10 / 77
1章、王太子は悪です
9、先生が不登校になりました
しおりを挟むお昼休みはクロヴィス攻略、放課後はトブレット・ベーカリーに行く。予定を付箋にメモして渡すと、パーニス殿下は物珍しそうに付箋を眺めた。
「可愛い付箋だな」
「そうでしょうか? 普通です」
「可愛い文字だな」
「そうでしょうか? 普通の文字です」
褒めようとしてくれているのは伝わるが、付箋は普通のシンプルな柄なしの付箋で、文字も普通だと思う。
「では殿下。お昼休みに会いましょう」
魔法学校は5階建ての校舎で、2年生の教室は2階、4年生の教室は4階にある。
予定をメモしてパーニス殿下と別れ、歩き出すこと数歩。
「パーニス。一緒に教室に行こう」
声が聞こえて振り返ると、生徒会長でもあるイージス殿下が下から階段を上って来て、パーニス殿下の背を叩き、一緒に歩き始めるのが見えた。
一瞬ちらりと私を見て、花が咲いたような微笑を浮かべて手を振ってくれる。
原作知識がなかったら、うっとりとしていただろう。
教室に入ると、マリンベリーの取り巻きだった女子たちが挨拶をしてくる。
「おはようございます、マリンベリー様」
「ごきげんよう……」
距離感は遠め。
「どう接したら正解かわからない」とか「挨拶をしないと失礼に思われたら怖いから無難に挨拶しておく」という気配だ。
やっぱり、急に別人みたいになっちゃったのは悪手だったかな? もっと少しずつ自然な変化を演技するべきだったか?
でも、深く話しかけてくるツワモノもいる。薔薇みたいに真っ赤な髪をきつく巻いた商人貴族の家柄の令嬢、アルティナさんだ。
「マリンベリー様、今朝は平民の新入生を助けたのですって?」
「あ……そうね。たまたま近くで揉めていたものだから、見て見ぬふりもできなくて」
「高貴なる者の崇高な義務ですわね。素敵ですわ」
好意的な女子もいるから、まあいいか?
「きゅ!」
ピンク色の耳長猫ルビィが尻尾を振って同意してくれる。エメラルドの瞳がくりくりしていて、愛嬌たっぷり。可愛い!
「ルビィちゃんかわい~い」
「パーニス殿下の使い魔なのですって」
「使い魔に身辺を守らせるとは……愛ですわね」
ルビィの可愛さのおかげで、取り巻きたちも笑顔で距離を縮めている。可愛いは正義だ。ありがとう、ルビィ。
ところで、黒板に「本日、先生はお休みです」と書いてあるのが気になるのだけど?
「……ミディー先生がお休みなんですね」
「ええ、ええ。ミディー先生、しばらく学校を休むらしいですわ」
「学長に涙目で不登校宣言なさったのだとか」
ミディー先生は、フルネームがミディール・ウォテア・ウィスダムツリー先生という。生徒からは「ミディー先生」と呼ばれて親しまれていた先生だ。
魔法使いの名門、『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家の三男で、26歳。精霊と交信する精霊交信術を専門に教えていて、頼りになる大人キャラだ。
実は、守護大樹の浄化の件で先生と親密度を上げておきたかったのだけど?
不登校宣言って何?
「ご病気なのでしょうか?」
私が尋ねると、みんなが複雑な表情で顔を見合わせて「あなたが言いなさいよ」「えー?」と何かを押し付け合っている。結局、みんなの代表みたいに情報提供するのはアルティナさんだった。
「あのう、決してマリンベリー様のせいではないと思いますので気に病まないでいただきたいのですけど、ミディー先生はご傷心らしいのですわ」
「ご、ご傷心っ?」
……原作の乙女ゲームで、先生が不登校宣言するイベントなんてなかったよ?
「ミディー先生の幼馴染のご友人が魔化病で亡くなったのですって。それも、特効薬の開発成功が発表される前の日に」
「第一王子殿下の護衛騎士の方よ。ずっと療養なさっていて……実は魔化病だったのですって。ミディー先生のご自宅をふらりと訪ねて、『殺してくれ』と懇願されて。先生、ご自身で手を下したのですって」
う……うわぁ――――その翌日に「魔化病は治るよ!」って発表されちゃったってことだよね。
それ、「1日待っていれば助かったのに」って後悔がすごそう。
つ、つらすぎる。
それは、しばらくお休みしてください……。
「マリンベリー様、そんなお顔をなさらないで。世の中には仕方のないこともあるのですわ。救われた方もたくさんいるのですし……」
アルティナさんはそう言って、コソッと一言、付け足した。
「マリンベリー様は他人のことなんてどうでもいいって方だと思ってましたけど……変わったって噂は本当ですのね」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
教室にかけられた大きなノッポの古時計が時間を刻んで、お昼休みがやってきた。
私はパーニス殿下と合流した。
「マリンベリー。クロヴィスは噴水公園で友人と飯を食う様子だぞ」
「パーニス殿下は情報通ですね。あ、殿下。私、学食で軽食を買います」
「俺が弁当を作ってきた。学食でメロンパンも買ってある」
「!?」
私の攻略知識には、パーニス殿下が料理をするデータがない。
「もしかして今朝仰っていた野菜って本当に野菜なんですか?」
「そうだが? 初めて作ったんだ」
どうやら私は、パーニス殿下が初めて作ったお弁当をいただけるらしい。楽しみなような、怖いような……。
噴水公園は、校舎から出てすぐの位置にある憩いの場所だ。
季節の花木が麗しく、ベンチに囲まれた噴水が爽やか。
噴水の近くでは、二人の令息が使用人に囲まれ、網焼きのバーベキューをしている。クロヴィスと、彼の親友だ。
クロヴィスの右に座る青年は、外務大臣の令息。
4年生、18歳のイアンディール・ランディ・ヴァラン伯爵令息だ。
長いビスケット色の髪を首の横で結び、肩から前に垂らしている。明るいオレンジ色の瞳は、垂れ目がち。
ひょろりと痩せていて、背も平均より少し低い。制服を着崩していて、気安いというか、ナンパな雰囲気。
この2人。仲良し兄弟のような先輩・後輩コンビキャラである。
だいたい登場するときは2人一緒に出てきて仲の良いところを見せてくれるのと、『お兄さん気質なイアンディールが無茶をするクロヴィスを心配して後を追い、クロヴィスを庇って大怪我をする』というエピソードがある。
BL好きなお姉様方は日々、どちらが攻めでどちらが受けかと熱い議論を交わしたものだった。
BLは置いておくとして、原作では、初対面のヒロインちゃんは彼らと「お昼に噴水公園でお弁当を食べる仲間」になる。
経緯は、以下の通り。
1、ヒロインちゃんが公園でぼっち飯していたら、意地悪な悪役令嬢マリンベリーが物陰から浮遊魔法でパンを浮かせて噴水に入れようとした。
2、イアンディールがパンをキャッチして、クロヴィスが睨みをきかせ、悪役令嬢は逃げていく。
3、女好きのイアンディールがグイグイとナンパしてくる。クロヴィスが「イアン先輩がすみません」と謝ってくれつつ、3人で昼食を食べる。
4、イアンディールに「女の子がいてくれたらオレが嬉しいから、明日から一緒にランチしよ♪」と言われて、昼食仲間になる。
「何を考え込んでいる? 普通に交ざればいいだろう。おい、クロヴィス。俺と婚約者も同席してもいいか」
「あっ、パーニス殿下」
私が作戦を練っている間に、パーニス殿下はさっさとクロヴィスに声をかけていた。
それにしてもバーベキュー、いい匂い。お腹が鳴る……。
4
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。

