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4、奪還のベリル
258、エドワード・ウィンスロー男爵は意外と腰抜けなのかもしれません
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『来週、会議をします。知識人として知られるヘンリー・グレイ男爵は、ぜひご参加ください』
青国の王城『サファイアキープ』に戻ったフィロシュネーは、ヘンリー・グレイ男爵への招待状をしたためた。そして、窓を開けて「よいしょ」と執務室に入ってきた『自称・紅国の預言者』少年魔法使いを無視して書類の束に目を通した。
「お姫様はお仕事熱心ですね」
執務室の主、青王の机は、部屋の扉を正面に見る角度で置かれている。
少年魔法使いは青王の机の前――扉に背を向ける角度で置かれたソファに座り、瞑想でもするように目を閉じた。
(寝るのかしら。まあ、いいでしょう)
ソファに向かう角度で机に座るフィロシュネーは真剣に書類の情報を読み込んだ。
農村では耕作する農地に税金が課され、穀物での徴収の他、金銭や労役でも支払われている。領主の直営地で耕作や機織り、運搬などを行う賦役もある。もちろん、兵役も。
「賦役や兵役は、金銭納税で免除を受けやすくしてほしかったですね」
読んでいるところを理解しているように、少年魔法使いがぼやいている。
「地方の領主が自らの領地で税金を徴収するでしょう? 一定の標準がなく、領主の判断で税率が異なるでしょう? 民は、生まれた土地と時代を選べません。世の中は不公平ですね。徴税官による横領もありました。財政管理官が帳簿を誤魔化してつけていたこともありました」
(……う、恨み節)
フィロシュネーは反応に困った。
サイラスだ。青国を恨むサイラスが、少年の姿でぼやいている……。
「独り言です」
「あ、はい……公平を目指しましょう。横領や不正も取り締まりましょう」
フィロシュネーは書類をめくった。
天候や作物の収穫量によって農民の収入は不安定だが、納める税は一定である領地が多い。
「とても困りますよね。収入が少ないときは、税も減らしていただきませんと」
「あ、はい……」
わたくしの手元の書類が、見えているみたい。
フィロシュネーは何とも言えないやりにくさを感じながら、書類をめくった。
都市民には住民税が課せられており、都市に出入りする際には通行税が取られる。
商人は領内での安全を保証してもらうため、領主への保護税を払っている。
「その割に、安全ではないのですよ。だから商人は護衛を自前で雇うんです」
「そ、そう」
「領主の中には、戦争などの非常時に必要な武器を鍛冶屋から徴収する者もいたようですよ。『お前、領地が攻められたら店もやっていけないんだぞ。わかるだろ』と脅すようにして、無償で提供させ……」
「む、むう。それ、いつの時代のお話よ」
「クラストス王の時代ですが」
「わたくしの国が、しゅいませんでした……」
しおしおと謝ってから、フィロシュネーは試しに聞いてみた。
「あのう。石は、使っていないわよね?」
少年魔法使いは、微妙な気配になった。
「石を使わないと、俺は姫のそばにいられません」
なるほど。
フィロシュネーは書類を置いてソファに近付いた。
置物みたいに大人しく座っている少年魔法使いの手に触れ、頬に触れると、体温は氷のように冷たい。
手首や首のあたりは、脈動がなかった。
まるで、お人形のよう。
「夢をみているようです」
お人形がぽつりと言った。
「あなたは石に願って、なんだか不思議なことをしているのね」
「俺にもよくわからないのです」
無感情な声は、海を思い出させた。
足がつかなくて、広くて、どこまでも続く――ちょっと怖い、海。
「わたくし、もう一度申しますわね」
フィロシュネーは、人形のような頬を撫でた。
「ちょっと、怖い感じがしますの。石に祈りを捧げるのをやめてくださる? ……今すぐよ」
手を放して瞳を閉じて、独り言のように意思を伝える。
「わたくし、数を数えますわね。三つ数えます」
いち、に、さん。
ゆっくりと数えて目を開けると、ソファは無人になっていた。
夢を見ていたよう。
相手もきっと、そう思っているかしら。
フィロシュネーは石の不思議な力に困惑しながら、青王の執務机に戻った。
税関連の書類を閲覧し終えて『外来魔法動植物による旧来の生態系への悪影響」という資料を眺めていると、侍女のジーナがお茶を運んでくる。
「フィロシュネー様。こちらはヘンリー・グレイ男爵が好むという紅茶で、ブレンド名は『ブックライブ・フレンド』です」
ヘンリー・グレイ男爵は、本読み友達を求めていたりするのだろうか。
紅茶はかなり渋い味がして、ミルクを入れると飲みやすくなった。
「こちらがヘンリー・グレイ男爵の好む本です」
シフォン補佐官がやってきて、本をテーブルに置いてくれる。
紅茶をいただきながら、フィロシュネーは順番に本を手に取り、その内容を頭に入れた。
魔法書、地学書、数学書、歴史書、医術書、芸術論……恋愛物語?
