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4、奪還のベリル
277、雲はあなたの頭上にいて、あなたを見ています
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月隠を前に、フィロシュネーとハルシオンはレクシオ山へと出かけた。
レクシオ山は、青国と空国の国境付近にある。
レクシオ山の麓には都市グランパークスがあって、紅葉とオレンジの屋根で彩られた都市景色には季節感があった。
「レクシオ山に登るんだって」
「こんな時節に、なぜ? 神鳥さまは二年前に代替わりして、フィロシュネー様に加護をお与えくださっているのだろうに」
見送りの都市グランパークスの民が旗を振りつつ、ふしぎそうにしている。
聖女や神鳥は、青国と空国の二国を支配・管理していた呪術師オルーサが作り上げた幻想だ。二年前、十四歳だったフィロシュネーに加護をくれた神鳥は、オルーサといっしょに消えてしまった。
けれど、ダーウッドが紅国でフェニックスのふりをしてみせたことで、民の間では「神鳥さまは現在も健在で、フィロシュネー様に加護を与えている」と信じられている。
「……みなさま、お見送りありがとうございます。いってまいりますね」
フィロシュネーは馬車の前でスッと右手をあげた。左手に、天空神アエロカエルスの聖印魔導具を握って告げるのは、聖女っぽい言葉だ。
「神鳥さまは、いつも空国と青国を慈しんでいてくださいます。どうぞご安心ください」
準備していた預言者ダーウッドがフェニックスの姿でひらりと飛翔して、民を驚かせる。
神鳥さま、フェニックス、といった声がいくつもあがって、フィロシュネーはにっこりとした。
「……そして、天上の神々も、わたくしたちの味方なのですわ」
フェニックス姿のダーウッドが飛び去るタイミングに合わせて、フィロシュネーは天空神アエロカエルスの聖印魔導具に聖句を唱えた。
「誰もいないと思っていても、雲はあなたの頭上にいて、あなたを見ています。空がいつも地上を見守っていることを、忘れないで」
ふんわりとした白い霧のようなものが登山隊の周囲に漂うと、周囲は「なにかわからないが、聖女様がお力を使われた」と大いに盛り上がった。
この霧は守護の結界で、紅国の天空神アエロカエルス信者の中でも許された者しか使えない奇跡なのだ、と訳知り顔で説明する者が出てきて、知識が広まっていく。
「紅国の神の加護だ! 他国の神にまで愛されるとは……!」
「聖女様……‼」
ハルシオンが差し出す手を取り、馬車に乗り込んだフィロシュネーは満足の吐息をついた。
「立派な聖女様姿でしたよ。私は胸が熱くなりました。動悸もすごいです」
「ありがとうございます、ハルシオン様……動悸は大丈夫ですか?」
「幸せな動悸です。頭がくらくらします……、うふふ」
「し、深呼吸していただいて……」
こうして、盛大な声援を背後に、登山隊は出発した。
* * *
登山隊は、魔法生物を多く連れている。
フィロシュネーが乗っているのは、白くて首の長い魔法生物・クラウドムートンが引く馬車だ。
空国の呪術で補助することで、馬車ごと空中に浮いて移動ができるのである。
難点は、長時間の安定した移動が困難なために休憩を多めに必要とする点。地上の登山隊は先行し、登山路に馬車が降りて休憩できる地点を用意した。
空中を飛翔する馬車隊は、地上の登山隊の後を追う形でゆっくり、ゆっくり、進んでいく。
一行の上には、雲のない快晴の青空が広がっている。山の麓は、緑の草が生い茂っていた。ゆるい傾斜の山肌は、緑や黄土色の草の絨毯が複雑な彩を見せている。
同じ馬車の中にいるハルシオンといっしょになって外の山景色を見下ろすフィロシュネーの手には、天空神アエロカエルスの聖印魔導具がある。
「シュネーさん、紅葉がきれいですね。アルピナの花も咲いていますよ。ほら、あそこ」
「紫の花ね。かわいらしいですわね」
休憩地点で馬車から降りて、フィロシュネーは山の空気をゆっくりと吸い込んだ。そして、水を飲んでいるクラウドムートンに治癒魔法をかけた。疲労回復に役立てば、と思ったのだ。
「ふぇ~~」
クラウドムートンは、ふぇーと鳴く。癒し系だ。
「よしよし、しめしめ」
フィロシュネーが首を撫でていると、ちらほらと周りからも「よしよし、しめしめ」と騎乗用の馬や魔法生物を労わる声が聞こえてくる。
いつからかはわからないが、「よしよし、しめしめ」は一般的な言葉として使われるようになっていた。慰めたり、労わったり、喜んだりするときに使うのだ。
ふわっと風にまぎれて漂ってくるのは、肉が焼ける美味しそうな匂い。
「魔獣が出たので、地上班が狩猟いたしました」
地上を進んでいた騎士が報告してくる。持ってきた食糧に加えて、山で採取した木の実や山菜が調理されているらしい。
「文献によると、ちょうど我々の国が二つに分かれたあたりから神鳥や聖女、預言者という言葉が出始めています」
火を囲んで座り、運ばれてきた料理に目を細めながら、ハルシオンは教えてくれた。
「オルーサがなにを思って人形たちに特別な役職を創り出したのか、私にはいまいちわかりません。古い時代の聖女候補は荒れた山を苦労して登ったりして、途中で命を落とす者もいたようですよ」
(それに比べると、わたくしはなんて楽なの。なんだか、古い時代の方々に申し訳なくなっちゃうわ)
