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1、贖罪のスピネル
5-2、賢そうに振る舞わなくていい。可愛く無邪気にしていなさい
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退室するサイラスを見送ったあと、思わずといった様子で口をひらいたのは空王アルブレヒトだった。
「黒の英雄の武勇伝は聞き及んでおりますが、あの人物は信用できるのでしょうか」
(アルブレヒト陛下って、もしかして思ったことを心に仕舞っておけずに口に出してしまうタイプだったりするかしら?)
まだ人となりを詳しく知らないが、この短時間の様子を見ていても、フィロシュネーには、空王アルブレヒトが青王クラストスと真逆のタイプのように感じられた。
(仰る内容はごもっともでも、人材登用に干渉されているのは、よくないわよね~? お父様~?)
ちらりと見れば、青王クラストスは渋い顔をしていた。明らかに機嫌を損ねている。
(あら、お父様、表情。表情。にこやかになさらなくて、いいの?)
例え不快でも、普段の父はこんなときに不快そうな顔はしない。にこにこと柔和に微笑むのが父の社交スタイルだ。
フィロシュネーが驚いていると、ハルシオンがおっとりと弟に首を振った。
「アル、黒の英雄は優秀な人材なのだから、叙勲して国で抱え込むのは良いことだと私は思うよ」
「兄上ぇ……」
ハルシオンが青王クラストスの機嫌を取るよう、小さく詫びて話題を切り替えたので、フィロシュネーは評価を上げた。この空国の王族兄弟は、ハルシオンの方が『わかっている』のだ、と。
話題を変えたハルシオンは、フィロシュネーに視線を向ける。
「そうそう、黒の英雄の話は置いておくとして、青国のフィロシュネー姫は『神鳥の聖女』なのではありませんか?」
(わたくしがなんですって?)
フィロシュネーはどきどきした。
神鳥は、神秘的で特別な生き物だ。
青国と空国の王家に生まれる姫の中で素質のある者は、神鳥に加護をたまわることがある。すると、魔物が減ったり、豊作が続いたりと、良い影響があるらしい。
ここ数代は、どちらの国にも神鳥の加護を得られる姫はいなかったのだが。
「空国の預言者ネネイは、預言をしています」
神鳥がレクシオ山で卵を産み、代替わりする。
神鳥の聖女が歌を捧げて卵からヒナが孵り、聖女が所属する国に加護をもたらしてくれる。
ハルシオンが預言を共有すると、空王アルブレヒトは目に見えて慌てた。
(あらぁ、内緒にしておきたかったお話なのね。でも、わが国の預言者ダーウッドだって同じ預言をしているわ。言わないけど)
国家機密といえるのだろうか。そんな情報を、恐らく無断で軽率に話題にした。だから、フィロシュネーはハルシオンの評価をそっと下げた。
その点、父である青王クラストスは『ちゃんとしている』。
知っている情報なのに初めて聞くような顔で「貴重な預言を共有してくださってありがとうございます」と情報提供に感謝している。
友好国といっても、油断をしてはならない。自国の利益優先だ。
フィロシュネーは無知になるよう育てられたが、王族としての基本的なモノの考え方は理解していた。恋愛物語にも「王族失格よ」と言われる王族がたくさん出てくる――『馬鹿王子』とか『無能王族』と呼ばれたりして、断罪される悪役キャラクターとして。
(王族の言葉は重いのよ。国の命運を左右するの。責任があるのですっ。気を付けなくちゃ、だめ)
得意満面にお説教をしていいと言われたら、気持ちよく言ってあげるのだけど――我慢。フィロシュネーはにこにこと「わたくしも、そのお話は初めて知りました。びっくりですわ」という顔を保った。
「ハルシオン様は、我が国にとって役に立つお話をたくさん齎してくださる気がいたしますわ、お父様。わたくし、お話をもっと聞いてみたいです」
可愛らしく言う真意は、「その軽いお口でもっと情報をぺらぺら漏らしてもいいですよ」だ。
父が「よく出来ました」という気配で頷いてくれるから、フィロシュネーはにこにこした。
「いやぁ。我々は親戚……家族みたいなものではありませんかぁ。隠し事なんて、悲しいでしょう?」
ハルシオンはピュアな気配で言葉を返してくる。
「姫は婚約のお話を白紙になさりたいのですよね? 私は猫になっていたおかげで、現在フリーです。婚約を申し込みたいのですが、……いかがでしょうか?」
(ふ、ふむむ? 聖女が所属する国に神鳥から加護がもらえる。だから聖女の可能性があるわたくしと縁を結び、自国に加護をもらおうという思惑かしら……?)