「お待ちになって。ヘンリー・グレイ男爵は恋愛物語も嗜まれるの?」
「活字中毒、というらしいですよ。文字が書かれていたら、日記帳でも喜んで読みふけるのだとか」
「では、今頃わたくしが書いたお手紙を喜んで読んでいらっしゃるのかしら」
『あたらしい文字だ、やったぞ嬉しいな! なにが書いてあるんだ?』とはしゃぐヘンリー・グレイ男爵を想像して、フィロシュネーは親しみを覚えた。
「ああ、そうそう。『新王を案ずる会』の中心人物――エドワード・ウィンスロー男爵は、お元気かしら。そちらにも、招待状を送りましょうね」
フィロシュネーが言えば、シフォン補佐官は「そちらの方々ですが」と微笑んだ。
「『よしよし、しめしめ、慰め隊』が功を奏したのか、アーサー王が帰還予定だという預言が効いたのか、はたまたフィロシュネー陛下の政治ぶりが好評なためか……『新王を案ずる会』は自然消滅しそうな雰囲気なのです――」
「まあ。そうなの」
誰かが新王の不満を言おうとすれば、エドワード・ウィンスロー男爵は「やめよ」と言って止めるようにすらなったのだという。
「まあ、それは……エドワード・ウィンスロー男爵のお心はよくわからないですけど、よかったですわね」
「まことに……エドワード・ウィンスロー男爵は意外と腰抜けなのかもしれません」
フィロシュネーはニコニコとしてエドワード・ウィンスロー男爵への手紙を書いた。
『わたくしを心配してくださっていたエドワード・ウィンスロー男爵へ。会議をするので、ぜひご参加ください』
……と。
青国の王城『サファイアキープ』に戻ったフィロシュネーは、ヘンリー・グレイ男爵への招待状をしたためた。そして、窓を開けて「よいしょ」と執務室に入ってきた『自称・紅国の預言者』少年魔法使いを無視して書類の束に目を通した。
「お姫様はお仕事熱心ですね」
執務室の主、青王の机は、部屋の扉を正面に見る角度で置かれている。
少年魔法使いは青王の机の前――扉に背を向ける角度で置かれたソファに座り、瞑想でもするように目を閉じた。
(寝るのかしら。まあ、いいでしょう)
ソファに向かう角度で机に座るフィロシュネーは真剣に書類の情報を読み込んだ。
農村では耕作する農地に税金が課され、穀物での徴収の他、金銭や労役でも支払われている。領主の直営地で耕作や機織り、運搬などを行う賦役もある。もちろん、兵役も。
「賦役や兵役は、金銭納税で免除を受けやすくしてほしかったですね」
読んでいるところを理解しているように、少年魔法使いがぼやいている。
「地方の領主が自らの領地で税金を徴収するでしょう? 一定の標準がなく、領主の判断で税率が異なるでしょう? 民は、生まれた土地と時代を選べません。世の中は不公平ですね。徴税官による横領もありました。財政管理官が帳簿を誤魔化してつけていたこともありました」
(……う、恨み節)
フィロシュネーは反応に困った。
サイラスだ。青国を恨むサイラスが、少年の姿でぼやいている……。
「独り言です」
「あ、はい……公平を目指しましょう。横領や不正も取り締まりましょう」
フィロシュネーは書類をめくった。
天候や作物の収穫量によって農民の収入は不安定だが、納める税は一定である領地が多い。
「とても困りますよね。収入が少ないときは、税も減らしていただきませんと」
「あ、はい……」
わたくしの手元の書類が、見えているみたい。
フィロシュネーは何とも言えないやりにくさを感じながら、書類をめくった。
都市民には住民税が課せられており、都市に出入りする際には通行税が取られる。
商人は領内での安全を保証してもらうため、領主への保護税を払っている。
「その割に、安全ではないのですよ。だから商人は護衛を自前で雇うんです」
「そ、そう」
「領主の中には、戦争などの非常時に必要な武器を鍛冶屋から徴収する者もいたようですよ。『お前、領地が攻められたら店もやっていけないんだぞ。わかるだろ』と脅すようにして、無償で提供させ……」
