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5、鬼謀のアイオナイト

333、彼女は友人の娘なのです。友人とは喧嘩別れをしましたが

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 夜が明けて目が覚めると、窓の外で鳥の騒ぐ声がする。

「ピーーー! ピーーーッ!」

 あまり爽やかな感じではなくて、どっちかというとお祭り騒ぎだ。けたたましい。

「な、何事……」
 
 そっと窓に寄ってカーテンの隙間から覗いてみると、ナチュラの巣にいろいろな鳥が訪れていた。

「ぴぴぴっ」
「ちーちちちち♪」
  
 黄色い鳥、茶色の鳥、白い鳥、大きかったり小さかったり、さまざまの鳥。
 それらが羽をバサバサ広げたり、果実をどこかから持ってきて巣に置いたり、巣に入ったり、入った鳥を追い出したり、と、お祭り騒ぎになっている。

「おおー、レディ。ごきげんよう。この鳥たちがわしのつがいになりたいと言い寄ってきているのです。いやはや、モテて困ります」

 ――なんと、ナチュラさんがモテている!

「おはようございます、ナチュラさん……も、モテてなによりですわ」
「これはサービス精神を発揮して、ちょっと卵を産んだりしてみせるべきですかな、はっはっは」

「産めますの……?」

 疑問を残しつつ、フィロシュネーは朝食の席に向かった。家の主である婚約者のサイラスはすでに待っていて、新聞を読んでいた。

「おはようございます。昨夜はゆっくり休めましたか」

 フィロシュネーに気付いて新聞をおいたサイラスは、「後ろ暗いことはなにもない」という爽やかな笑顔を浮かべた。
 けれど、フィロシュネーは新聞の見出しに「神師伯に対する不適切な記事を掲載した謝罪」と書いてあるのに気付いてしまっていた。
 
「おはようございます。『昨夜はゆっくり休めましたか』は、夜間に外出なさっていたあなたに問いたい気もしますけど、わたくしはぐっすり休めましたわ」
「それはなにより。俺もゆっくり睡眠を摂りましたよ」
 
 サイラスは爽やかな笑顔を浮かべ、新聞を仕舞って朝食のメニューを紹介してくれた。
 
 赤いソースやエルダーフラワーで華やかに彩られた鶏肉や新鮮な緑黄野菜のサラダ、オレンジやベリー系のジャムを用意したタルティーヌ薄切りのパンに、デザートは見た目も愛らしい深紅のグラスゼリー……。
 
「今朝は料理長の創作料理です。テーマはフェニックスだそうで」
「ナチュラさんね。……待って、ナチュラさんだと思ったら食べにくいわ」
「美味しいので、ご遠慮なく」
 
 確かに、味はどれも素晴らしい。
 朝から幸せ気分になりつつ、フィロシュネーはちらちらとサイラスの様子を窺った。

 洗練された作法で食事を進めるサイラスは、生まれながらの王侯貴族みたいな風格がある。
 なんだか、完成された絵画を見ているような気分。食事をしているだけで絵になる――見惚れてしまいそうになる雰囲気があった。
 
 だから。
「姫は、アルメイダ侯爵夫人についてどう思われますか」
 静かな問いかけに、フィロシュネーは一瞬、なにを言われているのかわからなかった。

「えっ。アルメイダ侯爵夫人?」

 カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、フィロシュネーにとって敵対関係にあるといっていい相手。青王クラストスになりすましていたオルーサのつくった組織、《輝きのネクロシス》の幹部だ。
 
 彼女の罪は明らかになっていて、フィロシュネーは女王派に証拠となる『知識神の聖印』を送って支援した。
 内乱の決着が着いたのなら、処刑されていてもおかしくないだけの罪がある。
 
 ……なのに、フィロシュネーが知っている限り、カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は投獄されずに屋敷にいる。
 
 アルメイダ侯爵は夫人ともども蟄居ちっきょを命じられて、領地の三分の二を没収されているが、それ以上の処分はまだ下される気配がない。
 幼い王弟殿下を担ぎ上げて内乱を起こしたにしては、ぬるい処罰だ。
 カサンドラが紅国で宿敵とみなされている『悪の呪術師』の一味だと判明しているのに、捕縛されないのもおかしい。
 
 新聞にサイラスが『悪行が話題のアルメイダ夫人とのあやしい関係 ~彼が敵対派閥の人妻を庇う理由とは』という記事を書かれていたのが、とても気になる。
 
「か……庇っているという記事は、気になりますわね。庇っていますの?」

 本人に直接教えてもらえるなら、話が早い。
 フィロシュネーは食後のプティフール小さなお菓子をいただき、返事を待った。

「庇っています」

 ストレートな返事だ。誤解のしようもない。

「そ、そうですの」
「あやしい関係ではありませんよ」

 サイラスは念を押すように言ってから、遠くを見つめるような眼を見せた。

「彼女は友人の娘なのです。友人とは喧嘩別れをしましたが」

「……えっ」

 フィロシュネーは耳を疑った。
 カサンドラ・アルメイダ侯爵夫人は、グレイ男爵の祖先とも縁のある不老症の呪術師だ。

「俺も、まったく罪を犯したことのない潔癖な人間というわけではありません」

 それは知っている。
 フィロシュネーは、彼の過去を見たことがあるから。

「貴族たちや国家の重鎮も、あまり好きではありません。人間社会のルールで杓子定規に裁くのは、好みません。多数決もくだらないですね」
 
「ね、ねえ。あなた……なんか、貴族や国家どころか人間社会を見下すようなことをおっしゃっていません? だいじょうぶ?」

 使用人が食後の紅茶をカップに注いでくれる。
 会話を聞いていませんよ、自分は空気ですよ、という顔だ。よく教育の行き届いた、安心できる雰囲気だ。
 
 ほわっと感じるかぐわしい紅茶の匂いは気持ちを落ち着かせてくれるけれど、サイラスは心配になるような眼をしていた。
 ずっと、ここにいない誰かを見ているよう。
 何百年、何千年と生きているみたい。

(わたくし、こんな雰囲気をよく知っている気がする)

 ――ハルシオンだ。
 カントループの自我と自分の自我がまざっていたときのハルシオンに、似ている。 
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