甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

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1章、王太子は悪です

15、ファイアドラゴンのウロコ、火竜の杖

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 狩猟大会は『五果の二十二枝』……5月22日の予定である。
 イージス殿下。イアンディール。アルティナさん。マリンベリー。
 以上、4人がイージス殿下のグループだ。
 
 さて、今日は『五果ごか四枝よんえ』……5月4日。

 私、マリンベリーは魔法学校の授業中だ。

 魔法学校では、自分の手で材料を集めて『アイテム作成』をする授業がある。今日は、短杖ワンドを作る実習だ。
 
 そういえばマリンベリーはこの授業を楽しみにしていて、アンナと一緒に材料リストを見て「サラマンダーのウロコよりファイアドラゴンのウロコが私にふさわしい!」とわがままを言っていたんだっけ。
 
 乙女ゲームでも、ミニゲームで『アイテム作成』があった。
 サラマンダーのウロコをメイン材料に短杖ワンドを作ると、レア度が星二つの『火蛇の杖』ができる。
 ファイアドラゴンのウロコをメイン材料に短杖ワンドを作ると、レア度が星三つの『火竜の杖』ができる。
 
 ただ、ファイアドラゴンのウロコってとても希少で、手に入らなかったんだよね。
 
 前世を思い出す前の自分を懐かしんでいると、私の隣に座る薔薇みたいに真っ赤な髪をきつく巻いた商人貴族の家柄の令嬢、アルティナさんが話しかけてきた。
 
「マリンベリー様、同じグループですわね~! しかも、イージス殿下と同じとは。わたくしたち、優勝できそうなのでは?」
「優勝はどうかな……?」
「頑張りましょうね!」
「そ、そうね」
  
 乙女ゲームの【全員を幸せにする大団円ハーレムルート】のためには、聖女ヒロインちゃん……の代わりを務めるパーニス殿下のグループに優勝してもらわないと。
 
 ……待って。
 そういえば、パーニス殿下がまだ守護大樹に聖女認定してもらってないかも?
 
 聖女の条件は「全属性の魔法を全て使えて『善良で国のことを想っている』と守護大樹に認められる」ことだ。守護大樹に認めてもらいに行かなきゃ。

 それに、イアンディールとクロヴィスのグループ分けも気になる。
 
 というのも、狩猟大会は、ルートしだいで『お兄さん気質なイアンディールが無茶をするクロヴィスを心配して後を追い、クロヴィスを庇って大怪我をする』という悲劇が発生するのだ。

 昨日のランチ会でもその気配があったけど、「功績を上げよう、活躍しよう」とクロヴィスが無茶をするのだ。イアンディールは狩猟大会前から心配していて、「無茶はいけないよ、クロヴィス」と何度も言い聞かせていた。だけど、クロヴィスは言うことを聞かなかった。
 当日、同じグループのクロヴィスは無茶をして、危険にその身を晒してしまう。
 イアンディールはその身を挺してクロヴィスを守り、代わりに両脚に大怪我をして、歩行能力を失うのだ。
 これが、クロヴィスのバッドエンドにつながるルート。
 
 その結末になるかどうかの見分け方は簡単。
 ヒロインちゃんとの好感度が上がってたら、クロヴィスはヒロインちゃんと同じグループになり、イアンディールとは別のグループになる。
 好感度が上がっていなければ、クロヴィスとイアンディールが同じグループになる。

「クロヴィスとイアンディールが別のグループになった……これって、クロヴィスのバッドエンドは防げているってことだよね」

 そう考えると、攻略は順調な気がする。
 
 別のグループになった私はどうしよう。
 わざと自分のグループの足を引っ張ったりするのは、良心が咎めるなぁ。

「同じグループになりましたし、これ、あげますわ」
「えっ。アルティナさん? これ、ファイアドラゴンのウロコ?」
「オーホホホ! わたくしのお家の財力を侮ってはいけませんわ。商人の情報網もね!」

 アルティナさんは、なんと私がファイアドラゴンのウロコを欲しがっているという情報を商人経由でゲットしてオークションでファイアドラゴンのウロコを競り落としてくれたらしい。

「買います」
「いいんですのよ。だって……マリンベリー様のおかげで、わたくしの陰口を言う子が減りましたもの」
「えっ」

 アルティナさんはこっそりと教えてくれた。

 アルティナさんは、貴族の爵位をお金で買った商人上がり。
 だから成金とか言われて、生粋の貴族の家柄の生徒からよく思われていなかったのだそうな。
 でも、平民で孤児院出身のマリンベリーが魔女家の養子として魔化病の特効薬を開発し、王子と婚約するまで成り上がった。
 さらに、「貴族が平民をいじめるのはいけない」「平民いじめは高貴な者にふさわしくない行いだ」と言ってくれた。
 そのおかげで、陰口を言われなくなったのだ、と。

