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幕間のお話6「死の神コルテと人形のお姫さま」

321、これねえ、おばちゃんの部族の民が拾ってきたのよ

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「こいつめ、邪悪な男め」
 と、手袋がぽんぽん飛んでくる。
 
 投げているのはもちろん、ヴィニュエスだ。
 誰も止めない、助けてくれない。
 
(ヴィニュエスは何個手袋を持ってきているんだ……)
 コルテはうんざりした。
 
「コルテが行くならわしも行くわい」
「決闘はどうした、決闘は」

 他のメンバーたちまでワイワイと口を挟んでくる。

(部族長たちは思慮深くて偉い人達だと思っていたのだが、なんだこれは)

「俺は、自分以外の人間がいない世界でつらい思いをしているだろう『生存者』に接触するのはいいことだと思っただけです。絶望に打ちひしがれているでしょうから」

 コルテはそう主張した。だが、部族長たちは。

「不干渉だ。存在を気取られぬように結界を引いて、相手の寿命が尽きるまで気付かれないようにしよう」
 と方針を決めてしまった。

 ……相手を放置して、死ぬのを待とうというのだ。

(人道的ではないのでは?) 

 コルテはもやもやとした思いを抱えつつ、自分の発言力のなさを残念に思った。
 
 新参者の意見が通らない会議が終わったあと、コルテは自分の部族に戻ろうと会議場から出た。
 愛馬にまたがったタイミングで、アム・ラァレが声をかけてきた。
 
「コルテちゃん。今日はおつかれさま~。おかあさん、はらはらしちゃったわあ」
「あなたは俺の母ではありませんが」
「あ、やだぁ。そうね! おばちゃん、ずうずうしかったわね。ごめんなさい。お詫びといってはなんだけどお土産にクッキーをどうぞ。焼きすぎちゃったの」
「……ありがとうございます」
 
 アム・ラァレは、どうやら好意的だ。誰にでもそうだろう、という感じはあるが。
 
「ああ、それに。これをお守りにあげるわ。なんだかコルテちゃん、幸薄いのだもの。これねえ、おばちゃんの部族の民が拾ってきたのよ」
  
 アム・ラァレは小さな宝石を持たせてくれた。なにやら魔力がすさまじく濃厚に感じられる宝石だ。
 色は、黒に近い青だった。
 故郷世界で「アイオナイト」と呼ばれていた石に似ているかもしれない。

「宝石ですか」
「この石、すごいのよ。魔力を大地から引き出して使ったりできるし、この石に願ったことが叶ったりするの」
「……なんですか、それ。大丈夫ですか」
 
 故郷にはそんな石はなかった。異世界とは、未知でいっぱいだ。
 
「困ったときに使うのよ」
「ありがとうございます」
  
 全員に敵対されているわけではないことに安堵して、コルテは部族に戻った。

「おかえりなさいませ。もっとゆっくりなさってもよかったですのに」

 部族は部族で、コルテを悪人だと思っているので、居心地が悪い。
 
 お前が行け、いやお前が、と押し付け合った果てにコルテを出迎えてくれたのは、金髪に緑色の瞳をした青年だった。

 名前は、エルミンディル。
 コルテとは対照的に、挙動に愛嬌があって憎めない、誰もが微笑ましく好意的になってしまうような青年だった。
  
「コルテ様のおかえりを、お、お、およろこび」
「ありがとうございます。ところでエルミンディル、俺は急ぎの用事があるので、南に出かけます」
「へぅ」
  
 とても気の抜ける返事をして、エルミンディルはあわあわと馬を連れてきた。

「留守をよしなに、という意味でしたが」 
 
 エルミンディルは、「そうでしたか!」と言いつつ付いてきた。

「エルミンディル、留守を任せたいのですが」
「はっ、遅れは取りませんゆえ、存分にお駆けください。交代のための馬も何頭か連れてまいりました」

 実はあまり話を聞いていないのかもしれない。
  
 周囲を見ると、「留守はお任せください!」という声が別の民から寄せられる。言うだけ言って逃げて行ったが。

「……まあ、いいでしょう」  
 
 時間が惜しいコルテは、お供のエルミンディルとともに南の土地へと向かったのだった。

 * * *

 エルミンディルは、善良だが、迂闊うかつなところがある。あと、不運だ。
 
「この先の道を偵察してまいりますっ、ほーら、すすめー」
 と、張り切って自分がまたがった馬を前に進めたあとは、だいたい悲鳴があがる。
 
「ひひーん!」
「うわああっ」

 コルテがあわてて見に行くと、獣道すらない林の茂みにつっこんでいたり、なぜか落馬していたり、魔獣に襲われそうになっていたり、道端で見かけた珍しい植物を試しに食べて腹をこわして苦しんでいたり。
 
 コルテはその都度、手を差し伸べ、エルミンディルを助けた。
 
「コルテ様。失礼しました。次は失敗いたしません」

 と言って意気揚々と馬を走らせ、「ぎゃあああああ」と悲鳴をあげるまでがお約束。
 これはもうひとりで偵察に行かせてはいけない――コルテは結論を出して偵察をやめさせた。

「うっ、うっ、申し訳ございません。この世界は、危険が多すぎます」
「……そうですね。故郷の世界よりも魔力が濃い大地ですから、動植物も生命力と魔法力が強いようです」

 しょんぼりとするエルミンディルを慰めつつ南へと移動すると、景色が南方らしさのある豊かな自然風景に変わっていく。

 まず、森があった。
 
 翠深い森が風にそよぎ、カラフルな花々を揺らす。
 高い木々の間からは陽光が差し込み、地面にはキラキラとした露が輝いている。
 
 森全体でひとつの生き物みたいな印象の、生命力にあふれた森だった。
 魔獣がとてもたくさんいた。肉は美味しかった。
 
 森を抜けると、広大な草原が広がっていた。
 
 遠くには蒼い山脈がそびえ立ち、冒険心をくすぐられた。

 南風が心地よく吹き抜けていく。
 花々の香りや樹木の芳香は疲れた心を癒してくれた。

 草むらをかき分ける風がさらさらと音を立てている。
 
 音に誘われるように南へ進むと、最初の墓が見えてきた。

「事前に聞いていた『墓』ですね」
「はえー、この世界、人がいたんですね」

 遠目には灰色の岩のように見えたその墓を通過すると、すこしずつ墓の密度が高くなっていく。そして、遠景に立派な城が見えてきたのだ。

 空には鮮やかな青色の鳥が舞っていた。

「ぴぃ、ぴぃ、ちちち……♪」
  
 美しい鳴き声が風にのって耳に心地よく響く中、二頭の馬が脚を止めた。
 進めと命じても、この先には進みたくない、と嫌がる。
 そんな馬を宥めているうちに、コルテ自身も「なんとなく帰りたい」という気分になってきた。

「うん……? これは、おかしいですね」
 
 そこで気づいたのだが、魔法の気配が自分たちを包んでいた。

「結界がありますね。共有された情報にはありませんでしたが……エルミンディル?」
「今までご迷惑をおかけしました。帰ります」
「はっ? ……ああ、結界に影響されているのですね」 
 
 エルミンディルが馬の首を返して元来た道を戻ろうとするので、コルテは首根っこを掴んで引き留めた。

「お待ちなさい、エルミンディル。帰ってはなりませんよ」

 この迂闊な青年がひとりで部族の集落まで戻るのは、無理だろう。かと言って、一緒に帰る選択肢はない。

 ……さて、この結界をどうしよう。
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