甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

文字の大きさ
上 下
14 / 77
1章、王太子は悪です

13、謎解きしたくてプレイしてるわけじゃないんだ!

しおりを挟む

「ありがとうございます、イージス殿下」

 なんにせよ、外に出れてよかった。
 ちょっとだけ不安だったんだ。
 
 ほっと息をつくと、イージス殿下はふわりと私を抱擁した。

「マリンベリーさんの姿が見えないので、心配して探しにきたのですよ」 
「まだゴミ捨てに行くと言ってから40分くらいしか経ってないと思いますけど、イージス殿下は心配性でいらっしゃるのですね」
「ゴミ捨てに出て40分戻らなければ、心配しますよ。パーニスだって騒いでいました」
「そ、そうですか」
 
 それにしてもこの姿勢。……大胆だ。
 現在、私の身分は『第二王子パーニス殿下の婚約者』。
 
 すでに、イージス殿下には「弟殿下に縁談を横取りされた」という噂がある。
 誰かに見られたら浮気だと思われる……ハッ、それが狙いかな?

「殿下! 放してください。誰かに見られると誤解されますから」

 私は慌てて両手をイージス殿下の胸板に置き、ぐいぐいと押しのけた。
 硬い胸板の感触は、優しげでたおやかな雰囲気でも彼が立派な男性なのだと感じさせた。
 
「失礼しました。ですが、ルミナ・トブレット嬢の件もありましたし……実は、私の記憶がここ数十分とんでいて」
「へっ?」
「こういう時は、よからぬことがあるものですから――まさかと思ってすごく心配していたのです。君が無事だとわかって気が緩んでしまって……」
「いえ、それは殿下のご体調のほうが心配なのでは」

 イージス殿下の微笑する様子は、優しげで善良そうだ。
 でも騙されちゃダメ。彼は魔王だから。
 ……ところで、ルミナ・トブレット嬢って、ヒロインちゃんのことだよね?
 
「ルミナ・トブレット嬢……」
「殺害された娘、エリナ嬢の双子のお姉さんです」

 イージス殿下は、悲しげに吐息をついた。

「私は彼女と親交があったのです。実は、この店のパンが好きで……以前からお忍びでパンを買いにきていたので」

 それはパーニス殿下の設定では? 
 嘘つき。
 
 私は眉を寄せた。
 すると、イージス殿下は私のリアクションを「イージス殿下の心痛を想像して胸を痛めた」と解釈したらしい。
 私の眉間に指をあてて「そんな顔をしてほしかったわけではないのです」と囁いた。

「他の誰にも話していない秘密を君に教えましょう。あの日、彼女は私に驚くことを……」
「なぜです? なぜ私に秘密をお話なさるんです? 私たち、秘密を共有するような間柄ではないと思いますけど」

 あやしい。とってもあやしい。

 私がジト目になってあやしんでいると、イージス殿下は自分が好感を持たれていないことに気付いたようだった。
 
 白銀の瞳が真昼の星みたいに瞬いて、不思議そうにしている。

「……そうですね。確かに、君はパーニスの婚約者で、私とは……」

 不思議なのはこっちだ。
 なんでそんなに悲しそうなの。

 だって、マリンベリーとイージス殿下は、社交の場で挨拶をさせていただく程度の仲だった。
 孤児院で救ってくれてその後も魔女家に訪れる機会の多かったパーニス殿下と違って、「名前を覚えてくださっていてありがとうございます」レベルの親密度だったんだもの。
 
 ……でも、秘密は気になる。
 そういえばヒロインちゃんって、なんで死んでしまったのだろう。
 殺害というけど、誰が殺した犯人なんだろう。
 
 ……イージス殿下だったり?
 
