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4、奪還のベリル
287、こぼれた水は戻らない、死者は生き返らない
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遺跡の入り口を塞ごうとした者たちは、全員、拘束された。
預言者ダーウッドなどは「全員死罪でいいのでは」と言っていたが、フィロシュネーは慎重に罪を裁こうと思っている。
「未遂だったのですから、安易に命を奪うような裁決はいけないと思うの」
忠誠心が厚いなら、「わたくしの望みはこうなの。だから今後は協力してね」とお願いしたら心強い味方になるのではないかしら。
夜の天幕で横になると、疲労がひたひたと忍び寄ってきて、フィロシュネーはすぐに眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
* * *
太陽が青空の真ん中で輝いている。昼だ。
場所は、どこかの街道のように思えた。
深緑色の髪の少年が地面に倒れて激しく咳き込み、血を吐いている。苦しそうだ。
近くでは馬車がひっくり返っていて、馬や御者や騎士らしき男たちが死んでいる。矢が刺さっていたり、斬られた傷があったり……目を逸らしたくなるような、凄惨な現場だ。
少年が赤い瞳でにらむ先には、見るからに無法者といった雰囲気の男たちが数人いる。手には、剣や斧、槍といった武器が握られていた。
男たちは近付いてきて、少年を見て唾を吐いた。
「こいつは病気だな、長く生きられないだろう。いいとこの坊ちゃんのようだから奴隷商人に売れるかと思ったが、がっかりだ」
少年は震えながら左手を持ち上げかけた。その手には、短杖が握られていた。
彼は呪術が使えるのだ、とフィロシュネーが理解したのと同時に、無法者たちも声を上げる。
「気を付けろ、呪術を使うぞ」
警戒の声を交わす無法者たちを見て何を思ったのか、少年は短杖を放した。
からん、と短杖が地面に転がる――盗賊が困惑する中、少年が口の端をゆがめる。
「楽に死にたい。殺せ」
「はあ?」
なんだ、と無法者たちが嘲笑い、少年たちに近付いていく。
「楽に死なせてほしいってか。……阿呆か!」
「ぐはっ!」
悲鳴があがったのは、無法者たちが少年を蹴り、地面に転がして、上から拳を降らせたからだ。
「おい、こいつが苦しめてほしいってよ……!」
「ぎゃはははは!」
(……ひどい)
「……ひどい」
フィロシュネーが思ったのと同時に、低い男性の声が同じ感想を響かせた。
その場に居合わせた、第三者だ。
(だれ?)
――暴力が支配する視界の端で、『第三者』が動いた。
その誰かの姿を認識するより早く、夢はふわふわと様子を変えた。
* * *
夕暮れの庭に、紅国の旗が揺れている。
立派な貴族の屋敷の外側で、国の旗と、貴族の旗が揺れている。屋敷の内側にいる者が、窓からそれを見ている。
(うーん。ここは、先ほどまでと別の場所で、別の時間ね)
フィロシュネーはそう思った。
屋敷はたくさんの明かりで照らされていたけれど、明かりで照らしきれない影があちらこちらで目立っていた。
魔法を使い、気配を忍ばせて影に溶け込むようにして屋敷を探るのは、フィロシュネーがよく知っている金髪の少年――シューエンだ。
(背が伸びたのね。元気そう……)
シューエンの耳はアルメイダ侯爵が誰かと言い争う声を拾っていた。
「カサンドラ。地下で変なものを作るのをやめろ」
「あら、あ、な、た。あなただって、箱の中に王都を造って遊んでいらっしゃるくせに……私はダメなのですか?」
「ディオラマは人畜無害だ」
「私の森も、残念ながら今のところそれほど有害ではないのですよ?」
「有害なものを制作しようとするな」
少年の足は地下に向かう階段の途中で獣人に見つかった。シェイドだ。
「地下室に何の用事だ?」
シェイドの声がガラガラに枯れていて弱々しい風情なので、フィロシュネーは驚いた。前とぜんぜん違う。
「僕は元々が青国貴族でしたから、カサンドラ夫人のご友人はよく手紙を持ってきてくださるのでございます。いらっしゃるでしょう? 僕はお返事を書いたので、渡したいのです」
「そうか……確かに、地下にいる」
うんうん、と許されて、シューエンが階段を降りていく。
降りた先の扉を開けると、地下空間が広がっていた。
と、そのタイミングで、また夢の内容が変わる。
* * *
(また変わった……い、忙しい夢ね。わたくし、シューエンが気になっていたのですけど?)
