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2章、第二王子は魔王ではありません

41、用務員さんは勇者ですので

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 六果の二枝、6月2日。
 イアンディールが外出できるようになったので、私たちは王都を歩いた。

「外を歩くの楽しいな。生きてるって感じがする」
  
 ビスケット色の髪を首の横で結び、肩から前に垂らしたイアンディールは、部屋に軟禁されていたときと違って普通の貴族令息らしい装いをしていた。
 怪我もよくなったようで、杖もなしで危なげなく歩いている。
 
「マリンベリーちゃん、見てごらんよ。この前まで鍛冶屋があった敷地が池になってるや。ここは昨日『壊れた』ばかりだってさ」
「地図でX印がつけられてましたね。ここが壊れるのを知ってたってことですよね?」
 
 私の手には、地図がある。
 X印がついている場所は、池や湖になっていた。いずれも水は海水だ。

「そうだね。僕の妄想かと思ったのだけど、現実になっちゃった」

 それなら、印がついているのにまだ湖化していない地点は? これから湖化する予定なのかな?

 二人で印の付いている地点を巡ってみると、まだ湖化していない地点には歯車のような魔法の仕掛けが隠されていた。
 巧妙に隠されていたけど、ルビィがふんふんと魔力の匂いをかぎつけて、見つけてくれたのだ。
 歯車の仕掛けは魔力をぶつけてやると、簡単に壊すことができたのでよかった。

「ルビィ、お手柄ね」
「きゅい!」

 もし放置してたら、この場所も湖化してしまったのだろう。危ない、危ない。

 それにしても、イアンディールの日記と手紙を思い出すに、彼は魔王のぬいぐるみと話しているのではないだろうか。
 今の発言が「そうだよ」と言っているようにしか思えない。

「イアンディール。私、当ててみせましょうか。あなたが日記に書いた『ぬいぐるみ』が、犯行予告したんですよね?」
「正解だよ」
「そのぬいぐるみ、まだお部屋にいるんですか?」
「まだ部屋にいるよ。毎晩、他愛もないことを雑談してる……」
 
 魔王、見つけた。
 これ、パーニス殿下に報告して、逃がさないように捕獲してもらおう。
 私がルビィを使いに出そうとしたとき、イアンディールは何かを示した。

「尾行、バレバレだよね」
「んっ? ……あっ。ついてきてる」
 
 見ると、街路樹の影に隠れる見覚えのある姿が、何人も。
 イージス殿下、クロヴィス、エリナ、アルティナ、セバスチャン……外務大臣のヴァラン伯爵もいる……。
 
「彼ら、浮気デートを監視してるんだ。揶揄いたくなるよね」
「私はなりません」
「つれないなぁ。これをあげるから、もうちょっと遊びに付き合ってよ」
 
 イアンディールはくすくすと笑って私の手に不思議な枝を押し込んだ。魔法のアイテムだとすぐにわかる、淡い茶色をした枝だ。

「なんですか、これ?」
「もらったんだ」
「……ぬいぐるみに?」
「いいや。家を出たときに守護大樹アルワースが話しかけてきて、くれたんだ」
「えっ」
「【フクロウ】のメンバーに渡しているみたいだよ。僕も実はメンバーなんだよね」
 
 びっくりして枝を握りしめていると、イアンディールは私を外周街の水色クジラ橋の上に引っ張って行った。
 水色クジラ橋の上には、猫たちがいた。街のあちらこちらが池や湖になっても、猫たちは気にした様子もなく寝そべったり毛づくろいしたりしている。

「おっ。いるねえ。猫たち」

 イアンディールも日常の気配を濃く纏い、しゃがみこんで猫を撫でている。

「この枝、どうすればいいんですか?」
「猫じゃらしにでもすれば?」
「えええ……」

 絶対、そんな使い方をするアイテムじゃないと思う。

「なんで私にくれるんですか?」
「アルワースは、自分で持っててもいいし、大切な誰かに持たせるのもいいって言ったんだ。魔王が暗躍している情勢だし、お守りみたいなものじゃないかな」
「そういうのを先に説明してほしいんですよね……」
「あははっ……あ、あの猫、怪我してる」 
 
 本当だ。前足に怪我をしている猫がいる。
 そういえば、聖女なら治癒魔法が使えたりするんだろうか?

 試しにゲーム感覚で杖を振り、ゲームのヒロインちゃんが唱えていた呪文を唱えてみる。

「創造神の祝福を。この世界に生きるものに、愛を……」
 
 杖の先端から、きらきらとした光が出る。
 魔力が消費されている感覚がする。狙い通り猫の傷が癒えたところを見るに、これは治癒魔法だ。
 
「わお。傷が治ったじゃないか。聖女になったって聞いてたけど、本当なんだ。すごいね」
「私も半信半疑でしたが、本当だったようです。イアンディールの脚にもかけてみましょうか」
「僕の怪我はもう治ってるよ」

 治癒魔法が使えるのは便利だ。
 治した猫も喜んで喉を鳴らしている。すりすりと頬を私の手にこすりつけて懐いてくるのが、可愛い。 

「創造神の祝福。この世界に生きるものに、愛を、か。僕の部屋にいるぬいぐるみは、それと逆の考えなんだよね」
「そのぬいぐるみ、お部屋に置いといたら危ないと思いますよ……」
「危険だよねえ。でも、仲良く話しているうちは安全だとも思うよ。しばらくは置いておく」
 
