上 下
204 / 384
3、変革のシトリン

201、早く大人になりたい気分ですの

しおりを挟む


 競り合いが始まり、次々と入札魔導具の光が打ちあがる。
 
 座っている参加者の頭の上にぴかぴかと数字がのぼり、進行役が金額を読み上げていき、会場が湧く様子は、眺めているだけでも楽しい。

(不老症といえば、サイラスも不老症よね)
 
 盛り上がっている競売会場にいるフィロシュネーは、サイラスの様子を窺った。
 どこか冷めたような黒い瞳で競売を見守るサイラスは、椅子に座っていてもはっきりと『大きい』。背が高く、骨格もしっかりしていて、逞しい。立派な大人で、異性だと感じる。同じ人間なのに、自分とは違う……と感じるのだ。
  
「姫はゼリーより俺に関心をお持ちですか」

 視線に気づいて嬉しそうに目元を和ませる表情をされると、くすぐったい感じがする。フィロシュネーは視線を逸らした。
 青王アーサーとアルメイダ侯爵が次々と入札魔導具の光を打ち上げている。二人とも、商品を欲しているのだ。

「ゼリーに関心がないわけでもないのよ。ただ、わたくしは健康ですし、不老症になるよりも、早く大人になりたい気分ですの」
「ほう」

 言い訳するように言えば、サイラスは意外そうな顔をした。

「なんですの、そのお顔は」
「いえ。姫はいつも『子ども扱い』とおっしゃるではありませんか。てっきり大人のつもりでおられるのかと思っていましたよ」
「……あなたが子ども扱いなさるから、わたくしが大人な気分になれませんの」
 
 むすりと言えば、大きな手が頭を撫でてくる。髪型が崩れないように細心の注意を払っているらしき手付きは、すこしもどかしい感じがする。
 
「ゆっくりでいいのでは」
 
 控えめに空気を震わせたサイラスの言葉には今日と同じ明日がずっとつづくと当たり前に思っているような余裕がある。そんなサイラスに、フィロシュネーは過去の彼を思った。大人たちに見捨てられた村で、いつ誰が死ぬかわからないような生活を送っていた彼には、こんな雰囲気はなかった。

 サイラスの声には、大切な宝物を真綿で包んで慈しむような優しさがある。
 
「たいしたゼリーじゃありませんよ。姫が贈ってくださったこの石のほうがよほど特別です」
「ん……気に入ってくださっているのね」

 サイラスは移ろいの石を取り出し、表面を指先で撫でた。シトリン・イエローの煌めきは、確かにゼリーよりもよほど特別なオーラみたいなものを感じさせる。

「それにしても、お二人はがんばっていらっしゃいますね」
「ん?」

 サイラスに促されて競売に意識を向けると、アルメイダ侯爵と青王アーサーが延々と競り合っている。
 
「紅国のアルメイダ侯爵より、三百万ゴルドの入札です!」
「すご~い!」
「青国のアーサー陛下、五百万ゴルドの入札です!」
「すっご~い!」

 フィロシュネーの兄アーサーが対抗して金額を釣り上げている。激戦だ。
 だんだん進行役の女性が「すご~い!」しか言わなくなっている。しかし、フィロシュネーは気づいた。

「彼女、最初は抑え気味のテンションで、すこしずつテンションを上げて盛り上げていますわ!」

 これがプロの盛り上げ役――感心するフィロシュネーに、左右から「注目するのはそちらでしたか」と同時につっこみが入る。ハルシオンとサイラスは、息がぴったりだった。

「うふふ、だって、あの女性がとても印象的だから」

 フィロシュネーはにこにこと言ったが、内心では兄を心配していた。 
 兄アーサーは、一見すると落ち着いていて、本気で商品を狙うというよりは「友好国の催しなので、どーれ、ちょっと参加してやろう」といった気負わない雰囲気だ。
 アルメイダ侯爵が値をあげても余裕の態度で、「侯爵が熱心なので、俺も付き合ってやろう」と笑っている。
 
 しかし、フィロシュネーには兄の態度が表面上それらしく装われたもので、その心中は穏やかでもなんでもなく、本気で商品を狙って競っているのがわかった。

 他のライバルが二人に気圧されたように札を下げて見守る中、値段はどんどんと上がっていく。

(多額をつぎ込むのは、お立場的によろしいのかしら)  

 必死になって競売に個人予算をつぎ込んでいる王様というのは、あまり対外イメージがよろしくないのでは、と思えてきたのだ。

 王の個人予算は私的な用途に使うものだ。これだけの金額は自由に使っていい、とあらかじめ決めているお小遣いのようなものだ。

 しかし、やはり金の使い方には青国の王としてふさわしい節度が期待されたり、国益を意識されるものだろう。
 たとえば、良い面で考えると「王様もあんな風になにかを欲しがったり、他人と競って熱くなったりするんだな」と親近感を持たれるだとか。
 金を腐らせずに競売に落とすことで経済貢献してくれるだとか。自国の裕福さをアピールする外交パフォーマンスだとか。そんなポジティブな見方もされうる。

 けれど、ネガティブな見方をするならば、贅沢をしているだとか、衝動的に無駄遣いをしているだとか、この競売の主催が自国ではないので、自国の利益にならないだとか。王としての資質を不安に思われてしまいそうな理由がある。

(個人予算だけならいいけど、お兄様は今朝、メリーファクト準男爵を呼んでいたわ。あれって、お金を貸すように相談していたりしないかしらぁ……)
  
 自分の予想が当たっている気がしてならないフィロシュネーは、入札用魔導具をかちりと鳴らした。

(シュネー。青王であるお兄様をお助けして、その名誉をお守りするのは他の誰でもない、王妹であるわたくしの仕事ではなくて?)
 
 ――わたくしは、無駄遣いしても「サイラスとハルシオン様がお金を使っていいって言ってくださいましたのぉ」と惚気てみせればいい。
 
 二人とも他国の人間だ。その金は青国からは出ていない。ゆえに、青国勢からは「贅沢をして。無駄遣いして」とは言われにくい。
 ではお金を出した二人の印象はどうなるかといえば、サイラスは婚約者を喜ばせて紅国貴族の甲斐性をみせたと誇ることができるし、ハルシオンは「使った金は空国に還元されている」のだから、批判が出にくい。

 万一イメージが悪くなるとしても、フィロシュネーは青国を出て紅国に嫁ぐ可能性が高いのだ。
 
(わたくしは、よろしくないイメージが持たれても構いませんわ)
  
 視界の端で祈るように両手を組んでいる自国の預言者を意識しながら、フィロシュネーは光を打ち上げた。
しおりを挟む
感想 60

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

[完結]貴方なんか、要りません

シマ
恋愛
私、ロゼッタ・チャールストン15歳には婚約者がいる。 バカで女にだらしなくて、ギャンブル好きのクズだ。公爵家当主に土下座する勢いで頼まれた婚約だったから断われなかった。 だから、条件を付けて学園を卒業するまでに、全てクリアする事を約束した筈なのに…… 一つもクリア出来ない貴方なんか要りません。絶対に婚約破棄します。

処理中です...