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1、ちゃりーん。ちゃりーん。ちゃりーん!

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「まったく、我が家の恥だ! やっと縁が切れるな」
 
 あたたかな春の日、まだ日が登りきる前の肌寒い時間帯。
 男爵家の門の前でお父様が私との別れを喜んでいた。門の近くでは、白いヒナギクの花が風に揺れている。
 
 モンテワルト男爵家の次女で、『悪魔憑き』という悪名を持つ私、アリシアは、修道院行きの馬車に乗せられるところだ。
 現在16歳で、ここ数年は自室軟禁状態だった。こっそりお忍びで外に出たりしていたけど。

「可哀想なアリシア。婚約が破談になって、修道院行きだなんて」
「ルーミアお姉様……誰のせいだと思っていらっしゃるんです?」  
「あなたは悪くないわ! 悪魔のせいよ! 
  
 修道院行きの馬車に乗る直前、ルーミアお姉様が抱きついてくる。

 私と同じピンクベージュ・ブロンドの髪にネオンブルーの瞳をしたルーミアお姉様は、腹違いで6歳年上。
 いつも首元から足首までを覆う真っ黒なドレス姿。手にも手袋をはめていて、肌を徹底して隠している。
 
「ルーミア、離れなさい。悪魔憑きがうつるぞ」
「お父様っ! でも、でも……っ」
 
 私に厳しい声を放ち、お姉様を離そうとするお父様。それに抗い、私を抱きしめるお姉様。
 
 この光景、第三者から見るとまるでお姉様が私のことを愛してくれているように見えるだろう。でも、お姉様は私が「悪魔憑き」と呼ばれるようにした犯人だ。
 
 お母様が病気で亡くなっていて、私の家族はお父様とお姉様のお二人だけど、二人は私の味方ではない。
 表面上は味方みたいに振る舞うお姉様は、嘘吐きだ。
 
 例えば、ルーミアお姉様がご自分で髪を結わえていたリボンをほどいて、私の手に押し付けて「アリシアが私のリボンを無理矢理とったの!」と騒いだり。
 ご自分でご自分のドレスを破いて「アリシアが私のドレスを破いたの!」と泣いてみせたりする。
 
 それで私が「やってません」と主張すると、「人が変わったようだったわ! この子はほんとうに覚えてないのよ。悪魔が取り憑いたのだわ!」とわめく。
 
 何年もそんな決めつけをされて、やがて周囲は「アリシアは時折、悪魔に取り憑かれておかしくなる。そして、正気に戻った時、本人に悪事を働いた記憶はない」という認識を固めていった。
  
 どんなに一生懸命「違う」と訴えても、わかってもらえない、だれにも信じてもらえない。それがずっと続いたので、私はもう何の期待もしていない。
 
 代わりに、「家を出るまでの辛抱!」と思ってつらさに耐え、準備をしてきた。
 幸い、縁談もあったし、縁談がダメになっても家を出て生きていけるようにと、貯金だってしてた! 

「……もういいです。離してください、ルーミアお姉様」
 
 縁談は破談になったけど、結局、家を出ることはできるのだ。
 修道院生活というのがどんな生活かわからないけど、ずっとこのままお家にいたら本当に頭がおかしくなってしまいそうだもの。私は家を出て、家族のいない新しい場所で生きていく!

「今までお世話になりました。さようなら、お父様。それにお姉様も!」
 
 服の内側に貼りつけたり靴の中に入れたりして隠し持っているお金がバレませんように! 
 どきどきしながら別れを告げると、ルーミアお姉様は目に涙を浮かべた。そして、まるで聖女のように優しく寂しそうに微笑んだ。

「大丈夫よ、アリシア。修道院では、悪魔祓いをしてもらえるの。世俗に戻ることはできなくて、生涯を神に捧げることになるのだけど、その代わりあなたはこの後の人生を平穏に過ごせる……」
 
 心の底から私を憐れみ、幸せを願っているという雰囲気だ。
 
 周囲はそれを見て、「ルーミアはなんて妹想いで優しい娘だろう」と囁きを交わし、悪魔憑きだか魔女だかの私が暴れ出さないようにさっさと送り出そうとする。
 
 今回に限らず、姉は私に言いがかりをつけた後、こんな風に味方の素振りをみせる。
 その表情も声も「本気で妹を想っている」という雰囲気で、大人たちは騙されるし、私だってたまに「ほんとうに私は悪魔憑きで、お姉様が正しいのでは」と思ってしまいそうになるのだ。
 
 と、そこへ。
 
「その馬車、待ちなさい!」

 修道院行きの馬車の出発を止める者がいた。

 漆黒の髪と瞳の印象的な、騎士姿の美青年だった。
 
 高い鼻筋に、色気を帯びた切れ長の瞳。そして、薄く引き結んだ唇。髪はよく手入れされているのがわかる、絹糸のような艶を放っている。
 彼の美貌はまるで彫刻されたように完璧で、重厚な鎧と深紅のマントの騎士姿には、まるで物語の主人公のような存在感があった。
 
「王太子付きの騎士、ジルと申します。その娘に、王城のパーティへの招待状を持ってまいりました。修道院行きは許されません」

 なんと、騎士様はそんなことを叫び、居合わせた全員を仰天させた。
 そして、私を横抱きにして馬車から救い出した。お姫様抱っこといわれる抱きかかえ方だ。

「ひゃっ!?」 
「失礼――もう大丈夫ですよ、レディ」

 騎士様は私を労わるように、保護するような温度感で優しく微笑んだ。
 
 まるでおとぎ話の王子様がピンチのお姫様を助けるシーンみたい。そんな夢うつつ気分になる私の耳には、隠し持っていたお金が地面に零れ落ちるリアルな音がした。
 
 ちゃりーん。ちゃりーん。ちゃりーん!

「……すみません、拾ってもいいですか? 頑張って貯めたお金なんです」

 おとぎ話の王子様がピンチのお姫様を助けるシーンは、台無しになった。

 * * *
 
「おねえさまは、おかげんがわるいの? 背中がいちゃいの? おつらいの?」 

 ずっとずっと前。
 お庭の大きな木の影で、何かに怯えるように隠れて泣いているお姉様を見つけたことがあった。

 私が声をかけると、お姉様はびっくりした顔をした。

「あなたは、私を心配してくれるのね……ああ――――
  
 見開いたお姉様の瞳から大粒の涙がこぼれて頬をつたう様子が痛々しかった。
 だめ、の意味はわからなかったけど、私は胸がきゅうきゅうと痛んだ。

 お姉様はたまにそんな風に泣いていて、私は何度か声をかけた気がする。

 でも、ある時、激しく拒絶されて――それ以来、私は自分から近付かなくなったし、お姉様も私を「悪魔憑き」にしようとし始めたのだった。
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