フィロシュネーは「わたくし、難しいことはわかりませんわ」という微笑をたたえつつ、考えを巡らせた。
父、青王クラストスはフィロシュネーに常日頃から「賢そうに振る舞わなくていい。可愛く無邪気にしていなさい」と教育している。
父は王族の親しみやすさや人間味、魅力をアピールし、臣下や民衆の支持を得る効果を狙っているのかもしれないし、賢者ぶることのリスクよりも愚者のふりをするメリットを勧めているのかもしれない。
あるいは、もっとシンプルに「賢いお姫様よりも可愛いだけのお姫様がいい」と思っているのかも。
「わたくしは、お父様の決定に従います」
父の思惑がどうであれ、フィロシュネーはおねだりはできるが、父王の命令には従うのが基本スタンスなのである。
さて、青王クラストスはというと。
「姫は英雄にあげるからなぁ」
「青王陛下っ、婚約は一度白紙にしてくださぁい」
「うーん。なぜだろう。心が揺らぐ……なんでも言うこと聞きたくなっちゃうなぁ」
フィロシュネーの目には、青王クラストスは渋りつつも、王兄ハルシオンに魅力を感じているように見えた。
(お父様はわたくしの婚約を巡っての揉め事にうんざりしている。それに、空国との関係を良好にキープしたいのと……なにより、ハルシオン殿下がお気に召した様子?)
「もちろん、私は姫を大切にします。年齢もほら、私は十九。姫は十四。近いですね。穏やかな関係の家族になりましょう」
語りかけるハルシオンの表情は、微妙に照れを感じさせる。
「家族っていいですよね、私は子供好きでして。いや、子供は気が早すぎ……こほん。作りたくなければ作らなくても結構ですし。いやぁ、それにしても私たちは外見の色合いも似ていて、妙な親近感というか。親戚ですからね、そんな気分も湧きますよね。姫は可愛らしくて、保護者な気分にもなるような……うん、何を言っているんだ私は。うん? あー……、頭が痛くなってきた」
ペラペラとよく喋る。
目なんかキラッキラに輝いていて、潤んでいて。
頬がほのかに赤く上気していて、なにやら凄く一生懸命。見るからに「あなたに好意があります!」って気配!
弟である空王アルブレヒトなどは身内の恥を見るような顔で「もう黙ってくれ兄上」と言っていたりするが。
(わ、わたくしも恥ずかしくなってしまいますわ、こんなの)
「わ、わたくし、し、しつれいしましゅ」
噛んだ!
フィロシュネーはタイミングを見計らい、扇で顔を隠すようにしながら退室した。
周囲の視線が恥ずかしい……!
