7 / 77
1章、王太子は悪です
番外編1、魔女家当主キルケは、親バカになっちゃいました
しおりを挟む
『魔女家』ウィッチドール家の当主キルケは、会議室の議長席に座り、会議を始めた。
会議室の黒板に、仮面の赤毛メイドが文字を書いている。
『議題:マリンベリーお嬢様の行動歴とその考察』
「諸君。集まってくれて感謝する。支給した帽子と仮面は、仮面舞踏会を真似してみたんだ。ここでの発言は持ち出し禁止、無礼講。外でのキミたちの今後に影響しない。バレバレだけどお互い気づかないフリをするのがお約束だよ。いいね?」
本日集めたメンバーは、揃いの魔女帽子をかぶり、目元には仮面をつけている。
全員、身分を気にせず忌憚ない意見を言って構わない、という会なのだ。
「マリンベリーお嬢様は、お礼を仰いました。いつもありがとう、と……」
「いいことじゃないか」
「お礼が言えるのは人として大事なことだよな」
と会議室のメンバーからコメントが返ってくる。
仮面の赤毛メイドは黒板に発言を書きながら、情報を足した。
「メイドを罵らなかったんです! 私が変態っぽく縋りついてもちょっとびっくりしてるだけで怒ったりなさらなくて、可愛らしくて……」
メイドは格好良い女性も好きだが、可愛い女性も好きだと普段から公言している。
うっとりと頬を染めて身をくねくねさせている姿に、白銀の髪の仮面美男子からクレームが来た。
「おい。そこのメイドはクビにした方がいいんじゃないか、キルケ?」
「ボクもちょっと問題かなと思ったので、クビを検討しておこうと思う」
「ああっ、クビにしないでください! めっ」
持ち出し禁止、無礼講。外でのキミたちの今後に影響しないとはなんだったのか。
メイドは指をぱっちんと鳴らしてから、黒板に「私の発言はあくまで匿名の発言です」と書いて抗議した。
「チッ、そういえばそんなルールを設けたな」
「ついさっき決めたルールじゃないですか、お願いしますよ。あと王子様が舌打ちするのはお行儀が悪いと思います」
「俺は仮面の男だ。王子と呼ぶな」
互いにルールを確認しつつ、会議は続く。
魔女家当主キルケは会議室の隅で熱心に黒板を眺めている『王子』を見た。
思えばマリンベリーの才能を見出したのはこのパーニス王子であった。
振り返るたびに疑問なのだが、あの時、マリンベリーの魔法の才能は専用の測定器を使って調べてようやく「本当だ。魔力が高いね」とわかるような微妙なものだった。
もっと言うなら、魔力があっても扱う才能があるかどうかは、教えてみないとわからなかった――教えてみたところ、才能はあったのだが。
キルケでさえ気づかなかったのに、よく気づいたものだ。
「ご自分のことをご自分でなさり、我々には『1人で平気よ、今までごめんなさい』と言うのです」
「『ごめんなさい』は私も聞きましたよ。あと、魔法でドアを壊しませんでした!」
「孤児院に寄付なさったんですよ、子どもたちが喜んでいました」
「服装センスが変わったようです。あと、化粧もでしょうか。前よりも好みです」
「そこの男、名前は? 家名も聞いておきたい」
「ヒッ……ルールを思い出してください殿下!? 忌憚なく意見を言っていい場所ですからね!?」
確かに、服装や化粧のセンスが変わったのは感じる――キルケは頬杖をついた。
「そこの銀髪仮面が何かしたんじゃないだろうね? 婚約は認めるが、嫁入り前のうちの子に不埒なことをしたら容赦しないよ。節度ある交際をしないと許さないよ」
「キルケ様、ルールがまったく機能してませんよ……というか、この会議を設けた事と言い、お嬢様を気にかけていらっしゃるんですね。興味が薄いと思っておりました」
仮面の赤毛メイドが冷静に指摘してくる。
「別に興味が薄かったわけじゃない。あの子も怖がっていたし、女の子を育てるっていうのがよくわからなくて距離感を慎重にはかって接していただけだ。ほら、すぐ死んじゃう蝶々を籠に入れて愛でるような感じだよ。わかるだろ」
「ちょっとわかりません」
キルケの感性に会議室の半分が「わかります」と言い、半分は「ちょっとわからないっすね」と微妙な顔をしている。
人の感性は様々だ。これは当然の結果と言えるだろう――キルケは気にせず会議を続けた。
「今までの行いを反省していて、『これからは変わる、暖かく成長を見守ってください』って言ってました。可愛らしくてモテてましたよ、王子様は嫉妬しちゃいますか?」
「あいつは可愛いから普通にしているとすぐモテるんだ。あと俺を王子と呼ぶな」
「ちょっと態度が悪いぐらいでいいんですよね……私、高飛車なお嬢様が好きなんですよ。格好良くて可愛いんです。初めて高笑いを聞いたときになんて可愛らしいんだろうって思いまして。あっ、でも――最近のお嬢様も、もちろん好きです」
メイドが熱く語っている。格好良くて可愛いとはどういう概念だろう。
キルケにはよくわからないが、養い子が褒められるのは正直――悪い気はしなかった。
「お金をくれました。臨時収入をありがたくいただいて病気の母に美味しい料理をご馳走してあげたら喜ばれました」
「失態に怒ることなく優しく労ってくださいました」
会議室には、マリンベリーに対するポジティブな意見が溢れた。
キルケは情報を紙にまとめさせ、自室の壁に貼り付けて悦に浸った。
「賢者家の当主カリストにこれの複写を送りつけてやろうか。手紙も書こう。守護大樹の件であちらの家にも協力してほしいし。『みんなに褒められているうちの子は、ボクを頼って甘えてくるんだ。頭を撫でてやったら喜んだんだ。魔化病の特効薬を開発したし、表彰されたし、王子と婚約もしたんだぜ。すごいだろう、可愛いだろう……』」
お茶を給仕する赤毛のメイド・アンナは当主を見守り、部屋に帰ってから本当の主君であるパーニス王子に報告書を書いた。
