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4、奪還のベリル
290、眠りの雲の部屋/た、立ち止まるわけには……すやぁ
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再び遺跡の中へと戻っていく遺跡探検隊を見送り、フェニックスのナチュラは上機嫌で鳥頭を振った。
「ん……わしは彼らが戻ってくる前、なにかを気にしていたと思ったのですが……まあ、いいでしょう」
ナチュラの鳥頭は、ほんの少し前の「どうしてでしょう」という疑問を忘れてしまっていた。
* * *
「わたくし、もやっとしますの」
遺跡内部を歩くフィロシュネーは、ちょっとした不満をこぼしていた。
「なんと! シュネーさんがも『もやっと』! ところで『もやっと』というのは、なんですか?」
「青国の民の間に流行している、『すっきりしない』『心にわだかまりがある』という意味の俗語ですの」
「なんと! シュネーさんは世俗の言葉にお詳しいのですね。民の視線を常にお持ちでいらっしゃる」
ハルシオンはなにを言っても褒めてくれる。
「ハルシオン様は、いつもわたくしを肯定して自信をつけてくださいますわ。……わたくし、お話しする相手を気持ちよくさせようというお心配りのできるハルシオン様がとっても素敵だと思います」
ハルシオンは「んふふ」と身をくねらせて、照れたような喜びを持て余すような幸せそうな顔をした。
「今の言葉で、私はとても幸せになりました! シュネーさんは私を幸せにする天才ですね! ……それで、なにに『もやっと』しちゃったのです? ぱ……パパは、シュネーさんをすっきりさせられるよう、がんばります」
照れ隠しするように言っているつもりだろうけど、ぜんぜん隠せていない。
フィロシュネーはそんなハルシオンにほんわかと癒された。
「だって、ハルシオン様。あの立て札、『なにが正解かは、誰も知らない。正義は人の数だけある』というのに、ナチュラさんったら『はずれ』だなんておっしゃるのですもの」
「ああ~~っ、なるほど。ですがシュネーさん、つまり先ほどの選択肢の正解は、あくまで『ナチュラさんの正解』。われわれはナチュラさんの好みを探り、『ナチュラさんの正解』を当てていく……ということなのでは?」
「そ、そんな『おもてなし』がありますっ……?」
話しながら立て札の場所を通過して、再び階段の前にたどり着いた一行は下におりる赤い階段を選んだ。
階段をおりた先は入り口ではなく遺跡の奥に通じていたので、一行は安堵した。
「こっちが正解だったのだな」
「あまり意味がわからないが? なぜ透明な階段と赤い階段? なぜ上と下?」
「わからんが、神鳥様のお考えになることだから……」
とりあえず先に進むことができているならよかった――と結論を出しつつ道を進めば、今度はひとつだけの扉があった。
「扉には、『眠りの雲の部屋。あまり急ぎ過ぎずにゆっくりしていってください』と書いてありますな」
預言者ダーウッドが扉に書かれた文字を読み、「私たちは忙しいのです。理解なさい、鳥頭」と無礼極まりないことを呟いている。
が、フィロシュネーも実は同感で、「わたくしたちはゆっくりはしていられないのです」という感想だ。
「こほん。立ち止まらず、まいりましょうっ」
フィロシュネーはそう呼びかけて、扉をバーンッと開いた。
そして、目を点にした。
「これは、なんですの? わ、ふわっふわ……」
扉の向こうには、ふわふわした真っ白の地面があった。
弾力があって、やわらかで、踏むとふにゃっと沈む。
「あのフェニックスの様子から危険はないと思っておりますが」
青国の預言者ダーウッドは警戒気味に足元を杖でふにふにしている。隣では、空国の預言者ネネイが「雲の上ってこんな感じでしょうか」とピュアな呟きをこぼしていた。
フィロシュネーは「ちょっと歩きにくいですわね」と言いながら数歩、ふわふわと前進した。そして、まぶたが重くなるのを自覚した。
「ふわ……ね、ねむ……、い?」
歩くたび、ふわふわとした一歩を踏みしめるたび、眠気が増していく。
「こ、これは、魔法の仕掛けにちがいありませ……」
遺跡探検隊のメンバーたちは、フィロシュネー同様に眠気に襲われているようだった。
「わたくし、止まりません。わたくし、お兄様をお助けするために……」
フィロシュネーは眠気に抗いながら数歩をふわふわと歩いて、ぽすんっと倒れ込んだ。倒れ込む体を誰かが支えようとして、いっしょになって倒れ込む。
(ね、ねむけに……勝てないぃ……っ)
「た、立ち止まるわけには……すやぁ」
凄まじい眠気が、夢の縁へと意識を沈めようとしてくる。抗えない!
――なすすべなく、フィロシュネーは眠りに落ちた。
* * *
眠りに落ちたあとのフィロシュネーの意識は、夢を見ている自分を認識した。
(あ……、わたくし、眠ってしまいましたのね……起きないと。起きて先に進まないと、だめ……)
自分が夢を見ていると自覚してから、フィロシュネーは必死に意識を覚醒させようとした。けれど夢は醒める様子なく――婚約者であるサイラス・ノイエスタルの姿を映した。
(……サイラス!)