フィロシュネーはそんなことを考えながら、魔獣の肉をいただいた。ちょっと筋ばっていて、固め。でも、美味しい。
「賢者どののお話によれば、遺跡があるのはレクシオ山の頂上付近……これまで神鳥の巣があった場所の近くです」
レクシオ山は、青国と空国の国境付近にある。
レクシオ山の麓には都市グランパークスがあって、紅葉とオレンジの屋根で彩られた都市景色には季節感があった。
「レクシオ山に登るんだって」
「こんな時節に、なぜ? 神鳥さまは二年前に代替わりして、フィロシュネー様に加護をお与えくださっているのだろうに」
見送りの都市グランパークスの民が旗を振りつつ、ふしぎそうにしている。
聖女や神鳥は、青国と空国の二国を支配・管理していた呪術師オルーサが作り上げた幻想だ。二年前、十四歳だったフィロシュネーに加護をくれた神鳥は、オルーサといっしょに消えてしまった。
けれど、ダーウッドが紅国でフェニックスのふりをしてみせたことで、民の間では「神鳥さまは現在も健在で、フィロシュネー様に加護を与えている」と信じられている。
「……みなさま、お見送りありがとうございます。いってまいりますね」
フィロシュネーは馬車の前でスッと右手をあげた。左手に、天空神アエロカエルスの聖印魔導具を握って告げるのは、聖女っぽい言葉だ。
「神鳥さまは、いつも空国と青国を慈しんでいてくださいます。どうぞご安心ください」
準備していた預言者ダーウッドがフェニックスの姿でひらりと飛翔して、民を驚かせる。
神鳥さま、フェニックス、といった声がいくつもあがって、フィロシュネーはにっこりとした。
「……そして、天上の神々も、わたくしたちの味方なのですわ」
フェニックス姿のダーウッドが飛び去るタイミングに合わせて、フィロシュネーは天空神アエロカエルスの聖印魔導具に聖句を唱えた。
「誰もいないと思っていても、雲はあなたの頭上にいて、あなたを見ています。空がいつも地上を見守っていることを、忘れないで」
ふんわりとした白い霧のようなものが登山隊の周囲に漂うと、周囲は「なにかわからないが、聖女様がお力を使われた」と大いに盛り上がった。
この霧は守護の結界で、紅国の天空神アエロカエルス信者の中でも許された者しか使えない奇跡なのだ、と訳知り顔で説明する者が出てきて、知識が広まっていく。
「紅国の神の加護だ! 他国の神にまで愛されるとは……!」
「聖女様……‼」
ハルシオンが差し出す手を取り、馬車に乗り込んだフィロシュネーは満足の吐息をついた。
「立派な聖女様姿でしたよ。私は胸が熱くなりました。動悸もすごいです」
「ありがとうございます、ハルシオン様……動悸は大丈夫ですか?」
「幸せな動悸です。頭がくらくらします……、うふふ」
「し、深呼吸していただいて……」
こうして、盛大な声援を背後に、登山隊は出発した。
* * *
登山隊は、魔法生物を多く連れている。
フィロシュネーが乗っているのは、白くて首の長い魔法生物・クラウドムートンが引く馬車だ。
空国の呪術で補助することで、馬車ごと空中に浮いて移動ができるのである。
難点は、長時間の安定した移動が困難なために休憩を多めに必要とする点。地上の登山隊は先行し、登山路に馬車が降りて休憩できる地点を用意した。
空中を飛翔する馬車隊は、地上の登山隊の後を追う形でゆっくり、ゆっくり、進んでいく。
一行の上には、雲のない快晴の青空が広がっている。山の麓は、緑の草が生い茂っていた。ゆるい傾斜の山肌は、緑や黄土色の草の絨毯が複雑な彩を見せている。
同じ馬車の中にいるハルシオンといっしょになって外の山景色を見下ろすフィロシュネーの手には、天空神アエロカエルスの聖印魔導具がある。
「シュネーさん、紅葉がきれいですね。アルピナの花も咲いていますよ。ほら、あそこ」
「紫の花ね。かわいらしいですわね」
休憩地点で馬車から降りて、フィロシュネーは山の空気をゆっくりと吸い込んだ。そして、水を飲んでいるクラウドムートンに治癒魔法をかけた。疲労回復に役立てば、と思ったのだ。
「ふぇ~~」
クラウドムートンは、ふぇーと鳴く。癒し系だ。
「よしよし、しめしめ」
フィロシュネーが首を撫でていると、ちらほらと周りからも「よしよし、しめしめ」と騎乗用の馬や魔法生物を労わる声が聞こえてくる。
いつからかはわからないが、「よしよし、しめしめ」は一般的な言葉として使われるようになっていた。慰めたり、労わったり、喜んだりするときに使うのだ。
ふわっと風にまぎれて漂ってくるのは、肉が焼ける美味しそうな匂い。
「魔獣が出たので、地上班が狩猟いたしました」
地上を進んでいた騎士が報告してくる。持ってきた食糧に加えて、山で採取した木の実や山菜が調理されているらしい。
「文献によると、ちょうど我々の国が二つに分かれたあたりから神鳥や聖女、預言者という言葉が出始めています」
火を囲んで座り、運ばれてきた料理に目を細めながら、ハルシオンは教えてくれた。
「オルーサがなにを思って人形たちに特別な役職を創り出したのか、私にはいまいちわかりません。古い時代の聖女候補は荒れた山を苦労して登ったりして、途中で命を落とす者もいたようですよ」
(それに比べると、わたくしはなんて楽なの。なんだか、古い時代の方々に申し訳なくなっちゃうわ)
フィロシュネーはそんなことを考えながら、魔獣の肉をいただいた。ちょっと筋ばっていて、固め。でも、美味しい。
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