でも、昼食会の振る舞いには「噛んだ」以外の致命的なミスはなかったはずだ。
フィロシュネーは自分の発言を振り返り、「わたくしはよくやったわ」と自分を慰めた。
* * *
翌日、フィロシュネーは城内の図書館に赴いた。
調べ事には、図書館だ。自国のことや他国のことが書かれた本があるに違いない。
知識を付けよう、と思ったのだ。
「フィロシュネー殿下、おそれながら、必要な本はお部屋までお届けしますので、お部屋でお待ちくださいまし」
名も知らぬ侍従が必死に声をかけてくる。
彼らは、父に「姫に知識をつけさせるな」と言われているのだ。
「そう言って待っていたら、わたくしのお部屋には必要な本じゃなくて恋愛物語が届くのよ。いつものことじゃない」
不遜なサイラス。あるいは変人のハルシオン。
そんな新鮮な刺激が重なって、フィロシュネーの心に一滴、また一滴と、波紋を生じさせていた。
花が群れ咲く庭を移動していると、楽し気な声がする。
……悪口みたいだけど。
「お姉様は、黒の英雄に『愛せない』って拒絶されたのですって。身分が下の男にそこまで言わせるなんて……よほど好みから外れていらしたのね」
義理の妹にあたる第二王女の声だ。
第二王妃の娘である第二王女は、フィロシュネーの粗探しをして嘲笑するのが大好きなのだ。
(陰口を取り巻きと楽しむためにサイラスに台本を読ませたのかしら。くだらない)
フィロシュネーが道を変えようとした時、青年の声が聞こえた。
「いやぁ~、黒の英雄には困ったものです。けれど、そのおかげで私にも婚約を申し込むチャンスが生じたので、感謝すべきでしょうか?」
「えっ、ハ、ハルシオン殿下!? お聞きになっていたのですか」
第二王女が驚いた様子で名を呼んでいる。
「んっふふ。は~いっ、私ですよ! 聞いちゃったぁ。黒の英雄は、他者を陥れたり陰口を叩いて快感を覚えるタイプの年上女性が趣味らしいのです。実は私の弟も似た趣味を持っており、三人は今頃お楽しみ中かも? そう、あなたのお母様とでぇすっ」
王族というより道化師と呼ばれた方がしっくりするような戯けっぷりだ。
「あなたのお母様は開放的でいらっしゃる。今回に限らず、あなたが生まれるずっと前から。んん、しかし? そうなりますとぉ、彼女がお生みになる御子は青王の胤か疑わしく思えてしまいませんか?」
しかも内容が、過激!
「あなたなどは王族の瞳もお持ちでいらっしゃらぬようですし、王家の血が流れていないのではと、ご自分でもご心配でしょうね」
「なっ、なんてことを仰るの!」
「んっふふ! 怒りましたぁ? ところで私、あなたが王族の血統かどうか調べることができまぁす。調べてみましょうか?」
「け、結構よ!」
(ひ、ひええ。凄いことを仰ってる。わたくしは無関係です! わたくしは関わりませんっ)
フィロシュネーは騒然とした現場からコソコソと逃げた。
(外交問題になったりしないのかしら)
あの王兄殿下、とんでもない。
実際のところ、第二王妃の不貞は疑われていたりする。第二王女に面と向かってあんなことを言う者なんて、今までいなかったが。
(ふふ、でも正直、ちょっと胸が空く思いはしたわねっ)
……ところでサイラスはお楽しみ中なのかしら? 三人で?
「黒の英雄の武勇伝は聞き及んでおりますが、あの人物は信用できるのでしょうか」
(アルブレヒト陛下って、もしかして思ったことを心に仕舞っておけずに口に出してしまうタイプだったりするかしら?)
まだ人となりを詳しく知らないが、この短時間の様子を見ていても、フィロシュネーには、空王アルブレヒトが青王クラストスと真逆のタイプのように感じられた。
(仰る内容はごもっともでも、人材登用に干渉されているのは、よくないわよね~? お父様~?)
ちらりと見れば、青王クラストスは渋い顔をしていた。明らかに機嫌を損ねている。
(あら、お父様、表情。表情。にこやかになさらなくて、いいの?)
例え不快でも、普段の父はこんなときに不快そうな顔はしない。にこにこと柔和に微笑むのが父の社交スタイルだ。
フィロシュネーが驚いていると、ハルシオンがおっとりと弟に首を振った。
「アル、黒の英雄は優秀な人材なのだから、叙勲して国で抱え込むのは良いことだと私は思うよ」
「兄上ぇ……」
ハルシオンが青王クラストスの機嫌を取るよう、小さく詫びて話題を切り替えたので、フィロシュネーは評価を上げた。この空国の王族兄弟は、ハルシオンの方が『わかっている』のだ、と。
話題を変えたハルシオンは、フィロシュネーに視線を向ける。
「そうそう、黒の英雄の話は置いておくとして、青国のフィロシュネー姫は『神鳥の聖女』なのではありませんか?」
(わたくしがなんですって?)
