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4、奪還のベリル

257、私に、民の声を聞かせないでくれ/ ブラックタロン家は、ハルシオン様こそが真実の空王であると主張いたします

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 空国の王都サンドボックスで、民衆が広場に集まっていた。彼らが見つめる先には、ステージがある。
 
 空王の肩書きと王冠をいただく二十一歳の青年、ハルシオンはこれからステージに登壇する予定だ。その耳には、預言者ネネイが呪術で運んでくれる民の声が聞こえている。

「我が国はこれからどうなるのだろう……しっかり者の弟君が空王になられて安心していたのに」
「ハルシオン様といえば、言いたくはないが……あまり大きな声では言えないが……お心に問題がおあり、と有名だったのだよな」
「新しい空王陛下は、ブラックタロン家に爵位を返すのだと言う。そんなことよりも優先すべきことがたくさんあるだろうに」
  
 国旗がたくさん、風に揺れている。
 
「弟の預言者ネネイ。どうして、これから彼らの前に出る私に、こんな声を聞かせるのですか」

 ――預言者ネネイ。私に、民の声を聞かせないでくれ。
 
 ハルシオンが言うと、預言者ネネイは気まずそうに呪術を止めた。

「も、申し訳……」

(ああ、萎縮させてしまった)
 
 ハルシオンは罪悪感を胸に覚えた。
 
(気の弱い預言者ネネイは、最近すこしずつ自信を持てるようになってきた様子だったのに)
 
「ふふっ。……耳を塞いじゃだめですよねえ。アルなら、きっと真面目な顔で胃のあたりでも押さえながら、『民の声を聞かせてくれてありがとう、これからも遠慮なく真実を耳に届けてほしい』と言ったのでしょう」
  
 ごめんね、と呟いて、ネネイに背を向ける。

 だって、これから王様として振る舞うハルシオンは、自分が立派な王様だという自信を持たせてほしいのだ。勘違いをさせてほしいのだ。
 
 自国の預言者が自分のせいでしょんぼりとしてしまったのを見ていたら、逆に「自分は立派じゃない」という気分ばかりが濃くなってしまうではないか……。
 
 民の声が聞こえなくなってから、ハルシオンは腹心を手招きした。
 揃いの騎士服姿をした、茶色の長い髪をひとつに結わえたミランダ・アンドルーテと、緑髪のルーンフォーク・ブラックタロンだ。

「いつか、幼い日。父王に抱き上げられて、第一王子だった私は、お前が王になるのだと教えられたものでした。でも、前世の記憶が蘇って……壊れちゃった」 
 
 腹心のルーンフォークは、「俺も最近、壊れちゃいました」と真面目な顔で言う。
 ミランダは他の全てが存在しないみたいにハルシオンだけを見つめて、綺麗な緑色の瞳をきらきらさせた。

「本日の装いは、スタイルのよいハルシオン様にとてもよくお似合いです」

 ミランダが褒めてくれるので、ハルシオンは嬉しくなった。

「王冠も、似合う?」
「大変、よくお似合いです」

「私は、あの民衆に『立派な王様だ』と思われたいんだ」

 情けない声が出そうになって、ハルシオンは堪えた。

「我が君、ハルシオン様は、歴代のどの王より輝いています。ご立派です」
「ありがとう」
 
(自信がなかったんだ。大丈夫ですよって言って欲しかったんだ)

 声に出さずに本音を抱いて、ハルシオンは足を前に踏み出した。
 忠実な腹心が、後ろについてきてくれる。隣に預言者ネネイが並んで歩いてくれるので、ハルシオンはもう一度小声で言った。

「ネネイ。ごめんね」
 
 空色のマントをひるがえして民衆の前に姿を現すと、歓声が湧いた。
 視界に、白い花びらが大量に舞っている。

 これは、呪術の花だ。
 予定になかった演出だ。――ルーンフォークだ。

 白い花びらは、空中でパァッと虹色の光を弾けさせた。そして、瞬きするほどの時間のあと、その見た目を無数のシャボン玉に変えた。

 ワアッ、と歓声が大きくなる。
 
 シャボン玉は、ハルシオンが一歩進むごとに光輝き、まんまるの形のはしっこから植物の芽のようなものをにょきっと生やして、しゅるしゅると虹色のつたを伸ばし、空色や真珠色、黄金の花を咲かせて――ステージ上に、神秘的な植物園を形成した。

 ハルシオンも内心でびっくりしてしまうほど器用で、濃密な魔力を感じさせる高等な呪術だ。
 
 民が驚いて目を瞠り、「すごい」「なんだこれは」と興奮した声を交わしている。

「――……空王ハルシオン陛下は、呪術の天才であらせられる。大地に愛され、豊潤な魔力を恵まれた、特別な王者であらせられる」
 
 民衆側に用意された小道からステージへと登る緑頭の男が、低い声を響かせた。
 深緑色の髪と、血のような赤い目をした正装姿のフェリシエン・ブラックタロンだ。

「特別な王者には、凡人には想像もつかぬ苦行、試練が与えられるもの。陛下は少年時代よりおのれの特別な天才に苦しまれておられたが、強き意思と臣下の献身により、克服なされた。そして、満を持して王者のきざはしを登られたのである」
 
 よく通る声は、呪術を使って拡声している様子だ。
 
 なにやら、褒めてくれている。
 それはわかるのだが、その論調は大丈夫だろうか? 
 自分はアルブレヒトが見つかった後、王位を返す予定なのだが?

 ……喋るな、黙って登壇しろ、と言うわけにもいかない。
 ハルシオンは困惑気味にフェリシエンの登壇を見守った。
 
「ブラックタロン家は、空王ハルシオン陛下に忠誠をお誓い申し上げる」

 緑髪のフェリシエン・ブラックタロンが壇上で膝をつき、恭しく頭を下げる。
 すると、そばに控えていたルーンフォークも兄を真似するように声を響かせた。

「ブラックタロン家は、ハルシオン様こそが真実の空王であると主張いたします。歴史上、例を見ない呪術の天才であり、心優しき王であります」

(あれ? えっ? 待って? ブラックタロン家さん?)

 ワアアアアッ、と大歓声が湧く。
 
 「いやいや、空国と青国の預言者が預言をしたではないか、アルブレヒト王は帰還するのだぞ」――という少数の声は、大歓声に呑まれ、消えていった。
 
 
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