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2章、第二王子は魔王ではありません

36、閉じ込められるのは得意分野なので

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 放課後になると、パーニス殿下がお迎えに来て生徒会室へ連れていかれた。

「今日はクロヴィスと一緒にイアン先輩のおうちにお見舞いに行く約束をしてまして」
「顔合わせだけでいい」
「あっ、はい」
  
 生徒会の腕章をつけて生徒会室に顔を出すと、イージス殿下とエリナがいた。
 
「イージス兄上はしばらく業務の引継ぎをしてくださるんだ。エリナは店の手伝いで商売経験があるし計算が得意なので、会計を頼んでみた」

 私は癒し係でエリナは会計?

「ふ、複雑な気分」

 思わず呟くと、パーニス殿下は目をキラリとさせた。
 
「それはもしや嫉妬か?」
「確実に違うと思います」
 
 顔合わせだけと言ったのに、紅茶まで淹れてくれる。

「あ、パーニス殿下。雑用は自分が」
 エリナが腰を浮かせるが、パーニス殿下は断固として譲らなかった。
「俺がやる」
 
 謎のこだわり……。
 これはひとくち飲まないと帰してもらえないやつだ。

「いただきます」
「いただけ」
「美味しいです」
「うむ。美味しく淹れた手ごたえがあった」

 謎の満足そうな顔。
 まあ、いいか。
 
「では、本日は予定がありますので、お先に失礼いたします」
「一緒に帰れないのは残念だが、ルビィは俺の代わりにしっかり護衛するんだぞ」
「きゅい!」

 ルビィは愛らしく返事をして尻尾を振ると、生徒会室が「かわいいなぁ」という感想で染まる。

 アニマル・ラブリー・パワーは最強だな……。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
   
「クロヴィス、お待たせしました。馬車を用意してくださってありがとうございます」
「マリンベリー嬢を生徒会の顔合わせに連れていく、とパーニス殿下から聞いておりました……お手をどうぞ」

 イアンディールの家――ヴァラン伯爵家は、東方の肥沃な土地と北方の鉱山地帯に領地を持っている伯爵家だ。代官と親族に離れた土地を任せ、当主伯爵は王都で外務大臣をしている実力者。
 伯爵一家が住むお屋敷は、城周街にある。通称『黒薔薇邸』とも呼ばれる、黒を基調とした麗しいお屋敷だ。

「クロヴィスはイアン先輩のおうちに行ったことがありますか?」
「実は、初めてです。訪問の許可もいただいていないので、門前払いされるかもしれません」
「ああ……ちょっと勇み足だったかもしれませんね、私たち。門前払いを覚悟しておきましょうか」
 
 二人だけで話すのは緊張するかも。  
 クロヴィスもどことなく緊張しているように見える。

「あ、そうだ」
  
 彼のセージグリーンの髪を見ていて、ふと思いついた。
 クロヴィスの目隠しって、外すときもあるんだよね。
 長い前髪って、邪魔になったり目が悪くなったりしないのかな。
 
「クロヴィス。もしよければですけど……この髪留めをもらってくださいますか? 目隠しを外したときに前髪を留める髪留めです」
「えっ?」
 
 普段前髪をおろしている人が前髪をあげたときにしか得られない栄養があるっていうじゃない?
 試しに髪留めでクロヴィスの前髪を留めると、似合っていたので私は大満足した。

「ありがとうございます、マリンベリー嬢。家宝にします」
「家宝にするほどの贈り物ではないですよね!?」

 クロヴィスは大袈裟なほど喜んでくれた。
 よかった、よかった。

 ヴァラン伯爵家に到着して馬車から降りると、使用人たちはすんなりと中に通してくれた。前評判通りの真っ黒なお屋敷は、高級感と威圧感がある。

「パーニス殿下から坊ちゃまの見舞いというお話を聞いておりました」

 ああ! パーニス殿下が先にお話を通してくれたんだ。
 早い。有能。ありがたい。
 考えてみればイアンディールはパーニス殿下の配下だもんね。
 最近はイージス殿下に取られているような印象もあったけど。

「わん! わん!」

 お庭には大きな犬と犬小屋があり、ルビィが「きゅう!」と鳴き声をあげて会話していた。

「ばう!」
「きゅい!」
「わふっ」
「きゅう~」

 何をお話しているんだろう。
 動物同士がお話してるのって和むなあ。

「坊ちゃまはお部屋にて安静にしていらっしゃいます。恐れ入りますが、お部屋に直接お通しいたします」

 ちょっとした怪我のはずだけどな?

 違和感を覚えつつ、イアンディールのお部屋に着くと、クロヴィスが目隠しを取って好奇心いっぱいの顔になった。
 
 広いお部屋には、まず大きな水槽があって、鑑賞用のお魚が飼われていた。
 それに、ハムスターの檻とカメの檻とウサギの檻がある。
 さらに大きなぬいぐるみが多数並んでいて、観葉植物がちょっとした密林みたいになっているスペースもある。
 
 ……個性的なお部屋だ。
 
「やあ。お見舞いに来てくれて嬉しいよ。僕は部屋から出るなと言われていて退屈だったんだ……ちょうど手紙の返事を書いていたところでもある」

 部屋の主、イアンディールは椅子に座った姿勢で歓迎してくれた。
 
 光沢のあるキラキラ、というよりギラギラしたシャツを着ていて、胸元が大胆に空いている。
 魔法学校では結んでいる長いビスケット色の髪は、結ぶことなく背に流している。
 耳にはジャラジャラとイヤーカフスやピアスを何個もつけていて、手元も全部の指にゴテゴテしたデザインの指輪を填めて。
 首元には……ドクロモチーフのシルバーネックレス……。

「どうしちゃったんですかイアン先輩」
「退屈を持て余していたんだ。見てくれ。爪も塗ってしまった。なかなか楽しかったよ」
 
 両手の爪は二色のネイル用塗料で飾られていた。しかも、黒と赤。
 
「なんか、先輩。毒々しいですね」
「クロヴィスも同じ格好にしてあげようか?」
「遠慮します」
 
 ストレスが高いんだろうな……心の闇を感じちゃうよ。
 床に散らばってる紙とか、ポエム書いてるもん。
 『水槽の魚たちと僕たちは同じなんだ』とか書いてるもん。
 視えちゃってるけど、本人気にしてなさそう。
 
 以前も寂しそうにしていたし、バッドエンドルートのスチル回収しちゃったし、優しくしてあげよう。

「私が出してあげます。ヴァラン伯爵に言ってきますよ。心配なのはわかるけど、お外に出してーって」
 
 これは放置しておけない。
 私もこれまでよく閉じ込められたけど「自分の意思で外に出られない」と意識しちゃうと、すごくストレスになるんだよね。
 
「私、全力で『出して―』って言ってきます。閉じ込められるのは得意分野なので任せてください」
「マリンベリーちゃんにそんな得意分野があったとは知らなかった。でも、父は仕事で忙しくて家には月に一度帰るかどうかだよ」
「ええっ……!」
 
 それはひどい。
 自分は家にいないのに、息子を部屋に閉じ込めて放置?
 
「パーニス殿下にお願いして、ヴァラン伯爵に言ってもらいますよ! ルビィ、お使いを頼める?」
「きゅう!」

 ルビィはやる気いっぱいに走っていった。
 
 使い魔ってご主人様のところに一瞬で移動したり飛んでいくのかと思ったけど、走っていくんだ……。
 
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