フィロシュネーはどきどきした。
神鳥は、神秘的で特別な生き物だ。
青国と空国の王家に生まれる姫の中で素質のある者は、神鳥に加護をたまわることがある。すると、魔物が減ったり、豊作が続いたりと、良い影響があるらしい。
ここ数代は、どちらの国にも神鳥の加護を得られる姫はいなかったのだが。
「空国の預言者ネネイは、預言をしています」
神鳥がレクシオ山で卵を産み、代替わりする。
神鳥の聖女が歌を捧げて卵からヒナが孵り、聖女が所属する国に加護をもたらしてくれる。
ハルシオンが預言を共有すると、空王アルブレヒトは目に見えて慌てた。
(あらぁ、内緒にしておきたかったお話なのね。でも、わが国の預言者ダーウッドだって同じ預言をしているわ。言わないけど)
国家機密といえるのだろうか。そんな情報を、恐らく無断で軽率に話題にした。だから、フィロシュネーはハルシオンの評価をそっと下げた。
その点、父である青王クラストスは『ちゃんとしている』。
知っている情報なのに初めて聞くような顔で「貴重な預言を共有してくださってありがとうございます」と情報提供に感謝している。
友好国といっても、油断をしてはならない。自国の利益優先だ。
フィロシュネーは無知になるよう育てられたが、王族としての基本的なモノの考え方は理解していた。恋愛物語にも「王族失格よ」と言われる王族がたくさん出てくる――『馬鹿王子』とか『無能王族』と呼ばれたりして、断罪される悪役キャラクターとして。
(王族の言葉は重いのよ。国の命運を左右するの。責任があるのですっ。気を付けなくちゃ、だめ)
得意満面にお説教をしていいと言われたら、気持ちよく言ってあげるのだけど――我慢。フィロシュネーはにこにこと「わたくしも、そのお話は初めて知りました。びっくりですわ」という顔を保った。
「ハルシオン様は、我が国にとって役に立つお話をたくさん齎してくださる気がいたしますわ、お父様。わたくし、お話をもっと聞いてみたいです」
可愛らしく言う真意は、「その軽いお口でもっと情報をぺらぺら漏らしてもいいですよ」だ。
父が「よく出来ました」という気配で頷いてくれるから、フィロシュネーはにこにこした。
「いやぁ。我々は親戚……家族みたいなものではありませんかぁ。隠し事なんて、悲しいでしょう?」
ハルシオンはピュアな気配で言葉を返してくる。
「姫は婚約のお話を白紙になさりたいのですよね? 私は猫になっていたおかげで、現在フリーです。婚約を申し込みたいのですが、……いかがでしょうか?」
(ふ、ふむむ? 聖女が所属する国に神鳥から加護がもらえる。だから聖女の可能性があるわたくしと縁を結び、自国に加護をもらおうという思惑かしら……?)
フィロシュネーは「わたくし、難しいことはわかりませんわ」という微笑をたたえつつ、考えを巡らせた。
父、青王クラストスはフィロシュネーに常日頃から「賢そうに振る舞わなくていい。可愛く無邪気にしていなさい」と教育している。
父は王族の親しみやすさや人間味、魅力をアピールし、臣下や民衆の支持を得る効果を狙っているのかもしれないし、賢者ぶることのリスクよりも愚者のふりをするメリットを勧めているのかもしれない。
あるいは、もっとシンプルに「賢いお姫様よりも可愛いだけのお姫様がいい」と思っているのかも。
「わたくしは、お父様の決定に従います」
父の思惑がどうであれ、フィロシュネーはおねだりはできるが、父王の命令には従うのが基本スタンスなのである。
さて、青王クラストスはというと。
「姫は英雄にあげるからなぁ」
「青王陛下っ、婚約は一度白紙にしてくださぁい」
「うーん。なぜだろう。心が揺らぐ……なんでも言うこと聞きたくなっちゃうなぁ」
フィロシュネーの目には、青王クラストスは渋りつつも、王兄ハルシオンに魅力を感じているように見えた。
(お父様はわたくしの婚約を巡っての揉め事にうんざりしている。それに、空国との関係を良好にキープしたいのと……なにより、ハルシオン殿下がお気に召した様子?)
「もちろん、私は姫を大切にします。年齢もほら、私は十九。姫は十四。近いですね。穏やかな関係の家族になりましょう」
語りかけるハルシオンの表情は、微妙に照れを感じさせる。
「家族っていいですよね、私は子供好きでして。いや、子供は気が早すぎ……こほん。作りたくなければ作らなくても結構ですし。いやぁ、それにしても私たちは外見の色合いも似ていて、妙な親近感というか。親戚ですからね、そんな気分も湧きますよね。姫は可愛らしくて、保護者な気分にもなるような……うん、何を言っているんだ私は。うん? あー……、頭が痛くなってきた」
ペラペラとよく喋る。
目なんかキラッキラに輝いていて、潤んでいて。
頬がほのかに赤く上気していて、なにやら凄く一生懸命。見るからに「あなたに好意があります!」って気配!
