甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

文字の大きさ
上 下
16 / 77
1章、王太子は悪です

14、2枚のカードとダンジョン&ダンジョン

しおりを挟む
 『五果ごか三枝よんえ』……5月3日。夜20時。

 魔女家に帰宅してダイニングルームに行くと、魔女家当主のキルケ様が上座にいた。
 
 当主として多忙を極めるキルケ様と食事を一緒にする機会は、これまではあまりなかった。
 キルケ様は魔女帽子をかぶったまま、私は魔女帽子を脱いで。端と端が離れた長いテーブルのあちらとこちら、親子で向かい合って夕食を開始する。
 
「マリンベリー。広中街に魔物が出たんだって?」

 緊張気味にご馳走を食べていると、キルケ様が尋ねてくる。
 ああ、聞きたいことがあったんだ。
 夕食を一緒にする理由がわかって、ホッとした。
 
 理由がわからないと不安になる。理由がわかると安心する。
 わからないとモヤモヤする。わかるとスッキリする。
 人間って、そんな生き物だよね。

「はい、キルケ様。パーニス殿下が倒してくださったらしいです」
「街中に魔物が出没するようになったのは物騒だね。20年前には街中には出なかったのだけど。……怪我はしなかったのかい」
「パーニス殿下は無傷でした。お強いですから」
「ボクはパーニス殿下の心配なんてしてないよ」
 
 キルケ様はそう言ってフォークとナイフを置き、ふわっと空中を飛んで私の傍に来た。

「キルケ様?」
 
 キルケ様の紺色の目が上から私を見下ろしてくる。なんだろう。

「怪我はなさそうだね、マリンベリー」
「あっ。な、ないです」
「ん。よかったよ。魔物が出て怖かったろう。明日は魔法学校を休んでもいいよ」
「いえ。学校を休むほどじゃないです。もうすぐ狩猟大会があって、明日はグループ分けも発表されるので」
「ボクの娘は真面目だね」

 キルケ様は口の端を持ち上げ、私の頭をぽんぽんと叩いた。

「キミはボクの娘なんだ。何かあったら隠さず言いなさい」
「……っ、ありがとうございます、キルケ様……!」
 
 至近距離で強気に微笑むキルケ様は、とても可愛かった。
 ありがとう乙女ゲーム。強気な保護者ショタ、最高。
 
 私は口元を押えて悶絶した。

 部屋に戻ると、イージス殿下とパーニス殿下から見舞いの花が届いていた。
 
 イージス殿下からは、海岸に自生するアルメリアのブーケ。ピンク色のまりみたいに群れ咲いていて、可愛い。
 花言葉は「同情」「思いやり」「共感」かな。
 
 パーニス殿下からは、釣り鐘状の花が寄り添う姿がピュアな印象の赤いカランコエのブーケ。
 花言葉は「あなたを守る」「たくさんの小さな思い出」「おおらかな心」かな。

 メッセージカードも届いている。2枚。

「申し訳ございません、お嬢様」

 寝る前のホットミルクをテーブルに置いて、赤毛のメイド、アンナが頭を下げた。

「どうしたの、アンナ?」
「そちらのカード、名前が書いていなくて……どちらのカードがどちらの殿下からか、わからなくなってしまったのです」
「なんだ、そんなこと? 筆跡でわかるじゃない……」

 カードを見ると、2人の殿下は、筆跡が似ていた。

 1枚目には、『君ともっと話したい』。
 2枚目には、『君にもっと意識されたい』。

「……わからないわ」

 わからないものは仕方ない。
 私は考えるのをやめて、いただいたブーケを愛でた。

 お花はどちらも可愛くて、いい匂いがした。
 2人揃ってお見舞いをくれた。お見舞いは嬉しい。
 
 気になることはあるけど、今は……それでいいじゃない?
 
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 ――翌日。
 
 『五果ごか四枝よんえ』……5月4日。早朝6時。

「今日もがんばろう、クロヴィス」
「はいっ、パーニス殿下!」
 
 箒で空を飛び、見下ろす地上でパーニス殿下とクロヴィスが走っている。
 
 黒狼のセバスチャンと耳長猫のルビィも一緒だ。
 毎日の走り仲間として、絆を育んでいただこう。

「ぴぃ、ぴぴぴ」

 ニコニコと見守りながら上空を飛んでいると、鳥の群れと一緒になった。
 鳥の仲間に入れてもらえたみたいで、なんだか嬉しい。 

 ――8時、登校時間。

「広中街の魔物出没事件の話、聞いた?」
「やっぱり、魔王の生まれ変わりが……」
「ダメ王子が生まれ変わりって噂あるよな」
 
 パーニス殿下には、不安をぶつけるような声や視線が注がれた。
 同時に、「魔物討伐したと聞きました」と尊崇や憧憬の眼差しで声をかけてくる生徒もいる。

 もちろん、事件以外のことでソワソワしている生徒たちもいっぱいだ。
 
「狩猟大会のグループが決まるぞ。楽しみだなあ」

 狩猟大会は、一般的には中世ヨーロッパ貴族のピクニックがイメージされやすい。
 例えば、馬に乗った騎士たちがウサギや狼を狩り、狩った数を競うとか。
 令嬢たちが勝利を願って騎士にリボンをプレゼントしたりとか。

 でも、この世界……『カラクリ大樹の追憶と闇王子』という乙女ゲームでは、もっとゲームっぽさのあるイベントになっていた。

 まず、狩猟大会は魔法学校の行事だ。
 生徒たちがグループをつくり、競うのである。

 ゲームをしていた時のイベント名は、狩猟大会『ダンジョン&ダンジョン』! 
 ……ダンジョン攻略イベントだ。

 狩猟大会『ダンジョン&ダンジョン』は、『イリュージョンスカイ・ダンジョン』と『アクアリウム・シーダンジョン』という2種類のダンジョン攻略でポイントを競う大会だ。
 乙女ゲームは意外と冒険したり戦ったりするのである。
 守られるだけのヒロインちゃんも王道なんだけど、意外と戦ったりするヒロインちゃんも多い。
 格好良い&可愛い女の子なヒロインちゃんは、人気だ。私も大好きで、憧れた。
 
 イベントの会場は、海の近く。
 宿泊施設が用意されていて、1泊2日のワクワクイベントだ。
 
 魔法学校には寮もあるのだけど、王都住まいの貴族の子女たちは多くが自宅から通っている。
 そこで、彼らの自主自立と他者への許容性の成長を促すため、ちょっと親元から離して同級生と寝泊りさせよう、というコンセプトらしい。
 魔法学校は真面目な教育機関なのである。

 悪役令嬢マリンベリーは、イベントではヒロインちゃんと絶対に別グループになる。
 ライバルキャラだからだ。

 教室に行くと、グループが書かれたカードが渡された。
 
「私のグループは……」
  
 私のグループは、イージス殿下と一緒だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない

ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。 ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。 ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。 ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

転生侍女は完全無欠のばあやを目指す

ロゼーナ
恋愛
十歳のターニャは、前の「私」の記憶を思い出した。そして自分が乙女ゲーム『月と太陽のリリー』に登場する、ヒロインでも悪役令嬢でもなく、サポートキャラであることに気付く。侍女として生涯仕えることになるヒロインにも、ゲームでは悪役令嬢となってしまう少女にも、この世界では不幸になってほしくない。ゲームには存在しなかった大団円エンドを目指しつつ、自分の夢である「完全無欠のばあやになること」だって、絶対に叶えてみせる! *三十話前後で完結予定、最終話まで毎日二話ずつ更新します。 (本作は『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています)

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

処理中です...