304 / 384
4、奪還のベリル
298、さあ、ここにいる全員を騙すわよ
しおりを挟む
冬の到来を感じる日。
白い雪がふわふわと降る朝。
フィロシュネーは青国の王城のバルコニーで、兄アーサーと並んでいた。
二人が見つめるバルコニー前の広場には、青国の民が集まっている。
(さあ、ここにいる全員を騙すわよ。お兄様を王様にするために!)
「国の行く末を左右する重大発表がされるに違いない」と緊張気味な群衆へと、フィロシュネーは知識神トールの奇跡、『知識の共振』について語った。
「知識神トールは、加護を与えてくださいました。これから、わたくしの記憶をお見せします」
『知識の共振』は、他人に自分の知識を共有できる。
情報を飲みこませてから、フィロシュネーは月神ルエトリーの聖印魔導具を使った。
「万物は移ろうものにて、見る角度でいろいろな顔をみせるもの」
小さな声で聖句を唱えて発動させるのは、『月舟の影』という幻を魅せる魔法だ。
群衆は、フィロシュネーが記憶を共有してくれたのだと思い込みながら、でっちあげの幻影劇を見た。
「見える。これは、フィロシュネー様のご記憶の映像か」
「前に、神鳥様の奇跡を見たことがあるぞ。あのときもこんな感じだった」
群衆が見たのは、虚空に映し出された映像だ。
真っ暗な王城のバルコニーに、フィロシュネーがいる。
『お兄様の生存が絶望的だとみんなが言うの。でも、わたくしは信じたい。兄が生きているのだと……』
行方不明になった兄王アーサーを心配し涙を流すフィロシュネーは、夜空にかがやく二つの月へと両腕を差し出した。
『わたくし、紅国の神々について学んだ際に知りました』
幻影劇の中のフィロシュネーが、月に言葉を捧げる。
『悪しき呪術師が自然神を冒涜し、知識神を民から遠ざけた。太陽神と天空神が怒り、死の神が冷笑する中、月神と愛の女神は哀れにおもい、慈悲を捧げている。しかし、慈悲をいただく民は無知で、感謝の心も持たない』
それは、紅国の本に書いてあったこと。
以前、学友たちと紅国に向かう馬車の中で「わたくしたちは、あちらの国では面白おかしく語り継がれてきたらしいですわよ」と語り合ったことだ。
『月神様、女神様。わたくし、これまでの無礼をお詫びしますわーっ。慈悲に感謝しますの~っ。どうか、わたくしたちの神を――青王を、お助け下さいぃ~!』
幻影劇はフィロシュネーの想像力でつくられている。
そのせいか、かなり芝居調で嘘っぽい。
でも、今のところ群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
よしよし、しめしめだ。
情熱的にセリフを言ったあとは、なんと月神ヴィニュエスを名乗る美女と月神ルエトリーがあらわれる。
どんな姿をしているのかは知らないので、すべてフィロシュネーの想像だ。とりあえず、神々しいきらきらした感じの美女にしておいた。
『オー、健気な王妹フィロシュネーに、真実を教えましょう。信じる者は救われマース。加護を授けましょう』
月神はあやしい口調だが、群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
よしよし、しめしめ。
『お聞きナサーイ。神々の仲間入りをする青王アーサーは、今、立派な神として成長するための試練に挑んでいるのデース。王妹よ、青王不在中の国を代理王として支え、試練を終えたアーサーを迎えにいくのデース』
『月神様、そのお話はほんとうですの~? わたくしのお兄様は、ご無事なのですね~?』
『王妹フィロシュネー、そなたが役目を全うしやすいように、預言者が後日、預言をするでしょう』
作り話全開だが、群衆の反応は良好だった。
「おおおおおおおっ」
「女神様だ‼︎」
「自分たちは、今、すごいものを見ている!」
と、おおいに盛り上がっている。実はモンテローザ派のサクラが率先して声をあげて扇動していたりする。
(ふう。よかったですわ。でも、なんでも信じてしまって我が国の方々が心配になりますわね……騙してしまった罪悪感みたいなのも……)
これは兄のためだから。
紅国や空国のように派閥同士が揉めたり、内乱に発展したりするのを防ぐためだから。
と、言い訳しつつ、ぼろが出る前に幻影劇を消して、フィロシュネーは奇跡を畳みかけた。
「みなさまご存じのとおり、わたくしは、月神以外にも加護をいただいています。それは、彼らに認められた神の一柱であるお兄様、青王アーサー陛下をお助けするためなのですわ!」
愛の女神アム・ラァレの魔導具で『赤い魅了』、太陽神の魔導具で『太陽の炎』を順に使って、フィロシュネーはアーサーをバルコニーに残してサッと退場した。
歓声が湧いている。
外では、アーサーが演説をしている。
「アーサーである。見ての通り、俺は健在だ。今まで国を不在にし、みなに心配をかけたことを詫びる。すまなかった」
兄の声は、魔法で拡声されている。
ひとことごとに区切り、群衆の歓声を受けている。
フィロシュネーはその声を聞きながら、侍女ジーナに手伝ってもらってドレスを脱ぎ、ローブに着替えた。
『俺は試練を受け、神となった。不在中に自分の無事を祈ってくれた民の心は試練を受けている最中に感じられていた。俺は嬉しかった。苦しいとき、つらいときにどれほど卿らの声に励まされたことだろう……』
髪を三つ編みに結んでもらっているときに、歓声が悲鳴に変わる。
『暗殺者だ!』
『きゃあああああっ』
最初の「暗殺者だ!」は、モンテローザ派が群衆にまぎれさせたサクラが言った仕込みである。
ジーナに杖を渡されてしっかりと受け取りながら、フィロシュネーはバルコニーを見た。
白い雪がふわふわと降る朝。
フィロシュネーは青国の王城のバルコニーで、兄アーサーと並んでいた。
二人が見つめるバルコニー前の広場には、青国の民が集まっている。
(さあ、ここにいる全員を騙すわよ。お兄様を王様にするために!)
