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2章、第二王子は魔王ではありません
37、イアンディールの日記
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窓から走って行ったルビィを見送っていると、イアンディールとクロヴィスが声をかけてくる。
「それにしても、マリンベリーちゃんも苦労してるんだね」
「魔女家の当主様があなたを閉じ込めるのですか?」
これはもしや、魔女家で私が酷い扱いを受けていると思われていないだろうか。
「キルケ様には優しくしていただいてます。全然、酷い扱いとかは受けていませんから!」
慌てて訂正したけど、ほぼ同時に部屋の外が騒がしくなって2人の注意がそっちに向いちゃってる。
聞こえてくる使用人たちの会話が、かなり不穏だ――私も気になる。
「買い出しに出たメイドが巻き込まれたようです!」
「大事故じゃないですか……」
事故?
「様子を見てまいります」
クロヴィスが颯爽と立ち上がり、止めるより先に部屋から出て行った。行動が早い。
「マリンベリーちゃんはここにいてよ。僕は出られないんだ……」
イアンディールが腕を掴んでちょっと必死な顔で言うので、私は部屋に留まった。
自分の立場でも、この状況でひとりで置いていかれるのはいやかも、と思ったのだ。
「イアン先輩。一緒にクロヴィスが戻ってくるのを待ちましょうか」
「……君は優しいね。そうだ、マリンベリーちゃん。クロヴィスみたいに僕のことも呼び捨てにしてよ」
「では、イアンディールと呼ばせていただきますね」
「うん……!」
あっ、すごく喜んでる。
イアンディールが喜んでくれてよかった。でも、大きなぬいぐるみを抱っこするみたいにソファに座らされると微妙な気分になる。そういえばこの人、女好きだった。
「じゃあ、二人でイチャイチャして待とっか……♪」
「私はぬいぐるみではないですし、婚約者がいるのでこの密着具合は困ります」
「不埒なことはしないよ。人の温もりに飢えていたんだ。1分だけこのままでお話しよう」
1分だけ? と眉を寄せると、イアンディールは私の耳元で小さく呟いた。
「机の上に手紙がある。手荷物に入れて行って。あと、これも」
手に押し付けてくるのは――日記帳?
渡されてすぐ解放されたので、内緒話をするための密着だったのだろう。
この部屋、監視されているのかもしれない……。
アイコンタクトを交わして手荷物に日記帳と手紙を入れたタイミングで、クロヴィスが部屋に戻ってきた。
クロヴィスは目隠しを取っていた。
「外周街のカフェ・コンチェルト前の大通りの地面が突然沈下して、湖になったんです。しかも、海水でした」
「?????」
どういうこと?
「部分的に地面が下にグッと下がり」
私が理解しかねていることに気付いて、クロヴィスはわかりやすく身振り手振りつきでもう一度説明してくれた。
「下がった地面を覆うように水が溢れて、一帯が湖になったというのです。しかも、海水なのだとか」
「怪奇現象ですね?」
「歩行人が何人か落ちて行方不明だそうですよ」
「大事件ですね!?」
魔王の仕業だろうか。
犠牲者が出てるのが怖い感じだ。行方不明の人たち、大丈夫かな……。
そわそわと視線を交わしていると、イアンディールは「物騒だし、暗くなる前に帰った方がいいよ」と勧めてくれた。
「今日は見舞いに来てくれて嬉しかったよ。また来てほしいな。マリンベリーちゃん、僕が外に出られるようになったら、デートをしよう。デートスポットは……」
イアンディールの明るいオレンジ色の瞳は、私の手荷物をチラチラと見ていた。
アイコンタクトだ……。
私が顎を引いてこたえると、イアンディールは声を発することなく、唇だけ動かして言葉を伝えた。
『手紙に』『書いた』『からね』……と。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
家に帰ってすぐ、私は手紙を読んでみた。
「って、この手紙、文字が書いてないですけど? イアンディール……?」
手紙には文字は書いてなくて、王都の地図が描いてあった。
地図の何か所かに、X印がついている。
そして、歯車の絵がX印の上に添えられている……。
「……あっ」
外周街のカフェ・コンチェルト前の大通りにX印が書いてあるのを見て、ドキリとする。
「……日記も見てみようかな」
日記を確認してみると、最初の日にちは五果二十四枝、5月24日だった。
最近書き始めたばかりの日記だ。
ちなみに、今日は五果二十八枝。5月28日である。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
五果二十四枝。
父の方針で、しばらく自室に軟禁生活になりそうだ。
退屈すぎる。イージス殿下から手紙が届いたので、お返事を書こう。
『また一緒に活動したい。早く怪我が治るよう祈っている』だって。
お名前を書かないで送ってきて、奥ゆかしい殿下だ。
もしくは、僕なら筆跡と文面でわかるだろうという信頼があるのかな?
ご自分が大変なときに僕の心配をしてくださって、優しい方だなあ。
五果二十五枝、朝。
父は僕の年齢をわかっているのかな? 子どもだと思ってないかな?
