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3、変革のシトリン

199、ハッ! ハ、ハァッ!! ハアアアアッ!!

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 競売場の後ろの席にリッチモンド・ノーウィッチが座る。
 フィロシュネーはドリンクを味わい、息をついた。

「リッチモンドに教えてあげましょう。わたくしの学友であるパーシー=ノーウィッチ公爵令嬢のお話を。彼女は分家のお兄さまに縁談を申し込む話をしていました」

 後ろから「ハッ!」というちょっと暑苦しい返事が聞こえる。
 やる気がすごい。離れているのに、後ろから熱気のようなものがむんむんと感じられる。
 
 そして、左右のハルシオンとサイラスが興味津々で耳を傾けている……。

(いいわ。もう全員巻き込んじゃいましょう。ダーウッドも寝てないでちゃんと聞くのよ)
 まさか寝てないだろうと思ってダーウッドを見ると、フードを両手で下に下げるポーズをしたまま動かなくなっている。

 フィロシュネーの視線につられたようにそちらを見たサイラスは受け取ってもらえないドリンクグラスを持ったまま「アレクシアさん、手が疲れませんか」と追い打ちをかける。フィロシュネーはサイラスの肩をぽこりと叩いて黙らせた。

「こほん。お話のつづきよ。パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢は、お兄さまのことを好ましく想っていたの」

 満更でもないと思いつつ、気のない素振りでもしていたのではないだろうか。
 予想しながら言ってみれば、どうやら正解だった。

「ハ、ハァッ!!」

 後ろから興奮した声が返ってくる。喜んでいるのはいいが、なんかイヤ――フィロシュネーは後ろの席から距離をとるようにさりげなーく椅子に浅く座り直した。

「お兄さまが青王陛下のご不興を買って失職してしまったので、青王陛下のお気持ちを変えようと……」
「ハアアアアッ!!」
 
「あ、暑苦しい……お気持ちはわかりますが」
「よかったですねえ。両想いじゃないですか」
 
 サイラスとハルシオンが両側でのほほんとコメントをしている。他人事だ。
 ダーウッドは? 視線をやれば、まだ固まっている。果たして話は聞いているのか。

「サイラス、ダーウッドに飲み物を飲ませてあげて」
「了解です」

 サイラスはダーウッドの手をフードから離させ、ドリンクグラスを両手でつつみこむように持たせた。
 そして、預言者の杖を拾い上げて埃を落とすようにハンカチで拭った。

「杖はこちらに立て掛けておきますからね」
 
 お兄さんぶって言う声は面倒見がよい世話好きオーラが全開で、フィロシュネーは自分が頼んだのにちょっとだけ嫉妬した。
 

 * * *

「皆様、ようこそお越しいただきました!」
 
 競売の進行役が拡声の魔導具を手に大声を響かせる。進行役は、二人いた。男女ペアだ。
 
「私たちは皆様が公平な環境で競り合えるよう、最善のサポートを提供いたします」

 『悪しき呪術師の仲間は、黄金の林檎のゼリーを、ねらっているのです』という空国の預言者ネネイの預言は、空王と青王、二人の預言者、そしてサイラス、フィロシュネー、ハルシオンの七人が知っている。

「最初に目玉商品をご紹介しましょうっ!」
 
 ねらわれている黄金の林檎のゼリーは、名前のとおり食べ物だった。女性の進行役が「きゃあ、すてき~! 色がとーってもきれいですね!」とおおげさな感想を告げている。

「こちらの黄金の林檎のゼリーは、エルフ族の至宝! なじみのない空国と青国の方々のために念のためご説明しますと、エルフ族は紅国の『まどろみの森』の亜人たちです」
「至宝ですって。すごーい!」

 進行役は説明する。ちらほらと「おおげさだよ」と笑う声がするが、そんな客に進行役はにこにこして「本気で~す」と主張している。

「彼らの神秘的な森の奥で育てられたという黄金の林檎の果肉でつくられたこのゼリーは、大地の贈り物。魔力にあふれる大地の恩恵により、生命力や魔力が高まり、病は癒え、寿命が延び……後発的に不老症になれるかもしれない、とさえいわれています!」

「すごーい! ほし~い!」

 女性の進行役が全力の熱をこめて叫ぶのと同時に、他の客も声をあげた。半分はサクラね、とフィロシュネーは冷静に察した。

「おおおおおおおっ」
 
 会場にどよめきが起きる。盛り上がっている。
 

「ほう。あれが?」
 ダーウッドの声が緊張をはらむのが聞こえた。

 ダーウッドは、あれが欲しいのだ。フィロシュネーには、すぐにわかった。


「もちろん、効果がありそうというだけで保証することはできかねます。もし試してみろとおおせなら、わたくしめがこれ幸いと試食いたしますが!」
「たべてみた~い!」

 進行役がもの欲しそうな顔をして、「いいぞ」とか「やめろ」とか言う声で会場が湧く。

(あれを食べさせれば、アーサーお兄様が不老症になれる……?)

「エルフ族は閉鎖的な種族であり、森の恵みをそれはもう大切にしています。今回は特別に黄金の林檎を入手できてゼリーへの加工がかないましたが、次にいつお目にかかれるかわからない大変貴重な品物だと申し上げておきましょうっ」

 サイラスはそれを耳にして「野心的な人間は、『まどろみの森』を侵略しそうですね」と冷静にコメントした。
 ありそうですねえとのんびり頷くハルシオンに耳打ちして、ルーンフォークが離れていく。なにか仕事をするのだろう、と見送るフィロシュネーの耳には、サイラスの言葉がつづいて聞こえた。

「エルフ族の住む『まどろみの森』には、確かに濃厚な魔力を有した土壌に育まれた魔法植物があります」

「ですが、至宝と呼ばれる植物があるとして、彼らが人間に至宝を渡すものですか。せいぜい、森の入り口付近に生えている魔力保有量の高い木から採れた『黄金の林檎もどき』でしょう」
 
 ハルシオンはその声に「私は実際の果実を検分しましたが、魔力保有量が高い特別な果実だとは思いましたよ」と意見をたたかわせている。

「そういえば、アレを見たとき、私は思い出したんだ」
 
 途中から、その声がゆらりと不安定なこころを反映して口調を変える。

「――カントループが研究していた果実に似てるなって、私は思ったんだ……」
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