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1章、王太子は悪です
6、王太子殿下は魔王です
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魔化病の特効薬を開発する。そして、王太子が大樹を燃やすと言い出す。
この一連のイベントは、原作の乙女ゲームだともっと後半の展開だ。
でも、私がサクッと特効薬を開発したから、イベントも前倒しで起きたのだろう。
「守護大樹は建国からずっと我が国を守ってくれた大事な存在だ。焼くなどできない……!」
「この件については後日、慎重に話し合いましょう」
国王陛下も貴族たちも驚いた様子だ。イージス殿下は、彼らに言った。
「特効薬ができたとはいえ、そんな悠長なことは言っていられませんよ。問題は先送りせず、すぐに解決するべきです」
さて、ここで条件分岐がある。
魔法使いの二大名家、『魔女家』ウィッチドール伯爵家、『賢者家』ウィスダムツリー侯爵家。
この2つの家のどちらかとのコネクションを作っている、という条件だ。
まず、聖女ヒロインちゃんがこのイベントまでにコネクションを作っていないと、王太子の意見が通ってしまって守護大樹がすぐに燃やされる。バッドエンド確定。
バッドエンドを阻止するための分岐は、聖女ヒロインちゃんがコネクションを作っていることが条件。
「我が家が大樹を癒してみせるからちょっと待て!」と言ってくれて、バッドエンドが防げるのだ。
私は魔女家当主キルケ様の養女だ。コネクションがある!
私は風の魔法を使い、少し離れた位置にいるキルケ様に声を届けた。
「キルケ様。私は守護大樹を治せると思います。一か月でいいので、時間を稼げませんか」
魔法、便利!
期待通り、キルケ様は声を上げてくれた。
「ちょっと待ちなよ。治せるなら治す。試行錯誤して駄目だった時の最終手段が焼却だろう。試しもせずに燃やすなんて――ありえないだろが?」
ふわりと浮遊して真っ黒の魔女帽子を脱ぎ、空中で優雅に礼をしたキルケ様は、挑戦的な眼をイージス殿下に向けた。
「魔女家は総力をあげて守護大樹を浄化する。賢者家にも協力してもらうよ。結果を出すから一か月の猶予をおくれ。待てない早漏坊やはいないだろうね」
あ~、強キャラ感のあるショタボイス、最高。
キルケ様ありがとう。拝んでおこう。
しばらく話し合った後、守護大樹は魔女家が指揮を執って浄化を試みることとなり、一か月後に進捗を見て、無害にできる見込みが薄ければ燃やす、という結論に至った。よかった!
「兄上、なぜ……」
おっと、隣にいるパーニス殿下が動揺している。
「パーニス殿下、こちらへ」
私はパーニス殿下を人のいないバルコニーへと連れ出した。
風が上空の雲を押し流していて、曇り空は青空に変わっていた。
太陽の光が、眩しい。
外の空気が気持ちいい。
花の香りを含んだ風が、頬を撫でていく。
爽やかな風に背中を押してもらったような気分で、私はパーニス殿下に伝統的な礼の型であるカーテシーをした。
「マリンベリー?」
「パーニス殿下。王太子イージス殿下は、魔王です」
王子に関する設定が、私の頭の中にある。
この世界で唯一、私だけが知っている真実だ。
「彼は魔王の生まれ変わりで、生まれた時からずっと完璧な第一王子を演じているのです。少しずつ魔王としての力を取り戻し、いつか世界を滅ぼそうと企んでいるのです」
息を呑む気配が感じられる。返事を待たずに、私は続けた。
「あなた様は兄君に近いお立場です。イージス殿下に違和感を覚えることがあったはず。秘密組織【フクロウ】の情報網で掴んだ数々の情報の断片から、兄君が犯罪の手引きをしたり、もみ消している可能性にも、気付いていらしたのではないでしょうか」
「マリンベリーは【フクロウ】のことも知っているのか」
「知っています」
顔をあげてパーニス殿下を見ると、葡萄色の瞳は複雑な感情をにじませていた。
「私は真実を知っています。物心ついた時、すでにイージス殿下は魔王に人格を乗っ取られていました。完璧な第一王子、優しい兄君は、魔王が演じる作り物。みんな、騙されているのです」
