甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

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2章、第二王子は魔王ではありません

38、『イージス殿下のお心』を回して没収された話

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 五果二十九枝、5月29日。

 王立魔法学校はいつも通りだった。
 シャボン玉の結界に守られている安心感からか、「家にいるより安全だ」という空気もある。

 授業は魔法薬作りの時に鍋が爆発した程度で、他には何事もなく平穏な時間が過ぎて行った。
 
 お昼休みには、噴水公園でランチ会だ。
 ランチ会は日が経つにつれて大人数になってきて、生徒たちはベンチに収まらず、ピクニックシートを敷いて座るようになっていた。賑やかだ。
 
「イアン先輩は他人の婚約者をデートに誘うくらいお暇そうでした。そのくせ、私の手紙には返事をくれないのです」
「そうか、奇遇だなクロヴィス。俺も手紙に返事をもらっていないんだ。イアンディールをランチ会から追放する」
「いいと思います」
「よし追放」
    
 ランチ会ではクロヴィスとパーニス殿下が「追放」「追放」と言っている。
 冗談だと思うけど、2人の周りの空気が黒い。

「他人の婚約者をデートに誘ったのですって」
「それってマリンベリー様のことかしら」
 
 話題元の2人は黒い空気なのに、外で耳を澄ませているみんなは楽しそうだ。

「お待ちになって! わたくしはイージス殿下を応援しておりますの」
「あらヤダ、皆さんは道ならぬ恋ばかり応援して……わたしはパーニス殿下派ですからね」
「イージス殿下の取り巻きの中にパーニス殿下派がいるなんて……裏切り者!」
 
 謎の派閥が生まれている……。
 
「マリンベリーさん」
「あっ、イージス殿下」 
「私には手紙が来ましたけど、言わない方がよさそうですね。ところで、デートというのは?」
「今手紙と言ったか? それに、デートとはなんだ? マリンベリー?」
「あっ……パーニス殿下」

 両側から兄弟殿下に問い詰められて冷や汗をかいていると、遠くで花火が上がった。
 昼間なのに、どこかでお祭りでもあるのだろうか。
 
「外務大臣には意見書を送っておいた。学校に来たら追放を言い渡してやる。楽しみにしていろ」

 パーニス殿下は頼まれごとはちゃんとこなしてくれる人だ。
 これでイアンディールも外出できるようになる。よかった。
 
「追放劇を楽しむ趣味はないです。ご存じですかパーニス殿下。流行の物語では追放された人が世の中の人に認められて、追放した側の人を見返すのがお約束なんですよ。見返されちゃいますよ」
「なら、どんな劇が好きなんだ? 今度俺と観にいこう」

 気付けば予定が増えていた。
 あとでスケジュール帳を整理してみよう。

「マリンベリーさん。もしよかったら、これを」

 お昼休みが終わって教室に戻ろうとする私に、イージス殿下が何かを押し付けてきた。
 こ、これは。ピンクの日記帳……。

「……日記帳、ですか?」
「クロヴィスが教えてくれたんです。イアンディールがあなたに心を渡したのだと……」
「こ、心……?」

 おそるおそる顔を見ると、イージス殿下は白銀の瞳に真剣な熱を宿していた。
 ちょうど横から吹いた風が、殿下のラベンダー色の髪をさらさらと揺らして――「今の聞いたか」「心だって」という周囲の囁きが耳に入る。見られてる――
 
「マリンベリーさん。私の心も受け取ってください」
  
 聞き耳を立てていた生徒たちが興奮している。
 
 ここで拒絶したら私の評判は地に落ちる気がする。
 いや、待って。受け取る方が評判が悪くなる?
 
 乙女ゲーマーの勘が「ここはじっくり考えて」と訴えかけてくる!

「すみません殿下。長考してもいいですか?」
「だめです」
「あっ」

 イージス殿下は私の手にピンクの日記帳を押し付け、去って行った。
 物腰柔らかだけど強引なんだぁ……。
 
「キャー! お心を渡されたわー!」
「道ならぬ恋、忍ぶ恋ですわね……!」
 
 
 どこが忍んでいるのだろう。騒がれまくってるじゃない……。
 捨てるわけにもいかないので、私は日記帳を手に教室に戻った。
 
 教室に入ると、すでに噂が届いていた。
 先回りして知らせた人がいるらしい。
 
「あれが殿下のお心……!」

 ひそひそとした声が聞こえるので、私は開き直って殿下のお心を自分の席で堂々と開いてみた。

「読んでるぞ」
「いったい何が書いてあるんだろう」

 どよどよと騒がしくなる教室。クラスメイトは遠巻きに見るばかりで、見えない壁でもあるかのように近づいて来ない。

「ふむ、ふむ。なるほど」

 ぱらり、ぺらりとページをめくる。
 
 日記帳は……白紙だった。
 最後のページにだけ、棒線で描かれたニコニコスマイル顔の絵が描いてある。
 顔文字で言うと「(^^)」こんな顔。
 吹き出しがあって、文字がある。

 『イタズラ成功!』
 
 ――イタズラだ……。


 日記帳を閉じて机に突っ伏すと、アルティナが心配してくれた。

「浮気しますの? すでにしてますの?」

 ……してません!

 私はこの後、ミディー先生の授業中にクラス全員に『イージス殿下のお心』を回した。
 
「えっ、これが殿下のお心?」
「待て待て。きっとこの白いページに何か魔法の仕掛けがあったりするんだよ」
「おれの心眼には愛のメッセージが見える……気がする」
  
 イタズラ心は、最終的にミディー先生に没収された。

「これは誰のものかな……? ミディー先生、みんなの心がわからないよ。正直に言って欲しい……ミディー先生の授業つまらない? ミディー先生のこと嫌い? ミディー先生はみんなのことが好きだよ。どうしたら好きになってもらえる? 先生と一回お話しよ……? ああ、みんな先生を見てくれてありがとう。嬉しいな。ありがとう。大好き。以上」

 ミディー先生はちょっとメンタルを病み気味な恋人風のセリフを早口&小声で連発して、教員室に戻って行った。
 
 あの日記帳、回収しなきゃだめかな?
 放置してもいいんじゃないかな……。

 教室に視線を巡らすと、みんなは「当然取りに行きますよね! 『イージス殿下のお心』ですもんね!」という顔だ。

 結局、私は放課後になってから教員室に行き、『イージス殿下のお心』を取り戻したのだった。
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