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3、変革のシトリン
201、早く大人になりたい気分ですの
しおりを挟む競り合いが始まり、次々と入札魔導具の光が打ちあがる。
座っている参加者の頭の上にぴかぴかと数字がのぼり、進行役が金額を読み上げていき、会場が湧く様子は、眺めているだけでも楽しい。
(不老症といえば、サイラスも不老症よね)
盛り上がっている競売会場にいるフィロシュネーは、サイラスの様子を窺った。
どこか冷めたような黒い瞳で競売を見守るサイラスは、椅子に座っていてもはっきりと『大きい』。背が高く、骨格もしっかりしていて、逞しい。立派な大人で、異性だと感じる。同じ人間なのに、自分とは違う……と感じるのだ。
「姫はゼリーより俺に関心をお持ちですか」
視線に気づいて嬉しそうに目元を和ませる表情をされると、くすぐったい感じがする。フィロシュネーは視線を逸らした。
青王アーサーとアルメイダ侯爵が次々と入札魔導具の光を打ち上げている。二人とも、商品を欲しているのだ。
「ゼリーに関心がないわけでもないのよ。ただ、わたくしは健康ですし、不老症になるよりも、早く大人になりたい気分ですの」
「ほう」
言い訳するように言えば、サイラスは意外そうな顔をした。
「なんですの、そのお顔は」
「いえ。姫はいつも『子ども扱い』とおっしゃるではありませんか。てっきり大人のつもりでおられるのかと思っていましたよ」
「……あなたが子ども扱いなさるから、わたくしが大人な気分になれませんの」
むすりと言えば、大きな手が頭を撫でてくる。髪型が崩れないように細心の注意を払っているらしき手付きは、すこしもどかしい感じがする。
「ゆっくりでいいのでは」
控えめに空気を震わせたサイラスの言葉には今日と同じ明日がずっとつづくと当たり前に思っているような余裕がある。そんなサイラスに、フィロシュネーは過去の彼を思った。大人たちに見捨てられた村で、いつ誰が死ぬかわからないような生活を送っていた彼には、こんな雰囲気はなかった。
サイラスの声には、大切な宝物を真綿で包んで慈しむような優しさがある。
「たいしたゼリーじゃありませんよ。姫が贈ってくださったこの石のほうがよほど特別です」
「ん……気に入ってくださっているのね」
サイラスは移ろいの石を取り出し、表面を指先で撫でた。シトリン・イエローの煌めきは、確かにゼリーよりもよほど特別なオーラみたいなものを感じさせる。
「それにしても、お二人はがんばっていらっしゃいますね」
「ん?」
サイラスに促されて競売に意識を向けると、アルメイダ侯爵と青王アーサーが延々と競り合っている。
「紅国のアルメイダ侯爵より、三百万ゴルドの入札です!」
「すご~い!」
「青国のアーサー陛下、五百万ゴルドの入札です!」
「すっご~い!」
フィロシュネーの兄アーサーが対抗して金額を釣り上げている。激戦だ。
だんだん進行役の女性が「すご~い!」しか言わなくなっている。しかし、フィロシュネーは気づいた。
「彼女、最初は抑え気味のテンションで、すこしずつテンションを上げて盛り上げていますわ!」
これがプロの盛り上げ役――感心するフィロシュネーに、左右から「注目するのはそちらでしたか」と同時につっこみが入る。ハルシオンとサイラスは、息がぴったりだった。
「うふふ、だって、あの女性がとても印象的だから」
フィロシュネーはにこにこと言ったが、内心では兄を心配していた。
兄アーサーは、一見すると落ち着いていて、本気で商品を狙うというよりは「友好国の催しなので、どーれ、ちょっと参加してやろう」といった気負わない雰囲気だ。
アルメイダ侯爵が値をあげても余裕の態度で、「侯爵が熱心なので、俺も付き合ってやろう」と笑っている。
しかし、フィロシュネーには兄の態度が表面上それらしく装われたもので、その心中は穏やかでもなんでもなく、本気で商品を狙って競っているのがわかった。
他のライバルが二人に気圧されたように札を下げて見守る中、値段はどんどんと上がっていく。
(多額をつぎ込むのは、お立場的によろしいのかしら)
必死になって競売に個人予算をつぎ込んでいる王様というのは、あまり対外イメージがよろしくないのでは、と思えてきたのだ。
王の個人予算は私的な用途に使うものだ。これだけの金額は自由に使っていい、とあらかじめ決めているお小遣いのようなものだ。
しかし、やはり金の使い方には青国の王としてふさわしい節度が期待されたり、国益を意識されるものだろう。
たとえば、良い面で考えると「王様もあんな風になにかを欲しがったり、他人と競って熱くなったりするんだな」と親近感を持たれるだとか。
金を腐らせずに競売に落とすことで経済貢献してくれるだとか。自国の裕福さをアピールする外交パフォーマンスだとか。そんなポジティブな見方もされうる。
けれど、ネガティブな見方をするならば、贅沢をしているだとか、衝動的に無駄遣いをしているだとか、この競売の主催が自国ではないので、自国の利益にならないだとか。王としての資質を不安に思われてしまいそうな理由がある。
(個人予算だけならいいけど、お兄様は今朝、メリーファクト準男爵を呼んでいたわ。あれって、お金を貸すように相談していたりしないかしらぁ……)
自分の予想が当たっている気がしてならないフィロシュネーは、入札用魔導具をかちりと鳴らした。
(シュネー。青王であるお兄様をお助けして、その名誉をお守りするのは他の誰でもない、王妹であるわたくしの仕事ではなくて?)
――わたくしは、無駄遣いしても「サイラスとハルシオン様がお金を使っていいって言ってくださいましたのぉ」と惚気てみせればいい。
二人とも他国の人間だ。その金は青国からは出ていない。ゆえに、青国勢からは「贅沢をして。無駄遣いして」とは言われにくい。
ではお金を出した二人の印象はどうなるかといえば、サイラスは婚約者を喜ばせて紅国貴族の甲斐性をみせたと誇ることができるし、ハルシオンは「使った金は空国に還元されている」のだから、批判が出にくい。
万一イメージが悪くなるとしても、フィロシュネーは青国を出て紅国に嫁ぐ可能性が高いのだ。
(わたくしは、よろしくないイメージが持たれても構いませんわ)
視界の端で祈るように両手を組んでいる自国の預言者を意識しながら、フィロシュネーは光を打ち上げた。
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