「……っ」
兄想いで、ずっと兄の引き立て役を好んで演じてきた青年、パーニス殿下は、傷付いた表情をした。
そんな事実は聞きたくないのだ、自分が魔王だと言ってくれた方がずっといいのだ、と訴えかけてくるような眼。
でも、そんな私情を言葉にせず「続きを話せ」と聞いてくれるから、この人は立派だ。
「すぐにイージス殿下を討伐しようとすると、単なる『王太子を暗殺しようとした反逆者』にされてしまいます。幸い、このイベントから守護大樹が燃やされる決議が下るまで、1か月の猶予が作れました」
「キルケのおかげだな」
「はい! タイムリミットまでにいくつかのイベントを成功させていけば、イージス殿下が魔王だとみんなが理解した上で堂々と討伐する道が開けます」
それほど難しいゲームではない。
大丈夫――私はゲーム脳を働かせながら、できるだけわかりやすく話を続けた。
「名声を今よりも上げ、ご自身の派閥の勢力と発言力を増強しましょう。イージス殿下が魔王として討伐されても『イージス殿下がいなくなっても、パーニス殿下がいるから大丈夫だ』とみんなに思ってもらえるようにしましょう」
原作では、このシーンはパーニス殿下がリードしていた。
ヒロインちゃんをバルコニーに連れ出して、彼の方から相談するのだ。
『兄は善良なふりをしているが、それが演技で、実は悪辣なのではと思えてしまうのだ』
『小さな違和感や情報が積み重なって、知れば知るほど疑いが濃くなっていく。誰にも言えず、迷っていた。聖女よ、俺を導いてほしい。兄に好き勝手させていていいのだろうか。俺は、兄を止めないといけないのではないか』
『自信がない。兄を愛している。国を背負う覚悟もない。重荷だ。勘違いかもしれない……逃げてしまいたい。俺は、弱い。正しい道を示してほしい……』
ヒロインちゃんは、彼の背中を押して、覚悟させる。
『お願い、逃げないで戦って。みんなのために』――と。
「マリンベリー。聞いてくれ。みんなが『ダメ王子』と言っても、兄上は俺をいつも守ってくれた。兄上は優しく、いつも絶対に味方だと思えた」
パーニス殿下の声には、兄への親愛が感じられた。感謝があった。
「王族の責任は重いが、兄上が頼りになる王太子だから、俺は安心した。俺は兄上を支えて生きていこうと思っていたのだ」
物心ついてからずっと信じてきた、優しくて絶対に味方の存在、双子の兄。
それが全部演技だったなんて、残酷な真実だ。つらいだろう。
原作のゲームでは、聖女という特別な存在が、彼の味方でいてくれる。
王権神授という言葉があるけど、「聖女がパーニス殿下の味方です」と太鼓判を押してくれると、本人も自信が持てるし、説得力も出るし、周りにも認められやすい。
でも、私は聖女じゃない。
功績は上げたけど、神聖な存在ではない。
今現在も問題児って言われちゃう魔女だ。
パーニス殿下は原作と違って、「聖女が味方だ」というカード抜きで戦わないといけないのだ。
……なんだか可哀想だな。
でも、頑張ってもらいたい。
「パーニス殿下、イージス殿下に対抗できるのは……あなただけなのです」
私は死にたくない。
私の大切な人にも、死んでほしくない。
緑豊かで明るい平和な国に、滅んでほしくない。
対抗できるのだから、対抗してほしいのだ。
「民のためです、パーニス殿下」
「民のため……王子の務め……そうか。そうだな」
パーニス殿下には「民のため」という言葉が効く。
それが健気で、切ない。
「マリンベリー。俺は、民を愛してる。この国を守りたい。建国以来、我が国を見守ってくれた守護大樹を燃やしたくない」
声は、力強かった。
凛として背筋を伸ばしていて、真っ白の髪と真っ黒の衣装が日差しを浴びてくっきりとした色を見せていて、葡萄色の瞳はどこまでも優しかった。
「マリンベリーは魔化病の特効薬をもたらしてくれた。そのお前が言うのなら……違うな。それは、お前に責任を押し付けている。俺は俺の意思と責任で、自分で判断して決めなければならない――――魔王を討つと」
言ってくれた。
決断してくれた。
未熟者の二枚マントを翻し、彼は私の前に膝をついた。