『魔女家当主キルケは、親バカになっちゃいました』……と。
会議室の黒板に、仮面の赤毛メイドが文字を書いている。
『議題:マリンベリーお嬢様の行動歴とその考察』
「諸君。集まってくれて感謝する。支給した帽子と仮面は、仮面舞踏会を真似してみたんだ。ここでの発言は持ち出し禁止、無礼講。外でのキミたちの今後に影響しない。バレバレだけどお互い気づかないフリをするのがお約束だよ。いいね?」
本日集めたメンバーは、揃いの魔女帽子をかぶり、目元には仮面をつけている。
全員、身分を気にせず忌憚ない意見を言って構わない、という会なのだ。
「マリンベリーお嬢様は、お礼を仰いました。いつもありがとう、と……」
「いいことじゃないか」
「お礼が言えるのは人として大事なことだよな」
と会議室のメンバーからコメントが返ってくる。
仮面の赤毛メイドは黒板に発言を書きながら、情報を足した。
「メイドを罵らなかったんです! 私が変態っぽく縋りついてもちょっとびっくりしてるだけで怒ったりなさらなくて、可愛らしくて……」
メイドは格好良い女性も好きだが、可愛い女性も好きだと普段から公言している。
うっとりと頬を染めて身をくねくねさせている姿に、白銀の髪の仮面美男子からクレームが来た。
「おい。そこのメイドはクビにした方がいいんじゃないか、キルケ?」
「ボクもちょっと問題かなと思ったので、クビを検討しておこうと思う」
「ああっ、クビにしないでください! めっ」
持ち出し禁止、無礼講。外でのキミたちの今後に影響しないとはなんだったのか。
メイドは指をぱっちんと鳴らしてから、黒板に「私の発言はあくまで匿名の発言です」と書いて抗議した。
「チッ、そういえばそんなルールを設けたな」
「ついさっき決めたルールじゃないですか、お願いしますよ。あと王子様が舌打ちするのはお行儀が悪いと思います」
「俺は仮面の男だ。王子と呼ぶな」
互いにルールを確認しつつ、会議は続く。
魔女家当主キルケは会議室の隅で熱心に黒板を眺めている『王子』を見た。
思えばマリンベリーの才能を見出したのはこのパーニス王子であった。
振り返るたびに疑問なのだが、あの時、マリンベリーの魔法の才能は専用の測定器を使って調べてようやく「本当だ。魔力が高いね」とわかるような微妙なものだった。
もっと言うなら、魔力があっても扱う才能があるかどうかは、教えてみないとわからなかった――教えてみたところ、才能はあったのだが。
キルケでさえ気づかなかったのに、よく気づいたものだ。
「ご自分のことをご自分でなさり、我々には『1人で平気よ、今までごめんなさい』と言うのです」
「『ごめんなさい』は私も聞きましたよ。あと、魔法でドアを壊しませんでした!」
「孤児院に寄付なさったんですよ、子どもたちが喜んでいました」
「服装センスが変わったようです。あと、化粧もでしょうか。前よりも好みです」
「そこの男、名前は? 家名も聞いておきたい」
「ヒッ……ルールを思い出してください殿下!? 忌憚なく意見を言っていい場所ですからね!?」
確かに、服装や化粧のセンスが変わったのは感じる――キルケは頬杖をついた。
「そこの銀髪仮面が何かしたんじゃないだろうね? 婚約は認めるが、嫁入り前のうちの子に不埒なことをしたら容赦しないよ。節度ある交際をしないと許さないよ」
「キルケ様、ルールがまったく機能してませんよ……というか、この会議を設けた事と言い、お嬢様を気にかけていらっしゃるんですね。興味が薄いと思っておりました」
仮面の赤毛メイドが冷静に指摘してくる。
「別に興味が薄かったわけじゃない。あの子も怖がっていたし、女の子を育てるっていうのがよくわからなくて距離感を慎重にはかって接していただけだ。ほら、すぐ死んじゃう蝶々を籠に入れて愛でるような感じだよ。わかるだろ」
「ちょっとわかりません」
キルケの感性に会議室の半分が「わかります」と言い、半分は「ちょっとわからないっすね」と微妙な顔をしている。
人の感性は様々だ。これは当然の結果と言えるだろう――キルケは気にせず会議を続けた。
「今までの行いを反省していて、『これからは変わる、暖かく成長を見守ってください』って言ってました。可愛らしくてモテてましたよ、王子様は嫉妬しちゃいますか?」
「あいつは可愛いから普通にしているとすぐモテるんだ。あと俺を王子と呼ぶな」
「ちょっと態度が悪いぐらいでいいんですよね……私、高飛車なお嬢様が好きなんですよ。格好良くて可愛いんです。初めて高笑いを聞いたときになんて可愛らしいんだろうって思いまして。あっ、でも――最近のお嬢様も、もちろん好きです」
メイドが熱く語っている。格好良くて可愛いとはどういう概念だろう。
キルケにはよくわからないが、養い子が褒められるのは正直――悪い気はしなかった。
「お金をくれました。臨時収入をありがたくいただいて病気の母に美味しい料理をご馳走してあげたら喜ばれました」
「失態に怒ることなく優しく労ってくださいました」
会議室には、マリンベリーに対するポジティブな意見が溢れた。
キルケは情報を紙にまとめさせ、自室の壁に貼り付けて悦に浸った。
「賢者家の当主カリストにこれの複写を送りつけてやろうか。手紙も書こう。守護大樹の件であちらの家にも協力してほしいし。『みんなに褒められているうちの子は、ボクを頼って甘えてくるんだ。頭を撫でてやったら喜んだんだ。魔化病の特効薬を開発したし、表彰されたし、王子と婚約もしたんだぜ。すごいだろう、可愛いだろう……』」
お茶を給仕する赤毛のメイド・アンナは当主を見守り、部屋に帰ってから本当の主君であるパーニス王子に報告書を書いた。
『魔女家当主キルケは、親バカになっちゃいました』……と。
5
お気に入りに追加
203
あなたにおすすめの小説

