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5、鬼謀のアイオナイト
337、フェリシエンはもう詰んでるじゃない
しおりを挟む「ありゃあ。揉めてますねえ」
護衛についているギネスが目を丸くしている。
(サイラスの預言通り。ところで、あのエルフ像を撃ちますの?)
危なくない? みなさんびっくりしない?
と思いつつ、フィロシュネーは筒杖の先をエルフ像に向けた。
「全員、ちょっとお静かにお願いできますか? あれを撃たないといけないみたいなのですけど……撃ってもよいと思います……?」
「お、お客様っっ!? なにをなさっておいでで!?」
(あっ、早かったかもしれませんわ。先に店主さんが倒れるのでした。エルフ像を撃つのは、その後でしたわ!)
魔法植物園にいる人たちの視線が集まっている。
サイラスの預言には順番があった。
最初にフェリシエンを庇う。そのあと店主が倒れるので、エルフ像を撃つ――
(ところでサイラス、「庇う」ってどうやって?)
フィロシュネーは問題に気付いた。
(さっき『まどろみの森』の植物が以前の窃盗を証言しているって言ってませんでした? フェリシエンはもう詰んでるじゃない……いいえ。そうでもないわ)
「ええと、そこの呪術伯さんが、以前ドワーフに変身した『悪い呪術師』ですって?」
「そうだ」
ヴァイロンという名前のエルフが噛みつくように答えてくる。
フィロシュネーは事件を思い出した。
フィロシュネーは知っている――シューエンが差し入れてくれた知識神の聖印で知ったから。
『まどろみの森』で窃盗をしたドワーフは、フェリシエンが変身していたのだ。
そのあと紅都でドワーフのゴルムが疑われていたときに変身して「もうひとりいる!? 呪術師が化けているぞ!」と騒ぎを起こしたのは、ダーウッドだ。
太陽の法廷ではダーウッドが疑われ、サイラスとハルシオンが協力して「真犯人を見つけましたが?」と移ろいの術を使うところを見せて、解決した……という事件だった。
「その事件は、ずっと前に終わったお話じゃないですの。しかも当時、フェリシエン・ブラックタロンの名前は法廷で出てくることすらありませんでしたわ」
フィロシュネーはダーウッドが裁かれてほしくないし、ハルシオンもフェリシエンを重用している。
空国と青国にとって不都合なので、フィロシュネーとハルシオンはその真相がわかる『知識神の聖印』を秘匿している。
サイラスが「庇え」というまでもなく、フィロシュネーは真実を闇に葬るつもり満々なのだ。
「ヴァイロンさん、というお名前でしたかしら」
名前を呼んでみせると、ヴァイロンは驚いた顔をした。
「な、名前を知って……?」
「以前もお会いしたじゃない」
「お、覚えているというのか」
エルフの長い耳の先が赤くなっている。
(もしかして嬉しいの?)
「もちろん、覚えていますわ。わたくし、エルフを見たのはあなたたちがはじめてだったのです。美しい種族だなと思って、印象に残っておりましたの」
にっこりと微笑んでみせると、ヴァイロンは明らかに動揺した。表情筋がぐにゃっと歪んで、目元が赤くなり。
「と、当然だ。われわれは美しい種族であり、人間とは違うのだ。まあ、暗黒郷の亜人王族の美しさは認めてもいいが……よ、余計なことを言ったな。何を言っているのだ私は、こほん、こほん」
これ怒ってるみたいにも見えるけど、たぶん照れてるのね。
「まあ。褒めてくださってありがとうございます、ヴァイロンさん」
ヴァイロンはもごもごと何かを言って、イシルディンの後ろに隠れるように下がってしまった。
「彼は、人間とあまり親しくした経験がないのです」
イシルディンは面白そうに言って、代わりにエルフ側の主張を教えてくれた。
「先日、空国の呪術伯がまどろみの森を訪ねてきたのです。そのときに、森の植物が教えてくれたのですよ」
なるほど、犯人が現場に戻ってしまって墓穴を掘ったのね。
フェリシエンって、意外と迂闊? フィロシュネーはふむふむと頷き、フェリシエンを見た。
深い緑に血のような赤い瞳をしたフェリシエンは、以前よりちょっと健康的な雰囲気だ。
目付きや表情は相変わらず陰鬱な感じだけど。
「フェリシエンの言い分は……?」
「ふん。植物に人間の区別がまともにつくのだろうか。吾輩を嫌う者は多いゆえ、これは空王陛下に寵愛される吾輩をやっかむ輩の罠であろう」
「な、なるほど」
あまり説得力のない言い訳だ。
呪術の腕がすごいと評判だし、有能なイメージがあったけど、意外と自己弁護は駄目そう。フィロシュネーはこっそりとフェリシエンへの評価を下げつつ、擁護を考えた。
「たしかに、わたくしも空国にいるときに『ブラックタロンを許すな』という声をたくさん聞きましたわ。まどろみの森には……ハルシオン様からの勅命でお出かけなさったのよね?」
「礼儀正しく訪問し、取引を願ったのだ」
「ふーむ」
外交官に任せればよかったのに……とつっこみを胸に隠しつつ、フィロシュネーは「勅命ということで張り切ってお仕事しようとなさったのね」という解釈にしておいた。
この男がそんな微笑ましい人物なのかはわからないが。
「店主さん。ギネスさん。エルフ族が植物とお話できるというのは、紅国では一般的に知られているようですわね?」
視線を二者に向けると、両者はともに「そのとおり」と肯定してくれた。
「エルフの植物とお話できる能力は、自然神ナチュラの加護に似ていると言われていますわ。青国と空国でも、紅国の神々の加護のお話は広まっています。呪術伯もご存じではないかしら」
「把握している」
「それなら、もし呪術伯が犯人でしたら、外交官に任せて自分はまどろみの森には近づきませんわよね。バレてしまう、と想像がつきますもの。つまり、堂々とまどろみの森に近付いたことこそ、呪術伯が潔白だという証拠なのですわ」
ちょっと無理やりかしら――と考えながら言い切ると、イシルディンは意外と納得してくれる様子だった。
「まどろみの森は人間があまり訪れない場所ですから、人間の区別がつかない可能性は、たしかにあります」
「実はわたくしも、自然神ナチュラの加護を持っています。植物の声が聞けますの。今度、まどろみの森の植物さんとお話してみたいですわ」
フィロシュネーは、安心してそう締めくくった。
これで、フェリシエンは「庇った」と言えるだろうか。
(なら、次は店主さんが倒れるのね? ……た、倒れる前に助けちゃだめなのかしら。もう撃っちゃう?)
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