「俺を導く聖女マリンベリーに、必ず勝利を捧げよう」
彼は、神の御使いに礼儀を尽くすかのように、私の右手を取った。
そして、人差し指の爪先に口付けをした。
「俺は王子だ。王子は国益を重んじる。民のために、高貴なる者の義務を果たそうではないか」
民想いな王子は、誓ってくれた。
魔王を討ち、国を背負うと覚悟してくれた。
「本当に心苦しいことに、聖女になるのは殿下なんですけどね」
秘密組織の総長さまで、聖女になって王太子にもなるって、なんかすごい。肩書きが盛り盛りだ。引き算ができないクリエイターが作った最強キャラみたい。
「パーニス殿下っ」
私は意識して明るく呼びかけ、彼の両手を取った。
「あなた様は、民想いで、人に隠れて堅実な努力ができる方。そして私は、未来を知っている最強の参謀ですよ。絶対に成功しますから、一緒に王国を救いましょう」
その手を上へと持ち上げる。
長い腕。大きな手。太陽さえも、掴めそう。
「勝、つ、ぞー」
元気に言って、笑ってみせる。
パーニス殿下は「なんだか緊張感が削がれたぞ」とぼやいている。
「殿下。さあ。殿下も元気に唱えましょう。ハッピーエンドのおまじないです」
「……勝つぞ?」
付き合いがいいんだ、この人。
「その調子ですよ。言霊というものがありますから、何度も唱えましょう。勝つぞー」
「勝つぞ……なんか、恥ずかしくなってきたのだが」
「殿下、もう一回っ。恥ずかしくありませんよ」
「……勝つぞ」
私はにっこりとして、青空に火の魔法を打ち上げた。魔法の花火だ。
華やかな魔法花火が打ちあがって、パァッと弾けては消えていく光景は、平和の象徴みたいに見えた。
「パーニス殿下。今ね、実は流れ星が流れてたんですよ。知ってます? 流れ星に三回お願いごとを言うと、叶うんです。三回唱えたので、お星さまも味方をしてくれますよ。やりましたね!」
聖女がいないから、せめて私は真昼の空に星が流れたことにした。
嘘も方便って言うでしょう?
「しかも、私もお願いしたから2人分ですよ!」
「そうか」
パーニス殿下は静かに視線を天に向け、神妙な顔で真昼の空を見つめた。
「マリンベリー、ありがとう」
星の見えない青空は、眩しかった。
この一連のイベントは、原作の乙女ゲームだともっと後半の展開だ。
でも、私がサクッと特効薬を開発したから、イベントも前倒しで起きたのだろう。
「守護大樹は建国からずっと我が国を守ってくれた大事な存在だ。焼くなどできない……!」
「この件については後日、慎重に話し合いましょう」
国王陛下も貴族たちも驚いた様子だ。イージス殿下は、彼らに言った。
「特効薬ができたとはいえ、そんな悠長なことは言っていられませんよ。問題は先送りせず、すぐに解決するべきです」
さて、ここで条件分岐がある。
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バッドエンドを阻止するための分岐は、聖女ヒロインちゃんがコネクションを作っていることが条件。
「我が家が大樹を癒してみせるからちょっと待て!」と言ってくれて、バッドエンドが防げるのだ。
私は魔女家当主キルケ様の養女だ。コネクションがある!
私は風の魔法を使い、少し離れた位置にいるキルケ様に声を届けた。
「キルケ様。私は守護大樹を治せると思います。一か月でいいので、時間を稼げませんか」
魔法、便利!
期待通り、キルケ様は声を上げてくれた。
「ちょっと待ちなよ。治せるなら治す。試行錯誤して駄目だった時の最終手段が焼却だろう。試しもせずに燃やすなんて――ありえないだろが?」
ふわりと浮遊して真っ黒の魔女帽子を脱ぎ、空中で優雅に礼をしたキルケ様は、挑戦的な眼をイージス殿下に向けた。
「魔女家は総力をあげて守護大樹を浄化する。賢者家にも協力してもらうよ。結果を出すから一か月の猶予をおくれ。待てない早漏坊やはいないだろうね」
あ~、強キャラ感のあるショタボイス、最高。
キルケ様ありがとう。拝んでおこう。
しばらく話し合った後、守護大樹は魔女家が指揮を執って浄化を試みることとなり、一か月後に進捗を見て、無害にできる見込みが薄ければ燃やす、という結論に至った。よかった!