 でも、原作ではヒロインちゃんは殺されないわけで……あ、頭がごちゃごちゃしてきた。
 私は推理モノとか謎解きはあんまり得意じゃないんだ。
 乙女ゲームでは攻略サイトにお世話になっていた。自分の頭で考えたりなんてしなかった。
 
 謎解きしたくてプレイしてるわけじゃないんだ!
 いちゃいちゃスチルを見せてくれ! 
 ……と、思っていた。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

  『五果ごか三枝さんえ』、5月3日の16時30分~17時頃、『広中街の魔物出没事件』と呼ばれる事件が起きた。
 場所は、トブレット・ベーカリーというパン屋の近く。

 魔物は、突然現れた。

 家屋や人の影から予告なしに染み出る魔物は、人々にとって恐怖の対象となっている。

 その姿は様々で、獣に似ているものもいれば、巨大な野菜に似ているものもいる。
 もやもやした黒い煙や色付きの水の塊といった不定形のものもいる。
 共通しているのが、暴虐性と殺意だった。

 人を見れば問答無用で殺害しようと襲ってくる、恐ろしい怪異――それが、魔物だ。
 
「きゃああああっ!」
  
 魔物に気付いた婦人が悲鳴をあげたときには、日陰という日影からモワモワ、にょきにょきと大小さまざまな魔物が染み出ていた。

「待って、アルおにいちゃぁん」
「いそげマリー、いそげ」
 
 逃げていく民の中には、幼い兄妹もいた。
 2人を追うのは、野菜に似た魔物だった。

「あうっ」
「マリー!」
   
 途中で妹が小石につまずいて転ぶ。
 兄は慌てて振り返り、妹を起こそうとした。
 そして、すぐそこまで迫っている野菜に気付いて、立ちすくむ。
 
 怪異の暴力に抗う方法を持たない兄は、瞳を恐怖と絶望の色に染めた。

 逃げられない。
 守れない。もうだめだ。
 
「ぼくはおにいちゃんだぞ。なくもんか」

 自分に言い聞かせるように言葉を繰り返し、兄が妹をかばうように両手を広げた、そのとき。
  
「――待たせたな」

 ヒーローは颯爽と現れた。

 疾風のように魔物に接近した男の長剣が真一文字に一閃し、野菜が上下にスパリと切断される。
 ゴトリと音を立てて切断された上部と下部が地に落ちるまでの0.5秒で、男はすでに野菜から離れ、近くにいた2匹めの魔物に斬りかかっていた。
 もやもやとした煙状の魔物は、光魔法を帯びた刃で貫き、煙を散らして。水に似た魔物には炎を撃ちこみ、獣型の魔物を捌く際には常人離れした反応速度と膂力を見せた。

「【フクロウ】のそーちょーだ」

 兄妹が顔を見合わせ、笑顔になる。
 子どもたちは知っていた。彼らのヒーロー『【フクロウ】のそーちょー』は、強いのだ。 

 男の仲間が兄妹に駆け寄り、助け起こして避難させると、誰かがつぶやく。

「――【フクロウ】だ」
「【フクロウ】が助けにきてくれたぞ!」
 
 彼らの名は、ここ数年で民の間に知れ渡っていた。 
 目元を仮面で覆った老若男女さまざまなメンバーたち。そして、バケツヘルム(グレートヘルム)を被った謎の総長……。
 
 正規の騎士団ではない謎の武装組織は、【フクロウ】という名前と、その活動目的が「民を守ること」であること以外の情報がない。
 たまに「あのメンバー、うちの旦那に似てるのよね」とか「うちのバカ息子に似たメンバーがいるんだが」と正体をあやしむ声がある程度だ。
 
 襲い掛かってくる魔物の群れは、みるみるうちにその数を減らした。
 そのほとんどが息切れひとつしていない総長による討伐で、武術鍛錬に無縁な街民の目にも彼が特別強いのだけは誤解しようもなく理解できた。

 配下メンバーたちの指揮を執り、剣を納めて撤収する総長の背には、未熟者のマントが揺れている。
 
「圧倒的な強者であり、組織の総長である彼がなぜ『未熟者』なのだろう」
「相変わらずミステリアスな連中だが、おかげで助かったよ」
  
 街民たちは胸をなでおろし、【フクロウ】の活躍や謎について興奮気味に語り合い――そこに、王国騎士団がやってくる。

「隊長! すでに現場は魔物が討伐された後です! 【フクロウ】の仕業だと思われます……」
 
 王国騎士団は決して駆け付けるまでに遅すぎるというわけではないのだが、いつも一歩遅いのだ。
 
 これが、この王都マギア・マキナのお約束のような日常である。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆

