甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

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1章、王太子は悪です

14、2枚のカードとダンジョン&ダンジョン

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 『五果ごか三枝よんえ』……5月3日。夜20時。

 魔女家に帰宅してダイニングルームに行くと、魔女家当主のキルケ様が上座にいた。
 
 当主として多忙を極めるキルケ様と食事を一緒にする機会は、これまではあまりなかった。
 キルケ様は魔女帽子をかぶったまま、私は魔女帽子を脱いで。端と端が離れた長いテーブルのあちらとこちら、親子で向かい合って夕食を開始する。
 
「マリンベリー。広中街に魔物が出たんだって?」

 緊張気味にご馳走を食べていると、キルケ様が尋ねてくる。
 ああ、聞きたいことがあったんだ。
 夕食を一緒にする理由がわかって、ホッとした。
 
 理由がわからないと不安になる。理由がわかると安心する。
 わからないとモヤモヤする。わかるとスッキリする。
 人間って、そんな生き物だよね。

「はい、キルケ様。パーニス殿下が倒してくださったらしいです」
「街中に魔物が出没するようになったのは物騒だね。20年前には街中には出なかったのだけど。……怪我はしなかったのかい」
「パーニス殿下は無傷でした。お強いですから」
「ボクはパーニス殿下の心配なんてしてないよ」
 
 キルケ様はそう言ってフォークとナイフを置き、ふわっと空中を飛んで私の傍に来た。

「キルケ様?」
 
 キルケ様の紺色の目が上から私を見下ろしてくる。なんだろう。

「怪我はなさそうだね、マリンベリー」
「あっ。な、ないです」
「ん。よかったよ。魔物が出て怖かったろう。明日は魔法学校を休んでもいいよ」
「いえ。学校を休むほどじゃないです。もうすぐ狩猟大会があって、明日はグループ分けも発表されるので」
「ボクの娘は真面目だね」

 キルケ様は口の端を持ち上げ、私の頭をぽんぽんと叩いた。

「キミはボクの娘なんだ。何かあったら隠さず言いなさい」
「……っ、ありがとうございます、キルケ様……!」
 
 至近距離で強気に微笑むキルケ様は、とても可愛かった。
 ありがとう乙女ゲーム。強気な保護者ショタ、最高。
 
 私は口元を押えて悶絶した。

 部屋に戻ると、イージス殿下とパーニス殿下から見舞いの花が届いていた。
 
 イージス殿下からは、海岸に自生するアルメリアのブーケ。ピンク色のまりみたいに群れ咲いていて、可愛い。
 花言葉は「同情」「思いやり」「共感」かな。
 
 パーニス殿下からは、釣り鐘状の花が寄り添う姿がピュアな印象の赤いカランコエのブーケ。
 花言葉は「あなたを守る」「たくさんの小さな思い出」「おおらかな心」かな。

 メッセージカードも届いている。2枚。

「申し訳ございません、お嬢様」

 寝る前のホットミルクをテーブルに置いて、赤毛のメイド、アンナが頭を下げた。

「どうしたの、アンナ?」
「そちらのカード、名前が書いていなくて……どちらのカードがどちらの殿下からか、わからなくなってしまったのです」
「なんだ、そんなこと? 筆跡でわかるじゃない……」

 カードを見ると、2人の殿下は、筆跡が似ていた。

 1枚目には、『君ともっと話したい』。
 2枚目には、『君にもっと意識されたい』。

「……わからないわ」

 わからないものは仕方ない。
 私は考えるのをやめて、いただいたブーケを愛でた。

 お花はどちらも可愛くて、いい匂いがした。
 2人揃ってお見舞いをくれた。お見舞いは嬉しい。
 
 気になることはあるけど、今は……それでいいじゃない?
 
 
   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 ――翌日。
 
 『五果ごか四枝よんえ』……5月4日。早朝6時。

「今日もがんばろう、クロヴィス」
「はいっ、パーニス殿下!」
 
 箒で空を飛び、見下ろす地上でパーニス殿下とクロヴィスが走っている。
 
 黒狼のセバスチャンと耳長猫のルビィも一緒だ。
 毎日の走り仲間として、絆を育んでいただこう。

「ぴぃ、ぴぴぴ」

 ニコニコと見守りながら上空を飛んでいると、鳥の群れと一緒になった。
 鳥の仲間に入れてもらえたみたいで、なんだか嬉しい。 

 ――8時、登校時間。

「広中街の魔物出没事件の話、聞いた?」
「やっぱり、魔王の生まれ変わりが……」
「ダメ王子が生まれ変わりって噂あるよな」
 
 パーニス殿下には、不安をぶつけるような声や視線が注がれた。
 同時に、「魔物討伐したと聞きました」と尊崇や憧憬の眼差しで声をかけてくる生徒もいる。

 もちろん、事件以外のことでソワソワしている生徒たちもいっぱいだ。
 
「狩猟大会のグループが決まるぞ。楽しみだなあ」

 狩猟大会は、一般的には中世ヨーロッパ貴族のピクニックがイメージされやすい。
 例えば、馬に乗った騎士たちがウサギや狼を狩り、狩った数を競うとか。
 令嬢たちが勝利を願って騎士にリボンをプレゼントしたりとか。

 でも、この世界……『カラクリ大樹の追憶と闇王子』という乙女ゲームでは、もっとゲームっぽさのあるイベントになっていた。

 まず、狩猟大会は魔法学校の行事だ。
 生徒たちがグループをつくり、競うのである。

 ゲームをしていた時のイベント名は、狩猟大会『ダンジョン&ダンジョン』! 
 ……ダンジョン攻略イベントだ。

 狩猟大会『ダンジョン&ダンジョン』は、『イリュージョンスカイ・ダンジョン』と『アクアリウム・シーダンジョン』という2種類のダンジョン攻略でポイントを競う大会だ。
 乙女ゲームは意外と冒険したり戦ったりするのである。
 守られるだけのヒロインちゃんも王道なんだけど、意外と戦ったりするヒロインちゃんも多い。
 格好良い&可愛い女の子なヒロインちゃんは、人気だ。私も大好きで、憧れた。
 
 イベントの会場は、海の近く。
 宿泊施設が用意されていて、1泊2日のワクワクイベントだ。
 
 魔法学校には寮もあるのだけど、王都住まいの貴族の子女たちは多くが自宅から通っている。
 そこで、彼らの自主自立と他者への許容性の成長を促すため、ちょっと親元から離して同級生と寝泊りさせよう、というコンセプトらしい。
 魔法学校は真面目な教育機関なのである。

 悪役令嬢マリンベリーは、イベントではヒロインちゃんと絶対に別グループになる。
 ライバルキャラだからだ。

 教室に行くと、グループが書かれたカードが渡された。
 
「私のグループは……」
  
 私のグループは、イージス殿下と一緒だった。
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