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4、奪還のベリル
263、『カサンドラ先生の像』……呪われていますけど!
しおりを挟むヘンリー・グレイ男爵の屋敷を見たフィロシュネーの感想は、「なぜこんな屋敷に住んでいるの?」だった。
場所は王都の郊外にあって、近くに別の貴族が所有する高い建築物があり、日陰になっている。
塀は外の世界を拒絶するように高い。門は小さい。
門から屋敷までは、距離が短い。屋敷の壁はところどころ塗装が剥がれている。
庭は手入れ不足で雑草が伸び放題。変な銅像が立っている。屋敷も庭もぼろぼろなのに、銅像だけピッカピカ!
「ダーウッド、このお屋敷はずっとこうなの?」
「男爵は人嫌いですからな。使用人も少ないのでしょう」
預言者ダーウッドと話していると、屋敷の中から家令とヘンリー・グレイ男爵がやってきた。脚が痛いのか、引きずるようなぎこちない歩き方だ。咳もしている。顔色も悪い。
「へ、陛下。こほっ、ようこそいらっしゃいました……こほっ」
フィロシュネーは驚いた。
「まあ、男爵。ほんとうにご体調が悪そうですのね」
労わるように手をかざして治癒魔法をつかうと、ヘンリー・グレイ男爵はみるみるうちに顔色がよくなった。脚も痛まないようだし、咳もおさまっている。
「治癒魔法を受けたのは初めてですが、これほどとは。ありがとうございます、陛下。生まれてから今がいちばん体調がいいかもしれません」
大袈裟ね、とフィロシュネーは笑ったのだが、家令は「こんなに男爵様の顔色がよいのは初めてです」と言葉を添えている。家令も男爵も冗談を言うタイプに見えないので、真実なのだろう。
「わたくしの魔法がお役に立てたなら、よかったですわ。ところで……あの銅像は、なんですの」
フィロシュネーは女性の銅像に視線を向けた。先ほどから気になっていたのだ。
髪は長く、マーメイドラインのドレス姿で、美人なのだが、どうも誰かに似ている気がする。
隣でダーウッドも「この像……」と不気味そうにしている。
二人が像に注目していることに気付いたヘンリー・グレイ男爵は、像の正面に案内してくれた。台座に文字が彫ってある。
「我が家の祖先がつくった像です」
台座の文字を見て、フィロシュネーとダーウッドが「うっ」と息を呑む。
そこには、『カサンドラ先生の像』という文字が彫ってあった。
「カ、……カサンドラ先生の、像……?」
像は、《輝きのネクロシス》のメンバーであり、紅国の反女王派アルメイダ侯爵夫人であるカサンドラに似ていた。そっくりではないが、本人をモデルにしたんだろうな~と思える程度には、似ている。
フィロシュネーが思考を巡らせていると、ダーウッドは杖の先を像に向けて何かの魔法を使った。
すると、ふしぎな現象が起きた。
「なにかがわたくしの手から染み出て、流れていってる……」
フィロシュネーは自分の手を見た。
……手のひらや指先から、ふわふわとなにかが流れ出ていく。出て行ったそれは、像へと吸われていく。
自分だけではない。家令も、ヘンリー・グレイ男爵も、ダーウッドも、ふわふわと肩や腕からなにかを出している。
自分たちから流れ出たなにかは、カサンドラの像へと吸い込まれている。
少しずつ、ゆっくりと。
「こ、これは!?」
「なにかが出て、吸われている! な、なんだ?」
家令もヘンリー・グレイ男爵もぎょっとしている。
人間だけではない。
周囲の木々や草花、人間から、像に向けてキラキラとした何かが少しずつゆっくりと流れていく。
「預言者どの。我が家になにをなさったのですか?」
ヘンリー・グレイ男爵は怯えを孕んだ眼でダーウッドを見た。
対するダーウッドの返答は、淡々と真実を告げる声色だった。
「この像は、悪しき呪術師がつくった呪いの像です。像はここに建っているだけで、周囲の生命力を少しずつ、吸い続けているのですよ。ふうむ。距離が近ければ近いほど、多くの生命力を吸われてしまうようですな」
日当たりが悪いのも原因のひとつだが、生命力を吸われるせいで、庭の木々はほっそりとしている。草花はくたりとしている。屋敷で暮らす人間も病弱になってしまう。
ダーウッドがそう語ると、ヘンリー・グレイ男爵は頭を抱えた。
「な……なんと。そんな馬鹿な。いえ、預言者どのがおっしゃるのですから真実なのでしょうが……この像は、僕の何代も前の祖先が建てたもので――」
フィロシュネーはグレイ男爵家の人々とヘンリー・グレイ男爵に同情した。
生まれる環境は選べない。
王侯貴族には、とうとき血統を保つために血筋が近い者同士が結婚するのを何代も繰り返しているうちに生まれる子孫の気質や体質が不安定になってしまった例がいくつもある。
それに加えて、先祖代々伝わる像のせいで病弱になってしまうとは、なんという不幸だろう。
「ダーウッド、像の呪いは止められますの? こうしてお話している最中にも生命力が吸われているようで、わたくしは不気味ですわ」
フィロシュネーが言えば、ダーウッドは杖を振って生命力が吸われるのを止めてくれた。
「カサンドラは不老症ですからな。グレイ男爵の祖先との間になにかしらの縁があってもおかしくはありませんが……私の国で無断で勝手なことをするのは許さない、といつも言っているのに」
「呪いは、おさまったのですか」
ヘンリー・グレイ男爵は気持ち悪そうに像の全身を見てから、フィロシュネーとダーウッドに頭を下げた。
「祖先の時代の呪いから我が男爵家を解放してくださり、ありがとうございます」
脚も痛む様子がなく、顔色がよくなって背筋も健やかに伸びたヘンリー・グレイ男爵は、何度も感謝を告げながらフィロシュネーたちを屋敷の応接室へと案内してくれた。
「空気が美味しいような気がします。屋敷が明るくなった気がします。気のせいでしょうか。ふう……このご恩は必ずお返しいたします」
ヘンリー・グレイ男爵が紅茶のもてなしを手配しながら言うので、フィロシュネーはここぞとばかりに本題を切り出した。
「グレイ男爵。この紙を見てくださる?」
「はい、陛下」
『青国のグレイ男爵の祖先に、月隠に行方不明になり、三年後に戻ってきた男がいる、という話を聞いたことがある』というメッセージが書かれた紙を見せて、フィロシュネーはストレートに要望を伝えた。
「わたくしは、グレイ男爵の祖先について知りたいのです。教えてくださるとうれしいですわ」
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