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幕間のお話5「商業神ルートとフェリシエン」

311、この少年は天才だが、放っておくと死んでしまう

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 深い緑色の髪をした少年は、短杖ワンドを手にルートをにらんだ。殺意すら感じさせる物騒な眼差しだが、手負いの小動物感があって、いたいけだ。

「貴様も盗賊か」
 
 ルートに問いかける少年の顔立ちは、どちらかといえば中性的だ。
 あどけなさが残っていて可愛らしい印象もあるが、神経質そうで陰鬱な印象がまさる。頬もこけていて、顔色も最悪。今にも死にそう。
 
「あ、いや。通りすがりの商人さんだよ」
「あやしい」
「アッ」

 サッと短杖ワンドが向けられる。
 一瞬で、ルートは盗賊たちといっしょに縛り上げられていた。地上人の常人離れした鮮やかなお手並みだ。
 
(へえ! まだ子どもで、しかも死にかけてるってのに)
 思わずルートは口笛を吹いた。
(すごいじゃないか! 少年!)

「盗賊に囲まれたときにそれをやれよ!」 
「剣を見たとき、首を落とされて一瞬で絶命するのも悪くないかと気の迷いを起こしたんだ」
「なるほど、あるある。わかるよ」 
  
 と、のんきにしていると、手に持っていた星の石がコロッと転がる。それに気付いて、ルートは冷静に戻った。

(あ、いけない)

「なんだこの魔宝石は。ずいぶん強い魔力を感じるが」

 少年は、ひょいっと魔宝石を拾って「不快な思いをした詫びに、これはもらっていこう」と言った。
 
「あ~、そ、その石はだめだよっ」

 ルートは慌てて、魔法を使って自由を取り戻した。
 石を使わなくても、それなりに魔法は使えるのだ。この世界ほどではないが、元いた故郷世界にも魔法技術はあった。
 
 この世界にたどり着いた船人たちは原住民のつくった『体内魔力を向上させて体質を超人的に変える』果実を食べて、さらに星の石を使って現在の『神々』になったのだ。
 石がなくても、全員がそのへんの地上人には負けない魔法の腕はある。

 魔法や呪術というのは、すべての人間が使えるわけではない。使えない者や初級者にとっては、奇跡に等しい現象である。
 
 たとえば指先に火をポッと灯したとか、部屋をパッと明るくしたとか、他の術者の火を消したとか、それぞれ難易度というものがあるのだが、ある程度その道に精通していないと実力の差はわからない。
 
 わかる者にとっては「火をつけた者よりその火を消した者の方が強い」みたいに判断できることでも、わからない者にとっては、全部ひとしく「よくわからないがすごい」で終わる。
 
 さて、目の前の少年はルートの魔法の実力がわかるタイプの人間だった。これだけ自分が術を使えるのだ、さもありなん――少年は目を見開いた。
 
「わ、吾輩の呪術が簡単に破られたっ?」
「なにをびっくりしているんだ。びっくりなのは、こっちだぜ」

 ルートは石の表面を指でこすりながら心を落ち着かせた。
 
(すごくないか? この子。てっきりそのまま死ぬと思っていたのに。瀕死の状態から自力で回復しちゃう人間がいる? 呪術を使ったぜ)

 そんな瀕死の病人がいる?
 ……いるんだ、目の前に!
 ……この少年は、普通ではない!
 
 石を取り返して、ルートは好奇心に満ちた声で少年に話しかけた。

「あのさあ。僕は君を助けたんだぜ。あの盗賊たちを眠らせたのは、なにを隠そうこのルート様なんだ。感謝してもらおうじゃないか」

 少年は「なぜ盗賊が眠ったのか」と疑問を抱いていたらしい。
 なにより、ルートの魔法の実力がわかるらしい。
 そのため、目の前で自分の呪術を破ってみせたばかりのルートの言葉を信じたのだ。
 
「そうだったのか。感謝する。あいつらに殺されるのは癪だと思っていたところだったので」

 意外にも、少年は殊勝に感謝してくれる。

「吾輩はフェリシエン・ブラックタロン。この手紙を実家に届ければ、謝礼金がもらえるので、受け取れ」

 さらさらと紙に事情を書いて、謝礼金の手配までしてくれる。ちょっと偉そうだが、お礼をしてくれるとは。

い子じゃないか~」

 ルートは相好を崩した。

「病気の体でどこへいくんだい。ブラックタロン家は、空国の呪術の名家だろ。病気のお坊ちゃんがお供もなしで、どこへいくんだい。また襲われちゃうぜ」
「……レクシオ山へ」 
 
 この少年は、意思が強い。
 平然と歩いているが、病気にむしばまれた体は通常の人間は歩いたりできない状態なのがルートにはわかった。

 先ほど瀕死の状態で動いてみせたように、気力で歩いているのだ。今は、呪術も使っている様子ではある。

(この子は、すごい)

 ルートは健気で才能あふれる少年にすっかり魅了された。
 
 使うのが当然、といった自然な所作でなにかにつけて行使する呪術の腕は上等で「その年齢でこんなに呪術の腕が立つなんて将来はどれほど化けるのか」というゾクゾクとした思いが湧く。

(て……天才だ) 
 
 ルートには少年の才能がピカピカと光輝いて見えた。
 
(でも、もうすぐ死んじゃう。この子に「将来」はない! わあ、わあ、うわあ)
 
 好奇心。同情心。
 葛藤――
 
「君、すごいね。君みたいな子は初めてみた」
「よく言われる」
「でも、重病だよね。ふつう、そんな病状で旅はしないだろ」
「ふつうではないので」
「ああ、うん。君、ふつうではないね」
  
 ルートはどきどきした。
 すっかり目の前の特異な存在に心を奪われた。

 もうすぐ死んでしまう、「とても珍しい生き物」がいる。
 そう思うと、少年から目を離せなくなった。
 
「君、その病状だと、街道を歩いてるだけで力尽きて死ぬぜ」
「そうかもしれない。だが、歩かないと目的地にはつかない」
「呼吸するだけでもつらいだろ? 歩ける体調じゃないだろ? 痛いだろ? 苦しいだろ?」
「気合でなんとかなる」
「気合でなんとかなるのかぁ……」
 
 この生き物は、なんだろう。
 知ることができるのは、あと少しだけ。
 そのあとはこの生き物は死んで、世界に知られず、最初からいなかったみたいに存在が埋もれていく。

 そう思うと、ルートは目の前の少年が愛しく思えてきた。
 
 「その病気を治すことはしないが、その余生を見届けてやるのも悪くないのではないか」と思った。

 なにより――少年が向かう先、レクシオ山には、喧嘩別れしたナチュラが住んでいる疑惑がある。

 ルートはちょうどナチュラを探していて、レクシオ山に会いに行くところだったのだ。
  
(ナチュラ。どうせ数か月も生きていられないよ、この少年。寿命を延ばしたりはしないから、旅についていって穏やかに死ねるように守ってあげるくらいの気紛れ、許してよ)
 
 ナチュラは許してくれないんだろうな――と考えながら、真っ白な友人に想いを馳せる。
 
『世界が滅びるときに別の世界に逃げて種族を存続させる人類は自然か? 他の世界出身の人類はこの世界にとって自然な存在か?』
 記憶の中の友人は、めんどくさいことを問いかけてくる。
 
(不自然ならどうするというのだ? 僕たちは滅べばよかったのか?) 

 ルートは滅びた故郷を思い出しながら、ちょっとだけこの世界の自然な日差しを眩しいと思った。
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