【コミカライズ決定】婚約破棄され辺境伯との婚姻を命じられましたが、私の初恋の人はその義父です
灰銀猫
恋愛
両親と妹にはいない者として扱われながらも、王子の婚約者の肩書のお陰で何とか暮らしていたアレクシア。
顔だけの婚約者を実妹に奪われ、顔も性格も醜いと噂の辺境伯との結婚を命じられる。
辺境に追いやられ、婚約者からは白い結婚を打診されるも、婚約も結婚もこりごりと思っていたアレクシアには好都合で、しかも婚約者の義父は初恋の相手だった。
王都にいた時よりも好待遇で意外にも快適な日々を送る事に…でも、厄介事は向こうからやってきて…
婚約破棄物を書いてみたくなったので、書いてみました。
ありがちな内容ですが、よろしくお願いします。
設定は緩いしご都合主義です。難しく考えずにお読みいただけると嬉しいです。
他サイトでも掲載しています。
コミカライズ決定しました。申し訳ございませんが配信開始後は削除いたします。

【完結】名前もない悪役令嬢の従姉妹は、愛されエキストラでした
犬野きらり
恋愛
アーシャ・ドミルトンは、引越してきた屋敷の中で、初めて紹介された従姉妹の言動に思わず呟く『悪役令嬢みたい』と。
思い出したこの世界は、最終回まで私自身がアシスタントの1人として仕事をしていた漫画だった。自分自身の名前には全く覚えが無い。でも悪役令嬢の周りの人間は消えていく…はず。日に日に忘れる記憶を暗記して、物語のストーリー通りに進むのかと思いきや何故かちょこちょこと私、運良く!?偶然!?現場に居合わす。
何故、私いるのかしら?従姉妹ってだけなんだけど!悪役令嬢の取り巻きには絶対になりません。出来れば関わりたくはないけど、未来を知っているとついつい手を出して、余計なお喋りもしてしまう。気づけば私の周りは、主要キャラばかりになっているかも。何か変?は、私が変えてしまったストーリーだけど…

助けた青年は私から全てを奪った隣国の王族でした
Karamimi
恋愛
15歳のフローラは、ドミスティナ王国で平和に暮らしていた。そんなフローラは元公爵令嬢。
約9年半前、フェザー公爵に嵌められ国家反逆罪で家族ともども捕まったフローラ。
必死に無実を訴えるフローラの父親だったが、国王はフローラの父親の言葉を一切聞き入れず、両親と兄を処刑。フローラと2歳年上の姉は、国外追放になった。身一つで放り出された幼い姉妹。特に体の弱かった姉は、寒さと飢えに耐えられず命を落とす。
そんな中1人生き残ったフローラは、運よく近くに住む女性の助けを受け、何とか平民として生活していた。
そんなある日、大けがを負った青年を森の中で見つけたフローラ。家に連れて帰りすぐに医者に診せたおかげで、青年は一命を取り留めたのだが…
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」
そうフローラを怒鳴りつける青年。そんな青年にフローラは
「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!」
そう伝え、大けがをしている青年を献身的に看護するのだった。一緒に生活する中で、いつしか2人の間に、恋心が芽生え始めるのだが…
甘く切ない異世界ラブストーリーです。
【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~
鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる