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3、変革のシトリン

185、ついにお二人が色っぽい方向に進展するのかと

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「ミランダ。そしてルーンフォークも聞くといい。この大地に自然に発祥した彼らは、高い呪術の素質と技術を持っていた。そして、その能力で世界を都合よく作り変えていった」

 忠実なる二人の従者へと、ハルシオンは記憶を語った。
 
「濃厚な魔力を持つ大地、大地を照らす太陽。決して手の届かぬ星々とひとつの月が輝く夜空――そういった世界の神秘を探求し、ちょうど今の私のように神様きどりだったのさ。動物のような激しい肉欲は恥ずべきもの、優雅ではないものだという価値観を高めていってね」

「ひとつ?」
 引っ掛かった様子で呟くルーンフォークに、「そうそう」と笑う。

「月は、増えたのです」

 カントループもその理由はわかっていないが、もともとひとつだったのに、気付いたら月は二つに増えていたのだ。

「きょ、興味深い……アッ、いえ。失礼しました。俺のことは気にせず」

 ルーンフォークが柱の陰に隠れるようにすると、ミランダがくすっと笑う。

「とても価値のあるお話でございます。お話を聞かせていただけて、光栄です」
「ふふ……」

 二人の従者が強い好奇心をあらわにするのがわかって、ハルシオンは胸の真ん中がざわざわした。
 他者が知らないことを、自分だけが知っている――ああ、神様のようなおごった気分になってしまう。
 
「定期的に名前を呼んでください。私はこういう話をすると不安定になるのです」
 縋るようにミランダにささやく――自分がちょっと格好悪いと思いながら。

「心得ましてございます、ハルシオン殿下」
 ミランダが名を呼んでくれる。

 ルーンフォークは「俺は空気です」みたいな顔で柱に隠れている。空気が美味しい。ハルシオンは「やっぱり私にはミランダが必要なのだ」と思いながらつづきを話した。

「人類は、長く生きられるようにと肉体にも術を施した。その上で生殖すると術を施さずとも長命な個体が生まれるようになった。不老症だね。自然に不老症になる者、あとから望んで不老症になる者、ともかく望む者は長く生き、死を望む者は好きなタイミングで死ねる、そんな社会であった」

「ハルシオン殿下……」
「はあい」

 自分を呼ぶミランダの声を聞いて、ハルシオンは頬を緩めた。名前が聖句かなにかのように、大切そうに呼んでくれるのが、嬉しくて。
 
「不思議だね。長命化すると生殖意欲はそれに伴って低くなったようで、新しい個体は生まれにくくなっていったよ。男性も女性も性差はほとんどなくなっていって、望めば逆の性別に変わることもできた。個性というものも薄くなって、みんなが同じようになっていった。誰かと結婚してもいいが、しなくても誰からも批判されることはなく、子供を作ってもいいが、作る義務もない……」

「あっ……」
 目の前で微かに揺れる茶色の髪に触れてみたいと思って、ハルシオンはミランダの前髪へと口付けを落とした。いい匂いがする。

「つまり、私はそういう価値観が当たり前だった記憶を持っているので、今回の婚約の件は面白くない――良いと思わなかった」 
 
 嫌だった。
 ちいさく耳元で呟くと、ミランダの耳が赤く染まる。それがなんだか、いたずらに成功したみたいで楽しい。
 
「私は主人として、カントループの価値観をお前たちにあげる。したければするといい、したくなければしなくていい」

 それらしいことを言えているではないか――王族の声で言って、カントループの声で補足する。

「ミランダが私のためにその身を犠牲にしようという精神は従者として健気で可愛らしい。でも、ハルシオンの喜びはそこにはないのだ」

 次いで、自分の声で。

「……私は、二人が近くにいてくれる日常が、いとしいと思っています」

 大人になりきれていない青年の声で言えば、ミランダはお姉さんな表情を浮かべてくれた。
 
 ――ああ、この従者に甘やかされてきたのだ。

 当たり前のようにつづいてきた彼女との時間は有限で、貴重なものだったのだ。

「自分のためという理由で結婚して私から離れていくなら仕方ないけれど、私のためという理由で私から離れたりはしないでくれませんか、ね……」
「承知いたしました、ハルシオン殿下」
  
 ハルシオンが言えば、ミランダはわかってくれたようだった。

 静かに頷く二人の従者の気配にほっとしてから、ハルシオンは今更ながらに青王アーサーのリアクションを思い出して腹を立てた。
 
「それに、青王陛下はミランダにふさわしいでしょうか? 私は、私は……あの青王アーサー陛下は、気に入らないよ」
「まあ、ハルシオン殿下」

 青王陛下はよい方ですよ、と機嫌を取り繕うようなミランダの気配に、ハルシオンは眉根を寄せた。

「まあ、青王陛下の話は置いておくとして、そういうことなので」


 ミランダを部屋に返して自室に戻ると、もの言いたげな表情のルーンフォークがハーブティーを淹れてくれる。

 気持ちを落ち着かせる効果があるハーブティーは、薬めいた優しい香りをただよわせた。

「ルーンフォーク。あの青王ったら、ミランダを婚約者候補から取り下げると言ったらなんて言ったと思います? 『俺は構わんぞ』ですよ?」
「あっ、はい」
 
 ルーンフォークの返事は「そのお話まだするんですね」というような呆れた気配を感じさせた。

 私はこんなに気に入らないのに、わかってくれないというのか。これはわかってもらわねばならない――ハルシオンは熱弁をふるった。
 
「ほんとうに、ぜんぜん問題ないって気配で。執着皆無で。ミランダなんていらないって感じで、二つ返事だったんですよ」
「なるほど」

 相槌に共感が薄い。
 ルーンフォークにはこの怒りがわからないのだろうか――ハルシオンは残念に思った。ルーンフォークもなぜか残念そうな表情をしている。なぜ。
 
「なんですか、その顔は? 言いたいことがあるなら言ってごらんなさい、命令ですよ。お話なさい」
「は」

 ルーンフォークは言葉を慎重に選ぶようだった。
 
「いえ、あの……俺、『ついにお二人が色っぽい方向に進展するのか』と期待して応援していたのですが、なんか今までとおりにする感じに落ち着いてしまいそうなので、残念に思っておりました」

「……?」
 ――なにを言っているのだ。なにを期待されていたのだ。
 
 ハルシオンはぱちりぱちりと目を瞬かせた。穴が空くほど相手の顔を見つめるが、よくわからない。

「あ――……わからないなら、いいです……」

 子どもを見るような眼で言って、ルーンフォークは困り顔で笑った。
「スコーンもどうぞ、ハルシオン殿下」

 
「……いただきましょう?」
 
 その人の良さそうな顔を見ていると毒気を抜かれていく気がして、ハルシオンは子どもに戻ったような気分でスコーンに手を伸ばした。

 スコーンは味わい豊かで、ちょっと乾燥気味でぱさぱさしていて、ハーブティーとよく合った。美味しかった。
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