「わたくし、とっても感謝してますの!」
 
 私は嬉しくなった。

 あの時、声を出して、よかった。
 
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
 
 授業の終わりを告げる鐘が遠く聞こえる。

 地下なのに魔法の灯りに煌々と照らされ、壁に飾ったステンドグラスからはまるで陽射しが降り注いでいるような錯覚を覚える光が差し込んでいる。
 教会を模した【フクロウ】のアジトは、魔法学校の地下空間に広がっている。
 
 第二王子パーニスは、【フクロウ】の総長だ。
 配下であるビスケット色の髪をしたイアンディールは、悪びれる様子もなく肩をすくめた。
 
「マリンベリーは俺と同じグループになるはずだったが? 兄上と同じグループになったとは、どういうことだ? イアンディール?」
「言ったままですよ、パーニス殿下。だって、イージス殿下の発言力がでかいですもん。僕に過剰な期待をされても困りますね。申し上げましょう、無理なものは無理」
「……くっ……」
「悔しそうですね殿下。日頃の行いですよう」

 そう言われると、返す言葉がない。
 兄イージスは自分の発言力を増すために長年、努力をしてきた。それを見ながらパーニスは、「兄の発言力が大きいのは良いことだ」と応援するばかり。
 陰へ陰へと引っ込んでいくばかりだったのだ。
 
「覆せないのか?」
「殿下、たかが狩猟大会のグループ分けでそんなに必死にならないでください。余裕のない男はモテませんって」

 イアンディールには真剣さが足りない。 
 とはいえ、つい先日まではパーニスもそうだったのだ。
 むしろ、急に必死になったパーニスの方が組織員からは「どうしちゃったんですか?」「恋は人を変えると言うから」などと言われている……。
  
「仕方ないな。しかし、狩猟大会では勝たせてもらう」
「やる気ですねえ。でも、僕は手を抜いたりしませんよ」
「好きにしろ」
 
 手を振ると、イアンディールは「では、『ランチ会』で会いましょう」と笑って戻っていく。
 日の当たらない隠れた教会から、生徒たちの学び舎へと。
 
「……はあ」
「パーニス殿下。お疲れ様でございます」
 
 ステンドグラスを眺めながらベンチにもたれかかると、赤毛のアンナがお茶を差し入れてくれた。
 魔女家のメイドとしての仕事もあるだろうに、フットワークが軽くてよく働く配下だ。
 
「アンナ。いつも助かる」
「まあ! 殿下ったら、私を口説かないでくださいませ。私の心はお嬢様に捧げているのですから」
「別に口説いたわけではない」
  
 秘密組織【フクロウ】は、建国後に作られ、今代まで続いている歴史ある組織だ。
 創設者は建国の英雄を支えた賢者だと教えられている。
 組織に所属する者は守護大樹が選ぶ。組織については、口外禁止だ。
 選ばれる理由は、よくわかっていない……。
 
「俺はもっと努力しなければならない。目的のために」

 自分に言い聞かせて、パーニスは目を閉じた。

 何年もかけて離されてしまった圧倒的な兄との名声や支持基盤の差を思うと、「今から兄に追いついて覆すのは無理なのでは」と思ってしまう。

「クロヴィスと親しくしている伝手で、外務大臣に手紙を書いた。それと、賢者家にも……ミディー先生の見舞いに行きたい、と申し出てみる。アンナ。手紙を届けてくれ」
「承知いたしました、パーニス殿下」

 『ランチ会』の時間になって噴水公園に行くと、メンバーが2人増えていた。

 エリナ、アルティナ。2人を連れてきたのは、兄イージスだった。
 
「ランチの人数は多い方が楽しいと思うのですよね」

 兄イージスは慈愛に満ちた眼差しが似合う人だ。光の当たる場所で人に囲まれているのが似合う人だ。
 
 この姿が魔王の擬態だと言われても、正直言うと、にわかには信じがたい。
 
 パーニスの心には、幼い日に「パーニス、こんな暗がりで泣いてないで、おいで」と手を引いてくれた兄や、闇の魔法を使って魔法の教師を怯えさせたときに「パーニスは悪いことをしていないよ」と抱きしめてくれた兄の記憶がある。
 
 そんな兄がニセモノで、正体が魔王だと言うなら倒そう。婚約者であるマリンベリーが正しいと信じるなら、パーニスの歩む道はこちらだ。パーニスは罪人の黒幕的立ち位置をしている兄を知っている。
 なので、マリンベリーは正しいと思う。

 ――しかし。

 もし兄がニセモノじゃなかったら? 
 何か特殊すぎる事情があるとしたら?
 婚約者であるマリンベリーが間違っていたら?
 ――そんな考えも、ある。
 
 王族であるパーニスは、「他者の言うことを何も考えずに信じるな。自分で調べたり、自分の頭で考える癖をつけろ。物事を多面的にとらえて、常にいろいろな可能性に思いを馳せ、最善を選べ」「私情に流されるな」と教えられてきた。

 考えること。調べること。
 そして、状況に応じて方針転換し、「多くの民にとっての」最善の結果を目指すこと。

 楽しそうなランチ会の光景を見つめながら、パーニスはそっと心に誓った。
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