「兄上、なぜ……」
おっと、隣にいるパーニス殿下が動揺している。
「パーニス殿下、こちらへ」
私はパーニス殿下を人のいないバルコニーへと連れ出した。
風が上空の雲を押し流していて、曇り空は青空に変わっていた。
太陽の光が、眩しい。
外の空気が気持ちいい。
花の香りを含んだ風が、頬を撫でていく。
爽やかな風に背中を押してもらったような気分で、私はパーニス殿下に伝統的な礼の型であるカーテシーをした。
「マリンベリー?」
「パーニス殿下。王太子イージス殿下は、魔王です」
王子に関する設定が、私の頭の中にある。
この世界で唯一、私だけが知っている真実だ。
「彼は魔王の生まれ変わりで、生まれた時からずっと完璧な第一王子を演じているのです。少しずつ魔王としての力を取り戻し、いつか世界を滅ぼそうと企んでいるのです」
息を呑む気配が感じられる。返事を待たずに、私は続けた。
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「マリンベリーは【フクロウ】のことも知っているのか」
「知っています」
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「私は真実を知っています。物心ついた時、すでにイージス殿下は魔王に人格を乗っ取られていました。完璧な第一王子、優しい兄君は、魔王が演じる作り物。みんな、騙されているのです」
「……っ」
兄想いで、ずっと兄の引き立て役を好んで演じてきた青年、パーニス殿下は、傷付いた表情をした。
そんな事実は聞きたくないのだ、自分が魔王だと言ってくれた方がずっといいのだ、と訴えかけてくるような眼。
でも、そんな私情を言葉にせず「続きを話せ」と聞いてくれるから、この人は立派だ。
「すぐにイージス殿下を討伐しようとすると、単なる『王太子を暗殺しようとした反逆者』にされてしまいます。幸い、このイベントから守護大樹が燃やされる決議が下るまで、1か月の猶予が作れました」
「キルケのおかげだな」
「はい! タイムリミットまでにいくつかのイベントを成功させていけば、イージス殿下が魔王だとみんなが理解した上で堂々と討伐する道が開けます」
それほど難しいゲームではない。
大丈夫――私はゲーム脳を働かせながら、できるだけわかりやすく話を続けた。
「名声を今よりも上げ、ご自身の派閥の勢力と発言力を増強しましょう。イージス殿下が魔王として討伐されても『イージス殿下がいなくなっても、パーニス殿下がいるから大丈夫だ』とみんなに思ってもらえるようにしましょう」
原作では、このシーンはパーニス殿下がリードしていた。
ヒロインちゃんをバルコニーに連れ出して、彼の方から相談するのだ。
『兄は善良なふりをしているが、それが演技で、実は悪辣なのではと思えてしまうのだ』
『小さな違和感や情報が積み重なって、知れば知るほど疑いが濃くなっていく。誰にも言えず、迷っていた。聖女よ、俺を導いてほしい。兄に好き勝手させていていいのだろうか。俺は、兄を止めないといけないのではないか』
『自信がない。兄を愛している。国を背負う覚悟もない。重荷だ。勘違いかもしれない……逃げてしまいたい。俺は、弱い。正しい道を示してほしい……』
ヒロインちゃんは、彼の背中を押して、覚悟させる。
『お願い、逃げないで戦って。みんなのために』――と。
「マリンベリー。聞いてくれ。みんなが『ダメ王子』と言っても、兄上は俺をいつも守ってくれた。兄上は優しく、いつも絶対に味方だと思えた」
パーニス殿下の声には、兄への親愛が感じられた。感謝があった。
「王族の責任は重いが、兄上が頼りになる王太子だから、俺は安心した。俺は兄上を支えて生きていこうと思っていたのだ」
物心ついてからずっと信じてきた、優しくて絶対に味方の存在、双子の兄。
それが全部演技だったなんて、残酷な真実だ。つらいだろう。
