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1章、王太子は悪です

17、結果は変わらないじゃない

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 『五果ごか六枝ごえ』……5月6日。
 生徒会の会議室に集まったメンバーは、イージス殿下に秘密を打ち明けられた。
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
 私の名前は、イージス・マギライト・アルワース。生まれてから18年になります。
 
 物心ついた時、私の中には2人の自分がいました。
 二重人格といえば、わかりやすいでしょうか?
 この国の王子として生まれたイージスとしての自分。
 そして、建国の英雄の友人であった魔法使いマギライトの自分です。

 建国の英雄の話は、市井ではこのように伝わっていますね。
 
 『古代、世界が滅びに瀕したとき、世界を救った光の英雄王アークライトと彼の親友であった賢者アルワースが建国した王制国家が、この王国マギア・ウィンブルムである』

 しかし、私の中にいる魔法使いマギライトの記憶では、事実は少し違います。
 
 『とある魔法使いが、世界を壊してしまった。マギライトは英雄王と呼ばれる前の王子アークライトに世界を滅ぼした罪を着せて、アークライトを殺そうとした。

 賢者アルワースはマギライトを邪魔して彼と戦い、勝利した。
 アルワースは王子アークライトを生かして英雄王とした。
 また、アルワース自身の身を犠牲にして守護大樹になり、自然世界を支えた。

 敗北した魔法使いマギライトはアルワースや人間たちを憎み、世界を滅ぼそうと呪いを残した』
 呪いの言葉は。
 『アークライトの子孫として生まれ変わり、この王国マギア・ウィンブルムを滅ぼしてやる。
 俺は闇属性を持って生まれる。
 闇属性の子が生まれるたびに俺の生まれ変わりではないかと怯えるがいい』
 というものだった。

 闇属性自体は、希少であるものの、邪悪ではありません。使い方によっては心に安らぎをもたらしたりできるのですよ。
 ですが、その呪いの話により、王家に闇属性の子が生まれると魔王の生まれ変わりではないかと警戒されるようになったのです。

 さて、私は残念なことに、魔王と呼ばれる魔法使いマギライトの生まれ変わりでした。
 彼はアークライトの血筋を憎んでおり、彼の国を滅ぼそうと考えていました。

 しかし、英雄の血筋のなせるわざでしょうか。
 このイージスの肉体には、魔王だけではなく、私イージスの心も宿っており、成長したのです。
 未熟な心は魔王に押しのけられ、肉体の主導権を奪われることも多かったのですが、先日――四果よんか二十一枝にじゅういちえ
 
 パン屋の娘、ルミナ・トブレットが、私に干渉してきました。
 彼女は自分が聖女だと言いました。
 その日、守護大樹に認められたばかりなのだ、と。
 その上で、私のことを魔王と呼び、攻撃を仕掛けてきたのです。
 
 明確な殺意に、私の中のマギライトは激怒しました。そして、ルミナと戦い始めました。

 ルミナは必死に戦っていたのですが、聖女になりたてだったこと、肉体がかよわい少女だったこともあり、敗北してしまいました。
 しかし、ルミナが死ぬ直前に、守護大樹アルワースが介入して、マギライトの心を浄化しようとしたのです。戦い、勝利しかけた油断を突かれたマギライトの心は、かなり弱まりました。
 私はその隙を突き、マギライトの心と肉体の主導権をめぐる戦いを始めました。その際にアルワースはルミナを遠くに飛ばして逃がしたようですが、致命傷を負っていたので、ルミナは助からずに飛ばされた先で亡くなったようですね。
 
 私はマギライトを自分の精神の奥深くへと封印することに成功し、……それからはずっと、この体を自分だけの体として動かしています。
 

   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

「イージス殿下ぁっ!? そのお話は、わたくしたちにするよりも国王陛下や大臣たち、魔法使いの名家の当主の方々にするべきではありませんっ!?」 

 話を聞き終えて、アルティナさんが悲鳴をあげた。
 
 私も全くの同感だった。

 与えられた情報に、心がついていかない。

 だって、原作の乙女ゲームでは。イージス殿下は単なる悪役だった。
 それなのに、目の前の彼は。

「……私は罪人です。生まれてからこれまで、数多くの罪にこの手を染めてきました。人を殺したり、悪事をそそのかしたり、悪人を匿ったり……それはマギライトの人格が冒したこととはいえ、肉体は私だったのですから、私は裁かれるべき罪人だと思うのです」

