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幕間のお話4
227、ルーンフォークの小さな冒険
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ハルシオンの騎士にして杖である呪術師の青年、ルーンフォーク・ブラックタロンは、海にいた。二王が行方不明のになった事件の日から、ずっとである。
乗っているのは、カントループ商会の旗を掲げた捜索用の中型船だ。
船の名前は『セイブ・ザ・キング』という。ルーンフォークが付けたのだ。
潮風と波音が五感を刺激する中、ルーンフォークの脳裏には主君ハルシオンの悲痛な懇願が一日中リフレインしている。
『アルを見つけてくれ。あの子はきっと生きているよ。私は諦めないぞ、捜索は続けるんだ』
――主君のもとを離れてから数か月が経過しているので、ちょっと病的だ。
青王アーサーと空王アルブレヒトが行方不明になって数日間は、皆が二人の生存を信じていた。一刻も早くお助けせねば、と必死の捜索が展開された。
数週間経ち、ひと月経つと、生存を諦める雰囲気になった。遺体をお探ししよう、という雰囲気だった。
数ヶ月経つと、それも打ち切られた……。
『生きてるよ。二人は、生きてるよ……私は王になんてならないぞ。空国の玉座は、弟のものだ。弟は帰ってくるんだ』
ルーンフォークの主君ハルシオンは、そう主張し続けた。
必死なハルシオンは、別段、『二人が生きている』という確たる証拠を持っているわけではない。空国の預言者ネネイも、『わかりません……』としか言わない案件なのだ。
ハルシオンは単に兄としての情から弟を探したいだけだ、と皆が感じていた。同情も共感もしたが、捜索は打ち切られた。ネネイが捜索の打ち切りに同意したのである。
『生きているのに。玉座は弟のものなのに』
聞き分けのない子どものように泣くハルシオンは、カントループの心とは違う種類の暴君めいた眼差しをルーンフォークに向けた。
『ルーンフォーク。お前は優秀な私の杖だろ。アルを見つけてくるんだ。見つかるまで帰ってこなくてよろしい』
呪術が使えないことを隠している主君のそばを離れるのは、気がかりだった。
けれど、命令は下されたのだ。
ルーンフォーク以外頼れぬ、という、必死な声で。
……だから、ルーンフォークは頭を下げて拝命した。
『お任せください、我が君、ハルシオン様。例え捜索が打ち切られても、俺が見つけ出してみせます!』
吉報をお待ちあれ――そう主君ハルシオンに啖呵を切ったのだ。
自分がハルシオンを喜ばせると誓ったのだ。おそらくお二人とも生きてはおられまいが、遺品のひとつも見つけて差し上げねば。
と、崇高な使命を果たすべく、海に留まったのはルーンフォークだけではない。
「陛下……どちらにいらっしゃいますか、陛下」
船縁で目を凝らし、弱々しい声で呼びかけるのは、有志の捜索隊もどき。国家側が捜索を打ち切っても、アルブレヒトやアーサーを捜索しよう、という集まりだ。
ある者は港の漁師。またある者は引退した騎士や老貴族。また別な者は、仕事を辞して捜索のための時間を獲得した者。
青王を慕う者、空王に忠誠を誓っている者。事情や熱量はそれぞれで、途中から加わった者もいれば、とぼとぼと離脱していった者もいる。
命綱をつけて海中深くに潜っていた者が戻ってくる。
「わしは陛下がこんなにお小さい頃からご成長を見守ってきたのです」
髪もひげも真っ白な老貴族は悲壮な声で言い。
「陛下がいつ戻られてもお渡しできるよう、槍を持っております」
王太子時代からの取り巻きだという騎士は、忠義者の眼でそう言った。
(お二人に思い入れたっぷりな方々と比べると、俺はハルシオン様のためという動機が強くて不純だよなぁ。でも、俺だってお二人を見つける意思は固いぞ)
潮風に緑髪を遊ばれながら、ルーンフォークは杖を振って呪術を練り、海中を探った。
海中には微生物や魚、海草といった気配が感じられる。海は、ぞっとするほど生命の気配と魔力が濃く充ちた領域だった。そんな中、特に魔力を濃く保有する生き物が近づいて来るのが感じられて、どきりと心臓が跳ねる。
――人魚だ。
「……音楽を演奏してください」
周囲の捜索隊もどきに指示出しをすれば、楽器の素養がある者たちが演奏を始める。人魚は、音楽を好むのだ。
奏でられるのは明るい曲で、指揮者不在で専門職でもない演奏者たちの生み出すハーモニーは、足並みがあっていなくて、音も外れがち。しかも、演奏者の心境を反映してか、なんとなく物悲しい。
そんな音楽の中、人魚はパシャリと顔を海面にさらけ出した。
人間の言葉をしゃべることのない人魚は、表情と仕草で意思を伝えてくれる。歌詞のわからない歌をうたうこともある。今回の人魚もそうだった。
「……♪」
ルーンフォークの瞳を見つめて、人魚が可憐に喉を震わせる。
『セイブ・ザ・キング』の人々が奏でる曲にあわせた歌は、やっぱりちょっと物悲しい風情だ。
人魚の白い指先と表情が、なにかを訴えている。
「ええと、なんでしょう。俺も歌をうたいます? あいにく楽器は苦手で。兄さんにもお前の楽器は迷惑でしかないと言われたことがあって」
これがさっぱりわからない。こっちに顔を寄せて、とか、近づいて、と言われているようにも思える。
ルーンフォークはおずおずと身を乗り出し、人魚に顔を寄せた。すると、するりと人魚の腕が伸びてきて、肩をがしっと掴まれる。そして、意外なほど強い力でグイッと引っ張られる。
「ひっ、すみませんっ⁉」
自分で呆れるほど情けない声が出た。
と思った次の瞬間には、ルーンフォークの全身は海の中に引きずり込まれていた。
乗っているのは、カントループ商会の旗を掲げた捜索用の中型船だ。
船の名前は『セイブ・ザ・キング』という。ルーンフォークが付けたのだ。
潮風と波音が五感を刺激する中、ルーンフォークの脳裏には主君ハルシオンの悲痛な懇願が一日中リフレインしている。
『アルを見つけてくれ。あの子はきっと生きているよ。私は諦めないぞ、捜索は続けるんだ』
――主君のもとを離れてから数か月が経過しているので、ちょっと病的だ。
青王アーサーと空王アルブレヒトが行方不明になって数日間は、皆が二人の生存を信じていた。一刻も早くお助けせねば、と必死の捜索が展開された。
数週間経ち、ひと月経つと、生存を諦める雰囲気になった。遺体をお探ししよう、という雰囲気だった。
数ヶ月経つと、それも打ち切られた……。
『生きてるよ。二人は、生きてるよ……私は王になんてならないぞ。空国の玉座は、弟のものだ。弟は帰ってくるんだ』
ルーンフォークの主君ハルシオンは、そう主張し続けた。
必死なハルシオンは、別段、『二人が生きている』という確たる証拠を持っているわけではない。空国の預言者ネネイも、『わかりません……』としか言わない案件なのだ。
ハルシオンは単に兄としての情から弟を探したいだけだ、と皆が感じていた。同情も共感もしたが、捜索は打ち切られた。ネネイが捜索の打ち切りに同意したのである。
『生きているのに。玉座は弟のものなのに』
聞き分けのない子どものように泣くハルシオンは、カントループの心とは違う種類の暴君めいた眼差しをルーンフォークに向けた。
『ルーンフォーク。お前は優秀な私の杖だろ。アルを見つけてくるんだ。見つかるまで帰ってこなくてよろしい』
呪術が使えないことを隠している主君のそばを離れるのは、気がかりだった。
けれど、命令は下されたのだ。
ルーンフォーク以外頼れぬ、という、必死な声で。
……だから、ルーンフォークは頭を下げて拝命した。
『お任せください、我が君、ハルシオン様。例え捜索が打ち切られても、俺が見つけ出してみせます!』
吉報をお待ちあれ――そう主君ハルシオンに啖呵を切ったのだ。
自分がハルシオンを喜ばせると誓ったのだ。おそらくお二人とも生きてはおられまいが、遺品のひとつも見つけて差し上げねば。
と、崇高な使命を果たすべく、海に留まったのはルーンフォークだけではない。
「陛下……どちらにいらっしゃいますか、陛下」
船縁で目を凝らし、弱々しい声で呼びかけるのは、有志の捜索隊もどき。国家側が捜索を打ち切っても、アルブレヒトやアーサーを捜索しよう、という集まりだ。
ある者は港の漁師。またある者は引退した騎士や老貴族。また別な者は、仕事を辞して捜索のための時間を獲得した者。
青王を慕う者、空王に忠誠を誓っている者。事情や熱量はそれぞれで、途中から加わった者もいれば、とぼとぼと離脱していった者もいる。
命綱をつけて海中深くに潜っていた者が戻ってくる。
「わしは陛下がこんなにお小さい頃からご成長を見守ってきたのです」
髪もひげも真っ白な老貴族は悲壮な声で言い。
「陛下がいつ戻られてもお渡しできるよう、槍を持っております」
王太子時代からの取り巻きだという騎士は、忠義者の眼でそう言った。
(お二人に思い入れたっぷりな方々と比べると、俺はハルシオン様のためという動機が強くて不純だよなぁ。でも、俺だってお二人を見つける意思は固いぞ)
潮風に緑髪を遊ばれながら、ルーンフォークは杖を振って呪術を練り、海中を探った。
海中には微生物や魚、海草といった気配が感じられる。海は、ぞっとするほど生命の気配と魔力が濃く充ちた領域だった。そんな中、特に魔力を濃く保有する生き物が近づいて来るのが感じられて、どきりと心臓が跳ねる。
――人魚だ。
「……音楽を演奏してください」
周囲の捜索隊もどきに指示出しをすれば、楽器の素養がある者たちが演奏を始める。人魚は、音楽を好むのだ。
奏でられるのは明るい曲で、指揮者不在で専門職でもない演奏者たちの生み出すハーモニーは、足並みがあっていなくて、音も外れがち。しかも、演奏者の心境を反映してか、なんとなく物悲しい。
そんな音楽の中、人魚はパシャリと顔を海面にさらけ出した。
人間の言葉をしゃべることのない人魚は、表情と仕草で意思を伝えてくれる。歌詞のわからない歌をうたうこともある。今回の人魚もそうだった。
「……♪」
ルーンフォークの瞳を見つめて、人魚が可憐に喉を震わせる。
『セイブ・ザ・キング』の人々が奏でる曲にあわせた歌は、やっぱりちょっと物悲しい風情だ。
人魚の白い指先と表情が、なにかを訴えている。
「ええと、なんでしょう。俺も歌をうたいます? あいにく楽器は苦手で。兄さんにもお前の楽器は迷惑でしかないと言われたことがあって」
これがさっぱりわからない。こっちに顔を寄せて、とか、近づいて、と言われているようにも思える。
ルーンフォークはおずおずと身を乗り出し、人魚に顔を寄せた。すると、するりと人魚の腕が伸びてきて、肩をがしっと掴まれる。そして、意外なほど強い力でグイッと引っ張られる。
「ひっ、すみませんっ⁉」
自分で呆れるほど情けない声が出た。
と思った次の瞬間には、ルーンフォークの全身は海の中に引きずり込まれていた。
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