「ん……わしは彼らが戻ってくる前、なにかを気にしていたと思ったのですが……まあ、いいでしょう」
ナチュラの鳥頭は、ほんの少し前の「どうしてでしょう」という疑問を忘れてしまっていた。
* * *
「わたくし、もやっとしますの」
遺跡内部を歩くフィロシュネーは、ちょっとした不満をこぼしていた。
「なんと! シュネーさんがも『もやっと』! ところで『もやっと』というのは、なんですか?」
「青国の民の間に流行している、『すっきりしない』『心にわだかまりがある』という意味の俗語ですの」
「なんと! シュネーさんは世俗の言葉にお詳しいのですね。民の視線を常にお持ちでいらっしゃる」
ハルシオンはなにを言っても褒めてくれる。
「ハルシオン様は、いつもわたくしを肯定して自信をつけてくださいますわ。……わたくし、お話しする相手を気持ちよくさせようというお心配りのできるハルシオン様がとっても素敵だと思います」
ハルシオンは「んふふ」と身をくねらせて、照れたような喜びを持て余すような幸せそうな顔をした。
「今の言葉で、私はとても幸せになりました! シュネーさんは私を幸せにする天才ですね! ……それで、なにに『もやっと』しちゃったのです? ぱ……パパは、シュネーさんをすっきりさせられるよう、がんばります」
照れ隠しするように言っているつもりだろうけど、ぜんぜん隠せていない。
フィロシュネーはそんなハルシオンにほんわかと癒された。
「だって、ハルシオン様。あの立て札、『なにが正解かは、誰も知らない。正義は人の数だけある』というのに、ナチュラさんったら『はずれ』だなんておっしゃるのですもの」
「ああ~~っ、なるほど。ですがシュネーさん、つまり先ほどの選択肢の正解は、あくまで『ナチュラさんの正解』。われわれはナチュラさんの好みを探り、『ナチュラさんの正解』を当てていく……ということなのでは?」
「そ、そんな『おもてなし』がありますっ……?」
話しながら立て札の場所を通過して、再び階段の前にたどり着いた一行は下におりる赤い階段を選んだ。
階段をおりた先は入り口ではなく遺跡の奥に通じていたので、一行は安堵した。
「こっちが正解だったのだな」
「あまり意味がわからないが? なぜ透明な階段と赤い階段? なぜ上と下?」
「わからんが、神鳥様のお考えになることだから……」
とりあえず先に進むことができているならよかった――と結論を出しつつ道を進めば、今度はひとつだけの扉があった。
「扉には、『眠りの雲の部屋。あまり急ぎ過ぎずにゆっくりしていってください』と書いてありますな」
預言者ダーウッドが扉に書かれた文字を読み、「私たちは忙しいのです。理解なさい、鳥頭」と無礼極まりないことを呟いている。
が、フィロシュネーも実は同感で、「わたくしたちはゆっくりはしていられないのです」という感想だ。
「こほん。立ち止まらず、まいりましょうっ」
フィロシュネーはそう呼びかけて、扉をバーンッと開いた。
そして、目を点にした。
「これは、なんですの? わ、ふわっふわ……」
扉の向こうには、ふわふわした真っ白の地面があった。
弾力があって、やわらかで、踏むとふにゃっと沈む。
「あのフェニックスの様子から危険はないと思っておりますが」
青国の預言者ダーウッドは警戒気味に足元を杖でふにふにしている。隣では、空国の預言者ネネイが「雲の上ってこんな感じでしょうか」とピュアな呟きをこぼしていた。
フィロシュネーは「ちょっと歩きにくいですわね」と言いながら数歩、ふわふわと前進した。そして、まぶたが重くなるのを自覚した。
「ふわ……ね、ねむ……、い?」
歩くたび、ふわふわとした一歩を踏みしめるたび、眠気が増していく。
「こ、これは、魔法の仕掛けにちがいありませ……」
遺跡探検隊のメンバーたちは、フィロシュネー同様に眠気に襲われているようだった。
「わたくし、止まりません。わたくし、お兄様をお助けするために……」
フィロシュネーは眠気に抗いながら数歩をふわふわと歩いて、ぽすんっと倒れ込んだ。倒れ込む体を誰かが支えようとして、いっしょになって倒れ込む。
(ね、ねむけに……勝てないぃ……っ)
「た、立ち止まるわけには……すやぁ」
凄まじい眠気が、夢の縁へと意識を沈めようとしてくる。抗えない!
――なすすべなく、フィロシュネーは眠りに落ちた。
* * *
眠りに落ちたあとのフィロシュネーの意識は、夢を見ている自分を認識した。
(あ……、わたくし、眠ってしまいましたのね……起きないと。起きて先に進まないと、だめ……)
自分が夢を見ていると自覚してから、フィロシュネーは必死に意識を覚醒させようとした。けれど夢は醒める様子なく――婚約者であるサイラス・ノイエスタルの姿を映した。
(……サイラス!)
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