フィロシュネーは「さっきの夢のつづきを見たいのに」と思ったが、視界には尖塔が並ぶ空国の王城が見えていた。時刻は、夜だ。
空国の王都のどこか、王城を眺められる部屋に、《輝きのネクロシス》のメンバーが集まっている。
照明が控えめな部屋の中央には、棺桶があった。
棺桶にはひび割れた赤い宝石が置かれている。
(あ、あの石……)
「父よ……」
長い黒髪を揺らし、カサンドラが宝石に手をかざす。その表情は、悲しそうだった。なんと、目に涙まで浮かんでいるように見える。
カサンドラの手に魔力があつまり、宝石に注がれていく。フィロシュネーの目には、カサンドラが宝石の姿をしたオルーサを治そうとしているように見えた。
メアリー・スーンとシェイドもカサンドラ同様に両手をかざして魔力を放っている。
彼らの後ろには、ダーウッドがいる。杖を振って魔法を使う仕草をしている。
(あなた、さぼっているわね……)
フィロシュネーの目には、ダーウッドが魔法を使っていないのがわかった。
(それに、もうひとり)
ダーウッドのさらに後ろで、壁にもたれかかるようにして、フェリシエンが腕を組んでいる。
「グラスからこぼれた水は戻らない、死者は生き返らない……騒ぎになるので、石は元の場所に返すように」
フェリシエンが淡々と呟くと、カサンドラは一瞬、奇妙な感情のこもった眼を向けた。
* * *
「……変な夢っ」
がばりと起きたフィロシュネーは、疲労感にため息をついた。
「レクシオ山は魔力が高い場所だから、ふしぎな体験をすることもあるといいますわね。もしかして、神鳥様の奇跡みたいに過去を見たのだったりして……な、なつかしいですわ。この感じ」
情報がぎゅうぎゅうと詰められていて、わけがわからない。
ただの夢とは思えない。
「忘れる前に書き留めておきましょうか……」
フィロシュネーは首をかしげつつ、紙を広げてペンを執り、覚えている夢の内容を書き留めた。
やがて、侍女ジーナが顔を覗かせる。
「フィロシュネー様、おはようございます……書き物をなさっておいででしたか」
「ジーナ。聞いてくださる? わたくし、変な夢をみましたの」
朝の身支度を手伝ってもらいながら、フィロシュネーは夢の話をジーナに共有した。
天幕の外は肌寒い気温で、太陽は控えめに顔をのぞかせて世界を「朝」と呼ばれる時間の色に照らし染めている。
今夜、遺跡で兄たちを迎えるのだ。
フィロシュネーは気持ちを切り替えて特別な一日を開始した。
預言者ダーウッドなどは「全員死罪でいいのでは」と言っていたが、フィロシュネーは慎重に罪を裁こうと思っている。
「未遂だったのですから、安易に命を奪うような裁決はいけないと思うの」
忠誠心が厚いなら、「わたくしの望みはこうなの。だから今後は協力してね」とお願いしたら心強い味方になるのではないかしら。
夜の天幕で横になると、疲労がひたひたと忍び寄ってきて、フィロシュネーはすぐに眠りに落ちた。
そして、夢を見た。
* * *
太陽が青空の真ん中で輝いている。昼だ。
場所は、どこかの街道のように思えた。
深緑色の髪の少年が地面に倒れて激しく咳き込み、血を吐いている。苦しそうだ。
近くでは馬車がひっくり返っていて、馬や御者や騎士らしき男たちが死んでいる。矢が刺さっていたり、斬られた傷があったり……目を逸らしたくなるような、凄惨な現場だ。
少年が赤い瞳でにらむ先には、見るからに無法者といった雰囲気の男たちが数人いる。手には、剣や斧、槍といった武器が握られていた。
男たちは近付いてきて、少年を見て唾を吐いた。
「こいつは病気だな、長く生きられないだろう。いいとこの坊ちゃんのようだから奴隷商人に売れるかと思ったが、がっかりだ」
少年は震えながら左手を持ち上げかけた。その手には、短杖が握られていた。
彼は呪術が使えるのだ、とフィロシュネーが理解したのと同時に、無法者たちも声を上げる。
「気を付けろ、呪術を使うぞ」
警戒の声を交わす無法者たちを見て何を思ったのか、少年は短杖を放した。
からん、と短杖が地面に転がる――盗賊が困惑する中、少年が口の端をゆがめる。
「楽に死にたい。殺せ」
「はあ?」
なんだ、と無法者たちが嘲笑い、少年たちに近付いていく。
「楽に死なせてほしいってか。……阿呆か!」
「ぐはっ!」
悲鳴があがったのは、無法者たちが少年を蹴り、地面に転がして、上から拳を降らせたからだ。
「おい、こいつが苦しめてほしいってよ……!」
「ぎゃはははは!」
(……ひどい)
「……ひどい」
フィロシュネーが思ったのと同時に、低い男性の声が同じ感想を響かせた。
その場に居合わせた、第三者だ。
(だれ?)
