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3、変革のシトリン
211、月隠に二王は消えて
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揺れは、少しずつ小さくなっている気もする。
視界は相変わらず不明瞭。霧の中からヌボッと突然ですが魔物が出ては、スパッと斬られる。その繰り返し……あちらこちらで悲鳴が聞こえる。血生臭い匂いがする。
「すこし霧が晴れてきましたか」
しばらく作業じみた防衛を続けて、サイラスは腕で額の汗を拭った。足元が海水でびしょびしょで、フィロシュネーもサイラスも全身が潮水に濡れていた。
「魔物も波も落ち着いてきたようです」
サイラスはそう言ってフィロシュネーの縄を解き、懐かしきことに片手で荷物のように肩に担ぎ上げた。
「な、懐かしいわ。この担がれ方」
「俺もです」
淡々と言って、サイラスは船内に向かおうとした。と、担がれて高い視野を持つフィロシュネーは、晴れつつある霧の甲板に見逃せない光景を見た。
ハルシオンが船の縁にいる。手すりに手をかけ、座り込んでいる。脚に怪我をしているのが見えて、フィロシュネーは声をあげた。
「さ、サイラス! ハルシオン様のところへお願い!」
あそこにいるわ、と示せば、サイラスは迷わずに従ってくれた。なんだかんだ、サイラスとハルシオンの二人は親しい――と、フィロシュネーは考えている。
「あっ、シュネーさん。ご無事でしたか……私も、すこし休んでいるだけなので大丈夫ですよ。部下二人を見ませんでしたか、はぐれてしまって……」
心配そうに言うハルシオンは、怪我に応急処置すらしていない。フィロシュネーは慌てててをかざし、治癒魔法を使った。
「あっ、いいのですよシュネーさん。自分で治しますから……」
「治せません」
フィロシュネーはピシャリと言った。確信が胸にある。
「ハルシオン様は隠しておられて、強がっておいでですが、ご自分で怪我を治せません。ですから、シュネーにお任せください」
ハルシオンがびっくりした様子で目を見開き、すこししてから、素直に頷く。
「よくわかりましたね、シュネーさん」
「見ていたら、毎回ルーンフォークが呪術を使っているように見えて、おかしいなと思いましたの」
「私を見ていてくださったのですか」
ハルシオンの頬が赤い。
熱が出ていないかしら、とフィロシュネーは心配になって手を額に当てた。少し熱いかもしれない。
「びしょ濡れで怪我をなさっては、風邪もひきますわよね」
「ふふ……」
「……大丈夫です……?」
ハルシオンは、なにやら嬉しそうだ。ふわふわした微笑みを浮かべて、別の世界に意識がいってしまっている雰囲気だ。
「姫、ハルシオン殿下はお元気そうですし、部下の方々もいらしたようなのであとは任されてはいかが」
サイラスは腕をまわし、二人が滑っていったりしないよう支えてくれながらも、ハルシオンを呆れたような、苦々しいような目で見ていた。
「殿下ーーっ!!」
「姫様!」
臣下が駆けつける。――もう大丈夫、という気持ちがしてくる。
波が時と共に落ち着き、船の揺れがすこしずつおさまってくる。霧の晴れ間から夜空が覗く。
普段は白く輝く月がほんのりと赤くなり、暗い影に覆われる――月隠の夜空は、非日常の気配が濃くて、不気味だった。
船上の人々は海に落ちた者や負傷者を助けてまわり、慌ただしく落ち着かない時間を過ごした。
「調査隊は無事に帰ってくるだろうか」
心配する声と共に、誰それがいない、誰々が亡くなった、というような悲劇の知らせが駆け巡る。その中に、全員がぎょつとする知らせがあった。
「空王陛下と青王陛下の所在が知れません……!」
――ぐらり。
大きく船が揺れたのか、自分の体が傾いだのか。
サイラスとハルシオンの手に同時に支えられるフィロシュネーの倒れかけた視界には、影に覆われた月があった。
視界は相変わらず不明瞭。霧の中からヌボッと突然ですが魔物が出ては、スパッと斬られる。その繰り返し……あちらこちらで悲鳴が聞こえる。血生臭い匂いがする。
「すこし霧が晴れてきましたか」
しばらく作業じみた防衛を続けて、サイラスは腕で額の汗を拭った。足元が海水でびしょびしょで、フィロシュネーもサイラスも全身が潮水に濡れていた。
「魔物も波も落ち着いてきたようです」
サイラスはそう言ってフィロシュネーの縄を解き、懐かしきことに片手で荷物のように肩に担ぎ上げた。
「な、懐かしいわ。この担がれ方」
「俺もです」
淡々と言って、サイラスは船内に向かおうとした。と、担がれて高い視野を持つフィロシュネーは、晴れつつある霧の甲板に見逃せない光景を見た。
ハルシオンが船の縁にいる。手すりに手をかけ、座り込んでいる。脚に怪我をしているのが見えて、フィロシュネーは声をあげた。
「さ、サイラス! ハルシオン様のところへお願い!」
あそこにいるわ、と示せば、サイラスは迷わずに従ってくれた。なんだかんだ、サイラスとハルシオンの二人は親しい――と、フィロシュネーは考えている。
「あっ、シュネーさん。ご無事でしたか……私も、すこし休んでいるだけなので大丈夫ですよ。部下二人を見ませんでしたか、はぐれてしまって……」
心配そうに言うハルシオンは、怪我に応急処置すらしていない。フィロシュネーは慌てててをかざし、治癒魔法を使った。
「あっ、いいのですよシュネーさん。自分で治しますから……」
「治せません」
フィロシュネーはピシャリと言った。確信が胸にある。
「ハルシオン様は隠しておられて、強がっておいでですが、ご自分で怪我を治せません。ですから、シュネーにお任せください」
ハルシオンがびっくりした様子で目を見開き、すこししてから、素直に頷く。
「よくわかりましたね、シュネーさん」
「見ていたら、毎回ルーンフォークが呪術を使っているように見えて、おかしいなと思いましたの」
「私を見ていてくださったのですか」
ハルシオンの頬が赤い。
熱が出ていないかしら、とフィロシュネーは心配になって手を額に当てた。少し熱いかもしれない。
「びしょ濡れで怪我をなさっては、風邪もひきますわよね」
「ふふ……」
「……大丈夫です……?」
ハルシオンは、なにやら嬉しそうだ。ふわふわした微笑みを浮かべて、別の世界に意識がいってしまっている雰囲気だ。
「姫、ハルシオン殿下はお元気そうですし、部下の方々もいらしたようなのであとは任されてはいかが」
サイラスは腕をまわし、二人が滑っていったりしないよう支えてくれながらも、ハルシオンを呆れたような、苦々しいような目で見ていた。
「殿下ーーっ!!」
「姫様!」
臣下が駆けつける。――もう大丈夫、という気持ちがしてくる。
波が時と共に落ち着き、船の揺れがすこしずつおさまってくる。霧の晴れ間から夜空が覗く。
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船上の人々は海に落ちた者や負傷者を助けてまわり、慌ただしく落ち着かない時間を過ごした。
「調査隊は無事に帰ってくるだろうか」
心配する声と共に、誰それがいない、誰々が亡くなった、というような悲劇の知らせが駆け巡る。その中に、全員がぎょつとする知らせがあった。
「空王陛下と青王陛下の所在が知れません……!」
――ぐらり。
大きく船が揺れたのか、自分の体が傾いだのか。
サイラスとハルシオンの手に同時に支えられるフィロシュネーの倒れかけた視界には、影に覆われた月があった。
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