 イアンディールのオレンジ色の瞳が私を見て、ぱちりとウィンクした。
 これって「うちに留めておくから捕まえにおいで」ってことだよね。

「パーニス殿下に伝えておきますね」
「それがいいね。あとで一緒にアジトに行こう」
「あ、行ってみたいかも……」
「アジトは地下にあるんだ。連れていくよ」
 
 なら、ルビィは走らせなくてもいいかな?
 猫のモフモフを堪能してから、私たちは移動した。

 カフェ・コンチェルトの前を通りかかったとき、ふと誕生日のことを思い出した。

「イアンディール。六果の六枝……当日は無理として、別の日に『ランチ会で』パーニス殿下とイージス殿下のお誕生日会をしませんか?」
「いいね。しようしよう」
  
 当日が無理な理由は、王族の誕生日は(当たり前だけど)国をあげて公式にパーティが開かれるからだ。

「予約を入れてくるよ。ちょっとだけ待ってて」

 イアンディールがカフェ・コンチェルトに入っていく。
 外で待っていると、曲がり角から見るからに酔っ払いの金髪男がやってきた。
 
「ういー、ひっく。おっ、どこのお嬢様だ? とんでもない美人さんじゃねえか、ひっく。オレは王都に来たばかりなんだが、王都の女の子はやっぱ都会的だなー、身なりもいいし、大人しそうだし、ひっく。オレ実は選ばれた特別な『千の勇者様』なんだぜ」
  
 わざとらしいと感じてしまうくらい、わかりやすい「ならず者」って雰囲気だ。
 尾行組が殺気立ってるのを見た感じ、仕込みとかじゃなくて天然モノだ。王都は魔物は出るけど人間の治安はいいので、新鮮である。
 
「千の勇者様ってことは、【フクロウ】なんですか?」

 この人、守護大樹アルワースに選ばれた人なの?
 首をかしげていると、イアンディールが店から出てきた。
 
「おい。レオ。その子、総長のお姫様だよ」

 イアンディールの雰囲気からすると、本当に【フクロウ】のメンバーみたいだ。
 レオと呼ばれたメンバーは、サッと顔色を蒼くした。
 
「総長の姫さん!?」

 その呼び方、なんだか「暴走族の総長さまの彼女(=総長の姫)」みたいだな。
 『総長の姫』ジャンルは、小説家になろうでは流行っていなかったけど、野いちごジュニア文庫とかで人気だったんだよね。
 
「いやあ~、道理で気品があるなと思ってたんです、あはは……す、すいません!」
 
 はっきりと慌てたレオを、彼がやってきた方向から遅れて姿を見せた茶髪男が蹴り飛ばしている。

「てめえ、なにやらかしてんだレオ! 聞こえたぞ!」

 怒られてる、怒られてる。
 
「エドにいィ! オレまじで知らなくて……カワイイ子がいたら声かけるだろ……」

 茶髪男はエドというらしい。
 こちらも【フクロウ】のメンバー……かな?
 
「総長、失礼しました。こいつ最近他国から流れてきたばかりの新参で、物を知らなくて……! 言い聞かせときますんで、許してください!」
 
 あっ、エドがレオを引きずって逃げていく……。

「ごめんねマリンベリーちゃん。彼らについては、パーニス殿下に報告しとくからね」
「私は気にしてないですよイアンディール。総長さまモノのテンプレっぽくて面白いなと思うくらいでした」
「それって何? そういえば、パーニス殿下もよく言ってたんだよ。マリンベリーちゃんがオトメゲームという変な言葉を何度も言ってるって」
「あー……」

 イアンディールが好奇心いっぱいの目をしている。

「ゲームは遊びだよね。オトメは女の子? 女の子たちの遊びかな?」
「えっと、そんな感じでしょうか。異性と仲良くなることを目指す……遊び……?」

 この言い方だと、誤解されるかも。
 でも、なんて説明したらいいんだろう――
  
「へえ。僕が女の子たちと仲良くしようとモーションをかけるのと似てるかな」
「似てるかもしれませんね~!」

 ただ、乙女ゲームは現実にいないキャラが対象なんだけど。
 その違いは大きい気がする。

「仲良くしようとする対象を、空想上の人物に限定するような感じかもしれません」
「ふうん……空想上の人物ねえ。そういえば、魔王マギライトって、孤独だったって言うじゃないか。だから僕は親近感を抱いたんだよね」
「後ろの方でご家族が心配そうについてきてますけどね……」
「愛すべき友人たちもね!」

 イアンディールは揶揄うように私の腕を引き、顔を近づけた。
 角度によっては誤解されそうなポーズで、実際に物陰の集団から悲鳴のようなものが聞こえて、ガタガタと物を倒したり落としたりする音がする。

「イアンディール!」

 普通に問題行動だ。
 眉を寄せる私の手を引き、イアンディールは駆けだした。
 
「っあはは! 逃げろー!」

 ……これは、アジトに他の人たちを連れていきたくないという理由もあったりするのかな?
 
 一緒になってしばらく駆けて、気づけば私は【フクロウ】の秘密基地――アジトの入り口にいた。

 私たちが使った入り口は、魔法学校の用務員室の奥だ。

「用務員さんも【フクロウ】なんだ」

 用務員さんといえば「用務員さんは勇者じゃありませんので」だが、この世界の用務員さんは勇者らしい。
 
「合鍵持ってるんですか」
「アジトの入り口だからね。他にも入り口が何か所もあるよ。人によっては自宅につなげてたりするんだ。だから、間違って子どもが入ってきたりしてさあ。メンバーがアジトに入るのを見て『ぱぱー』って追いかけてきて……」
 
 パパを追いかけてアジトを歩く子どもを想像すると、可愛い。

「そんな地域密着型の秘密組織が、僕たちの【フクロウ】だよ。【フクロウ】へようこそ、マリンベリーちゃん」

 イアンディールはニコニコと笑い、私をアジトに招き入れてくれた。
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