上 下
220 / 384
幕間のお話3

217、逃げた自然派と悩める正義派、エリュタニア様

しおりを挟む
 ベッドに寝転がったダイロスは、目を閉じて深呼吸をした。
 
 正義派の船人たちが言うには、彼らが手に入れた石はこの魔力豊富な星から無尽蔵に魔力を吸い出すことができて、使いようによっては世界を造り替えるようなとんでもない芸当も成し遂げられてしまうのだという。
 
 星の主のよう。神のよう。
 神といえばオルーサだと思っていたものだが、オルーサよりも遥かにすごい――ダイロスはそう思った。
 
 食堂で会った船人たちの表情や、声が思い出される。つい先ほどの出来事だ。それはもう、鮮明に思い出せる。
 
「我々はその石を獲得し、この世界の主となったのだ」
 アエロカエルスは頭痛を堪えるような顔で言い、ソルスティスはきらきらとした笑顔で頷いた。
「そのとき、我々には九つの部族があって、九人の首魁がいた。九人は不老症となり、子孫たちが生きていけるようにと協力して世界を改造したり、見守ろうと決めた。また、子孫たちからは距離を取って生活することを定めて、星舟に居住場所を移した」
 
 この船に移住したのは、ソルスティス、アエロカエルス、ヴィニュエス、ルエトリー、ルート、トール、ナチュラ、アム・ラァレ、コルテの九人――紅国の『多神教の神々』だ。
 彼らは最初のうちはよくよく話し合い、慎重に石を使い、自分たち異星人の種をこの世界で存続させるため、世界に干渉していたらしい。
 
 けれど――これはダイロスにも覚えがある感覚だが、不老症の『神々』の中に、心をすり減らして死を選ぶ者が出るようになったのだという。
 ひとりが死ぬと、堰を切られたように命を終わらせる者が続いた。現在までに死を選んだ神は、アム・ラァレ、ヴィニュエス、コルテ。

 地上でオルーサが浄化に努めていた時代、彼の国がまだひとつであった時代の出来事である。

 残った六人のうち、トールとアエロカエルスが懸念を示した。

 曰く――『我々は、このままではいけない』。

 自分たちは、永遠の存在ではいられない。
 今は死ぬつもりがない者も、そのうちいつか死を選ぶときが来るであろう。
 人数は減っていき、最終的に全員が死ぬだろう。
 
 これまで、船人は世界に干渉するかしないか、どのように干渉するかを全員で慎重に検討し、話し合い、責任を分かち合ってきた。
 人数が減ると、よりひとりひとりの責任は重くなる。判断を誤るリスクも高くなるだろう。
 
 彼らが思い出したのは、船人がこの世界に初めて降り立ったときにいた原住民だ。
 異常なほど魔力の高い生き残りの不老症の原住民は、孤独の中で正気を失っていた。
 
 もし、船人がそのような状態に陥ったら?
 精神が不安定になり、判断力が衰えた者は、とんでもない暴君となり、世界を滅ぼしてしまう可能性もあるのでは?

『接するメンバーに変化がないのがいけないのではないかな? 地上と交流してみては?』
『地上から客を招いて、我々が減った分だけ補充するなどいかがかしらん』
『人柄や素質を見ながら教育をして、新参に後を継がせるというのもいいと思う』 
 
 そんな意見をもとに客人が船に来るようになったのだが、客人はみんな、元いた世界に戻りたがった。
 永遠を望んだり、神の一員として世界を管理したいと思う気持ちは、なかなか湧かないようだった。
 
 そんな中、船人は派閥争いを起こした。
 
『我々は、所詮は人間に過ぎないということだ。神になれないのだ。そんな我々には、この石は過ぎた力だ』
『石が残っていては、安心して死ぬこともできない。この石は世の中から消すべきでは?』 
 
 賛同する声が続き――しかし、反対する声も、あった。

『もしも自分たちが死んだあとに誰かが石を使い、世界が我らの望まぬ状態になったり滅びたとしても、それは自然なことであり、なるべくしてなった運命といえるのでは?』

 これは、ナチュラが主張したらしい。すると、ルートが手をあげてナチュラに賛同した。

『この石のことを、星から人類への贈り物と解釈してはどう? あは、変な顔をしているね、みんな。考えてもごらん。人は生まれながらに公平ではない。しかし、どれほど恵まれない境遇で絶望している者でも、この石を拾ったものは起死回生の権利を得るのだ。世界を憎んでいたら、世界に復讐だってできるんだぜ。面白いではないか? これをなくしたら、まったく救いのないつまらな~い世界しか残らないよ、やだやだ』 

 二人は『自然派』を名乗り、石の破壊に反対し続けて――ついには、手に手を取り合って石を持って逃げてしまった。

 残った船人たちは、『正義派』として「自然派、許せん」「どうしようか」と悩ましく話し合っているらしい。

(わしなどは百五十年で心が疲れて「他者がなにをどうしようが勝手にせい」とどうでもよくなってしもうたものじゃが、船人たちは元気なのじゃのう)

