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4、白のクイーン・サクリファイス

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「あら、ハートクライン伯爵夫人よ」
「まあ、あれが」
 
 ハートクライン伯爵家のお抱え騎士さんにエスコートしてもらって私がパーティに顔を出すと、好奇心いっぱいの視線が寄せられた。

「ほう、今宵も美しいな」  
「白い結婚という噂ですよね」
「ああ、それで騎士にエスコートしてもらってるのか」
「金の力で夫人の肩書きを買ったんだ……夫婦仲がいいはずがない」
 
 ひそひそと囁く声を背景に、私は礼儀正しく主催の貴族夫妻にカーテシーをした。二人とも、上品な貴族様って雰囲気だ。
 
「お招きありがとうございます。夫はあいにく多忙で……」
 
 私たち夫婦の義務は「後継ぎ作り」だけ。
 普段から顔も合わさないので、私は「行ってきます」という報告だけで済ませていた。

 ――けれど。

「遅くなりました。お招きありがとうございます」
「えっ」

 挨拶の声がすぐ後ろから聞こえて、振り返るとウィスベル様がいた。
 
 それも、私がお揃いでオーダーメイドしたペア衣装だ。
 騎士があわててエスコートを引き継いで離れ、代わりにウィスベル様からエスコートの腕が差し出される。
 そっとエスコートに身をゆだねると、ふわりと上質な香水の匂いがした。滑らかな服の上から触れた腕は、意外とたくましい。頼もしい感じだ。
 
(わ、あ……!)
 
 並んで立つと、夫婦っぽい。ペア衣装、ぴったり!
 私が「似合うだろうな」と思って買ったダイヤの耳飾りもつけてくれている。清廉な彼に、白銀の輝きがとても似合っている!
 
「これはこれは、ハートクライン伯爵。驚きました。よくお越しくださいましたね」 
「ご招待ありがとうございます。本日は妻と一緒に楽しませていただきます」
  
 来てくださったんですね。
 衣装も着てくださったんですね!
 そして、私を妻と呼んでくださるんですね!

「お二人の合わせ衣装、素敵ですね」
 
 主催貴族の夫人が褒めてくれるので、私は嬉しくなった。
  
「はいっ、この優美なデザインが夫に似合うと思って選んだのですが、ご覧の通りとてもよく似合っていて正視できないほどです」
「まあ、うふふ。確かにとても素敵ね」

 夫人は笑顔がやさしくて、友好的だ。
 二人で和やかに笑みを交わしていると、隣にいるウィスベル様が爽やかに言葉を添えてくる。
 
「俺は妻の引き立て役です。とはいえ、太陽のような妻は引き立てる必要もなく輝いていますが」 
「おお、伯爵。いろいろと心の痛む噂を聞いていたが、その様子だと心配はいらなかったようだな」

 主催貴族のおじさまは、確認するような視線をウィスベル様に向けていた。

「ご心配には至りません」
 
 ウィスベル様が笑顔で頷くと、おじさまは「そうか、よかった」と微笑んだ。なるほど、このご夫妻はウィスベル様を心の底から心配してくれていたみたい。さすが、人望がある。

 だったら資金援助もしてあげたらいいのに、と思ったりもするけど、貴族の家って意外とお金に困っているのを隠している家が多かったりもするし、下手すると共倒れになってしまうので、リスクが高すぎたのだろう。

「他の皆様も、俺が不甲斐ないばかりにご心配をおかけしましたが、今後は妻と共に皆様に安心していただける家庭を作ろうと思っています」
 
 やわらかに微笑み、ウィスベル様は招待客用の飲食席に私を誘って座らせてくれた。

 テーブルに並ぶ料理は見た目も綺麗に盛られていて、食欲を刺激してくれる。
 金色に輝く大きなスプーンで真っ赤なスープをすくうと、湯気がふわあ~っとして、いい匂い。
 肉と野菜の味が溶けあったスープは温かくて、少し酸味があるのが癖になりそう。
 
 緑野菜を巻いた具は中に煮込んだやわらかな肉が詰まっていて、噛むとじゅわっと肉汁があふれてスープと混じり合って……すごく美味しい!

 幸せの吐息をついていると、ウィスベル様は真剣な声で話しかけてきた。
 
「レジィナさん。俺は謝らないといけません」
「えっ、何をですか? あと、『さん』は不要ですよっ……?」
「それは……」

 ウィスベル様が言いかけたとき、近くのテーブルから聞えよがしの言葉が聞こえた。

「伯爵がすっかり毒婦に骨抜きにされているな、可哀想に」
「あら、そんなこと言わないであげて。彼は生活できているのが悪女のおかげだから悪く言えないのよ」
 
 見ると、なんとウィスベル様の元婚約者であるフローラ嬢がいた。

「んふふ、聞こえてしまったかしら、ごめんなさい? こちら、私の新パートナーのフォラフキー男爵よ」

 フローラ嬢はツンとした顔で言って、フォラフキー男爵にしなだれかかる。
 フォラフキー男爵はフローラ嬢の肩を抱いて見せつけるようにした。

 なんだか、見覚えがある男。
 私が記憶を探っていると、周囲が「おおっ」と騒ぐのが聞こえる。

 はっと現実に意識を戻すと、なんとウィスベル様が手袋をフォラフキー男爵に投げていた。

 この国では、手袋を投げるのは、決闘の申し込みを意味する。
 
「妻への侮辱は聞き捨てなりません。謝罪してください。できぬと言うなら、決闘を申し込ませていただきます」
「あのう、それ、もう申し込んでません?」

 思わずつっこみしてしてから顔を見上げて、息を呑む。
 声は落ち着いていたけれど、今まで見たことのないような厳しい表情……。

 ウィスベル様は、氷のように冷たい眼差しだった。
 威圧感に満ちていて、自分が睨まれたわけじゃないのに、ぞくっとする。
 周囲にいた他の人たちも、気圧されたように口をつぐんでいる。
 
 ――こんな顔もなさるのね?
 
 驚いていると、男性の大きな笑い声が響いた。
  
「ははは! よいぞ、よいぞ。軟弱な伯爵だと思っていたが、気概を見せたな!」
「王子殿下!」

 私たちが揉めている席に近付いてきたのは、筋骨隆々とした体躯の貴公子――この国の王子殿下だった。

「この後、ちょっとした告知があったのだが、ちょうどいい前座だ。なんじら、決闘せよ! ただし、我が国の貴族らしく、優雅に……チェスで勝敗をつけるといい」

 王子殿下はそう言って近くの空いている椅子に座り、配下に遊戯盤を運ばせた。

「仰せのままに。俺は勝ちます」
  
 ウィスベル様は華麗にチェスの駒を盤上に進めた。操る駒は白だ。
 彼はチェスの腕が立つようで、勝負はあっさり着いた。

 たった17手。
 無駄のない流れるような駒の進め方で、白の駒たちは序盤から積極的に黒のキングにプレッシャーをかけて防戦を強いていった。
 そして、最後は白のクイーンがその身を犠牲にサクリファイスして黒のナイトを釣りだし、白のルークが敵陣深く一気に進んで勝負を決めた。鮮やかだった。

「チェックメイトです」

 ウィスベル様が勝利を宣言すると、ワッと拍手が沸いた。
 ――格好いい! 私も夢中で拍手した。
 
「ハートクライン伯爵の勝利だな。では、ついでに王室から断罪の知らせだ!」
「!?」
 
 王子殿下はそう言って、配下に命じてフォラフキー男爵を拘束させた。

「王室の調査の結果、そこにいるフォラフキー男爵とフローラ嬢は、詐欺商品を扱う商会の黒幕だと判明した。よって、断罪する!」

 その言葉で、私は思い出した。
 
「あーー! 流行の美容液だと偽って、そっくりの偽商品を売った商会! しかも、アルキメデス商会に罪をなすりつけようと噂を流してたわね!」

 そういえば、私も見覚えがあった。
 例の商会にフォラフキー男爵は何度も出入りしていたんだ。

「お、お許しを! 殿下! 殿下ーーーーー!」
「許さない!」

 その日、真実は明らかになり、悪は裁かれたのだった。
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