 私、マリンベリーはその頃、イージス殿下と2人でいた。

 そして、「イージス殿下がパン屋の娘を殺した犯人なのかな?」と疑いを抱いていたところに、パーニス殿下はやってきた。

「兄上! マリンベリー!」 
「パーニス殿下……ひゃっ」

 視界が高くなる。
 風のように駆け寄ってきたパーニス殿下が、兄殿下から引っぺがすように私を抱え上げたのだ。

 私の顔を覗き込むパーニス殿下の葡萄色の瞳は、「心配してくれていたのだ」と伝えてくるようだった。
 
「マリンベリー、なかなか戻ってこないから心配した。……魔物も出たし……」
「えっ、魔物が出たのですか?」

 絶対、イージス殿下の仕業だ。私はドキドキした。

「お前を探しに行こうとしたら、襲ってきたんだ。雑魚だったからすぐに倒せたが……」

 そう言って、パーニス殿下は険しい目付きで兄王子を睨んだ。

「兄上、彼女に何をしたのですか?」

 おっと、殺気立っている。
 ここで対立させるのは危険じゃないかな?
 私は焦ったが、イージス殿下も同様に焦った様子で弟殿下をなだめようと口を開いた。

「パーニス、マリンベリーさんが心配なのはわかりますが、勘違いしないでください。兄さんは何もしていませんよ。ゴミ捨て小屋の扉の立て付けが悪かったみたいで、マリンベリーさんが出られなくなっていたんです」

 閉じ込められたのではなく、たまたま扉が開かなくなって出られなくなった。
 そういうことにしたいらしい。

 私は閉じ込められたのかなって思ってたけど、思えば証拠はないんだよね。
 それに、ここで「いや、閉じ込められたんです」と言ってもパーニス殿下を落ち着かせることができない。逆効果になってしまうだろう。

「そうなんですよ。たまたま出られなくなってたんです。心配しないでくださいね、パーニス殿下」

 話を合わせると、イージス殿下は嬉しそうに微笑んだ。
 とても綺麗な微笑だった。
 
「ご心配をおかけしてすみません、パーニス殿下」
 
 抱きかかえられた姿勢で手を伸ばし、宥めるようにパーニス殿下の頬に触れると、ひんやりと冷えていた。

「全くだ……いや、マリンベリーは悪くないのだが」
 
 拗ねたように視線を逸らすパーニス殿下の耳が赤い。
 
「私、どこも怪我とかしていませんし、下ろしていただいても構いませんか?」
「ああ。すまない」

 その日の事件は、『広中街の魔物出没事件』として王都で話題になった。
 
 魔物を倒したのはパーニス殿下だ。
 でも、なぜか噂では「本当はイージス殿下が倒したのに、弟の功績にした」と囁かれることになった。

「兄の功績を自分のものにするとは、顔の皮が厚い」
「弟に功績を譲り、イージス殿下は本当にお優しい」

 世論はイージス殿下への好感度を上げる結果となった。

 イージス殿下の仕業に違いない。
 腹黒だな~!

「パーニス殿下、言われるがままにしていてはいけません。秘密組織【フクロウ】はこういう時に使うのですよ」
「俺の組織は民を守るためにあるのだ。俺個人の私欲のために使ったりなど……」
「私欲ではありません!」

 私はパーニス殿下を説得し、【フクロウ】を使って対抗させた。

「俺は見たぞ? 本当にパーニス殿下が魔物を討伐していたんだ」
「私も見たわ……」

 ――世論操作合戦の始まりだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

気だるげの公爵令息が変わった理由。

三月べに
恋愛
 乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。  王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。  そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。 「生きる楽しみを教えてくれ」  ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。 「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」  つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。  そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。  学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。 「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」  知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。 「無視してんじゃないわよ!」 「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」 「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」  そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。 「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」  ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。 (なろうにも、掲載)

【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~

春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。 かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。 私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。 それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。 だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。 どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか? ※本編十七話、番外編四話の短いお話です。 ※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結) ※カクヨムにも掲載しています。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした

犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。 思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。 何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

処理中です...