 ルーツをたどれば、異なる星から来た人類なのだ。
 そういう理由もあるのだろうか。自分とは、別種の生き物なのだろうか。

 そんなことをぼんやりと考えながら、ダイロスは眠った。
 そして、翌朝、まだ早い時間帯に部屋の扉がノックされて目が覚めた。

「はい」

 ローブのフードで顔を隠して扉を開けると、部屋の外には客人の青年がいた。

 白銀の髪に、色彩が複雑に変化する王族の瞳を持った、白皙の美青年だ。
 
「エリュタニア殿、じゃな」
「おはようございます。ダイロス殿。アリューシャ王の時代から来たというあなたに、お伺いしたいことと頼みたいことがあってお邪魔しました。知り合って早々の不躾な訪問を許していただきたいのですが」

 美青年エリュタニアは、礼儀正しい。
 失礼のないように、偉そうに思われないように、とダイロスに気を使っている気配を感じる。
 
 しかし――ダイロスは、この青年は自分に敬われるべき立場なのだと思った。
 
 匂い立つような、気品。
 自分よりも身分が上、というのを肌で感じさせるような、高貴さ。
 尊重し、丁寧に扱わないといけない、と思わせるような、オーラのようなものがあるのだ。
 
 ああ、この青年は王族だ――ダイロスは、確信した。
 ダイロスは、ずっと預言者として生きてきたのだ。
 王族がどういう生き物なのかは、地上の誰より知っていると自負していた。
 
 もといた世界では他者と比較されることがないほど圧倒的に身分が高く、誰に対しても立派な振る舞いをして、指導者として人気や忠誠心を集めるように教育されていたに違いない。
 
「エリュタニア様。あなた様のご訪問を歓迎いたしますぞ」

 殿下か。あるいは陛下か。どちらか判断しかねるが、「様」という敬称をつけて敬語で接するべき相手なのだろう。
 そう判断したダイロスが頭を下げると、エリュタニアはほっとしたようだった。
 
 意外と、小心なのか。
 
 ダイロスは青年の性質をその一瞬で鋭く読んだ。
 王族とて、人間。ひとりひとり、性格というものがあるのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お堅い公爵様に求婚されたら、溺愛生活が始まりました

群青みどり
恋愛
 国に死ぬまで搾取される聖女になるのが嫌で実力を隠していたアイリスは、周囲から無能だと虐げられてきた。  どれだけ酷い目に遭おうが強い精神力で乗り越えてきたアイリスの安らぎの時間は、若き公爵のセピアが神殿に訪れた時だった。  そんなある日、セピアが敵と対峙した時にたまたま近くにいたアイリスは巻き込まれて怪我を負い、気絶してしまう。目が覚めると、顔に傷痕が残ってしまったということで、セピアと婚約を結ばれていた! 「どうか怪我を負わせた責任をとって君と結婚させてほしい」  こんな怪我、聖女の力ですぐ治せるけれど……本物の聖女だとバレたくない!  このまま正体バレして国に搾取される人生を送るか、他の方法を探して婚約破棄をするか。  婚約破棄に向けて悩むアイリスだったが、罪悪感から求婚してきたはずのセピアの溺愛っぷりがすごくて⁉︎ 「ずっと、どうやってこの神殿から君を攫おうかと考えていた」  麗しの公爵様は、今日も聖女にしか見せない笑顔を浮かべる── ※タイトル変更しました

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

神のいとし子は追放された私でした〜異母妹を選んだ王太子様、今のお気持ちは如何ですか?〜

星井柚乃(旧名:星里有乃)
恋愛
「アメリアお姉様は、私達の幸せを考えて、自ら身を引いてくださいました」 「オレは……王太子としてではなく、一人の男としてアメリアの妹、聖女レティアへの真実の愛に目覚めたのだ!」 (レティアったら、何を血迷っているの……だって貴女本当は、霊感なんてこれっぽっちも無いじゃない!)  美貌の聖女レティアとは対照的に、とにかく目立たない姉のアメリア。しかし、地味に装っているアメリアこそが、この国の神のいとし子なのだが、悪魔と契約した妹レティアはついに姉を追放してしまう。  やがて、神のいとし子の祈りが届かなくなった国は災いが増え、聖女の力を隠さなくなったアメリアに救いの手を求めるが……。 * 2023年01月15日、連載完結しました。 * ヒロインアメリアの相手役が第1章は精霊ラルド、第2章からは隣国の王子アッシュに切り替わります。最終章に該当する黄昏の章で、それぞれの関係性を決着させています。お読みくださった読者様、ありがとうございました! * 初期投稿ではショートショート作品の予定で始まった本作ですが、途中から長編版に路線を変更して完結させました。 * この作品は小説家になろうさんとアルファポリスさんに投稿しております。 * ブクマ、感想、ありがとうございます。

【完結】子供が出来たから出て行けと言われましたが出ていくのは貴方の方です。

珊瑚
恋愛
夫であるクリス・バートリー伯爵から突如、浮気相手に子供が出来たから離婚すると言われたシェイラ。一週間の猶予の後に追い出されることになったのだが……

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。

婚約者が実は私を嫌っていたので、全て忘れる事にしました

Kouei
恋愛
私セイシェル・メルハーフェンは、 あこがれていたルパート・プレトリア伯爵令息と婚約できて幸せだった。 ルパート様も私に歩み寄ろうとして下さっている。 けれど私は聞いてしまった。ルパート様の本音を。 『我慢するしかない』 『彼女といると疲れる』 私はルパート様に嫌われていたの? 本当は厭わしく思っていたの? だから私は決めました。 あなたを忘れようと… ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

処理中です...