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4、奪還のベリル

288、おかしなフェリシエンとフェニックスのグチャグチャの塔

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 登山隊は朝食を摂ったあと、出発の準備を進めた。

「フィロシュネー様。魔法使いを一部貸せと言われています。断りますか?」
 
 預言者ダーウッドが視線で促す先には、ハルシオンとその臣下がいた。空国で呪術伯と言われるようになったフェリシエン・ブラックタロンがハルシオンに進言している。
 
空王くうおう陛下。念のため、予定通りに神域の外で魔獣を引きつける作戦も実行いたしましょう」
 
 ハルシオンは不思議そうに首をかたむけている。

「必要あるかな? 神域のルールを守らなくてもよいとわかったのだから、外に引きつけなくてもいいような……」
「安全策です、ハルシオン陛下。呪術師たちの中には『呪術を使って死ぬかもしれない』という恐怖がぬぐいきれない者もいますから」
「あ、そう……」
 
 フェリシエンは眉間に深いシワが刻まれていて、世の中に面白いことなど何もない、というような不機嫌顔だ。

 見ているだけで気分が暗くなりそうな雰囲気だが、主君への態度は礼節を守っていた。

「さあ、許可してください。ハルシオン陛下」
「あ、はい。……うーん……? 囮にして魔獣を集めるの、危ないと思うのですよ? それより、遺跡に行く隊に普通に同行して魔獣避けの術でも使ったほうが安全だと……」
「ご許可を願います」
「……あれぇ……」

 フェリシエンは顔をあげたまま頭は下げるという器用な礼をしてみせた。
 偉そうな態度だが、相手が自分より上位だと認めて、重んじようという気配を感じるような……そうでもないような――微妙なラインだ。
 
「青国の預言者どのも、魔法使いの手を貸してくださると約束してくれました」

 と、話を振るフェリシエンが青国側に視線を向ける。
 目と目が合って、フィロシュネーは夢を思い出してドキリとした。
 
「まだ約束していませんぞ」
  
 隣にいるダーウッドがムッとした様子で異を唱えているが、フェリシエンは無言でフィロシュネーの言葉を待っている。

(変なの……)
 フィロシュネーは違和感をおぼえた。

(意外と慎重な性格なの? わたくしはてっきり、フェリシエンは「神域など恐るに足らん」と言って怖がっている呪術師を蹴って神域に引っ張っていきそうに思えたのだけど)

 魔獣を引きつける行為には、当然、危険が伴う。

(ハルシオン様のおっしゃるように同行して魔獣避けをする方が安全では?)

「……手柄を立てたいのでしょう。あの男、悪名高いブラックタロン家の立て直しをしたいようですから」
 ダーウッドがこそりとささやく。
「恩を売るのもよろしいかと」
 
 そんな理由? と疑問を残しつつ、フィロシュネーはコクリと頷いた。

「わかりました。我が国の魔法使いを数人、お貸ししましょう。……けれど、安全第一で、気をつけてくださいね」

 フェリシエンが口の端を軽く持ち上げる。この表情は、微笑だ。なんと、目元も微笑みの形に見える。

(むむっ、わたくしの目がおかしいのかしら。安心したって感じの笑顔に見えるわ)

「感謝します」
 しかも、感謝されてしまった!

 登山隊にも動揺が広がっている。フィロシュネーの耳には、ざわざわっとした周囲の声が聞こえた。

「呪術伯が笑ったぞ」
「感謝という言葉を言わなかったか?」
「さすが聖女様」

(なにが「さすが」なのよ……⁉︎)

 なにはともあれ、方針は決まって、青国の魔法使いと空国の呪術師が魔獣を引きつける隙に、フィロシュネーたちは神域を進んだ。
 
 ふとした瞬間に目に入る景色は緑や黄色や紅といった自然植物の彩りで、都市のオレンジの屋根が遠く、小さい。
 高所から見下ろす景色は見事だった。

「あちらに神鳥様の巣がございます」
「神鳥様の姿も……」

 報告をきいて心の準備をして近づくと、山頂付近には窪地があった。
 そこに草や枝が敷き詰められて、巨大な巣がつくられている。巣にはフェニックスがいたので、フィロシュネーは片足を軽く引き、伝統的な礼カーテシーをした。

「ごきげんよう、ルートさん……ナチュラさん?」
 
 フェニックスのナチュラは、右の翼を持ち上げた。人間が挨拶するみたいな仕草だ。

「おはようございます、レディ。レディが訪ねてくると思ったので、巣にきれいな枝や葉を集めて浄化魔法をかけて待っておりました。面白い魔法仕掛けも用意したのですよ」

 気に入っていただけたらいいのですが、とはにかむようにいうナチュラは、ぜんぜん怖くない。フィロシュネーはニコニコとした。
 
「ふかふかで、とっても素敵な巣ですわね。昨夜は、ナチュラさんのお知らせのおかげで助かりました。ありがとうございました」

 他の者はしゃべらず、緊張した面持ちでやりとりを見守っている。
 
「魔法仕掛けも気になるのですけれど、わたくしたちは遺跡に入りたいのです。よろしいでしょうか?」

 フィロシュネーがおそるおそる尋ねると、ナチュラは「もちろん」と機嫌よく左の翼を動かした。

「入り口へどうぞ、レディ」

 羽の先が示す方向に行ってみると、枝や草葉に囲まれてポッカリと地面に空いた穴がある。
 人が三人くらいは並んで入れそうな穴の中は、ゆるやかな下り道となっている。

「さあ、素敵な仕掛けをご覧あれ」

 フィロシュネーたちが入り口の穴を覗きこんでいると、穴の周囲の土や枝がもりもり、しゅるりと上に伸びていく――登山隊はぎょっとして身構えたが。

「あは、これは実は幻影です」
 と、ナチュラは笑って種明かしをした。

「わあ……っ」
 
 ナチュラの幻影は、なにもなかった空間にあっという間に高い塔を作ってみせた。
 月まで届きそうな、土や枝や緑がぐちゃぐちゃに混ざった奇妙な塔だ。

「わしの遊び心たっぷり、適当でむなしい幻の塔。月に至るグチャグチャの塔です」

 ナチュラはそう言って、フーッと嘴から息を吹いた。
 すると、グチャグチャの塔はぐにゃぐにゃとその輪郭をゆらめかせ、なんとも頼りない存在感を示す。
 幻ですよ、ニセモノですよー、とアピールするみたいに、半透明に透けたり、元に戻ったりする。
 
「レディが遊びにいらっしゃるので、中もリフォームしてみました。おやつに果実も採ってきましたよ。赤、青、空色と三色実っているうちの、二色を選びました」

「わ、わたくしたち、遊びにきたわけではないのですけど……」

 ナチュラは赤色と空色の果実を大きな緑の葉っぱで包み、フィロシュネーに持たせてくれた。
 
「ありがとうございます」
 
 お礼を言って、一行は遺跡の中へと足を踏み入れた。
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