 イージス殿下は白銀の瞳に決意と覚悟を見せていた。

「私は、このことを父に報告して処刑されるつもりです」

 この人は、死ぬ覚悟ができている。
 私はそれを感じ取り、腹の底に氷の塊を抱えたような気分になった。 

「ですが、魔王に勝利したご褒美といいますか。私が私として生きた思い出作りといいますか……その、皆さんを巻き込んでしまって本当にすみませんが、最期に狩猟大会を楽しみたいのですが――――どう、思われますか?」

 狩猟大会は、前世で言うなら修学旅行みたいな感じだろうか。
 毎年行っている行事ではあるけど、イージス殿下の「思い出作り」という言葉に、私は思いがけず心を揺さぶられた。
 ……だって、私も一度死んでいるから。

 死ぬとわかっていたら、あんなことやこんなこともしたかった。
 未練はもうないって笑って死にたかった。
 そう思うから。

 でも、頭のどこかで「待った」がかかる。彼を信じる? 信じない?
 まるで、乙女ゲームの選択肢が目の前に並んでいる気分。

 乙女ゲームって、「この選択どっちが正解だろう」って悩むときがあるんだけど、今まさにそれ。
 
 今、私は騙されていないかな?
 イージス殿下は嘘つきだ。簡単に信じてはいけない。

 幸い、現実はゲームと違って自由に会話することができる。
 ……ちょっと様子を見てみる?

「イージス殿下。この件は我々だけの秘密ということですよね? 当面の間、事を大きくせず学生生活を送りたいということですよね?」
「そう思っていますが、私は実は自分でもそれでいいのか悩んでいました。そこで、皆さんに相談といいますか……持て余してしまって、他人に話して、どう思われるかを聞いてみたくなったのです」
 
 ビスケット色の髪を揺らして首を横に振り、イアンディールが困り顔をしている。
 
「僕はあいにく、友人に聞かれるとなんでも話してしまいそうな口の軽い男なんだよね。そんな僕に生死に関する秘密を告白しちゃって……見る眼がないね。今夜にも、殿下は拘束されて自由を失うかもしれないよ」

 あっ、このセリフ、……イアンディールのハッピーエンドルートで出てくるセリフだ。
 それに対して、イージス殿下は、少し寂しそうに頷いた。
 
「そうなってしまっても構いません。私にも我が身可愛さがあります。それではだめだよと言って欲しかったのかもしれませんし……自分では処刑台に登る勇気がなくて、無理やり登らせてほしいのかも」
 
 アルティナさんが赤い巻き髪をかきむしっている。
「ふぬー! 深刻なお話すぎますわー!」 

 そうだよね。
 私もそう思う。

 私やアルティナさんがそう思うように、イージスという18歳の王子殿下も自分の事情を持て余してしまった――そう考えると、「なるほど」と思える。

 思えるけど……イージス殿下の設定を知っていると、やっぱり疑ってしまう気持ちもある……。

 どちらにしても、狩猟大会でパーニス殿下に勝っていただいて、守護大樹を浄化する予定に変更はない。
 悪役殿下がやる気満々でも勝利する。
 悪役殿下が「自分が悪い。自首するが、狩猟大会をする猶予がほしい」と言ってきても、勝利する。
 
 ……結果は変わらないじゃない?
 ……だよね?
 
「私は……思い出作り、いいと思います」

 ぽつりと言うと、イージス殿下は眉尻を下げて微笑しようとして――失敗して、唇を震わせ、はらりと一筋の涙を落とした。

 その透明な涙は美しく煌めいて、私の心に波紋を広げた。

 
「イアンディール。狩猟大会が終わるまで、この件を秘密にできない……?」 

 
 
 ―――― 『五果ごか六枝ごえ』……5月6日。

 イアンディール、アルティナさん、マリンベリー。
 
 私たち3人は、死ぬ覚悟を固めたイージス殿下との思い出作りをする同志となった。
 
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