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3、変革のシトリン

181、うちのミランダはアーサー陛下にはあげません!

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 浜辺の宴に参加したフィロシュネーが手紙を手に入れた経緯は、単純だ。

「フィロシュネー姫殿下、彼女のお話を聞いてあげてくださいませ。おかわいそうですのよ」
 
 そう言ってカサンドラ・アルメイダ侯爵夫人が声をかけてきたのだ。

 誘う先は、貴婦人専用サロンでよく見かける女性たちの集まる白い仮設テントであった。そこに新しいパートナーが人魚と浮気した貴婦人がいたので、フィロシュネーは「なるほど」と思った。

「ここには空国の預言者様がいません」

 カサンドラはみんなを安心させるように言った。

「いきなり暗くさせられたりしませんから、好き勝手楽しみましょ」

「アタクシたちの発言は自由ですのね」
「あら、自由には責任がつきものですのよ」
「わたくしは、突然暗くなるの結構好きですが……」

 空国、青国、紅国――普段は別々の国で暮らす貴婦人たちは、船旅ですっかり打ち解けていた。

 そして、そんな彼女たちが「本日の主役」として話題を振るのは、新しいパートナーが人魚に浮気した貴婦人である。

「あたくしのパートナーが浮気したのですわ!」

 涙目で愚痴る彼女の周りにみんなが集まり、「見ましたわ」「おつらいですわね」と慰める。

「浮気の相手役を募ったときに抵抗感なく飛びついてきたので、そういう倫理観の方なのはわかっていたのです。あたくしが悪いのですわ」
 
 他の貴婦人たちも「そうよね、不倫は悪くない、やってやろうと二つ返事する相手に、誠実さや道徳観念を期待するものではないわね」と言うようになっている。
 その様子に、フィロシュネーのこころもズキズキと傷んだ。
 
 すると、そんな内心を見透かしたかのようにカサンドラが扇の影に口元を隠すようにして悲劇的に言った。
 
「ああっ……でも、仕方ありませんよ。私たちは国は違えど貴族ですもの。王族の方、ましてや聖女とうたわれる特別な姫君が『ついてきなさい』と誘ったなら、死地であろうとお供しなくてはと思ってしまうものですから……」

 居合わせたメンバーたちはその言葉に目を丸くして、「そんなことおっしゃっていいの?」とフィロシュネーを見る。
 次いで、カサンドラを見て――両者の顔色を見比べて、ほとんどの貴婦人は「コメントを控える」という英断を下した。

(ここでわたくしが不敬を咎めたら、わたくしの人柄は狭量だと噂されることになるのかしら)

 フィロシュネーがサイラスに「悪い王族のよう」と言われたのを思い出したとき。

「ボクの可愛いキミ、浮気くらい気にしないでくれよ。なんと言っても、キミだって浮気前科者ではないか! そんなキミを受け入れたのはボクくらいだよ!」

「……まあ!」

 図々しいことに、浮気した男が乗り込んできたのである。しかも――

「あ、あなた……!」
 物陰から浮気された側の元夫まで「おいっ!」と出てくるではないか。

 いつからかはわからないが隠れて見ていたらしき元夫は手袋を脱ぎ、浮気した男にぱしんと投げつけた。そして、高らかに叫んだのだった。

「妻を愚弄するな……いや、元妻だが……決闘を申し込む!」


 * * *


「……実話です?」

 ハルシオンが問いかけるので、経緯を話していたフィロシュネーは「もちろんですわ?」と肯定した。
 
「二人は決闘をして、元夫が勝ちましたの。そして、元夫婦のお二人はよりを戻されまして……こういうのを元鞘と言いますの」
「どろどろしていますね……」
 
 ハルシオンはコメントに困っているようだった。

 以前の彼であれば「うちの子が」と言いそうなものだが、そんな言葉が出てこない。フィロシュネーはそこにハルシオンの変化を感じながら話をつづけた。

「それで、そのあとわたくしはテントの近くに落ちているこの手紙を拾ったのですわ」

 手紙には『僕は紅国の預言者です。競売の会場を別の場所に変えることをおすすめします』と書いてあった。

「競売も空国が主催なさるので、主催国のハルシオン様にお伝えしようと思いまして」

 フィロシュネーが言うと、ハルシオンは「警備責任者と弟に知らせましょう」と宴の席に視線を巡らせ。

「青王陛下にもお知らせしましょう、うん、それがいい」
 と、婚約者候補たちに囲まれるアーサーを見てどこか拗ねた口調で言った。

 アーサーは聞き役にまわり、婚約者候補たちに公平に話しかけていた。
 
 紅国のアリス・ファイアハート侯爵令嬢は与えられた役目を果たそうという意識を感じさせる笑顔で社交的に笑っているが、その視線はチラチラと画家のバルトュスに向いている。
 アーサーもそれに気づいているようだった。

 青国のカタリーナ・パーシー=ノーウィッチ公爵令嬢はいかにも病み上がり、怪我が治ったばかりという風情。
 淑やかで控えめに微笑んでいて、アーサーはそんな彼女を心配し、気遣う様子だ。カタリーナ側はそんなアーサーの気遣いに「恐れ多い」と萎縮するようだった。

 空国のミランダ・アンドラーデ伯爵令嬢は、そんな三人の空気を読んで隙間を補完するように相槌やフォローを入れたり、アーサーの杯に酒を注いだりしている……。

「ミランダがあんなに気を使っているのに、アーサー陛下は気づいていないのですか? もっとミランダを尊重するべきだと思うのですよ」

(あら。ハルシオン様……)

 ご機嫌ななめ。
 フィロシュネーはまじまじとハルシオンの横顔を見た。

「かと言って見初められるのも……いえ、ミランダが望むのですから見初められるべきですが……」

(あら、あら……ハルシオン様……)

 フィロシュネーは視線を移し、影のようにハルシオンの近くに座る預言者ネネイを見た。

「気に入らない……かわいそうに……あんなに気を引こうとして……健気で……なのにあの青王め……」
 
 少女のような外見をしたネネイが、保護者めいた目で「たいそう、気にしておいでです」と呟く。
 フィロシュネーはその声に後押ししてもらったような気がして、打ち明けた。

「我が国の預言者ダーウッドが教えてくださったのですが、ミランダはハルシオン様のために婚約者候補に名乗りあげたようですの」
「えっ」

 ハルシオンは目をぱちりと瞬かせ、「なんですかそれは」と食い気味に尋ねてくる。そこには、普段フィロシュネーが彼に対して感じる万能感や超然とした雰囲気は皆無だった。

 フィロシュネーがミランダについての情報を慎重に共有すると、ハルシオンは「本人が嫁ぎたいという理由がないなら、嫁ぐ必要がありませんよね!」とさっさと結論を出した。

 そして。

「さあさあ、皆さま! お話がございますよ!」

 数分後、ハルシオンは関係者を集めて、手紙の件を共有し。

「ついでにですが、我が国から青国の陛下に婚約者候補を挙げていた件は辞退します! うちのミランダはアーサー陛下にはあげません!」

 と、堂々、きっぱり、何者も恐れぬ声色で言い放ったのだった。
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