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4、奪還のベリル

247、我が国の貴族たちは、モンテローザ公爵の男色趣味を疑わないし、ご本人も否定なさらないのね

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「剣をおろそかにしているならば、剣の腕を競わせて、実力者を表彰してはいかがでしょうか?」
 
「彼らは本来、国や民を守るための騎士です。それを思い出させるために、彼らの大切な者たちを守るというシチュエーションでの大規模な模擬戦を実施するのはいかがでしょうか」

 踊る、踊る――会議が踊る。
 
「先日、見習い騎士に問題のある接し方をしていた竜騎士からはドラゴンを取り上げ、見習い騎士の下に就かせて反省を促しましょう」
「あの竜騎士には家族はいるのですか?」
 
 フィロシュネーは会議場が発言で賑わう様子を頼もしく思った。
 竜騎士問題は結局、「模擬戦を行う」という方向になりそうだ。
 
「失礼。時間は限られておりますので、我々は他の議題も話さねばなりません」
  
 シフォン補佐官が資料を配る。

 モンテローザ公爵は、自分の近くにきたシフォン補佐官に「子どもが生まれるというのは、何度体験しても嬉しいものだ。きみは離婚したというが、今度よい縁談を見つけてあげよう」などと絡んでいた。
 
 セリオス ・クスフル外務大臣とウルムトス・ペンブルック内務大臣が視線を交わして、先にセリオス ・クスフル外務大臣が他国の情勢を報告する。

「紅国では、反女王派であるアルメイダ侯爵夫人の罪が取り上げられました。我が国が支援した甲斐あり、女王派であるカーリズ公爵の勢力が強くなっています。ただ、肝心の女王は姿が見えず……」

 小競り合いのような戦いも起きていて、紅国の民の一部は難民として他国に流れる者も出てきているらしい。

「戦乱を恐れた一部の民が南下し、友好国である青国や空国を目指しているという知らせが入っております。難民にどう対応するかは、繊細な舵取りが必要となることでしょう」
 
 と、その話を受けてウルムトス・ペンブルック内務大臣が内政の話に引き継ぐ。

「これから冬を迎えます。住む場所の確保は急がないといけません。また、彼らを食わせないといけません」

 税収面での問題もある――会議室の面々は資料を手に深刻な表情をした。

 モンテローザ公爵は明るく、軽い口調で発言した。
 
「私の妻が懐妊したように、難民の中にも子持ちであったり、これから子どもを作ろうという家族がいることでしょう。彼らが安心して生活できるように、モンテローザ派は協力を惜しみません」
 
「あなたはご自分の嬉しい話をしたいだけなのではなくて?」

 思わずコメントしてから、フィロシュネーは「そういえば」とモンテローザ公爵の過去に思いを馳せた。
 ダーウッドの日記などで、罪深き所業が暴露されている。

 ――この不老症の公爵は、妻の妊娠が初めてではない。

 この男、過去の我が子らに魔法をかけたり妻に薬を飲ませたりして、子どもを改造しようとしてきたのだ。

(また変なことをしてないでしょうね……?)

 フィロシュネーは手元の紙にさらさらとメッセージを書き、シフォン補佐官経由でモンテローザ公爵へと渡した。

『あなたの子どもが自然に、ありのまま、健やかに生まれることを祈っています。フィロシュネーより』

 子どもを改造するんじゃないわよ、という意味なのだが、モンテローザ公爵は「陛下は私の発言をとがめると見せかけて無事の出産を祈ってくださいました」と紙を見せて自慢している。

「こほん、そのお話は会議が終わってからに」

 フィロシュネーはモンテローザ公爵をストップをかけて、真面目な話へと話題を戻した。
 
「捜索はどうなっています?」
 
 一年前の夏、空国の多島海で消えた二人の王。
 そして、二人を探していて行方不明になったルーンフォーク。
 彼らについて確認すると、モンテローザ公爵が進捗を報告してくれた。

「あいにく、アーサー様やアルブレヒト様の行方は相変わらず不明です。手がかりも特別なく……」

 残念な報告だったが、居並ぶ臣下たちは「でも預言が出たからいずれ見つかるんですよね」という顔だ。

(実際には、絶対にお兄様たちがご無事でいらっしゃるという確証もないのだけれど……)

 フィロシュネーは臣下たちに真実を告げることもできず、言葉を選んだ。

「……我が国の預言者ダーウッドは、預言についてどのような解釈をお持ちかしら」

 意図が通じるか、とハラハラして言葉を待つ。
 ダーウッドは少しの沈黙のあと、声を響かせた。

「預言は、ふとした夜に、あるいは朝に、天啓めいて得られるもの。それは、そこに至る直前までの世界の流れを受けて、その流れを続けた場合に起きる可能性が濃厚な事象……」

 おごそかな声だ。
 真実を教えてあげますよという声だ。だが、嘘だ。

「現地では、今もなお捜索をつづける者たちがいます。我らがフィロシュネー様は、即位式で兄君をお助けして王位をお返しするご意向を示されました。結果、預言が生じたのです」

 ――なんだか頭が痛くなりそうな因果関係を作っている!
 フィロシュネーはあまり考えすぎないようにしながら真剣な顔で頷いた。
 
 だって、他の者はともかくフィロシュネーは知っている――それっぽく「~した結果……」と言っていても、嘘だから!

 ダーウッドは迷いなく、預言者の声で語った。
 
「預言を得たからと捜索の手を緩めては、輝かしい未来に向かっていた細い道は、閉ざされてしまうかもしれません」

 ここまでの話をひとことでまとめると「預言したからといって安心して捜索をなまけるな」である。

(わたくしが欲しかった主張ですわ。さすがダーウッド)

 フィロシュネーは味方を頼もしく思いつつ、会議室を見渡した。

「皆さま、お聞きになりましたわね。わたくしたちは、より真剣に。より必死に、捜索に励まないといけません!」
 
 モンテローザ公爵が挙手をする。
 きっと良いことを言ってくれるのだろう。

「発言を許します、モンテローザ公爵」

 はい、と折り目正しく返事をして、モンテローザ公爵は微妙に冷たい声で意見した。

「アーサー様やアルブレヒト様はともかくとして、ブラックタロン家の騎士だか呪術師だかは、我が国が捜索の手を割く必要がありますか? 身内のブラックタロン家にでも知らせてやれば、勝手になんとかしそうなものですがね」

 そして、手元の紙にさっさと何かを書き付け、従者に託した。

「私はブラックタロン家のカピバラくんと交友がありますから、お前の弟はお前が見つけて連れてこいと手紙を書いてやりましたよ」

 会議室がザワッとする。

「なんと、あの噂のカピバラ……」
「ハゲタカに乗り換えたのではなかったのか?」

「二股ということだろう」
「モンテローザ公爵夫人の懐妊を散々自慢しておいて、男遊び自慢までするとは!」

 微妙な空気の会議室に、モンテローザ公爵はにっこりとした。なにを言われようとまったく気にしない、という笑顔だった。

「というわけで、我々はアーサー様とアルブレヒト様の捜索に全力を注ぎましょう」


 静まり返る会議室を見て、フィロシュネーは思った。

(我が国の貴族たちは、モンテローザ公爵の男色趣味を疑わないし、ご本人も否定なさらないのね)
 ……と。

 ――男色趣味は、あるのか、ないのか。
 
 気になりつつ、フィロシュネーは真実を知ってはいけない気がして、次の議題へと話題を変えたのだった。
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