原作のゲームでは、聖女という特別な存在が、彼の味方でいてくれる。
王権神授という言葉があるけど、「聖女がパーニス殿下の味方です」と太鼓判を押してくれると、本人も自信が持てるし、説得力も出るし、周りにも認められやすい。
でも、私は聖女じゃない。
功績は上げたけど、神聖な存在ではない。
今現在も問題児って言われちゃう魔女だ。
パーニス殿下は原作と違って、「聖女が味方だ」というカード抜きで戦わないといけないのだ。
……なんだか可哀想だな。
でも、頑張ってもらいたい。
「パーニス殿下、イージス殿下に対抗できるのは……あなただけなのです」
私は死にたくない。
私の大切な人にも、死んでほしくない。
緑豊かで明るい平和な国に、滅んでほしくない。
対抗できるのだから、対抗してほしいのだ。
「民のためです、パーニス殿下」
「民のため……王子の務め……そうか。そうだな」
パーニス殿下には「民のため」という言葉が効く。
それが健気で、切ない。
「マリンベリー。俺は、民を愛してる。この国を守りたい。建国以来、我が国を見守ってくれた守護大樹を燃やしたくない」
声は、力強かった。
凛として背筋を伸ばしていて、真っ白の髪と真っ黒の衣装が日差しを浴びてくっきりとした色を見せていて、葡萄色の瞳はどこまでも優しかった。
「マリンベリーは魔化病の特効薬をもたらしてくれた。そのお前が言うのなら……違うな。それは、お前に責任を押し付けている。俺は俺の意思と責任で、自分で判断して決めなければならない――――魔王を討つと」
言ってくれた。
決断してくれた。
未熟者の二枚マントを翻し、彼は私の前に膝をついた。
「俺を導く聖女マリンベリーに、必ず勝利を捧げよう」
彼は、神の御使いに礼儀を尽くすかのように、私の右手を取った。
そして、人差し指の爪先に口付けをした。
「俺は王子だ。王子は国益を重んじる。民のために、高貴なる者の義務を果たそうではないか」
民想いな王子は、誓ってくれた。
魔王を討ち、国を背負うと覚悟してくれた。
「本当に心苦しいことに、聖女になるのは殿下なんですけどね」
秘密組織の総長さまで、聖女になって王太子にもなるって、なんかすごい。肩書きが盛り盛りだ。引き算ができないクリエイターが作った最強キャラみたい。
「パーニス殿下っ」
私は意識して明るく呼びかけ、彼の両手を取った。
「あなた様は、民想いで、人に隠れて堅実な努力ができる方。そして私は、未来を知っている最強の参謀ですよ。絶対に成功しますから、一緒に王国を救いましょう」
その手を上へと持ち上げる。
長い腕。大きな手。太陽さえも、掴めそう。
「勝、つ、ぞー」
元気に言って、笑ってみせる。
パーニス殿下は「なんだか緊張感が削がれたぞ」とぼやいている。
「殿下。さあ。殿下も元気に唱えましょう。ハッピーエンドのおまじないです」
「……勝つぞ?」
付き合いがいいんだ、この人。
「その調子ですよ。言霊というものがありますから、何度も唱えましょう。勝つぞー」
「勝つぞ……なんか、恥ずかしくなってきたのだが」
「殿下、もう一回っ。恥ずかしくありませんよ」
「……勝つぞ」
私はにっこりとして、青空に火の魔法を打ち上げた。魔法の花火だ。
華やかな魔法花火が打ちあがって、パァッと弾けては消えていく光景は、平和の象徴みたいに見えた。
「パーニス殿下。今ね、実は流れ星が流れてたんですよ。知ってます? 流れ星に三回お願いごとを言うと、叶うんです。三回唱えたので、お星さまも味方をしてくれますよ。やりましたね!」
聖女がいないから、せめて私は真昼の空に星が流れたことにした。
嘘も方便って言うでしょう?
「しかも、私もお願いしたから2人分ですよ!」
「そうか」
パーニス殿下は静かに視線を天に向け、神妙な顔で真昼の空を見つめた。
「マリンベリー、ありがとう」
星の見えない青空は、眩しかった。
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