弟である空王アルブレヒトなどは身内の恥を見るような顔で「もう黙ってくれ兄上」と言っていたりするが。
(わ、わたくしも恥ずかしくなってしまいますわ、こんなの)
「わ、わたくし、し、しつれいしましゅ」
噛んだ!
フィロシュネーはタイミングを見計らい、扇で顔を隠すようにしながら退室した。
周囲の視線が恥ずかしい……!
でも、昼食会の振る舞いには「噛んだ」以外の致命的なミスはなかったはずだ。
フィロシュネーは自分の発言を振り返り、「わたくしはよくやったわ」と自分を慰めた。
* * *
翌日、フィロシュネーは城内の図書館に赴いた。
調べ事には、図書館だ。自国のことや他国のことが書かれた本があるに違いない。
知識を付けよう、と思ったのだ。
「フィロシュネー殿下、おそれながら、必要な本はお部屋までお届けしますので、お部屋でお待ちくださいまし」
名も知らぬ侍従が必死に声をかけてくる。
彼らは、父に「姫に知識をつけさせるな」と言われているのだ。
「そう言って待っていたら、わたくしのお部屋には必要な本じゃなくて恋愛物語が届くのよ。いつものことじゃない」
不遜なサイラス。あるいは変人のハルシオン。
そんな新鮮な刺激が重なって、フィロシュネーの心に一滴、また一滴と、波紋を生じさせていた。
花が群れ咲く庭を移動していると、楽し気な声がする。
……悪口みたいだけど。
「お姉様は、黒の英雄に『愛せない』って拒絶されたのですって。身分が下の男にそこまで言わせるなんて……よほど好みから外れていらしたのね」
義理の妹にあたる第二王女の声だ。
第二王妃の娘である第二王女は、フィロシュネーの粗探しをして嘲笑するのが大好きなのだ。
(陰口を取り巻きと楽しむためにサイラスに台本を読ませたのかしら。くだらない)
フィロシュネーが道を変えようとした時、青年の声が聞こえた。
「いやぁ~、黒の英雄には困ったものです。けれど、そのおかげで私にも婚約を申し込むチャンスが生じたので、感謝すべきでしょうか?」
「えっ、ハ、ハルシオン殿下!? お聞きになっていたのですか」
第二王女が驚いた様子で名を呼んでいる。
「んっふふ。は~いっ、私ですよ! 聞いちゃったぁ。黒の英雄は、他者を陥れたり陰口を叩いて快感を覚えるタイプの年上女性が趣味らしいのです。実は私の弟も似た趣味を持っており、三人は今頃お楽しみ中かも? そう、あなたのお母様とでぇすっ」
王族というより道化師と呼ばれた方がしっくりするような戯けっぷりだ。
「あなたのお母様は開放的でいらっしゃる。今回に限らず、あなたが生まれるずっと前から。んん、しかし? そうなりますとぉ、彼女がお生みになる御子は青王の胤か疑わしく思えてしまいませんか?」
しかも内容が、過激!
「あなたなどは王族の瞳もお持ちでいらっしゃらぬようですし、王家の血が流れていないのではと、ご自分でもご心配でしょうね」
「なっ、なんてことを仰るの!」
「んっふふ! 怒りましたぁ? ところで私、あなたが王族の血統かどうか調べることができまぁす。調べてみましょうか?」
「け、結構よ!」
(ひ、ひええ。凄いことを仰ってる。わたくしは無関係です! わたくしは関わりませんっ)
フィロシュネーは騒然とした現場からコソコソと逃げた。
(外交問題になったりしないのかしら)
あの王兄殿下、とんでもない。
実際のところ、第二王妃の不貞は疑われていたりする。第二王女に面と向かってあんなことを言う者なんて、今までいなかったが。
(ふふ、でも正直、ちょっと胸が空く思いはしたわねっ)
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