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4、奪還のベリル
256、騎士の道って、なんでしょう。人の道って、なんでしょう
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月が二つ、くっきりと夜空に輝いている。
「青国と空国の騎士とは、かくも勇猛で頼もしいのだと、わたくしは感激いたしました」
真っすぐな声を響かせる青王フィロシュネーの白銀の髪がきらきらと月光を反射している。
夜風にさらりと揺れて、幻想的な艶めきを見せている。
その美しさに、騎士たちは見惚れた。
レクシオ山のふもとの、騎士道観覧会のステージにそのまま椅子やテーブルを移動した夜宴会場での演説である。
騎士道観覧会のあと、青国と空国は宴を開き、騎士たちの健闘を讃えると同時に、あらためて「騎士を志すと決めた日の自分自身の心と騎士道を思い出すように」と説くことにしたのだ。
「ところで、騎士の道って、なんでしょう。人の道って、なんでしょう」
『飴と鞭はセットです。よろしいですね、陛下』
とは、ソラベル・モンテローザ公爵の言葉であった。
フィロシュネーは言葉を続けた。
「騎士は、戦う力を持っています。力を持つ者は、他者を虐げることもできれば、他者を守ることもできます。君主は、騎士に民を虐げる剣ではなく、民を守る剣であってほしいと説きました。騎士は、騎士道をよしと頷き、誓ってくださったように思うのです……」
胸の前で手を組み、聖女然として声を響かせれば、騎士たちは女神を見るような恍惚とした瞳で頷いた。
(効果を期待できそう?)
フィロシュネーはどきどきしながら、飴を追加した。
「皆様が勇姿を見せてくださったので、空国と青国の民は『自分たちの国にはこんなに強く立派な騎士様がいるのだ』と、日々を安心して過ごすことができますの。ほんとうに感謝いたしますわ」
デレッと頬を緩める騎士を見て、ハルシオンが話を引き継ぐ。
「一方で、私の耳には民の心を怯えさせる振る舞いをする『無法騎士』とやらの報告も入っていますよ。今後はそのような悲しい声が生まれぬようにと、望んでいます。私が皆さんにお仕置きをしたくならないよう、気を付けてくださいね」
フィロシュネーは「ええ、ええ」と言葉を添えた。
「わたくしも、皆さまに『正義の執行』をする日が来ないようにと願っていますわ」
素行が悪ければ、処罰される。
はっきりとそう示すと、騎士たちは表情を引き締めた。そして、二人の王へと最上級の敬礼を捧げた。
* * *
演説が終わり、自由歓談の時間になる。
フィロシュネーはほっとひと息ついた。
「どれほどの騎士が心を改めるか、わかりませんけれどねえ。シュネーさん、我々は今後も竜騎士の人格面をいかに善良に保つか、方策を考え続けなければいけませんよ。だって、ドラゴンが相棒になったら誰だって思い上がっちゃいますからね」
「そうですわね、ハルシオン様……強大な力って、調子に乗ってしまいやすくて、自分にとって危険ですわね」
二人の周囲で、二人の預言者が魔力の鳥を飛ばしている。
「ダーウッド、こちらは見つかりません」
「ネネイ、残念ですが、こちらもです」
アーサーとアルブレヒトの捜索は、日々続いている。
けれど、海を探しても陸を探しても、手がかりひとつ見つからない。
一日、一日過ぎるごとに生存の可能性が低くなっていくみたいで、絶望が膨らんでいきそうで、フィロシュネーはほんとうは怖い。
けれど、ハルシオンがそのとき、ふと思い出したように呟いた。
喋り方の雰囲気からして、独り言だ。
「そういえば、ルーンフォークがなにか言っていたような。扉とか。遺跡に二人がいた痕跡があったとか。開いたら連れて帰れるはずだったとか……。認知のゆがみって言われていたけど、どうなんだろう」
――遺跡? 扉?
フィロシュネーは目を瞬かせた。
「空国の多島海の……オシクレメ海底火山にある遺跡ですか?」
「うーん。それが、ルーンフォークがちょっとお疲れのようで。モンテローザ公爵、治療の進捗はいかがでしょうか? そろそろ職場復帰できそうでしょうか?」
モンテローザ公爵は「改造も禁止されましたし、お返しします」と微笑んだ。
(それって、改造したくて手元に置いといたみたいにも聞こえるのだけど? モンテローザ公爵?)
