上 下
343 / 384
5、鬼謀のアイオナイト

337、フェリシエンはもう詰んでるじゃない

しおりを挟む
 
「ありゃあ。揉めてますねえ」
 護衛についているギネスが目を丸くしている。

(サイラスの預言通り。ところで、あのエルフ像を撃ちますの?)
 
 危なくない? みなさんびっくりしない?

 と思いつつ、フィロシュネーは筒杖の先をエルフ像に向けた。

「全員、ちょっとお静かにお願いできますか? あれを撃たないといけないみたいなのですけど……撃ってもよいと思います……?」
「お、お客様っっ!? なにをなさっておいでで!?」

(あっ、早かったかもしれませんわ。先に店主さんが倒れるのでした。エルフ像を撃つのは、その後でしたわ!)

 魔法植物園にいる人たちの視線が集まっている。
 
 サイラスの預言には順番があった。
 最初にフェリシエンを庇う。そのあと店主が倒れるので、エルフ像を撃つ――
 
(ところでサイラス、「庇う」ってどうやって?)
 
 フィロシュネーは問題に気付いた。

(さっき『まどろみの森』の植物が以前の窃盗を証言しているって言ってませんでした? フェリシエンはもう詰んでるじゃない……いいえ。そうでもないわ)

「ええと、そこの呪術伯さんが、以前ドワーフに変身した『悪い呪術師』ですって?」
「そうだ」

 ヴァイロンという名前のエルフが噛みつくように答えてくる。
 フィロシュネーは事件を思い出した。

 フィロシュネーは知っている――シューエンが差し入れてくれた知識神の聖印で知ったから。
 
 『まどろみの森』で窃盗をしたドワーフは、フェリシエンが変身していたのだ。
 
 そのあと紅都でドワーフのゴルムが疑われていたときに変身して「もうひとりいる!? 呪術師が化けているぞ!」と騒ぎを起こしたのは、ダーウッドだ。
 
 太陽の法廷ではダーウッドが疑われ、サイラスとハルシオンが協力して「真犯人を見つけましたが?」と移ろいの術を使うところを見せて、解決した……という事件だった。
 
「その事件は、ずっと前に終わったお話じゃないですの。しかも当時、フェリシエン・ブラックタロンの名前は法廷で出てくることすらありませんでしたわ」
 
 フィロシュネーはダーウッドが裁かれてほしくないし、ハルシオンもフェリシエンを重用している。 
 空国と青国にとって不都合なので、フィロシュネーとハルシオンはその真相がわかる『知識神の聖印』を秘匿している。
 サイラスが「庇え」というまでもなく、フィロシュネーは真実を闇に葬るつもり満々なのだ。
 
「ヴァイロンさん、というお名前でしたかしら」

 名前を呼んでみせると、ヴァイロンは驚いた顔をした。

「な、名前を知って……?」
「以前もお会いしたじゃない」
「お、覚えているというのか」

 エルフの長い耳の先が赤くなっている。

(もしかして嬉しいの?)
 
「もちろん、覚えていますわ。わたくし、エルフを見たのはあなたたちがはじめてだったのです。美しい種族だなと思って、印象に残っておりましたの」
 
 にっこりと微笑んでみせると、ヴァイロンは明らかに動揺した。表情筋がぐにゃっと歪んで、目元が赤くなり。

「と、当然だ。われわれは美しい種族であり、人間とは違うのだ。まあ、暗黒郷の亜人王族の美しさは認めてもいいが……よ、余計なことを言ったな。何を言っているのだ私は、こほん、こほん」
 
 これ怒ってるみたいにも見えるけど、たぶん照れてるのね。
 
「まあ。褒めてくださってありがとうございます、ヴァイロンさん」

 ヴァイロンはもごもごと何かを言って、イシルディンの後ろに隠れるように下がってしまった。
 
「彼は、人間とあまり親しくした経験がないのです」

 イシルディンは面白そうに言って、代わりにエルフ側の主張を教えてくれた。

「先日、空国の呪術伯がまどろみの森を訪ねてきたのです。そのときに、森の植物が教えてくれたのですよ」

 なるほど、犯人が現場に戻ってしまって墓穴を掘ったのね。
 フェリシエンって、意外と迂闊? フィロシュネーはふむふむと頷き、フェリシエンを見た。

 深い緑に血のような赤い瞳をしたフェリシエンは、以前よりちょっと健康的な雰囲気だ。
 目付きや表情は相変わらず陰鬱な感じだけど。

「フェリシエンの言い分は……?」
「ふん。植物に人間の区別がまともにつくのだろうか。吾輩を嫌う者は多いゆえ、これは空王陛下に寵愛される吾輩をやっかむ輩の罠であろう」
「な、なるほど」

 あまり説得力のない言い訳だ。
 呪術の腕がすごいと評判だし、有能なイメージがあったけど、意外と自己弁護は駄目そう。フィロシュネーはこっそりとフェリシエンへの評価を下げつつ、擁護を考えた。
 
「たしかに、わたくしも空国にいるときに『ブラックタロンを許すな』という声をたくさん聞きましたわ。まどろみの森には……ハルシオン様からの勅命でお出かけなさったのよね?」
「礼儀正しく訪問し、取引を願ったのだ」
「ふーむ」

 外交官に任せればよかったのに……とつっこみを胸に隠しつつ、フィロシュネーは「勅命ということで張り切ってお仕事しようとなさったのね」という解釈にしておいた。
 この男がそんな微笑ましい人物なのかはわからないが。

「店主さん。ギネスさん。エルフ族が植物とお話できるというのは、紅国では一般的に知られているようですわね?」
 
 視線を二者に向けると、両者はともに「そのとおり」と肯定してくれた。

「エルフの植物とお話できる能力は、自然神ナチュラの加護に似ていると言われていますわ。青国と空国でも、紅国の神々の加護のお話は広まっています。呪術伯もご存じではないかしら」

「把握している」

「それなら、もし呪術伯が犯人でしたら、外交官に任せて自分はまどろみの森には近づきませんわよね。バレてしまう、と想像がつきますもの。つまり、堂々とまどろみの森に近付いたことこそ、呪術伯が潔白だという証拠なのですわ」

 ちょっと無理やりかしら――と考えながら言い切ると、イシルディンは意外と納得してくれる様子だった。
   
「まどろみの森は人間があまり訪れない場所ですから、人間の区別がつかない可能性は、たしかにあります」

「実はわたくしも、自然神ナチュラの加護を持っています。植物の声が聞けますの。今度、まどろみの森の植物さんとお話してみたいですわ」

 フィロシュネーは、安心してそう締めくくった。

 これで、フェリシエンは「庇った」と言えるだろうか。
 
(なら、次は店主さんが倒れるのね? ……た、倒れる前に助けちゃだめなのかしら。もう撃っちゃう?)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

幼馴染がそんなに良いなら、婚約解消いたしましょうか?

ルイス
恋愛
「アーチェ、君は明るいのは良いんだけれど、お淑やかさが足りないと思うんだ。貴族令嬢であれば、もっと気品を持ってだね。例えば、ニーナのような……」 「はあ……なるほどね」 伯爵令嬢のアーチェと伯爵令息のウォーレスは幼馴染であり婚約関係でもあった。 彼らにはもう一人、ニーナという幼馴染が居た。 アーチェはウォーレスが性格面でニーナと比べ過ぎることに辟易し、婚約解消を申し出る。 ウォーレスも納得し、婚約解消は無事に成立したはずだったが……。 ウォーレスはニーナのことを大切にしながらも、アーチェのことも忘れられないと言って来る始末だった……。

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

処理中です...