動物や植物はまだしも、ぬいぐるみを大量に贈られても全く嬉しくないのだが。
部屋がすっかり混沌としてしまった。文句を言いたい……。
五果二十五枝、夜。
今度は趣味の悪い服や派手な装飾品を贈ってきたぞ。ぬいぐるみよりマシか……。
五果二十六枝。
見舞いの手紙とクッキーが届いた。
嬉しいな。ちょうどよかった。
退屈で自分の頭がどうにかなったのかもしれないと心配していたんだ。いくら孤独で暇だからってぬいぐるみを話し相手にするなんて、僕はどうかしてる。
五果二十七枝。
僕の頭がどうにかなっているかどうか、明日になったらわかるかもしれない……。
「それにしても、マリンベリーちゃんも苦労してるんだね」
「魔女家の当主様があなたを閉じ込めるのですか?」
これはもしや、魔女家で私が酷い扱いを受けていると思われていないだろうか。
「キルケ様には優しくしていただいてます。全然、酷い扱いとかは受けていませんから!」
慌てて訂正したけど、ほぼ同時に部屋の外が騒がしくなって2人の注意がそっちに向いちゃってる。
聞こえてくる使用人たちの会話が、かなり不穏だ――私も気になる。
「買い出しに出たメイドが巻き込まれたようです!」
「大事故じゃないですか……」
事故?
「様子を見てまいります」
クロヴィスが颯爽と立ち上がり、止めるより先に部屋から出て行った。行動が早い。
「マリンベリーちゃんはここにいてよ。僕は出られないんだ……」
イアンディールが腕を掴んでちょっと必死な顔で言うので、私は部屋に留まった。
自分の立場でも、この状況でひとりで置いていかれるのはいやかも、と思ったのだ。
「イアン先輩。一緒にクロヴィスが戻ってくるのを待ちましょうか」
「……君は優しいね。そうだ、マリンベリーちゃん。クロヴィスみたいに僕のことも呼び捨てにしてよ」
「では、イアンディールと呼ばせていただきますね」
「うん……!」
あっ、すごく喜んでる。
イアンディールが喜んでくれてよかった。でも、大きなぬいぐるみを抱っこするみたいにソファに座らされると微妙な気分になる。そういえばこの人、女好きだった。
「じゃあ、二人でイチャイチャして待とっか……♪」
「私はぬいぐるみではないですし、婚約者がいるのでこの密着具合は困ります」
「不埒なことはしないよ。人の温もりに飢えていたんだ。1分だけこのままでお話しよう」
1分だけ? と眉を寄せると、イアンディールは私の耳元で小さく呟いた。
「机の上に手紙がある。手荷物に入れて行って。あと、これも」
手に押し付けてくるのは――日記帳?
渡されてすぐ解放されたので、内緒話をするための密着だったのだろう。
この部屋、監視されているのかもしれない……。
アイコンタクトを交わして手荷物に日記帳と手紙を入れたタイミングで、クロヴィスが部屋に戻ってきた。
クロヴィスは目隠しを取っていた。
「外周街のカフェ・コンチェルト前の大通りの地面が突然沈下して、湖になったんです。しかも、海水でした」
「?????」
どういうこと?
「部分的に地面が下にグッと下がり」
私が理解しかねていることに気付いて、クロヴィスはわかりやすく身振り手振りつきでもう一度説明してくれた。
「下がった地面を覆うように水が溢れて、一帯が湖になったというのです。しかも、海水なのだとか」
「怪奇現象ですね?」
「歩行人が何人か落ちて行方不明だそうですよ」
「大事件ですね!?」
魔王の仕業だろうか。
犠牲者が出てるのが怖い感じだ。行方不明の人たち、大丈夫かな……。
そわそわと視線を交わしていると、イアンディールは「物騒だし、暗くなる前に帰った方がいいよ」と勧めてくれた。
「今日は見舞いに来てくれて嬉しかったよ。また来てほしいな。マリンベリーちゃん、僕が外に出られるようになったら、デートをしよう。デートスポットは……」
イアンディールの明るいオレンジ色の瞳は、私の手荷物をチラチラと見ていた。
アイコンタクトだ……。
私が顎を引いてこたえると、イアンディールは声を発することなく、唇だけ動かして言葉を伝えた。
『手紙に』『書いた』『からね』……と。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
家に帰ってすぐ、私は手紙を読んでみた。
「って、この手紙、文字が書いてないですけど? イアンディール……?」
手紙には文字は書いてなくて、王都の地図が描いてあった。
地図の何か所かに、X印がついている。
そして、歯車の絵がX印の上に添えられている……。
「……あっ」
外周街のカフェ・コンチェルト前の大通りにX印が書いてあるのを見て、ドキリとする。
「……日記も見てみようかな」
日記を確認してみると、最初の日にちは五果二十四枝、5月24日だった。
最近書き始めたばかりの日記だ。
ちなみに、今日は五果二十八枝。5月28日である。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
五果二十四枝。
父の方針で、しばらく自室に軟禁生活になりそうだ。
退屈すぎる。イージス殿下から手紙が届いたので、お返事を書こう。
『また一緒に活動したい。早く怪我が治るよう祈っている』だって。
お名前を書かないで送ってきて、奥ゆかしい殿下だ。
もしくは、僕なら筆跡と文面でわかるだろうという信頼があるのかな?
ご自分が大変なときに僕の心配をしてくださって、優しい方だなあ。
五果二十五枝、朝。
父は僕の年齢をわかっているのかな? 子どもだと思ってないかな?
動物や植物はまだしも、ぬいぐるみを大量に贈られても全く嬉しくないのだが。
部屋がすっかり混沌としてしまった。文句を言いたい……。
五果二十五枝、夜。
今度は趣味の悪い服や派手な装飾品を贈ってきたぞ。ぬいぐるみよりマシか……。
五果二十六枝。
見舞いの手紙とクッキーが届いた。
嬉しいな。ちょうどよかった。
退屈で自分の頭がどうにかなったのかもしれないと心配していたんだ。いくら孤独で暇だからってぬいぐるみを話し相手にするなんて、僕はどうかしてる。
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