上 下
293 / 384
4、奪還のベリル

287、こぼれた水は戻らない、死者は生き返らない

しおりを挟む
 遺跡の入り口を塞ごうとした者たちは、全員、拘束された。

 預言者ダーウッドなどは「全員死罪でいいのでは」と言っていたが、フィロシュネーは慎重に罪を裁こうと思っている。
 
「未遂だったのですから、安易に命を奪うような裁決はいけないと思うの」
 
 忠誠心が厚いなら、「わたくしの望みはこうなの。だから今後は協力してね」とお願いしたら心強い味方になるのではないかしら。
 
 夜の天幕で横になると、疲労がひたひたと忍び寄ってきて、フィロシュネーはすぐに眠りに落ちた。

 そして、夢を見た。

 * * *

 太陽が青空の真ん中で輝いている。昼だ。
 場所は、どこかの街道のように思えた。
 
 深緑色の髪の少年が地面に倒れて激しく咳き込み、血を吐いている。苦しそうだ。
 
 近くでは馬車がひっくり返っていて、馬や御者や騎士らしき男たちが死んでいる。矢が刺さっていたり、斬られた傷があったり……目を逸らしたくなるような、凄惨な現場だ。
 
 少年が赤い瞳でにらむ先には、見るからに無法者といった雰囲気の男たちが数人いる。手には、剣や斧、槍といった武器が握られていた。
 男たちは近付いてきて、少年を見て唾を吐いた。

「こいつは病気だな、長く生きられないだろう。いいとこの坊ちゃんのようだから奴隷商人に売れるかと思ったが、がっかりだ」
 
 少年は震えながら左手を持ち上げかけた。その手には、短杖ワンドが握られていた。
 彼は呪術が使えるのだ、とフィロシュネーが理解したのと同時に、無法者たちも声を上げる。

「気を付けろ、呪術を使うぞ」
 
 警戒の声を交わす無法者たちを見て何を思ったのか、少年は短杖ワンドを放した。
 からん、と短杖ワンドが地面に転がる――盗賊が困惑する中、少年が口の端をゆがめる。

「楽に死にたい。殺せ」
「はあ?」
 
 なんだ、と無法者たちが嘲笑い、少年たちに近付いていく。

「楽に死なせてほしいってか。……阿呆か!」

「ぐはっ!」

 悲鳴があがったのは、無法者たちが少年を蹴り、地面に転がして、上から拳を降らせたからだ。

「おい、こいつが苦しめてほしいってよ……!」
「ぎゃはははは!」

(……ひどい)
「……ひどい」

 フィロシュネーが思ったのと同時に、低い男性の声が同じ感想を響かせた。
 その場に居合わせた、第三者だ。

(だれ?)
 
 ――暴力が支配する視界の端で、『第三者』が動いた。

 その誰かの姿を認識するより早く、夢はふわふわと様子を変えた。


 * * *

 
 夕暮れの庭に、紅国の旗が揺れている。
 立派な貴族の屋敷の外側で、国の旗と、貴族の旗が揺れている。屋敷の内側にいる者が、窓からそれを見ている。
 
(うーん。ここは、先ほどまでと別の場所で、別の時間ね)
 フィロシュネーはそう思った。

 屋敷はたくさんの明かりで照らされていたけれど、明かりで照らしきれない影があちらこちらで目立っていた。
 
 魔法を使い、気配を忍ばせて影に溶け込むようにして屋敷を探るのは、フィロシュネーがよく知っている金髪の少年――シューエンだ。

(背が伸びたのね。元気そう……)

 シューエンの耳はアルメイダ侯爵が誰かと言い争う声を拾っていた。

「カサンドラ。地下で変なものを作るのをやめろ」
「あら、あ、な、た。あなただって、箱の中に王都を造って遊んでいらっしゃるくせに……私はダメなのですか?」
「ディオラマは人畜無害だ」
「私の森も、残念ながら今のところそれほど有害ではないのですよ?」
「有害なものを制作しようとするな」
 
 少年の足は地下に向かう階段の途中で獣人に見つかった。シェイドだ。

「地下室に何の用事だ?」
 
 シェイドの声がガラガラに枯れていて弱々しい風情なので、フィロシュネーは驚いた。前とぜんぜん違う。

「僕は元々が青国貴族でしたから、カサンドラ夫人のご友人はよく手紙を持ってきてくださるのでございます。いらっしゃるでしょう? 僕はお返事を書いたので、渡したいのです」
「そうか……確かに、地下にいる」

 うんうん、と許されて、シューエンが階段を降りていく。
 降りた先の扉を開けると、地下空間が広がっていた。
 
 と、そのタイミングで、また夢の内容が変わる。

 
 * * *


(また変わった……い、忙しい夢ね。わたくし、シューエンが気になっていたのですけど?)
 
 フィロシュネーは「さっきの夢のつづきを見たいのに」と思ったが、視界には尖塔が並ぶ空国の王城が見えていた。時刻は、夜だ。
 空国の王都のどこか、王城を眺められる部屋に、《輝きのネクロシス》のメンバーが集まっている。
 照明が控えめな部屋の中央には、棺桶があった。
 棺桶にはひび割れた赤い宝石が置かれている。
 
(あ、あの石……)

「父よ……」
 
 長い黒髪を揺らし、カサンドラが宝石に手をかざす。その表情は、悲しそうだった。なんと、目に涙まで浮かんでいるように見える。
 
 カサンドラの手に魔力があつまり、宝石に注がれていく。フィロシュネーの目には、カサンドラが宝石の姿をしたオルーサを治そうとしているように見えた。
 
 メアリー・スーンとシェイドもカサンドラ同様に両手をかざして魔力を放っている。
 
 彼らの後ろには、ダーウッドがいる。杖を振って魔法を使う仕草をしている。
(あなた、さぼっているわね……)
 フィロシュネーの目には、ダーウッドが魔法を使っていないのがわかった。

(それに、もうひとり)
 ダーウッドのさらに後ろで、壁にもたれかかるようにして、フェリシエンが腕を組んでいる。

「グラスからこぼれた水は戻らない、死者は生き返らない……騒ぎになるので、石は元の場所に返すように」

 フェリシエンが淡々と呟くと、カサンドラは一瞬、奇妙な感情のこもった眼を向けた。
 

 * * *
 

「……変な夢っ」

 がばりと起きたフィロシュネーは、疲労感にため息をついた。
 
「レクシオ山は魔力が高い場所だから、ふしぎな体験をすることもあるといいますわね。もしかして、神鳥様の奇跡みたいに過去を見たのだったりして……な、なつかしいですわ。この感じ」
  
 情報がぎゅうぎゅうと詰められていて、わけがわからない。
 ただの夢とは思えない。
 
「忘れる前に書き留めておきましょうか……」
 
 フィロシュネーは首をかしげつつ、紙を広げてペンを執り、覚えている夢の内容を書き留めた。

 やがて、侍女ジーナが顔を覗かせる。
 
「フィロシュネー様、おはようございます……書き物をなさっておいででしたか」
「ジーナ。聞いてくださる? わたくし、変な夢をみましたの」
 
 朝の身支度を手伝ってもらいながら、フィロシュネーは夢の話をジーナに共有した。
 
 天幕の外は肌寒い気温で、太陽は控えめに顔をのぞかせて世界を「朝」と呼ばれる時間の色に照らし染めている。

 今夜、遺跡で兄たちを迎えるのだ。
 フィロシュネーは気持ちを切り替えて特別な一日を開始した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

処理中です...