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4、奪還のベリル

298、さあ、ここにいる全員を騙すわよ

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 冬の到来を感じる日。
 白い雪がふわふわと降る朝。

 フィロシュネーは青国の王城のバルコニーで、兄アーサーと並んでいた。
 二人が見つめるバルコニー前の広場には、青国の民が集まっている。

(さあ、ここにいる全員を騙すわよ。お兄様を王様にするために!)
 
 「国の行く末を左右する重大発表がされるに違いない」と緊張気味な群衆へと、フィロシュネーは知識神トールの奇跡、『知識の共振』について語った。

「知識神トールは、加護を与えてくださいました。これから、わたくしの記憶をお見せします」

 『知識の共振』は、他人に自分の知識を共有できる。
 情報を飲みこませてから、フィロシュネーは使
 
「万物は移ろうものにて、見る角度でいろいろな顔をみせるもの」 
 小さな声で聖句を唱えて発動させるのは、『月舟の影』という幻を魅せる魔法だ。
 
 群衆は、フィロシュネーが記憶を共有してくれたのだと思い込みながら、でっちあげの幻影劇を見た。

「見える。これは、フィロシュネー様のご記憶の映像か」
「前に、神鳥様の奇跡を見たことがあるぞ。あのときもこんな感じだった」

 群衆が見たのは、虚空に映し出された映像だ。
  
 真っ暗な王城のバルコニーに、フィロシュネーがいる。
 
『お兄様の生存が絶望的だとみんなが言うの。でも、わたくしは信じたい。兄が生きているのだと……』
 
 行方不明になった兄王アーサーを心配し涙を流すフィロシュネーは、夜空にかがやく二つの月へと両腕を差し出した。

『わたくし、紅国の神々について学んだ際に知りました』

 幻影劇の中のフィロシュネーが、月に言葉を捧げる。
 
『悪しき呪術師が自然神を冒涜し、知識神を民から遠ざけた。太陽神と天空神が怒り、死の神が冷笑する中、月神と愛の女神は哀れにおもい、慈悲を捧げている。しかし、慈悲をいただく民は無知で、感謝の心も持たない』
 
 それは、紅国の本に書いてあったこと。

 以前、学友たちと紅国に向かう馬車の中で「わたくしたちは、あちらの国では面白おかしく語り継がれてきたらしいですわよ」と語り合ったことだ。

『月神様、女神様。わたくし、これまでの無礼をお詫びしますわーっ。慈悲に感謝しますの~っ。どうか、わたくしたちの神を――青王を、お助け下さいぃ~!』

 幻影劇はフィロシュネーの想像力でつくられている。

 そのせいか、かなり芝居調で嘘っぽい。
 でも、今のところ群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
 よしよし、しめしめだ。

 情熱的にセリフを言ったあとは、なんと月神ヴィニュエスを名乗る美女と月神ルエトリーがあらわれる。

 どんな姿をしているのかは知らないので、すべてフィロシュネーの想像だ。とりあえず、神々しいきらきらした感じの美女にしておいた。

『オー、健気な王妹フィロシュネーに、真実を教えましょう。信じる者は救われマース。加護を授けましょう』
 
 月神はあやしい口調だが、群衆は夢中で奇跡に見入っていて、疑う様子がない。
 よしよし、しめしめ。

『お聞きナサーイ。神々の仲間入りをする青王アーサーは、今、立派な神として成長するための試練に挑んでいるのデース。王妹よ、青王不在中の国を代理王として支え、試練を終えたアーサーを迎えにいくのデース』 
『月神様、そのお話はほんとうですの~? わたくしのお兄様は、ご無事なのですね~?』
『王妹フィロシュネー、そなたが役目を全うしやすいように、預言者が後日、預言をするでしょう』
  
 作り話全開だが、群衆の反応は良好だった。

「おおおおおおおっ」
「女神様だ‼︎」
「自分たちは、今、すごいものを見ている!」

 と、おおいに盛り上がっている。実はモンテローザ派のサクラが率先して声をあげて扇動していたりする。

(ふう。よかったですわ。でも、なんでも信じてしまって我が国の方々が心配になりますわね……騙してしまった罪悪感みたいなのも……)

 これは兄のためだから。
 紅国や空国のように派閥同士が揉めたり、内乱に発展したりするのを防ぐためだから。

 と、言い訳しつつ、ぼろが出る前に幻影劇を消して、フィロシュネーは奇跡を畳みかけた。

「みなさまご存じのとおり、わたくしは、月神以外にも加護をいただいています。それは、彼らに認められた神の一柱であるお兄様、青王アーサー陛下をお助けするためなのですわ!」

 愛の女神アム・ラァレの魔導具で『赤い魅了』、太陽神の魔導具で『太陽の炎』を順に使って、フィロシュネーはアーサーをバルコニーに残してサッと退場した。
 
 歓声が湧いている。
 外では、アーサーが演説をしている。

「アーサーである。見ての通り、俺は健在だ。今まで国を不在にし、みなに心配をかけたことを詫びる。すまなかった」

 兄の声は、魔法で拡声されている。
 ひとことごとに区切り、群衆の歓声を受けている。

 フィロシュネーはその声を聞きながら、侍女ジーナに手伝ってもらってドレスを脱ぎ、ローブに着替えた。

『俺は試練を受け、神となった。不在中に自分の無事を祈ってくれた民の心は試練を受けている最中に感じられていた。俺は嬉しかった。苦しいとき、つらいときにどれほどけいらの声に励まされたことだろう……』
 
 髪を三つ編みに結んでもらっているときに、歓声が悲鳴に変わる。

『暗殺者だ!』 
『きゃあああああっ』
 
 最初の「暗殺者だ!」は、モンテローザ派が群衆にまぎれさせたサクラが言った仕込みである。
 
 ジーナに杖を渡されてしっかりと受け取りながら、フィロシュネーはバルコニーを見た。
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