「国の行く末を左右する重大発表がされるに違いない」と緊張気味な群衆へと、フィロシュネーは知識神トールの奇跡、『知識の共振』について語った。
「知識神トールは、加護を与えてくださいました。これから、わたくしの記憶をお見せします」
『知識の共振』は、他人に自分の知識を共有できる。
情報を飲みこませてから、フィロシュネーは月神ルエトリーの聖印魔導具を使った。
「万物は移ろうものにて、見る角度でいろいろな顔をみせるもの」
小さな声で聖句を唱えて発動させるのは、『月舟の影』という幻を魅せる魔法だ。
群衆は、フィロシュネーが記憶を共有してくれたのだと思い込みながら、でっちあげの幻影劇を見た。
「見える。これは、フィロシュネー様のご記憶の映像か」
「前に、神鳥様の奇跡を見たことがあるぞ。あのときもこんな感じだった」
群衆が見たのは、虚空に映し出された映像だ。
真っ暗な王城のバルコニーに、フィロシュネーがいる。
『お兄様の生存が絶望的だとみんなが言うの。でも、わたくしは信じたい。兄が生きているのだと……』
行方不明になった兄王アーサーを心配し涙を流すフィロシュネーは、夜空にかがやく二つの月へと両腕を差し出した。
『わたくし、紅国の神々について学んだ際に知りました』
幻影劇の中のフィロシュネーが、月に言葉を捧げる。
『悪しき呪術師が自然神を冒涜し、知識神を民から遠ざけた。太陽神と天空神が怒り、死の神が冷笑する中、月神と愛の女神は哀れにおもい、慈悲を捧げている。しかし、慈悲をいただく民は無知で、感謝の心も持たない』
それは、紅国の本に書いてあったこと。
以前、学友たちと紅国に向かう馬車の中で「わたくしたちは、あちらの国では面白おかしく語り継がれてきたらしいですわよ」と語り合ったことだ。
『月神様、女神様。わたくし、これまでの無礼をお詫びしますわーっ。慈悲に感謝しますの~っ。どうか、わたくしたちの神を――青王を、お助け下さいぃ~!』
幻影劇はフィロシュネーの想像力でつくられている。
そのせいか、かなり芝居調で嘘っぽい。
でも、今のところ群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
よしよし、しめしめだ。
情熱的にセリフを言ったあとは、なんと月神ヴィニュエスを名乗る美女と月神ルエトリーがあらわれる。
どんな姿をしているのかは知らないので、すべてフィロシュネーの想像だ。とりあえず、神々しいきらきらした感じの美女にしておいた。
『オー、健気な王妹フィロシュネーに、真実を教えましょう。信じる者は救われマース。加護を授けましょう』
月神はあやしい口調だが、群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
よしよし、しめしめ。
『お聞きナサーイ。神々の仲間入りをする青王アーサーは、今、立派な神として成長するための試練に挑んでいるのデース。王妹よ、青王不在中の国を代理王として支え、試練を終えたアーサーを迎えにいくのデース』
『月神様、そのお話はほんとうですの~? わたくしのお兄様は、ご無事なのですね~?』
『王妹フィロシュネー、そなたが役目を全うしやすいように、預言者が後日、預言をするでしょう』
作り話全開だが、群衆の反応は良好だった。
「おおおおおおおっ」
「女神様だ‼︎」
「自分たちは、今、すごいものを見ている!」
と、おおいに盛り上がっている。実はモンテローザ派のサクラが率先して声をあげて扇動していたりする。
(ふう。よかったですわ。でも、なんでも信じてしまって我が国の方々が心配になりますわね……騙してしまった罪悪感みたいなのも……)
これは兄のためだから。
紅国や空国のように派閥同士が揉めたり、内乱に発展したりするのを防ぐためだから。
と、言い訳しつつ、ぼろが出る前に幻影劇を消して、フィロシュネーは奇跡を畳みかけた。
「みなさまご存じのとおり、わたくしは、月神以外にも加護をいただいています。それは、彼らに認められた神の一柱であるお兄様、青王アーサー陛下をお助けするためなのですわ!」
愛の女神アム・ラァレの魔導具で『赤い魅了』、太陽神の魔導具で『太陽の炎』を順に使って、フィロシュネーはアーサーをバルコニーに残してサッと退場した。
歓声が湧いている。
外では、アーサーが演説をしている。
