甘党魔女の溺愛ルートは乙女ゲーあるあるでいっぱいです!

朱音ゆうひ

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1章、王太子は悪です

12、出して―(2回目)

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 『五果ごか三枝さんえ』……5月3日。放課後、16時。
 広中街、トブレット・ベーカリーは、アットホームな雰囲気のお店だ。焼きたてのパンのいい匂いが見ていている。

「王侯貴族の方が4人も?」
「パン作りのお手伝いをさせていただきます。洗い物とか、掃除の役にも立ちますよ」
 
 『ランチ会』の4人が集まると、エリナさんは目を丸くして恐縮していた。

 エリナさんのお父さんとお母さんが二人並んでおろおろしている。
 二人揃ってやつれていて、愛娘を亡くしたことへの心痛が感じられた。私は、そんな二人を見ているのがちょっとつらいなって思ってしまった。

 ……前世の両親を思い出しちゃったから。

 しんみりしていると、4人を代表してイージス殿下が挨拶して、エプロンが配られた。
 
「マリンベリー、兄上がエプロンを人数分持ってきてくださったぞ」
「あっ、ありがとうございます、パーニス殿下」
 
 フリルがたっぷりついたエプロンは、白地にイチゴ柄。全員お揃いだ。
 屈強なクロヴィスがイチゴ柄エプロンをつけているのがツボにハマったみたいで、イアンディールがゲラゲラと笑っていた。

「似合うよクロヴィス。画家に肖像画を描かせたいくらいだ」
「イアン先輩!」

 仲が良くてなにより。
 それにしてもパンがいっぱい。四角いパンに、丸いパン。
 あ、これアンパン? 私、好きなんだよね。
 こっちはクロワッサン? クロヴィスの好物だったかな?
 乙女ゲームってキャラの個性がしっかりしてるんだよね。細かいところまで設定が公開されてたりする。パン屋の娘がヒロインちゃんなので、どのキャラにも好きなパンの設定があるんだ。
 プレゼントすると好感度が上がるんだよ。
 セバスチャンがドーナツ、イアンディールがクリームパンだったかな。

「パーニス殿下。このパンを皆さんに買ってプレゼントしてください。全員の好物をこのメモに書きましたから」
「わかった。他にもしてほしいことがあれば言うといい。俺はなんでも聞いてやるぞ」

 ……頼もしーい!
 パーニス殿下は快くパンを人数分買ってくれて、みんなにプレゼントしてくれた。

「イージス兄上はアンパンがお好きでしたね。クロヴィスはクリームパンが好きそうだがクロワッサンでいいのか? 逆に、イアンディールはクロワッサンが好きじゃなかったか? セバスチャンはドーナツ?」

 パーニス殿下が確認しながらパンを渡すと、クロヴィスとイアンディールの好みが逆だった。私が覚え間違いをしていたみたいだ。危ない、危ない。
 イージス殿下って原作だとパンの好み不明だったけど、アンパンお好きなんだ。へえ、私と同じ。

「このパンはマリンベリーからみんなへのプレゼントだ」

 パーニス殿下はなんでも聞いてくれる割りには、功績をひとりじめすることを好まれないようだった。でも、二人そろって好感度を上げちゃえば結果オーライかな?

「マリンベリーはアンパンが好きだったな。ほら」
「わあ。私の分まで。ありがとうございます、パーニス殿下。ではお礼にメロンパンを買ってあげまーす」

 アンパンが食べられる異世界でよかった~。乙女ゲーム制作会社さんありがとう。
 パチッとイージス殿下と目が合うと「パンの好みが合いますね。気が合うのでしょうか」と微笑んで来た。
 ゾッ……魔王と気が合うことなんてありませんから!

 さて、お店のお手伝いと、パンの焼き方を教わる時間だ。

「セバスチャンとルビィはお店の入り口でのんびりしててね」
「わんっ」
「きゅう~?」

 黒狼と耳長猫のコンビは、お店の入り口で愛嬌たっぷりに尻尾を振ったりじゃれあったりしている。
 すると、通りかかった王都民が「でかい犬」「かわいーい」と足を止める。ラブリー・モフモフパワーだ。
 ラブリー・モフモフに惹かれた民がそのまま興味を抱いて店内に入ると、イージス殿下が店内で会計や接客のお手伝いをしている。
 
「いらっしゃいませ」
「……王太子殿下が接客を?」
  
 びっくりだよね。
 
「私のお勧めはウサギさんドーナツですよ。これです」
「王太子殿下のお勧めドーナツ……! く、ください!」
 
 買うよね~~。
 
 こんな時に人前で「イージス殿下がこんなことをしているぞ」って目立つ選択をするあたり、さすが王太子だ。
 ポジティブな意味で話題になるのが得意というか、人気取りがうまい。
 それに比べてパーニス殿下は、人目につかない厨房でボウルに生地の材料を入れて、こねている。
 
