご子息の待つ家に帰宅なさらないんです!」
「だってパパ、恥ずかしいから……」
「どういう心情⁉︎」
 
 金髪のレオと茶髪のエドはそんな大臣の後方でコソコソしていた。
 
「いいかレオ。あれがこの国名物の『息子を溺愛してるのに拗らせすぎて家に帰れなくなった』外務大臣だ」 
「エドにいィ、あの大臣ひどいこと言ってね? あの女、総長の姫だよな? 悪い大臣がいるなぁ、この国」 
「総長に報告しておこう。クビが飛ぶぞ」
「しかし……お前が姫をナンパした件とあわせて報告したらショックで総長の情緒が壊れるんじゃないか」
 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
 
 噂の総長、パーニスは、実は光景を馬車の中から見ていた。

 走ってきた使い魔のルビィが中に入ると、ご主人様はメロンパン片手にぶつぶつ独り言を垂れ流していた。
 長期戦に備えてか、椅子にはメロンパン50袋分が積まれている。

「イアンディールは俺の手紙に返事を書く代わりに俺の婚約者とデートする奴なんだ。しかも俺に返事しないのに兄には手紙を出したらしい。これがどういうことかわかるか?」
「きゅいー」

 馬車の外側でアルティナとエリナが「きゃー!」「ぎゃー!」とホラーハウスにいるような悲鳴をあげながら馬車に体当たりするので、馬車がグラグラ揺れている。

 ルビィはご主人様の膝に登り、報告をした。
 
「きゅーう」
「オトメゲーム……?」
「きゅーー」
「俺がいるのに他の男と仲良くする必要ないよな」
「きゅーう」
「いや待て。マリンベリーは『オトメゲームは殿下がする』と言っていた。つまりあれは?」
「きゅうぅ?」

 メロンパンの袋が崩されていく。残り49袋。
 
「その1、私は一途です。女子の間でオトメゲームが流行ってますが、私は他の男と仲良くなる気がありません」

 可能性を呟き、パーニスはメロンパンを咀嚼した。外はカリッと。中はフワフワ。絶品だ。

「……」

 無言で食事する脳にセバスチャンやクロヴィス相手に寸劇をやらされた思い出が過りかけたが、そっと記憶に蓋をする。
 そして。

「その2、……私を攻略してください」

 パーニスの手がメロンパンの袋を開ける。残り48袋。

「俺はその2が可愛いと思う。ルビィはどう思う?」
「きゅぅ」

 相槌を打つと、ご主人様は「やはりそう思うか」と満足そうに口の端を緩ませ、メロンパンを分けてくれた。
 メロンパンは美味しかった。
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