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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

317、「商業神ルートは、この少年の人生を終わらせない」

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 ルートが救おうとしていた少年、フェリシエンは、冷たくなっている。
 
 もう、息をしていない。
 心臓が動いていない。

 憎まれ口をたたいてルートを困らせたり、イライラさせることもない。

「……え」 

 間に合わなかった。ちょっと前まで、生きていたのに。

「な……治れ……?」 
 
 間に合わなかった? 
 もう結界の外に出たのに?

「治れ……」
「残念ですが」
「あっ」
  
 雇った少年傭兵が無言でルートの背からフェリシエンをおろし、地面に布を敷いて横たえている。

 人が死ぬのに慣れているのがよくわかる落ち着きようで、心の準備はしていましたという顔で。同情的だ。

「……失礼します」 
 
 少年傭兵の手がフェリシエンの顔に触れて、瞼をやさしく閉じる。そして、冥福を祈っている。
 
 ルートはそれを呆然と見ながら、へたりとその場に座り込んだ。

 自分は、間に合わなかったのだ。
 フェリシエンは死んだのだ。

 そんな現実が、重く冷たくのしかかってくる。奈落に落ちていくような気分で、ルートは喘いだ。

「ルート様、おつらいでしょうが、都市まで俺がご遺体を運びます。良家の子息のようですが、葬儀などはどうしますか?」

 少年傭兵は「悲しいでしょうが、このままずっとこうしているわけにはいきません」と大人ぶった声で呼びかけてくる。

「ああ……い、いや」

 「葬儀」という単語がザクリと胸を刺す。
 ルートは恐る恐る手を伸ばし、フェリシエンの指先に触れた。

 少年の指は、冷たく、硬く、生気がまったくない、「物」という印象を感じさせる指だった。

 握り返すことのない指をぎゅっと握って、ルートは目を閉じた。

(君を生かそうと思ったんだ。君は、すごい才能を持っていたんだ)

(君が目的を達成して喜ぶところが見たかったんだ)

 無意識に石に念じたのは、不自然きわまりない願い事だった。
 『正義派』だってしないような石の使い方だった。

「……蘇生する」
 
 神の願いに、石はぶわりと熱を持って光を帯びた。

 そばにいた少年傭兵がぎょっとしている気配を感じたので、ルートは「傭兵を眠らせ、この依頼の間に起きた出来事の記憶を奪う」と念じた。
 
 少年傭兵が眠り込むのを背景に、ルートの願いで光があふれる。

 星の石が鮮やかに光る。奇跡を起こしてくれる光だ。

 なんでも叶えてくれる光だ。希望だ。
 できないことは、なにもない。
 
「商業神ルートは、この少年の人生を終わらせない」
  
 優しい夜明け色の紫の光が咲く。

 希望の象徴みたいな空の水色がルートの全身を包み込む。

「僕は、フェリシエンに名誉を与えるんだ。僕がフェリシエンの望みをかなえるんだ」
  
 深く包容力のある海の青が、フェリシエンを包み込む。

 ああ、よかった。
 少年の体内でぼろぼろになっていた臓器が修復されていくのがわかる。
 心臓が動くのが、わかる。
 
 大地に親しむ緑に近い蒼緑が、やさしく心臓を動かして。
 呼吸が戻って――、

「……さあ、目を開けるんだ、フェリシエン。君の新しい人生がはじまるよ!」

 ルートは泣き笑いの表情で、最後に呼びかけた。

 
 しん、と静まり返った時間が、一秒、二秒、三秒……と、過ぎていく。


「あれ」


 自分の声が、妙に間抜けに響いた。


 手を伸ばして、鼻のあたりに近付ける。呼吸がある。
 首筋に手を当てる。脈動がある。体温がある。
 
 肩をつかむ。

「起きろ、フェリシエン。君の神様がご所望なんだぜ、あとでゆっくり寝かせてあげるから、起きて喜ぶ顔を見せろよ」

 ゆさゆさと肩を揺さぶる。
 ぺちぺちと頬を叩いて、石に「起こせ」と命じてみる。

 そこで、ルートは気づいた。

「……魂がない」

 フェリシエンの魂は、肉体を離れていた。
 
 肉体は蘇生できたのに、空っぽだ。
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