「美味そうな匂いがすでにする……つまみ食いしたくなるな」

 楽しそうだ。
 
「パーニス殿下、頬に生地がついてますよ」
「どうせ料理していればこの後もつく。終わってからまとめて拭えばいいのではないか」

 クロヴィスがその発言に同調している。
 
「同感です。汚れることを嫌がっていては何もできません! 全身全霊で料理しましょう」
「わかってくれるかクロヴィス」
「もちろんです殿下! この体がどれだけ傷ついても、立派なパンを作るため!」
「おおっ、クロヴィス。共にがんばろう!」

 パン作りというより戦場にいるみたいなノリだな……。
 
 私はお見合いに立ち会った親族の気分で「ではあとはお二人に任せて」とゴミ袋を持ち上げた。

「マリンベリー。ゴミを捨てに行くなら、俺が持つぞ」 
「浮遊魔法で軽く浮かせているので、重くないんです。パーニス殿下はクロヴィスと親睦を深めてください」

 厨房の奥にある裏口の扉をあけると、建物の裏側に出る。
 雑草が生い茂っていて、草むしりしたら喜ばれそうだ。
 
 ゴミ捨て場は、カラスに荒らされないように小屋になっている。
 名称はそのまんま、『ゴミ捨て小屋』だ。
 地域住民がみんなで小屋にゴミを置いて行って、回収業者が国家が運営する『ゴミ処理場』へと回収して、ゴミ処理場勤務の火属性魔法使いが魔法で焼却処理する。大切なお仕事だ。
 火属性魔法使いの就職先のひとつである。

 ゴミが集まると匂いが気になるのだけど、風の魔法で自分の周囲を守れば割と気にならない。
 ……私、もしかしてゴミ処理魔法使いの適正が高くない?
 
「よいしょっと」

 小屋の中に入り、空いているスペースにゴミを置いたところで、後ろの扉がバタンと閉まる。風かな?

「……ん?」

 外に出ようと扉を開けようとして、私は眉を寄せた。

 扉は、横にスライドさせるタイプだ。

「あれ」
 ぐいぐいと横に引くけど、動かない。
 ガタガタと音を立てながら「開くもんか」と抵抗する扉は、これは――

「鍵がかかってる?」

 しばらく扉を開けようと試みた私は、そんな結論に達した。

 ゴミ捨て小屋って、鍵かかるんだ。
 知らなかった。
 
 誰が鍵をかけたんだろう。
 私が中にいるって気づいてかけたのかな? 知らずにかけたのかな?

 この小屋に鍵をかけても、そのうち地域住民がゴミを捨てにくるから「何日も外に出られず餓死!」みたいなことにはならないと思うけど、ゴミに囲まれて何時間も過ごすのは嫌だなぁ。
 
 あっ、これ……もしかして、誰かが私を嫌がらせで閉じ込めたんだろうか……?
 
 鍵をかけた人、外にいるのだろうか?
 
「出して―」 
 
 出して―?

「出さないと小屋燃やしちゃうよー?」
 
 扉に耳をつけて外の様子を窺いながら言ってみた。
 
 本当に燃やしたりはしない。
 そんなことをしたら自分もただでは済まないし。

 言ってみたのは、「嫌がらせだったら、怯えたりしたら喜ぶだろうな」「思いもよらない反応が返ってきたら尻尾を出すかな」と思ったからだ。

「……!」

 小屋の外には誰かがいた。動揺した様子で足音を立てて、どこかに走って行った。

 開けてくれないってことは、やっぱり嫌がらせ?
 
「むむう……」

 場所が「地域住民みんなが利用するゴミ捨て小屋」なだけに、すぐに誰かがやってくると思う。怖くはない。命の危険もない。

「本当にゴミ、ちょっとずつ燃やしちゃおうかな」

 やることもないし。

 風で結界をつくって、その中にあるゴミだけ燃やす。
 燃えて発生した煙は風の魔法で誘導し、扉の隙間から外に出していく。

 そうしたら煙を見て「おい、火事じゃないか?」と人が駆け付けてくる可能性だってあるよね?

 ……と思って暇つぶしに実践してみると、意外な人物が助けに来てくれた。
 
 イージス殿下だ。
 
「外側から鍵がかかっていましたよ。怖かったでしょう」

 実は自作自演だったりしませんか、殿下?

 そんな疑いを胸に、私はイージス殿下が差し伸べてくれる手を取った。

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