――暴力が支配する視界の端で、『第三者』が動いた。
その誰かの姿を認識するより早く、夢はふわふわと様子を変えた。
* * *
夕暮れの庭に、紅国の旗が揺れている。
立派な貴族の屋敷の外側で、国の旗と、貴族の旗が揺れている。屋敷の内側にいる者が、窓からそれを見ている。
(うーん。ここは、先ほどまでと別の場所で、別の時間ね)
フィロシュネーはそう思った。
屋敷はたくさんの明かりで照らされていたけれど、明かりで照らしきれない影があちらこちらで目立っていた。
魔法を使い、気配を忍ばせて影に溶け込むようにして屋敷を探るのは、フィロシュネーがよく知っている金髪の少年――シューエンだ。
(背が伸びたのね。元気そう……)
シューエンの耳はアルメイダ侯爵が誰かと言い争う声を拾っていた。
「カサンドラ。地下で変なものを作るのをやめろ」
「あら、あ、な、た。あなただって、箱の中に王都を造って遊んでいらっしゃるくせに……私はダメなのですか?」
「ディオラマは人畜無害だ」
「私の森も、残念ながら今のところそれほど有害ではないのですよ?」
「有害なものを制作しようとするな」
少年の足は地下に向かう階段の途中で獣人に見つかった。シェイドだ。
「地下室に何の用事だ?」
シェイドの声がガラガラに枯れていて弱々しい風情なので、フィロシュネーは驚いた。前とぜんぜん違う。
「僕は元々が青国貴族でしたから、カサンドラ夫人のご友人はよく手紙を持ってきてくださるのでございます。いらっしゃるでしょう? 僕はお返事を書いたので、渡したいのです」
「そうか……確かに、地下にいる」
うんうん、と許されて、シューエンが階段を降りていく。
降りた先の扉を開けると、地下空間が広がっていた。
と、そのタイミングで、また夢の内容が変わる。
* * *
(また変わった……い、忙しい夢ね。わたくし、シューエンが気になっていたのですけど?)
フィロシュネーは「さっきの夢のつづきを見たいのに」と思ったが、視界には尖塔が並ぶ空国の王城が見えていた。時刻は、夜だ。
空国の王都のどこか、王城を眺められる部屋に、《輝きのネクロシス》のメンバーが集まっている。
照明が控えめな部屋の中央には、棺桶があった。
棺桶にはひび割れた赤い宝石が置かれている。
(あ、あの石……)
「父よ……」
長い黒髪を揺らし、カサンドラが宝石に手をかざす。その表情は、悲しそうだった。なんと、目に涙まで浮かんでいるように見える。
カサンドラの手に魔力があつまり、宝石に注がれていく。フィロシュネーの目には、カサンドラが宝石の姿をしたオルーサを治そうとしているように見えた。
メアリー・スーンとシェイドもカサンドラ同様に両手をかざして魔力を放っている。
彼らの後ろには、ダーウッドがいる。杖を振って魔法を使う仕草をしている。
(あなた、さぼっているわね……)
フィロシュネーの目には、ダーウッドが魔法を使っていないのがわかった。
(それに、もうひとり)
ダーウッドのさらに後ろで、壁にもたれかかるようにして、フェリシエンが腕を組んでいる。
「グラスからこぼれた水は戻らない、死者は生き返らない……騒ぎになるので、石は元の場所に返すように」
フェリシエンが淡々と呟くと、カサンドラは一瞬、奇妙な感情のこもった眼を向けた。
* * *
「……変な夢っ」
がばりと起きたフィロシュネーは、疲労感にため息をついた。
「レクシオ山は魔力が高い場所だから、ふしぎな体験をすることもあるといいますわね。もしかして、神鳥様の奇跡みたいに過去を見たのだったりして……な、なつかしいですわ。この感じ」
情報がぎゅうぎゅうと詰められていて、わけがわからない。
ただの夢とは思えない。
「忘れる前に書き留めておきましょうか……」
フィロシュネーは首をかしげつつ、紙を広げてペンを執り、覚えている夢の内容を書き留めた。
やがて、侍女ジーナが顔を覗かせる。
「フィロシュネー様、おはようございます……書き物をなさっておいででしたか」
「ジーナ。聞いてくださる? わたくし、変な夢をみましたの」
朝の身支度を手伝ってもらいながら、フィロシュネーは夢の話をジーナに共有した。
天幕の外は肌寒い気温で、太陽は控えめに顔をのぞかせて世界を「朝」と呼ばれる時間の色に照らし染めている。
今夜、遺跡で兄たちを迎えるのだ。
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