「む、むう。それ、いつの時代のお話よ」
「クラストス王の時代ですが」
「わたくしの国が、しゅいませんでした……」
しおしおと謝ってから、フィロシュネーは試しに聞いてみた。
「あのう。石は、使っていないわよね?」
少年魔法使いは、微妙な気配になった。
「石を使わないと、俺は姫のそばにいられません」
なるほど。
フィロシュネーは書類を置いてソファに近付いた。
置物みたいに大人しく座っている少年魔法使いの手に触れ、頬に触れると、体温は氷のように冷たい。
手首や首のあたりは、脈動がなかった。
まるで、お人形のよう。
「夢をみているようです」
お人形がぽつりと言った。
「あなたは石に願って、なんだか不思議なことをしているのね」
「俺にもよくわからないのです」
無感情な声は、海を思い出させた。
足がつかなくて、広くて、どこまでも続く――ちょっと怖い、海。
「わたくし、もう一度申しますわね」
フィロシュネーは、人形のような頬を撫でた。
「ちょっと、怖い感じがしますの。石に祈りを捧げるのをやめてくださる? ……今すぐよ」
手を放して瞳を閉じて、独り言のように意思を伝える。
「わたくし、数を数えますわね。三つ数えます」
いち、に、さん。
ゆっくりと数えて目を開けると、ソファは無人になっていた。
夢を見ていたよう。
相手もきっと、そう思っているかしら。
フィロシュネーは石の不思議な力に困惑しながら、青王の執務机に戻った。
税関連の書類を閲覧し終えて『外来魔法動植物による旧来の生態系への悪影響」という資料を眺めていると、侍女のジーナがお茶を運んでくる。
「フィロシュネー様。こちらはヘンリー・グレイ男爵が好むという紅茶で、ブレンド名は『ブックライブ・フレンド』です」
ヘンリー・グレイ男爵は、本読み友達を求めていたりするのだろうか。
紅茶はかなり渋い味がして、ミルクを入れると飲みやすくなった。
「こちらがヘンリー・グレイ男爵の好む本です」
シフォン補佐官がやってきて、本をテーブルに置いてくれる。
紅茶をいただきながら、フィロシュネーは順番に本を手に取り、その内容を頭に入れた。
魔法書、地学書、数学書、歴史書、医術書、芸術論……恋愛物語?
「お待ちになって。ヘンリー・グレイ男爵は恋愛物語も嗜まれるの?」
「活字中毒、というらしいですよ。文字が書かれていたら、日記帳でも喜んで読みふけるのだとか」
「では、今頃わたくしが書いたお手紙を喜んで読んでいらっしゃるのかしら」
『あたらしい文字だ、やったぞ嬉しいな! なにが書いてあるんだ?』とはしゃぐヘンリー・グレイ男爵を想像して、フィロシュネーは親しみを覚えた。
「ああ、そうそう。『新王を案ずる会』の中心人物――エドワード・ウィンスロー男爵は、お元気かしら。そちらにも、招待状を送りましょうね」
フィロシュネーが言えば、シフォン補佐官は「そちらの方々ですが」と微笑んだ。
「『よしよし、しめしめ、慰め隊』が功を奏したのか、アーサー王が帰還予定だという預言が効いたのか、はたまたフィロシュネー陛下の政治ぶりが好評なためか……『新王を案ずる会』は自然消滅しそうな雰囲気なのです――」
「まあ。そうなの」
誰かが新王の不満を言おうとすれば、エドワード・ウィンスロー男爵は「やめよ」と言って止めるようにすらなったのだという。
「まあ、それは……エドワード・ウィンスロー男爵のお心はよくわからないですけど、よかったですわね」
「まことに……エドワード・ウィンスロー男爵は意外と腰抜けなのかもしれません」
フィロシュネーはニコニコとしてエドワード・ウィンスロー男爵への手紙を書いた。
『わたくしを心配してくださっていたエドワード・ウィンスロー男爵へ。会議をするので、ぜひご参加ください』
……と。
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