フィロシュネーは半眼になりつつ、「よかったですわね。後日、復帰祝いをお届けしますわ」とコメントした。
この催しのあと、空王ハルシオンとその臣下たちは空国に帰国する。
「次はぜひ、空国にいらしてください」
ハルシオンはそう言ってフィロシュネーの手を取り、名残惜しそうに手の甲へとキスを落とした。
と、そこへ。
ひらりと風に遊ばれて、どこかから一枚の紙が飛んでくる。
「んっ?」
紙をキャッチしたハルシオンは、「見てください」と見せてきた。
『青国のグレイ男爵の祖先に、月隠に行方不明になり、三年後に戻ってきた男がいる、という話を聞いたことがある』
整然としていて几帳面そうな気質のうかがえる、強い筆圧の文字だ。
フィロシュネーは文面を何度も見て、ふと会場を見渡した。
「……この線のひき方の独特な感じ、わたくし、見たことがある気が……」
きょろきょろと見渡したが、文字を書いた人物が誰かはわからなかった。
「とりあえず、これはとても貴重で、素晴らしい情報ですわね。ハルシオン様」
「すごいです、シュネーさん。思えば、アルとアーサー王も月隠に行方不明になりました。月隠でした!」
「わたくし、青国に帰ったらグレイ男爵にお話をうかがってみますわ!」
「私も、月隠や遺跡に関する情報をもっと調べてみますよ」
――希望がはっきりと見えた気がして、二人は明るい表情で再会を誓った。
「青国と空国の騎士とは、かくも勇猛で頼もしいのだと、わたくしは感激いたしました」
真っすぐな声を響かせる青王フィロシュネーの白銀の髪がきらきらと月光を反射している。
夜風にさらりと揺れて、幻想的な艶めきを見せている。
その美しさに、騎士たちは見惚れた。
レクシオ山のふもとの、騎士道観覧会のステージにそのまま椅子やテーブルを移動した夜宴会場での演説である。
騎士道観覧会のあと、青国と空国は宴を開き、騎士たちの健闘を讃えると同時に、あらためて「騎士を志すと決めた日の自分自身の心と騎士道を思い出すように」と説くことにしたのだ。
「ところで、騎士の道って、なんでしょう。人の道って、なんでしょう」
『飴と鞭はセットです。よろしいですね、陛下』
とは、ソラベル・モンテローザ公爵の言葉であった。
フィロシュネーは言葉を続けた。
「騎士は、戦う力を持っています。力を持つ者は、他者を虐げることもできれば、他者を守ることもできます。君主は、騎士に民を虐げる剣ではなく、民を守る剣であってほしいと説きました。騎士は、騎士道をよしと頷き、誓ってくださったように思うのです……」
胸の前で手を組み、聖女然として声を響かせれば、騎士たちは女神を見るような恍惚とした瞳で頷いた。
(効果を期待できそう?)
フィロシュネーはどきどきしながら、飴を追加した。
「皆様が勇姿を見せてくださったので、空国と青国の民は『自分たちの国にはこんなに強く立派な騎士様がいるのだ』と、日々を安心して過ごすことができますの。ほんとうに感謝いたしますわ」
デレッと頬を緩める騎士を見て、ハルシオンが話を引き継ぐ。
「一方で、私の耳には民の心を怯えさせる振る舞いをする『無法騎士』とやらの報告も入っていますよ。今後はそのような悲しい声が生まれぬようにと、望んでいます。私が皆さんにお仕置きをしたくならないよう、気を付けてくださいね」
フィロシュネーは「ええ、ええ」と言葉を添えた。
「わたくしも、皆さまに『正義の執行』をする日が来ないようにと願っていますわ」
素行が悪ければ、処罰される。
はっきりとそう示すと、騎士たちは表情を引き締めた。そして、二人の王へと最上級の敬礼を捧げた。
* * *
演説が終わり、自由歓談の時間になる。
フィロシュネーはほっとひと息ついた。
「どれほどの騎士が心を改めるか、わかりませんけれどねえ。シュネーさん、我々は今後も竜騎士の人格面をいかに善良に保つか、方策を考え続けなければいけませんよ。だって、ドラゴンが相棒になったら誰だって思い上がっちゃいますからね」
「そうですわね、ハルシオン様……強大な力って、調子に乗ってしまいやすくて、自分にとって危険ですわね」
二人の周囲で、二人の預言者が魔力の鳥を飛ばしている。
「ダーウッド、こちらは見つかりません」
「ネネイ、残念ですが、こちらもです」
アーサーとアルブレヒトの捜索は、日々続いている。
けれど、海を探しても陸を探しても、手がかりひとつ見つからない。
一日、一日過ぎるごとに生存の可能性が低くなっていくみたいで、絶望が膨らんでいきそうで、フィロシュネーはほんとうは怖い。
けれど、ハルシオンがそのとき、ふと思い出したように呟いた。
喋り方の雰囲気からして、独り言だ。
「そういえば、ルーンフォークがなにか言っていたような。扉とか。遺跡に二人がいた痕跡があったとか。開いたら連れて帰れるはずだったとか……。認知のゆがみって言われていたけど、どうなんだろう」
――遺跡? 扉?
フィロシュネーは目を瞬かせた。
「空国の多島海の……オシクレメ海底火山にある遺跡ですか?」
「うーん。それが、ルーンフォークがちょっとお疲れのようで。モンテローザ公爵、治療の進捗はいかがでしょうか? そろそろ職場復帰できそうでしょうか?」
モンテローザ公爵は「改造も禁止されましたし、お返しします」と微笑んだ。
(それって、改造したくて手元に置いといたみたいにも聞こえるのだけど? モンテローザ公爵?)
フィロシュネーは半眼になりつつ、「よかったですわね。後日、復帰祝いをお届けしますわ」とコメントした。
この催しのあと、空王ハルシオンとその臣下たちは空国に帰国する。
「次はぜひ、空国にいらしてください」
ハルシオンはそう言ってフィロシュネーの手を取り、名残惜しそうに手の甲へとキスを落とした。
と、そこへ。
ひらりと風に遊ばれて、どこかから一枚の紙が飛んでくる。
「んっ?」
紙をキャッチしたハルシオンは、「見てください」と見せてきた。
『青国のグレイ男爵の祖先に、月隠に行方不明になり、三年後に戻ってきた男がいる、という話を聞いたことがある』
整然としていて几帳面そうな気質のうかがえる、強い筆圧の文字だ。
フィロシュネーは文面を何度も見て、ふと会場を見渡した。
「……この線のひき方の独特な感じ、わたくし、見たことがある気が……」
きょろきょろと見渡したが、文字を書いた人物が誰かはわからなかった。
「とりあえず、これはとても貴重で、素晴らしい情報ですわね。ハルシオン様」
「すごいです、シュネーさん。思えば、アルとアーサー王も月隠に行方不明になりました。月隠でした!」
「わたくし、青国に帰ったらグレイ男爵にお話をうかがってみますわ!」
「私も、月隠や遺跡に関する情報をもっと調べてみますよ」
――希望がはっきりと見えた気がして、二人は明るい表情で再会を誓った。
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