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5、鬼謀のアイオナイト
345、わたしはぺったんこをやめまぁす……! これは、預言なのれすぞ
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紅国でカサンドラ・アルメイダ侯爵夫人の処遇が決まった頃。
青国の王都サファイアキープの魔法庭園で、預言者ダーウッド――青王アーサーの婚約者である『アレクシア』がフェニックスの霊薬を手にしていた。
「これを飲めば、私は不老症ではなくなる?」
大陸中で話題の奇跡の薬――フェリシエン・ブラックタロンという天才が開発した魔法薬は、縦長の細いガラス瓶に入っていて、赤い薬液が美しい。
この薬は、紅国に嫁いだ王妹フィロシュネー姫が贈ってくれたのだ。
「……不老症ではなくなると、私は……」
止まっていた肉体の成長が再開するのではないか。
そうすると、そうすると……二次性徴を迎えられるのでは?
堂々と「青王アーサー陛下の御子は私がお産み申し上げる」と言えるのでは?
なんと――なんと!
「す、素晴らしい……これは素晴らしい薬です、姫殿下。開発したのはフェリシエンでしたか……こういう薬を開発するのはカサンドラかと期待していましたが、なんと、あの男……」
フェリシエン・ブラックタロンは、カサンドラやアレクシアよりも二百年も三百年も年若い人間だ。
それなのに、ネネイでも使えない移ろいの術を使えるようになるし、奇跡の薬を開発する、と、信じられないほどの天才ぶり。はっきり言って異常なくらいの才能である。
「天才とは、あのような男を言うのですな……感謝しましょう。開発したフェリシエンに。そして、薬を入手してくださった姫殿下に」
自分も幼い頃からブラックタロン家の才児と言われてきたものだが、上には上がいるものだ。
アレクシアは思い切ってクイッと薬を飲み干した。
薬はとろみがあって、甘かった。美味しい! 効能を思えば、なおのこと。
(ふ、ふふ。飲んだ。飲んでしまった!)
脳内を妄想が駆け巡る。
成熟した女性に育って、淑女の装いで、堂々とアーサーの隣にいる自分。
発育した胸に愛らしい赤子を抱いて、あやす自分。
(私は育つ! アーサー様に、喜んでいただける……)
――そんな幸せな夢が駆け巡る。
「くふ……ふふふ」
ふわふわと酩酊するような心地で、アレクシアは庭園で育てているアルダーマールに手をかざした。
「この喜びをお前にも分けてあげましょうね、よしよし、しめしめ」
アルダーマールに魔力を注ぎ、「食べた者を不老症にする黄金の林檎」を実らせる。
それは、カサンドラが中心となって進めてきた研究だ。
アーサーが不老症になっている現在、アレクシアには黄金の林檎は不要なものになっていたのだが。
「子どもを宿せるくらいに成長してから、不老症になりましょう。そうすれば私は、ずっとアーサー様と一緒に……」
決して得られないと思っていた幸せな未来に、手の届くよう。
夢見心地のアレクシアは魔力を注ぎながらフィロシュネー姫への返事の文面を考えていた。
(さて、この溢れる喜びをどうお伝えしたものか)
感謝の文言と、フェリシエンの才能を褒めてあげるのは絶対として。
カサンドラの境遇についての見解は必要だろうか、……不要だろうか?
姫殿下は、婚約者であるサイラス・ノイエスタル神師伯を気になさっているようだから、そちらに対する考えをしっかりと綴るべきだろうか。
気に入らなかったらあんな男などポイッと捨てて故国に帰っておいでなさいと書いてあげようか。
そうそう、アーサー様の近況についても教えてさしあげたい。
『昨夜はお風呂に一緒に入りました。最近はお風呂があまり怖くなくなってきたのですが、怖いと言ってすがりつくとアーサー様が喜んでいることに気付いたので、もう少し怖がっているふりを続けようかと検討中です……』
と、脳内で手紙の文章を考えていたアレクシアは、ふらっ、くらっと眩暈を起こした。
「……ふあ?」
倒れかけた身体が、がしっと支えられる。
「おい、何を倒れかけているのだ。具合が悪いのか?」
見れば、青王アーサーがいつの間にか傍にいて自分を抱き支えている。
「この瓶はなんだ? お前、変なものを飲んだな? 顔が赤いぞ……酒みたいな匂いもするが。これは酒か? 酔っているのか?」
フェニックスの霊薬の瓶を手にして心配してくれるアーサーに、アレクシアはもじもじとした。
「アーサーさま……大切なお知らせが……、あります、ぞ」
「ふむ。なんだ」
「ふっ、わたしは、ぺったんこをやめます」
「……!?」
確かに自分は酔っているのかもしれない。
若干、呂律があやしい。発言内容もあやしいかもしれない。
アーサーも「何言ってるんだこいつ」って顔で見ている。
「すまん。よくわからん……。話は酔いが覚めてからの方がいいかもしれんな」
「……‼ アーサーさまは、わらしの言うことが……わからないとおっしゃる……?」
「えっ」
悲しい。
私はこんなにアーサー様を理解している(つもり)なのに、アーサー様は私のことがわからない!?