「アーサーである。見ての通り、俺は健在だ。今まで国を不在にし、みなに心配をかけたことを詫びる。すまなかった」
兄の声は、魔法で拡声されている。
ひとことごとに区切り、群衆の歓声を受けている。
フィロシュネーはその声を聞きながら、侍女ジーナに手伝ってもらってドレスを脱ぎ、ローブに着替えた。
『俺は試練を受け、神となった。不在中に自分の無事を祈ってくれた民の心は試練を受けている最中に感じられていた。俺は嬉しかった。苦しいとき、つらいときにどれほど卿らの声に励まされたことだろう……』
髪を三つ編みに結んでもらっているときに、歓声が悲鳴に変わる。
『暗殺者だ!』
『きゃあああああっ』
最初の「暗殺者だ!」は、モンテローザ派が群衆にまぎれさせたサクラが言った仕込みである。
ジーナに杖を渡されてしっかりと受け取りながら、フィロシュネーはバルコニーを見た。
0
お気に入りに追加
280
あなたにおすすめの小説
逆行令嬢は聖女を辞退します
仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。
死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって?
聖女なんてお断りです!
どうも、追放聖女の夫です。
七辻ゆゆ
恋愛
「追放刑を受けました。形ばかりの婚姻でしたが、大変お世話になりました。離婚届は寝室の引き出しの一番上に入れてありますから、いつでも使ってください」
「え? 離婚なんてしないよ」
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
七年間の婚約は今日で終わりを迎えます
hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。
殿下、あなたが借金のカタに売った女が本物の聖女みたいですよ?
星ふくろう
恋愛
聖女認定の儀式をするから王宮に来いと招聘された、クルード女公爵ハーミア。
数人の聖女候補がいる中、次期皇帝のエミリオ皇太子と婚約している彼女。
周囲から最有力候補とみられていたらしい。
未亡人の自分でも役に立てるならば、とその命令を受けたのだった。
そして、聖女認定の日、登城した彼女を待っていたのは借金取りのザイール大公。
女癖の悪い、極悪なヤクザ貴族だ。
その一週間前、ポーカーで負けた殿下は婚約者を賭けの対象にしていて負けていた。
ハーミアは借金のカタにザイール大公に取り押さえられたのだ。
そして、放蕩息子のエミリオ皇太子はハーミアに宣言する。
「残念だよ、ハーミア。
そんな質草になった貴族令嬢なんて奴隷以下だ。
僕はこの可愛い女性、レベン公爵令嬢カーラと婚約するよ。
僕が選んだ女性だ、聖女になることは間違いないだろう。
君は‥‥‥お払い箱だ」
平然と婚約破棄をするエミリオ皇太子とその横でほくそ笑むカーラ。
聖女認定どころではなく、ハーミアは怒り大公とその場を後にする。
そして、聖女は選ばれなかった.
ハーミアはヤクザ大公から債権を回収し、魔王へとそれを売り飛ばす。
魔王とハーミアは共謀して帝国から債権回収をするのだった。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
聖女に負けた侯爵令嬢 (よくある婚約解消もののおはなし)
蒼あかり
恋愛
ティアナは女王主催の茶会で、婚約者である王子クリストファーから婚約解消を告げられる。そして、彼の隣には聖女であるローズの姿が。
聖女として国民に、そしてクリストファーから愛されるローズ。クリストファーとともに並ぶ聖女ローズは美しく眩しいほどだ。そんな二人を見せつけられ、いつしかティアナの中に諦めにも似た思いが込み上げる。
愛する人のために王子妃として支える覚悟を持ってきたのに、それが叶わぬのならその立場を辞したいと願うのに、それが叶う事はない。
いつしか公爵家のアシュトンをも巻き込み、泥沼の様相に……。
ラストは賛否両論あると思います。納得できない方もいらっしゃると思います。
それでも最後まで読んでいただけるとありがたいです。
心より感謝いたします。愛を込めて、ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる