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幕間のお話3
218、ソルスティス王が崩御なさり、アリューシャ王の即位直後で
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エリュタニアは、話してみると外見通りの年齢のようだった。
「アリューシャ王の時代から来たというダイロス殿にお伺いしたいのですが、預言者殿はどんな方でしたか」
「預言者殿?」
ダイロスは一瞬だけ、自分のことを尋ねられているのかと勘違いした。
すぐに誤解だと気付くことができたのは、エリュタニアが大切そうに預言者の名前を口にしたからだ。
「ダーウッドという、アリューシャ王の時代から預言者を務めて、俺の時代まで現役でいる預言者です。いましたか。どんな風でしたか。わかりますか。ちんまりとした華奢な奴……いや、お方で、可愛い。いや、優秀な預言者ですよ」
エリュタニアの空色の瞳が、青みを増したり紫に染まったりしている。青年らしさを感じさせる感情の起伏の煌めきを、ダイロスはじっと見つめた。
なんだ、この感情は。
預言者相手に恋でもしているのか、この王族青年は。
「なるほど。ちんまりとした華奢な預言者殿がいるのですな。エリュタニア様は、遥かに年上の彼女の若葉時代にご興味がおありと、そういうことでしょうかな」
さくっと言い当てて見せれば、エリュタニアは耳を赤くした。
「まあ、そういうわけですが」
「しかしあいにく、私の時代はソルスティス王が崩御なさり、アリューシャ王の即位直後でして、ソルスティス王にお仕えしていた預言者が引退したばかりの時期だったので。次の預言者のことは存じ上げないのですじゃ。申し訳ございませぬ」
ダイロスはありのまま、謝った。
ダイロスは廃棄されたので、オルーサは次の預言者を用意するはずだ。ダイロスと同じく、「ダ」で始まる男性名を用意して――預言者のネーミングは、オルーサのちょっとした遊びのようなものらしかった。
次の預言者になる可能性として一番高いのは、ブラックタロン家が隠しているという噂の令嬢だろうか。
自分がブラックタロン家にいたときは、親族が才能に大騒ぎして隠そうとするのに反発して家出したものだが、令嬢は大人しくされるがまま匿われていると聞く。
ダイロスがもう少しおせっかい焼きであれば「生まれた家が変な家で、自由を知らずに可哀想だな」と思って助けにいくところだが、あいにく感性が枯れていて、「わしは自分で逃げたが、お嬢さんは逃げぬのか。まあ、本人の人生じゃからなあ」と思うくらいである。
そんな記憶と感想に脳を働かせていると、エリュタニアは人の良さそうな微笑を浮かべた。
優しげで、すこし寂しそうな、力になりたい、助けてあげたい、という気持ちを誘うような――人を惹き付けるタイプの美しい微笑だ。
(この王族青年には、王としての素質がある)
ダイロスはそう思った。
王の素質とは、こんな風に周囲を魅了して支持者、支援者に変える性質だと、ダイロスは思うのだ。
「残念ですが、仕方ありませんね」
エリュタニアはそう言って、食堂に誘ってくれた。
通路を移動しながら語るところによれば、グレイにも「あなたの時代の預言者はどんな感じでしたか」と尋ねてみたらしい。
「彼ときたら、引き篭もりがちで国家の重要人物が見られるような場に足を運ばなかったのでわかりません、と言ったのですよ。ですから俺は、『元の世界に戻ったら、公の場にたくさん顔を出してください。あなたは美形なので、王女様あたりに見染められるかもしれませんよ』とけしかけてやりました。ははっ」
明るい声だ。
エリュタニアは、からりとした青空のように気持ちのよい青年だった。しかし、ダイロスにはそれが王族青年の虚勢のようにも感じられた。
自分はこう振る舞うべき、と意識をして、無理しているように思われたのだ。
「エリュタニア様もお顔立ちが美しいですから、元の世界に戻られたら、可愛い預言者殿にご無事を喜んでいただき、抱きしめてもらうといいですな」
まあ、歳の差がとんでもないので恋が実ることはなさそうだが。
預言者とは、王族に親のような情愛を抱く生き物である。長い人生で感性が錆びれても、王は大切だし、王族は可愛い。弟子などより、ずっと。
自分もそうだし、未来の預言者も感性が枯れ切っていなければ、きっとエリュタニアが可愛いだろう。
預言者ダーウッドは女性という話だし、これだけ気持ちがよくて見目もよい青年なのだから、優しく愛情をそそいでいるのではないだろうか。
ダイロスは不思議とあたたかな気分で微笑んだ。
「抱きしめてもらう……それは、いいな。命令しよう」
エリュタニアは片手を口元にあてて夢見るような顔をした。
「……エリュタニア様。女性に抱きしめてもらうのに、権力を使わねばならぬとは、情けないですな」
説教めいた言葉がぽろりと口からこぼれて、ダイロスが自分で自分に驚いていると、食堂から物騒な音と声が聞こえてきた。
「この紙片はなに? 情報を外に持ち出すのはだめよ、許さないわ。あなたは処刑します!」
「うわああっ」
おお、この情けない声は……グレイではないだろうか。
エリュタニアと一緒に駆け付けると、食堂の壁に叩きつけられたらしきグレイがぐったりとしていた。
杖を手に、恐ろしい形相で彼を睨んでいるのは、黒髪の美女ルエトリーだ。
「トリー、許しておやり。人間は魔が差すこともある。ルールだから守れと言いきかせても、自分の利益や欲のために破ってしまう弱さがあるのじゃよ。我らが永遠になれぬのと同じように、青少年は清廉潔白でいられぬのじゃ」
ルエトリーを落ち着かせる声は、トール爺さんだ。
ううむ。トール爺さんは格好良い。
「わしは、あんな風に渋い爺さんになりたい」
ダイロスは思わず、そんな願望を抱いて、自覚して、口にした。
「アリューシャ王の時代から来たというダイロス殿にお伺いしたいのですが、預言者殿はどんな方でしたか」
「預言者殿?」
ダイロスは一瞬だけ、自分のことを尋ねられているのかと勘違いした。
すぐに誤解だと気付くことができたのは、エリュタニアが大切そうに預言者の名前を口にしたからだ。
「ダーウッドという、アリューシャ王の時代から預言者を務めて、俺の時代まで現役でいる預言者です。いましたか。どんな風でしたか。わかりますか。ちんまりとした華奢な奴……いや、お方で、可愛い。いや、優秀な預言者ですよ」
エリュタニアの空色の瞳が、青みを増したり紫に染まったりしている。青年らしさを感じさせる感情の起伏の煌めきを、ダイロスはじっと見つめた。
なんだ、この感情は。
預言者相手に恋でもしているのか、この王族青年は。
「なるほど。ちんまりとした華奢な預言者殿がいるのですな。エリュタニア様は、遥かに年上の彼女の若葉時代にご興味がおありと、そういうことでしょうかな」
さくっと言い当てて見せれば、エリュタニアは耳を赤くした。
「まあ、そういうわけですが」
「しかしあいにく、私の時代はソルスティス王が崩御なさり、アリューシャ王の即位直後でして、ソルスティス王にお仕えしていた預言者が引退したばかりの時期だったので。次の預言者のことは存じ上げないのですじゃ。申し訳ございませぬ」
ダイロスはありのまま、謝った。
ダイロスは廃棄されたので、オルーサは次の預言者を用意するはずだ。ダイロスと同じく、「ダ」で始まる男性名を用意して――預言者のネーミングは、オルーサのちょっとした遊びのようなものらしかった。
次の預言者になる可能性として一番高いのは、ブラックタロン家が隠しているという噂の令嬢だろうか。
自分がブラックタロン家にいたときは、親族が才能に大騒ぎして隠そうとするのに反発して家出したものだが、令嬢は大人しくされるがまま匿われていると聞く。
ダイロスがもう少しおせっかい焼きであれば「生まれた家が変な家で、自由を知らずに可哀想だな」と思って助けにいくところだが、あいにく感性が枯れていて、「わしは自分で逃げたが、お嬢さんは逃げぬのか。まあ、本人の人生じゃからなあ」と思うくらいである。
そんな記憶と感想に脳を働かせていると、エリュタニアは人の良さそうな微笑を浮かべた。
優しげで、すこし寂しそうな、力になりたい、助けてあげたい、という気持ちを誘うような――人を惹き付けるタイプの美しい微笑だ。
(この王族青年には、王としての素質がある)
ダイロスはそう思った。
王の素質とは、こんな風に周囲を魅了して支持者、支援者に変える性質だと、ダイロスは思うのだ。
「残念ですが、仕方ありませんね」
エリュタニアはそう言って、食堂に誘ってくれた。
通路を移動しながら語るところによれば、グレイにも「あなたの時代の預言者はどんな感じでしたか」と尋ねてみたらしい。
「彼ときたら、引き篭もりがちで国家の重要人物が見られるような場に足を運ばなかったのでわかりません、と言ったのですよ。ですから俺は、『元の世界に戻ったら、公の場にたくさん顔を出してください。あなたは美形なので、王女様あたりに見染められるかもしれませんよ』とけしかけてやりました。ははっ」
明るい声だ。
エリュタニアは、からりとした青空のように気持ちのよい青年だった。しかし、ダイロスにはそれが王族青年の虚勢のようにも感じられた。
自分はこう振る舞うべき、と意識をして、無理しているように思われたのだ。
「エリュタニア様もお顔立ちが美しいですから、元の世界に戻られたら、可愛い預言者殿にご無事を喜んでいただき、抱きしめてもらうといいですな」
まあ、歳の差がとんでもないので恋が実ることはなさそうだが。
預言者とは、王族に親のような情愛を抱く生き物である。長い人生で感性が錆びれても、王は大切だし、王族は可愛い。弟子などより、ずっと。
自分もそうだし、未来の預言者も感性が枯れ切っていなければ、きっとエリュタニアが可愛いだろう。
預言者ダーウッドは女性という話だし、これだけ気持ちがよくて見目もよい青年なのだから、優しく愛情をそそいでいるのではないだろうか。
ダイロスは不思議とあたたかな気分で微笑んだ。
「抱きしめてもらう……それは、いいな。命令しよう」
エリュタニアは片手を口元にあてて夢見るような顔をした。
「……エリュタニア様。女性に抱きしめてもらうのに、権力を使わねばならぬとは、情けないですな」
説教めいた言葉がぽろりと口からこぼれて、ダイロスが自分で自分に驚いていると、食堂から物騒な音と声が聞こえてきた。
「この紙片はなに? 情報を外に持ち出すのはだめよ、許さないわ。あなたは処刑します!」
「うわああっ」
おお、この情けない声は……グレイではないだろうか。
エリュタニアと一緒に駆け付けると、食堂の壁に叩きつけられたらしきグレイがぐったりとしていた。
杖を手に、恐ろしい形相で彼を睨んでいるのは、黒髪の美女ルエトリーだ。
「トリー、許しておやり。人間は魔が差すこともある。ルールだから守れと言いきかせても、自分の利益や欲のために破ってしまう弱さがあるのじゃよ。我らが永遠になれぬのと同じように、青少年は清廉潔白でいられぬのじゃ」
ルエトリーを落ち着かせる声は、トール爺さんだ。
ううむ。トール爺さんは格好良い。
「わしは、あんな風に渋い爺さんになりたい」
ダイロスは思わず、そんな願望を抱いて、自覚して、口にした。
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