「うっ!? い、いや。違うぞ!?」
「アーサーさまは、いつもぺったんぺったんと……わたしはそのたびに、気にしていたのれす」
「な、なんだって。俺は別に悪い意味でぺったんを愛でていたわけではないぞ! 可愛いという意味で」
「わたしはぺったんこをやめまぁす……‼ これは、預言なのれすぞ」
その日、青国の預言者は一風変わった預言をして、ぱたりと倒れて魔力欠乏症に似た症状で寝込んでしまった。
「ど、ど、どどうした!? おいっ、俺が悪いのか!? 俺か!? またなんかやってしまったか!?」
青王アーサーはおおいに慌てて、国中の医師に預言者の診察をさせたのだった。
青国の王都サファイアキープの魔法庭園で、預言者ダーウッド――青王アーサーの婚約者である『アレクシア』がフェニックスの霊薬を手にしていた。
「これを飲めば、私は不老症ではなくなる?」
大陸中で話題の奇跡の薬――フェリシエン・ブラックタロンという天才が開発した魔法薬は、縦長の細いガラス瓶に入っていて、赤い薬液が美しい。
この薬は、紅国に嫁いだ王妹フィロシュネー姫が贈ってくれたのだ。
「……不老症ではなくなると、私は……」
止まっていた肉体の成長が再開するのではないか。
そうすると、そうすると……二次性徴を迎えられるのでは?
堂々と「青王アーサー陛下の御子は私がお産み申し上げる」と言えるのでは?
なんと――なんと!
「す、素晴らしい……これは素晴らしい薬です、姫殿下。開発したのはフェリシエンでしたか……こういう薬を開発するのはカサンドラかと期待していましたが、なんと、あの男……」
フェリシエン・ブラックタロンは、カサンドラやアレクシアよりも二百年も三百年も年若い人間だ。
それなのに、ネネイでも使えない移ろいの術を使えるようになるし、奇跡の薬を開発する、と、信じられないほどの天才ぶり。はっきり言って異常なくらいの才能である。
「天才とは、あのような男を言うのですな……感謝しましょう。開発したフェリシエンに。そして、薬を入手してくださった姫殿下に」
自分も幼い頃からブラックタロン家の才児と言われてきたものだが、上には上がいるものだ。
アレクシアは思い切ってクイッと薬を飲み干した。
薬はとろみがあって、甘かった。美味しい! 効能を思えば、なおのこと。
(ふ、ふふ。飲んだ。飲んでしまった!)
脳内を妄想が駆け巡る。
成熟した女性に育って、淑女の装いで、堂々とアーサーの隣にいる自分。
発育した胸に愛らしい赤子を抱いて、あやす自分。
(私は育つ! アーサー様に、喜んでいただける……)
――そんな幸せな夢が駆け巡る。
「くふ……ふふふ」
ふわふわと酩酊するような心地で、アレクシアは庭園で育てているアルダーマールに手をかざした。
「この喜びをお前にも分けてあげましょうね、よしよし、しめしめ」
アルダーマールに魔力を注ぎ、「食べた者を不老症にする黄金の林檎」を実らせる。
それは、カサンドラが中心となって進めてきた研究だ。
アーサーが不老症になっている現在、アレクシアには黄金の林檎は不要なものになっていたのだが。
「子どもを宿せるくらいに成長してから、不老症になりましょう。そうすれば私は、ずっとアーサー様と一緒に……」
決して得られないと思っていた幸せな未来に、手の届くよう。
夢見心地のアレクシアは魔力を注ぎながらフィロシュネー姫への返事の文面を考えていた。
(さて、この溢れる喜びをどうお伝えしたものか)
感謝の文言と、フェリシエンの才能を褒めてあげるのは絶対として。
カサンドラの境遇についての見解は必要だろうか、……不要だろうか?
姫殿下は、婚約者であるサイラス・ノイエスタル神師伯を気になさっているようだから、そちらに対する考えをしっかりと綴るべきだろうか。
気に入らなかったらあんな男などポイッと捨てて故国に帰っておいでなさいと書いてあげようか。
そうそう、アーサー様の近況についても教えてさしあげたい。
『昨夜はお風呂に一緒に入りました。最近はお風呂があまり怖くなくなってきたのですが、怖いと言ってすがりつくとアーサー様が喜んでいることに気付いたので、もう少し怖がっているふりを続けようかと検討中です……』
と、脳内で手紙の文章を考えていたアレクシアは、ふらっ、くらっと眩暈を起こした。
「……ふあ?」
倒れかけた身体が、がしっと支えられる。
「おい、何を倒れかけているのだ。具合が悪いのか?」
見れば、青王アーサーがいつの間にか傍にいて自分を抱き支えている。
「この瓶はなんだ? お前、変なものを飲んだな? 顔が赤いぞ……酒みたいな匂いもするが。これは酒か? 酔っているのか?」
フェニックスの霊薬の瓶を手にして心配してくれるアーサーに、アレクシアはもじもじとした。
「アーサーさま……大切なお知らせが……、あります、ぞ」
「ふむ。なんだ」
「ふっ、わたしは、ぺったんこをやめます」
「……!?」
確かに自分は酔っているのかもしれない。
若干、呂律があやしい。発言内容もあやしいかもしれない。
アーサーも「何言ってるんだこいつ」って顔で見ている。
「すまん。よくわからん……。話は酔いが覚めてからの方がいいかもしれんな」
「……‼ アーサーさまは、わらしの言うことが……わからないとおっしゃる……?」
「えっ」
悲しい。
私はこんなにアーサー様を理解している(つもり)なのに、アーサー様は私のことがわからない!?
「うっ!? い、いや。違うぞ!?」
「アーサーさまは、いつもぺったんぺったんと……わたしはそのたびに、気にしていたのれす」
「な、なんだって。俺は別に悪い意味でぺったんを愛でていたわけではないぞ! 可愛いという意味で」
「わたしはぺったんこをやめまぁす……‼ これは、預言なのれすぞ」
その日、青国の預言者は一風変わった預言をして、ぱたりと倒れて魔力欠乏症に似た症状で寝込んでしまった。
「ど、ど、どどうした!? おいっ、俺が悪いのか!? 俺か!? またなんかやってしまったか!?」
青王アーサーはおおいに慌てて、国中の医師に預言者の診察をさせたのだった。
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