上 下
238 / 384
4、奪還のベリル

235、今度はわたくしに頼っていただく番ですの/ 俺は紅国の預言者です

しおりを挟む

「ルーンフォークが乗っていた船はそのまま行方不明者の捜索を続けています。けれど、誰ひとりとして見つからないのだそうです」

 ハルシオンは、フィロシュネーにとって頼もしい存在だった。彼が味方なので、わたくしはなにも怖くない、と思っていたものだ。
 
 けれど、物憂げな表情で打ち明けるハルシオンには、「無条件に寄りかかり、甘えていてはいけない」と思わせる雰囲気があった。
 
「モンテローザ公爵にわたくしが言われたのですけど……陛下は神です、そうであれ、と」

 フィロシュネーは言われた言葉を共有した。そっくりそのまま。

「あは、懐かしいな」

 ハルシオンは目を細めた。

「出会ったばかりの頃を思い出しますよ。シュネーさんは、私を王道を説かれたのです」

 大切な思い出を愛でるように語る声は、少し寂しそうだった。

「王族は、ただ偉いだけではない、リーダーシップを発揮して国の方向性をその指揮杖で示すのだ、権力を有する者には、本来は高い教養や道徳心、決断力、冷静さ、……たくさんの資質が求められる……」

 確かに、そんなことを言った。フィロシュネーは懐かしく思い出した。

「シュネーさんは、王族らしい王族です。それに比べて私は――」
「あなたがわたくしの味方をしてくださるから、わたくしは、何も怖くない――なんだって、きっと思うがまま! わたくしは、そう思っていました!」

 卑下しかけたハルシオンを遮るように、フィロシュネーは言い放った。
 
「わたくしはあの頃、わたくしは、あなたの威を借る子ぎつねさんのようだったのです。あなたは、わたくしのずるさを知らずに、色々と褒めてくださいました」

 手を差し出せば、手が重ねられる。
 前よりも痩せていて、ひんやりとした体温だ。
 フィロシュネーはそっと治癒魔法を使った。ハルシオンに元気になってほしくて。

「今度はわたくしに頼っていただく番ですの。と、申し上げるには、わたくしは非力ですけれど……わたくしたち、契約をしましたわね? 契約がなくても、お互いのことがわかっていて、目的も同じで、立場も同じで……仲間です。同志です。友人です」  
 
 コンコン、と窓の方から音が聞こえる。なんだろう。
 扉ならわかるけれど。なぜ窓?
 
「わたくしも捜索の手配をいたします。それに、ハルシオン様のために魔法使いも派遣しますわ。頼れる腹心呪術師が不在では、お困りのこともあるのではないかしら」

 フィロシュネーが宣言したとき、再び窓がコンコン、と叩かれる音がした。

「……? まあ。何事ですの?」

 見れば、窓の外に人がいる。
 
 城の外で「余裕です」と発言した少年魔法使いだ。窓近くに伸びた木の枝に座り、あろうことか長い杖の先で窓を叩いている!

「え、ええっ? ぶ、無礼です。どうしてそんなことをなさるの」

 我が国の魔法使いが、気心知れた友とはいえ隣国の王であるハルシオンの目の前でとんでもない無礼な振る舞いをしている!
 フィロシュネーは目を疑った。
  
「あけてくださーい」

 しかも、窓の外から呼びかけてくる! 
 すっぽりとローブのフードをかぶり、「中に入れてくださいよ」というように窓を叩いている。
 
 窓を開けてあげると、少年魔法使いは軽やかな身のこなしでピョンッと部屋の中に跳びこんできた。
 そして、どことなく聞き覚えがあるような、誰かに似ているような雰囲気で発言した。

「外に暗殺者がいましたよ。危ないですね」

「暗殺者っ!?」

 少年の褐色の手が窓の外を指す。
 ハルシオンと一緒に窓際に寄って三階の高さから見下ろすと、外の地面には黒服の男が倒れていた。気を失っているらしき男は、全身をがっちりと縛られている。
 警備兵が集まり、男を連れて行く……。

「お、お手柄なのね。お疲れ様。ありがとう……あなた、お名前は?」
「俺は紅国の預言者です」
「はい?」
 
 短く告げられて、フィロシュネーは目を瞬かせた。
 
「失礼。今なんておっしゃったの?」
「アロイスさんが報告書を届けたいと言っていたので持ってきました。では」
 
 聞き返すフィロシュネーに構わず、少年魔法使いはくるりと背を向けて窓からぴょこんと降り、去って行った。風のように颯爽とした去り際だった。

「今、預言者と聞こえたような」
「ハルシオン様もそう聞こえました? わたくしもですの」

 フィロシュネーは首をかしげつつ、アロイスからの報告書をひらいた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

[完結]貴方なんか、要りません

シマ
恋愛
私、ロゼッタ・チャールストン15歳には婚約者がいる。 バカで女にだらしなくて、ギャンブル好きのクズだ。公爵家当主に土下座する勢いで頼まれた婚約だったから断われなかった。 だから、条件を付けて学園を卒業するまでに、全てクリアする事を約束した筈なのに…… 一つもクリア出来ない貴方なんか要りません。絶対に婚約破棄します。

処理中です...