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

【完結】いいえ。チートなのは旦那様です
仲村 嘉高
恋愛
伯爵家の嫡男の婚約者だったが、相手の不貞により婚約破棄になった伯爵令嬢のタイテーニア。
自分家は貧乏伯爵家で、婚約者の伯爵家に助けられていた……と、思ったら実は騙されていたらしい!
ひょんな事から出会った公爵家の嫡男と、あれよあれよと言う間に結婚し、今までの搾取された物を取り返す!!
という事が、本人の知らない所で色々進んでいくお話(笑)
※HOT最高◎位!ありがとうございます!(何位だったか曖昧でw)

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました
さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア
姉の婚約者は第三王子
お茶会をすると一緒に来てと言われる
アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる
ある日姉が父に言った。
アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね?
バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます
宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。
さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。
中世ヨーロッパ風異世界転生。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

気だるげの公爵令息が変わった理由。
三月べに
恋愛
乙女ゲーの悪役令嬢に転生したリーンティア。王子の婚約者にはまだなっていない。避けたいけれど、貴族の義務だから縁談は避けきれないと、一応見合いのお茶会に参加し続けた。乙女ゲーのシナリオでは、その見合いお茶会の中で、王子に恋をしたから父に強くお願いして、王家も承諾して成立した婚約だったはず。
王子以外に婚約者を選ぶかどうかはさておき、他の見合い相手を見極めておこう。相性次第でしょ。
そう思っていた私の本日の見合い相手は、気だるげの公爵令息。面倒くさがり屋の無気力なキャラクターは、子どもの頃からもう気だるげだったのか。
「生きる楽しみを教えてくれ」
ドンと言い放つ少年に、何があったかと尋ねたくなった。別に暗い過去なかったよね、このキャラ。
「あなたのことは知らないので、私が楽しいと思った日々のことを挙げてみますね」
つらつらと楽しみを挙げたら、ぐったりした様子の公爵令息は、目を輝かせた。
そんな彼と、婚約が確定。彼も、変わった。私の隣に立てば、生き生きした笑みを浮かべる。
学園に入って、乙女ゲーのヒロインが立ちはだかった。
「アンタも転生者でしょ! ゲームシナリオを崩壊させてサイテー!! アンタが王子の婚約者じゃないから、フラグも立たないじゃない!!」
知っちゃこっちゃない。スルーしたが、腕を掴まれた。
「無視してんじゃないわよ!」
「頭をおかしくしたように喚く知らない人を見て見ぬふりしたいのは当然では」
「なんですって!? 推しだか何だか知らないけど! なんで無気力公爵令息があんなに変わっちゃったのよ!! どうでもいいから婚約破棄して、王子の婚約者になりなさい!! 軌道修正して!!」
そんなことで今更軌道修正するわけがなかろう……頭おかしい人だな、怖い。
「婚約破棄? ふざけるな。王子の婚約者になれって言うのも不敬罪だ」
ふわっと抱き上げてくれたのは、婚約者の公爵令息イサークだった。
(なろうにも、掲載)

【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる