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5、鬼謀のアイオナイト
366、「どこへ向かうんだい? 親友?」
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扉をくぐると、時空が歪む。
場所は『神々の舟』へと移動して、時間は――石の力を使い、扉をくぐった時と同じ時間にした。
光が視界にあふれて瞼を閉じた一瞬、商業神ルートは少し前の出来事を思い出していた。
青国と空国がそれぞれの王を奪還するため、レクシオ山に登った時のことだ。
ナチュラの主義に反する行いをしているのを自覚しているルートは、ナチュラに見つからないようにと聖域の外で魔獣を狩っていた。
すると、ひらりと空にフェニックスのナチュラが飛来して、配下の呪術師たちは大騒ぎとなった。
ルートは配下に対応を任せて自身は全力で逃げ隠れしていたのだが、ナチュラはそんなルートを狙いすましたように上空から目の前へと『ラルム・デュ・フェニックス』を落とし、去って行ったのだ。
『ラルム・デュ・フェニックス』はフェニックスの涙と呼ばれており、名前からして意味深で、ルートは「何が言いたい!? 吾輩が嘆かわしいと!?」ともやもやを胸に抱えたのだった。
「はぁっ……、あの小娘ときたら、何を言い出すのだ」
扉が閉まり、光が収まる。
懐かしい『神々の舟』の内部通路に数歩進んだ商業神ルートは、気まずい思いで『勇者の仲間』を見た。
片方はフェニックスで、自然神ナチュラ。
もう片方は死霊だ。
この死霊が何なのか、ルートは知らない。
――小娘ぇ……、吾輩にこやつらをどうせよと?
ひとまず、目を合わせないようにしてルートはさっさと船内を確認した。
船には、争いの形跡があった。名を呼んだりノックして部屋を開けたりしてみたが、誰もいない。
客人用の部屋とおぼしき一室に残っていた日記を読んでみたところ、日記を書いたのはノルディーニュという名の客人だった。
そして、ノルディーニュが元の世界に帰る前の数日、船人たちは対立を深めていき、前日からおそらく元の世界に戻った当日にかけて、本格的にやり合ったらしい。
「なんとなんと。これは……状況証拠と照らし合わせて考えるに、どうも船に残っていた船人の『正義派』は滅びてしまったらしいな」
まあ、それはそれでいいのではないか。
ルートは石を手に船の操縦室に入り、石の力も借りながら船を動かした。
――地上から離れ、高く、遠くへ向かうように。
「神々は滅び、石もなくなる。それが良いのか悪いのかはわからないが、何が最善なのかを考えるのももう疲れた」
ナチュラと死霊の視線を感じながら、ルートは懺悔をするように呟いた。
返答を期待していたわけではなかったが、最初にナチュラが声を返してくれた。
「どこへ向かうんだい? 親友?」
あまりにも懐かしい旧友の声に、ルートの心臓が跳ねた。
「……」
嫌われている、軽蔑されていると思っていたが、伝わってくる気配は親しげで、まるで離れていた期間などなかったかのよう。
別れる前に時間が戻ったように、親しい空気だ。
「太陽に行く……この船ごと突っ込んで、我々も石も消えてしまうのがいいかと」
お前を連れて自殺するぞという宣言だが、ナチュラは「そうか」と笑った。
「わしたち、長く生きすぎたかもしれなかったね、ルート」
「石もなくなるし、石が残っても欲を感じてしまう人間はいなくなる、……いいことだ」
「いいことだ、と同意してほしいんだね、ルート。いいよ」
見透かして、その上で受け止めて許してくれる言葉に、ルートはくすぐったい思いで頷いた。
石に願って裏を取るまでもない。
ナチュラは、ルートを許しているのだ。
自分は軽蔑されていないのだ。
……友人だと思ってもらっているのだ。
「ナチュラ。吾輩はもう目的を達成した。これ以上は生きていようと思わない」
「ああ――フェリシエンくんだっけ。見つかったしね」
「……? フェリシエンは、見つけられなかったが……?」
何か妙なことを言われた、と首をひねると、ナチュラは羽先を死霊に向けた。
実体の不確かな半透明な死霊は、ゆらゆらと揺れている。
「――――な、に……?」
ひとつの予感が全身を駆け抜けて、ルートは目を見開いた。
「ほら、君が探していた子だよ。あのレディが見つけてくれたんだ」
何を言っている。
何を言われている?
――目の前にいるのが、そうだと?
ずっと探していて、諦めてしまった魂だと?
――――名を呼ぶのが怖い。
もし違っていたら、期待を打ち砕かれる。それが、怖い。
なのに、ナチュラは「ほーら」と死霊を抱っこしてぐいぐいと押し付けてくるのだ。
「……フェリシ、エン?」
恐る恐る呼ぶと、死霊はおずおずと頷く気配をみせた。
――ああ。
ここに、探していた少年がいるのだ。
それを見たルートは胸がいっぱいになって、もう何も言えなくなってしまった。
ナチュラはそんなルートに、穏やかに笑いかける。わしたちは親友だよというように。
「成仏したり転生しないでルートを見守ってたみたいだよ。素直じゃない子だね、恥ずかしがりやさんだね、もっと早く見つかってあげたらよかったのに」
「……そう、か」
「それで、この船は太陽に向かうのかな?」
「あ……」
ルートは目を瞬かせた。
もともと、ルートはフェリシエンに身体を返すつもりだったのだ。
しかし、フェリシエンの魂がもう見つからないだろうと判断したので、諦めたのだ。
ということは、フェリシエンの魂が見つかったから、予定は変更した方が?
「まあ、この子は『今更人間する気ない』と言っているけどね――わしみたいに、人間以外の器を用意して魔法生物にするのはどう?」
「人間、しないのか」
死霊は「うんうん」と頷く仕草をしてみせた。愛嬌があって、かわいい。
「どっちにしても、ちょっと落ち着いて話し合おうよ。三人で死ぬにせよ、生きるにせよ、何事もやはり、みんなで意見交換だね」
ナチュラは議論好きの気配をメラメラとのぼらせ、ルートとフェリシエンを食堂へと誘った。
「わしたちには、時間がたっぷりとある。のーんびりと話そう」
三人の話し合いは、最初にお互いのこれまでの想いや辿ってきた道筋を教え合い、わかり合うところから始まった。
なにせ、全員が長い時間を生きている。
すれ違っていた想いを擦り合わせて、笑い合う時間は楽しくて、ルートには「時間がどれほどあっても足りないのでは」と思われた。
場所は『神々の舟』へと移動して、時間は――石の力を使い、扉をくぐった時と同じ時間にした。
光が視界にあふれて瞼を閉じた一瞬、商業神ルートは少し前の出来事を思い出していた。
青国と空国がそれぞれの王を奪還するため、レクシオ山に登った時のことだ。
ナチュラの主義に反する行いをしているのを自覚しているルートは、ナチュラに見つからないようにと聖域の外で魔獣を狩っていた。
すると、ひらりと空にフェニックスのナチュラが飛来して、配下の呪術師たちは大騒ぎとなった。
ルートは配下に対応を任せて自身は全力で逃げ隠れしていたのだが、ナチュラはそんなルートを狙いすましたように上空から目の前へと『ラルム・デュ・フェニックス』を落とし、去って行ったのだ。
『ラルム・デュ・フェニックス』はフェニックスの涙と呼ばれており、名前からして意味深で、ルートは「何が言いたい!? 吾輩が嘆かわしいと!?」ともやもやを胸に抱えたのだった。
「はぁっ……、あの小娘ときたら、何を言い出すのだ」
扉が閉まり、光が収まる。
懐かしい『神々の舟』の内部通路に数歩進んだ商業神ルートは、気まずい思いで『勇者の仲間』を見た。
片方はフェニックスで、自然神ナチュラ。
もう片方は死霊だ。
この死霊が何なのか、ルートは知らない。
――小娘ぇ……、吾輩にこやつらをどうせよと?
ひとまず、目を合わせないようにしてルートはさっさと船内を確認した。
船には、争いの形跡があった。名を呼んだりノックして部屋を開けたりしてみたが、誰もいない。
客人用の部屋とおぼしき一室に残っていた日記を読んでみたところ、日記を書いたのはノルディーニュという名の客人だった。
そして、ノルディーニュが元の世界に帰る前の数日、船人たちは対立を深めていき、前日からおそらく元の世界に戻った当日にかけて、本格的にやり合ったらしい。
「なんとなんと。これは……状況証拠と照らし合わせて考えるに、どうも船に残っていた船人の『正義派』は滅びてしまったらしいな」
まあ、それはそれでいいのではないか。
ルートは石を手に船の操縦室に入り、石の力も借りながら船を動かした。
――地上から離れ、高く、遠くへ向かうように。
「神々は滅び、石もなくなる。それが良いのか悪いのかはわからないが、何が最善なのかを考えるのももう疲れた」
ナチュラと死霊の視線を感じながら、ルートは懺悔をするように呟いた。
返答を期待していたわけではなかったが、最初にナチュラが声を返してくれた。
「どこへ向かうんだい? 親友?」
あまりにも懐かしい旧友の声に、ルートの心臓が跳ねた。
「……」
嫌われている、軽蔑されていると思っていたが、伝わってくる気配は親しげで、まるで離れていた期間などなかったかのよう。
別れる前に時間が戻ったように、親しい空気だ。
「太陽に行く……この船ごと突っ込んで、我々も石も消えてしまうのがいいかと」
お前を連れて自殺するぞという宣言だが、ナチュラは「そうか」と笑った。
「わしたち、長く生きすぎたかもしれなかったね、ルート」
「石もなくなるし、石が残っても欲を感じてしまう人間はいなくなる、……いいことだ」
「いいことだ、と同意してほしいんだね、ルート。いいよ」
見透かして、その上で受け止めて許してくれる言葉に、ルートはくすぐったい思いで頷いた。
石に願って裏を取るまでもない。
ナチュラは、ルートを許しているのだ。
自分は軽蔑されていないのだ。
……友人だと思ってもらっているのだ。
「ナチュラ。吾輩はもう目的を達成した。これ以上は生きていようと思わない」
「ああ――フェリシエンくんだっけ。見つかったしね」
「……? フェリシエンは、見つけられなかったが……?」
何か妙なことを言われた、と首をひねると、ナチュラは羽先を死霊に向けた。
実体の不確かな半透明な死霊は、ゆらゆらと揺れている。
「――――な、に……?」
ひとつの予感が全身を駆け抜けて、ルートは目を見開いた。
「ほら、君が探していた子だよ。あのレディが見つけてくれたんだ」
何を言っている。
何を言われている?
――目の前にいるのが、そうだと?
ずっと探していて、諦めてしまった魂だと?
――――名を呼ぶのが怖い。
もし違っていたら、期待を打ち砕かれる。それが、怖い。
なのに、ナチュラは「ほーら」と死霊を抱っこしてぐいぐいと押し付けてくるのだ。
「……フェリシ、エン?」
恐る恐る呼ぶと、死霊はおずおずと頷く気配をみせた。
――ああ。
ここに、探していた少年がいるのだ。
それを見たルートは胸がいっぱいになって、もう何も言えなくなってしまった。
ナチュラはそんなルートに、穏やかに笑いかける。わしたちは親友だよというように。
「成仏したり転生しないでルートを見守ってたみたいだよ。素直じゃない子だね、恥ずかしがりやさんだね、もっと早く見つかってあげたらよかったのに」
「……そう、か」
「それで、この船は太陽に向かうのかな?」
「あ……」
ルートは目を瞬かせた。
もともと、ルートはフェリシエンに身体を返すつもりだったのだ。
しかし、フェリシエンの魂がもう見つからないだろうと判断したので、諦めたのだ。
ということは、フェリシエンの魂が見つかったから、予定は変更した方が?
「まあ、この子は『今更人間する気ない』と言っているけどね――わしみたいに、人間以外の器を用意して魔法生物にするのはどう?」
「人間、しないのか」
死霊は「うんうん」と頷く仕草をしてみせた。愛嬌があって、かわいい。
「どっちにしても、ちょっと落ち着いて話し合おうよ。三人で死ぬにせよ、生きるにせよ、何事もやはり、みんなで意見交換だね」
ナチュラは議論好きの気配をメラメラとのぼらせ、ルートとフェリシエンを食堂へと誘った。
「わしたちには、時間がたっぷりとある。のーんびりと話そう」
三人の話し合いは、最初にお互いのこれまでの想いや辿ってきた道筋を教え合い、わかり合うところから始まった。
なにせ、全員が長い時間を生きている。
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